銀河英雄伝説・次代篇 ~英雄の残光~   作:銀河の灯守

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【設定資料集】第一部終了時点の備忘録(人物・国家・軍隊・戦術等)

『銀河英雄伝説・次代篇 ~英雄の残光~』

第一部設定資料集

 

★ネタバレ注意。第一部終了時点(新帝国暦二十三年十二月)までの設定をまとめたものです★

★本編が長いので、「あの人誰だっけ」「いつの話だっけ」となったときの確認用です★

 ※ 第二部以降で明らかになる事項については原則として記載していません。

 

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目次

01 人物編Ⅰ 銀河帝国・新世代・中堅世代

 

02 人物編Ⅱ 帝国・旧世代/バーラト自治政府/旧同盟残存勢力

 

03 人物編Ⅲ 神聖黄金樹教国

 

04 第一部 簡易年表

 

05 各勢力・軍事組織編

 

06 第一部で判明している神聖黄金樹教国軍の戦い方

 

07 神聖黄金樹教国・解説編

 

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01 人物編Ⅰ 銀河帝国・新世代

 

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【アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラム】

 

ローエングラム朝銀河帝国第二代皇帝。

二十歳。

金髪、蒼氷色の瞳。

先帝ラインハルトと皇太后ヒルダの一人息子。

髪と瞳の色は父譲りで、臣下からも「先帝によく似ておられる」と言われる。

本人はあまりそう思っていない。

人の顔と名前をよく(おぼ)える。

一方で学業でも武芸でも父のような飛び抜けた天才ではない。

十歳の初陣で、彼を守るために将兵およそ一万二千人が死亡した。

戦死者名簿を最後まで読もうとしたが一度では読み切れなかった。

その後も名簿を読むたび、読み終えた名前の横に小さな印をつけている。

本人いわく弔いの印ではない。

「読み飛ばしたくない」だけらしい。

幼年学校、士官学校を卒業。

卒業後、その年の夏に十九年間続いた摂政政治が終わり、親政へ移った。

物事を決めるときは、少し考えてから答える。

本人はその間をあまり気に入っていない。

 

 「これが余の指揮だ」

 ――親政後の帝国軍六個艦隊を動員した合同演習、その講評で

 

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【フェリックス・ミッターマイヤー】

 

帝国軍中尉。

宇宙艦隊・第九二機動戦隊所属。

神聖黄金樹教国建国の日には皇帝巡察任務群の警護艦隊連絡士官として出向していた。

二十一歳。

日に灼けた顔。瞳は両眼とも青。

アレクの幼馴染。

実父はオスカー・フォン・ロイエンタール。

養父はウォルフガング・ミッターマイヤー元帥、養母はエヴァンゼリン。

フェリックスが「父」と呼ぶのはミッターマイヤーである。

快活で口が悪い。

規則は嫌いというほどではないが守るのが上手でもない。

危険な場所では考えるより先に身体が動く。

士官学校では実技考査首位。

座学はそれほどでもない。

ロイエンタールの実子であることは士官学校でも周知の事実だった。

ただし、わざわざ本人の前で口にする者はいない。

戦いぶりや青い瞳を実父と結びつけられることを嫌う。

その一方、士官学校で戦史を学んだ結果、ロイエンタールを単に「反逆者」とだけ書くことにも納得できなくなった。

政治学の答案を一度提出後に書き直し、評価を二段階落とされている。

ハインリヒとは幼年学校以来しょっちゅう衝突していた。

卒業時には少なくとも戦場で背中を預けることには問題がなくなっている。

水面や窓に映った自分の顔から、ときどき目を逸らす。

本人にも理由はよく分かっていない。

 

 「あれが、本物の疾風だ」

 ――撤収路をこじ開ける養父の艦隊を見て

 

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【クライン・ヴァルター】

 

帝国軍中尉。

軍務省軍政局・辺境記録監査部門所属。

二十歳。

アレクの学友。

幼年学校へ特例で入学した。

入学を推挙したのは軍務尚書ウルリッヒ・ケスラー。

辺境で保護された戦災孤児、と記録されている。

「クライン」が本名であるかどうか、本人も憶えていない。

幼いころの記憶の中で、誰かが自分を「マイン・クライナー(私のおちびさん)」呼んでいた。

帝国に保護されて名前を訊かれた際、ほかに答えようがなかったため、その呼び名から語尾を落として「クライン」と書いた。

姓の「ヴァルター」はケスラーがつけた。

理由は姓の欄が空欄では書類が通らなかったため。

感情の読みにくい顔をしている。

髪はいつも少し跳ねており直しても長くはもたない。

初めて入った部屋では柱、扉、人の数を見る。

椅子に座るときは扉が見える位置まで少し動かす。

身元保証人の欄に、一度だけ自分の名前を書いたことがある。

アレクがそこへ署名しようとしたためである。

士官学校最終学年の秋、帝都で拉致されかけた。

失踪の際、寮の机に退学届を残していた。

救出後、その届は受理されなかった。

この事件で、幼少期に「聖園」と呼ばれる施設にいたこと、そこで「クリュプタ」という符号で呼ばれていたことが判明する。

本人の出自については第一部終了時点でも分かっていないことが多い。

 

 「閣下。私を、陛下から遠ざけてください」

 ――拉致未遂事件のあと、ケスラーに

   なお返答は「却下する」だった。

 

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【ハインリヒ・フォン・アイゼンベルク】

 

帝国軍中尉。

統帥本部作戦局所属。

士官学校首席卒業。

新貴族アイゼンベルク家の長男。

エルンスト・フォン・アイゼンベルクの兄。

幼年学校入校時、皇帝アレクより上の順位で名前を呼ばれた。

以後、ほぼ常に首席。

士官学校でも入学序列第一位で、約三千人分の氏名が掲示された一覧の一番上に名前が載った。

努力家。

自分にも他人にも厳しい。

話は短い。

融通はあまり利かない。

幼いころに両親を失った。

以後、弟エルンストを守ることを自分の役目だと考え、生活から進路まで何でも先に決めようとしてきた。

自分が軍人として功績を残しアイゼンベルク家を維持すれば弟は好きな道を選べる。

本人としてはそのつもりだった。

フェリックスとは長く犬猿の仲だったが士官学校で何度も同じ班になった結果、互いの能力については認めている。

弟が軍人になることには最後まで反対した。

最終的には止めなかった。

卒業式の答辞は一分に満たない。

事前提出した原稿は二度差し戻された。

二度とも「儀礼上必要な定型句が足りない」という理由だった。

ハインリヒは書き足さず本番では原稿を持たずに壇上へ上がった。

 

 「本日からは、我々の判断が他者の帰還を左右します。追試はありません」

 ――士官学校卒業式の答辞

 

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【トビアス・ブリュックナー】

 

帝国軍中尉。

軍務省輸送管制局・北西辺境航路監査班所属。

輸送商の家の息子。

賭け事が好き。

同期の好物や、誰に何を借りたかといった妙なことをよく憶えている。

「次に会ったとき、そいつの好きなものを一つ持っていければ話が早い」というのが本人の理屈。

戦術そのものより、兵站や輸送に強い。

誰がどこにいるか。

何が足りないか。

何をどこへ回せばいいか。

士官学校でもその手の役を任されることが多かった。

実家が商家なので、在庫を見る目も独特である。

商品は理由もなく倉庫に置かれたりしない。

置いておくだけでも金がかかる。

新帝国暦二十三年十一月、北西辺境の複数地点で高純度燃料の備蓄量が増えていることに気づいた。

一件ずつ見れば違法ではなく警戒基準にも達していない。

ただ、地点を線で結ぶと艦隊の進撃に使える配置になっていた。

報告は正式な経路で提出されている。

神聖黄金樹教国建国の日、旧・第七採掘航路が帝国側の撤収路となった。

トビアスは最後の船団を通すため回廊結節点の管制施設に残留。

民間人四百二十人を乗せた救難艦へ敵艦が接舷しようとした際、自分が脱出に使う予定だった管制艇を無人で発進させ、敵艦との間に割り込ませた。

最後の梯団の通過を確認。

その後、戦死。

 

 「賭けは、俺の勝ちだ」

 ――最後の梯団の通過表示を見て

 

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【リディア・ハルランダー】

 

帝国軍中尉。

宇宙艦隊・北西辺境航路管制隊、

惑星ルドミラ・ロフォーテン中継所付。

ロフォーテン星系出身。

銀縁眼鏡。

明るい栗色の髪。

アレクたちとは士官学校同期だが区隊は別。

通信と航路管制を専攻している。

クライン拉致未遂事件では救出班との通信回線を担当。

最後まで回線を維持した。

フェリックスのことは通常「ミッターマイヤー」と呼ぶ。

ただし緊急時だけ「フェリックス」になる。

本人によれば緊急時には音数の短い呼び方を使うだけとのこと。

卒業後の任地は故郷に近いロフォーテン。

同級生に「地元へ帰れるじゃない」と言われて、

「赴任です」

と訂正した。

神聖黄金樹教国建国の日、全回線の遮断命令を受ける。

誘導中の船を降ろすため救難回線だけは切らなかった。

 

 「帰るのに命令は要りません」

 ――「赴任です」と答えたあと、「同じでしょう」と言われて

 

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【カーラ・ビッテンフェルト】

 

帝国軍中尉。

ヴェストファーレン艦隊・水雷戦隊所属。

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト元帥の娘。

士官学校一般選抜首位。

赤橙色の髪をした小柄な女性。

眉が濃く、目が大きい。

鼻筋も通っておりかなり目立つ顔立ちなのだが本人があまり喋らないため妙に印象が薄い。

父親とは戦い方がかなり違う。

敵の正面を殴るより、薄いところや空いているところを見つけるのが得意。

卒業後も黒色槍騎兵には入らなかった。

水雷戦隊の駆逐艦勤務である。

同期から「小さい艦だな」と言われた際の返答は

「近い」

だけだった。

神聖黄金樹教国建国の日には救難艦の格納庫で漂流者の収容を指揮。

収容者四百二十人、全員生還。

 

 「番号はあとで名前に戻します」

 ――名を答えられない重傷者を認識票番号で仮登録した際、記録係に

 

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【エルンスト・フォン・アイゼンベルク】

 

帝国軍士官学校候補生。

ハインリヒ・フォン・アイゼンベルクの弟。

幼くして両親を失った。

兄は弟を守ろうとして生活も進路もかなり細かく決めていた。

エルンストはそれに従って育ったが次第に反発するようになる。

ハインリヒは自分が軍人として功績を残しアイゼンベルク家を維持すれば、弟は軍人にならず別の道を選べると考えていた。

エルンストがその話を聞いたのは自分で軍人になると決めたあとだった。

兄の反対を押し切って士官学校を受験した。

入学許可の日、ハインリヒは正門前で入校後の注意事項を延々と並べようとした。

エルンストが途中で止めた。

兄が確認すると、襟も荷物も靴も、もう直すところはなかった。

 

 「全部、自分で覚えるよ」

 ――士官学校入学許可の日、兄に

 

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【ローデリヒ・フォン・グルックスブルク】

 

神聖黄金樹教国 第一聖団〈ベローナ〉艦隊付司祭

旧王朝の門閥貴族グルックスブルク家出身。

アレク、フェリックス、クライン、ハインリヒらとは幼年学校同期。

のちに帝国を離れ、神聖黄金樹教国へ渡る。

父は旧王朝初期から続く中堅貴族。

辺境に所領を持っていた。

大貴族ではない。

かといって、新貴族と同列に扱われることには強い不満を持つ。

ローデリヒ自身もその価値観の中で育った。

ところが幼年学校では家柄より成績や席次が優先される。

平民出身者を見下してもその相手のほうが成績が上なら上に座る。

上級貴族の子弟に近づけば、今度は自分の家格が問題になる。

幼年学校ではあまり居心地がよくなかった。

やがて自分の順位を上げることよりも自分より下の人間を探すことに熱心になっていった。

アレクたちともたびたび衝突。

帝国を離れたのち、神聖黄金樹教国の司祭となる。

建国時には第一聖団付艦隊司祭。

帝国士官学校の記録映像を教国側の司祭たちへ説明する役も務めた。

 

 「ミッターマイヤー。アイゼンベルク。ブリュックナー。それから、ヴァルター。クライン・ヴァルターです」

 ――泥にまみれた候補生たちの映像を司祭たちの前で一人ずつ指して

 

 

 

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【帝国・中堅世代 『三脚架』】

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【アルブレヒト・フォン・ミュッケンベルガー】

 

旧帝国軍宇宙艦隊司令長官の孫。「番頭」と呼ばれる。

帝国軍准将。辺境警備管区参謀長。

祖父は旧帝国軍の宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥。武門の名家の生まれである。

士官学校を総代で出ながら、花形の参謀職ではなく兵站科を選んだ変わり種で、陰では「番頭」と嗤われている。

軍務の書類ではミュッケンベルガーの家名を使わず、「アルブレヒト」で通している。

書類はあっさり通ったという。新帝国軍の名簿に旧帝国の大元帥の家名が燦然と居座るのは、軍にとってどこか居心地が悪いからである。

もっとも、本人の理由は別にある。祖父の名で呼ばれるたび、周りが一斉にグレゴールのほうを思い浮かべ、ぎょっとする。あの空気が面倒なのだ。

捨てたわけではない。問われればけろりと答える。戸籍は、そのままですよ、と。

気だるげによく欠伸をする。盤面を睨みながら、敵の蓄えが尽きるまでの日数を数えている。戦わずに枯らす男である。

 

 「あれは祖父の負債で、ボクの資産ではありませんので」

 ――ビッテンフェルト元帥に祖父の名で呼ばれかけて、めずらしく言葉をかぶせて

 

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【チェンイー・シェパード】

 

旧同盟領出身の移民の子。「羊飼い」と呼ばれる。

帝国軍准将。黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)・分艦隊副司令官。

旧自由惑星同盟の星系出身。同盟が滅んだときは、まだ物心もつかぬ子供だった。

陽気でよく笑い、よく礼を言う。損傷艦を「うちの子たち」と呼ぶ。

職分は、崩れた戦線を拾い、味方を一人残らず連れて退く殿軍の技術。士官学校では、旧同盟公用語で羊飼いを意味するその苗字から、帝国語風のあだ名がついた。

新帝国暦十四年の掃討戦では、敵を釣り出す一手のために呼ばれた。追いたくなる背中の見せ方ならそこそこ自信がある、というのが本人の言い分である。

ただし囮は芝居ではない。逃げる船には生きた乗員が乗っている。退き際を半秒でも誤れば、うちの子が本当に沈む。敵の照準が囮の一隻へ深く食い込んだとき、彼の顔から一瞬だけ笑みが消えた。

すぐにまた笑った。

 

 「怖いから笑うんだよ、俺は」

 ――なぜそう笑っていられるのかと同期に責められて

 

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【レオンハルト・リヒター】

 

代々の下級軍人の家の出。「鉄面」と呼ばれる。

帝国軍准将。メルカッツ艦隊副参謀長。

帝国本土の、代々の下級軍人の家の生まれ。名門でも成り上がりでもなく、勤勉と規律だけを頼りに立つ男である。

生真面目で融通が利かない。軽口を叩く二人に、貴官らしっかりせんか、と青筋を立てて怒鳴っては、いなされる。

職分は、寸分の隙もない陣を組んで敵を封じること。

小言の体裁を借りて、彼はときどき本物の焦りを口にする。我々のような凡人が次の時代の帝国を支えねばならんのだ、と。

英雄なき時代を、この三人の中で彼が一番恐れていた。だから彼は、笑う代わりに規律という仮面を被っている。

同期に言われたことがある。お前とは仮面の色が違うだけさ、と。彼は言い返そうとして、口をつぐんだ。

 

 「なぜそう笑っていられる」

 ――元帥に減らず口を叩いた同期二人を叱りつけて

 

 

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【ホーエンリート兄弟】

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アレクたちの二学年上の双子。士官学校では白兵教練の安全指導係として、毎回教練場の隅に立っていた。

父は軍人ではない。先帝の時代に大規模な民間人の避難と軍需工廠の再編を仕切った行政官である。家はそのときに新貴族として叙爵された。

門閥の記憶を持たない家である。数百年ぶんの誇りも、成り上がりの気負いも、二人は持っていない。貴族であることを天気のように受け入れている。

見分けはつく。顔ではない。片方はよく笑い、片方はまったく笑わないからである。

 

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【アンゼルム・フォン・ホーエンリート】

 

笑うほうの兄。情から敵を読む。

帝国軍士官学校生(アレクたちの二学年上)。

新貴族ホーエンリート家。

戦史再演演習では、通常なら数人で組む配役を弟と二人だけで引き受け、キフォイザー星域の五万隻を二名で捌いた。

弟が損得で答えを出すのに対し、彼は相手の顔を読む。防具の中でも見えたと思うよ、と言う。

皇帝が本気で打ってもらえる相手を一人得た、と弟が評したとき、彼はそれを訂正した。得たのではない。もともと、あったのだ、と。

 

 「もともと、あったんじゃないかな」

 ――教練場の灯を落とす前に

 

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【ゼヴェリン・フォン・ホーエンリート】

 

笑わないほうの弟。損得から敵を読む。

帝国軍士官学校生(アレクたちの二学年上)。

新貴族ホーエンリート家。

教練場で皇帝を打てる候補生がいないことを、彼は感情の問題として見ていない。皇帝を打って得るものは何もなく、外しても失うものはない。単純な損得の話で、計算するまでもない——という読み方をする。

その計算に合わない一人がいたとき、彼は理由を兄に訊いた。

 

 「皇帝を打って得るものは何もない。外しても失うものはない」

 ――教練場の隅で、誰も皇帝を打てない理由を

 

 

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02 人物編Ⅱ 帝国・旧世代/バーラト自治政府/旧同盟残存勢力

 

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【帝国・旧世代】

 

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【皇太后ヒルデガルド】

 

元摂政。

親政移行後は枢密顧問。

先帝ラインハルトの后で、アレクの母。

ラインハルトの死後、幼いアレクに代わって十九年間帝国を統治した。

息子を父の模倣にはしたくないと考えている。

ただ、その気遣いが結果としてアレクに「父とは違う」ことを意識させてもいた。

アレクが十歳で初陣に出ることには母親として反対した。

一方で摂政としては皇帝の初陣そのものを取りやめるだけの理由を示せず最終的に認めている。

アレクの「御学友」を選んだのもヒルダである。

息子はいずれ軍人になるのだから、幼いうちは軍人とは違う目を持つ者を傍に置きたいと考えた。

文官の子。

書を能くする子。

絵筆を執る子。

そのため幼年学校首席だったハインリヒには声がかからなかった。

クラインは例外で、ケスラーが強く推したため御学友に加えられた。

アレクの士官学校卒業後、その年の夏に摂政権限を返上。

以後は枢密顧問として陪席するが議決権も発議権も持たない。

 

 「息子の横に誰が立つかを、襲撃者に決めさせるつもりはありません」

 ――クラインを皇帝から遠ざける案を退けて

 

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【ウォルフガング・ミッターマイヤー】

 

帝国元帥。

宇宙艦隊司令長官。

五十代半ば。

蜂蜜色の、やや癖のある髪。

「疾風ウォルフ」の異名を持つ。

フェリックスの養父。

息子には出自は戦場では何の役にも立たず物を言うのは実力だけだと教えている。

アレクの十歳の初陣では帝国軍を総指揮。

その後も、アレクたちの世代を候補生ではなくいずれ人の命を預かる軍人として扱ってきた。

神聖黄金樹教国建国の日、皇帝巡察任務群の指揮を引き取る。

各隊の個別応戦を禁じ、外周を捨てて船団を一つにまとめた。

「捨てるのは宙域だ。艦と人は捨てん」

撤収路の入口を開く役には自分の艦隊を使った。

判断も命令も速い。

息子のフェリックスがその速さを目の前で見て初めて「疾風」という異名の意味を知った。

 

 「ここを破らなければ、どれほど見事な撤収計画を立てても一隻も入りません」

 ――二万隻をもって包囲する敵を突破するために自ら正面へ出ることを危ぶまれて

 

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【ナイトハルト・ミュラー】

 

帝国元帥。

ミュラー艦隊司令官。

旗艦パーツィバル。

「鉄壁」の異名を持つ。

アレクの初陣以来、皇帝の直衛を任されることが多い。

敵を倒すことより、守るべきものの前に立つことを自分の役目としている。

必要なら自分の艦を盾に使う。

神聖黄金樹教国建国の日には撤収船団のいちばん外側を担当。

艦隊を三層にしその殻そのものをゆっくり回した。

ミュラーの壁は厚いのではない。ただ、崩れない。

さらに敵の砲撃を受け止めている壁の内側から収容艇を出し漂流者も拾わせている。

収容作業のぶん撤収速度が落ちることは承知していた。

 

 「陛下をお守りすることと拾えるものを拾って退がること。この二つは私の中では同じ一つの仕事だ」

 ――収容作業で後退速度が落ちると報告されて

 

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【フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト】

 

帝国元帥。

黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレイター)を率いる。

帝国軍でも特に攻撃的な用兵で知られる猛将。

声も大きい。

幼いアレクとフェリックスに剣を教えたことがある。

皇帝を相手にする稽古でも口上は妙に折り目正しい。

ただし声は普段よりさらに大きくなる。

娘カーラも軍人になったが黒色槍騎兵には入らなかった。

親政後の合同演習ではカーラが「退くために前へ出た」記録を読んで、

「俺とは似ておらんな」

と評している。

そのすぐあとに、

「……だが、ビッテンフェルトではある」

と付け足した。

 

 「面白いではないか」

 ――皇帝の手を聞いて

 

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【ウルリッヒ・ケスラー】

 

帝国元帥。

軍務尚書。

かつては憲兵総監を務め、腐敗していた憲兵隊を立て直した。

長身。

アレクの命の恩人でもある。

アレクがまだ母の胎内にいたころ、地球教徒の襲撃で炎に包まれた柊館から、身重のヒルダを運び出した。

戦災孤児だったクラインの記録に空白があることに気づき、自ら会っている。

クラインの話を聞いて三十秒で、

「こちらへ入り込むために送り込まれた子供ではない。どこかから逃げてきた子供だ」

と判断した。

クラインを幼年学校と学友へ推挙した理由を訊かれたときは

「才があった」

と答えた。

 

 「一流の警備とは、二流の腕で足りる場所を作ることだ」

 ――なぜクラインを専用施設ではなく学校へ置いたのかと問われて

 

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【アウグスト・ザムエル・ワーレン】

 

帝国元帥。

ワーレン艦隊司令官。

がっしりした体格。

声は低く、物言いは静か。

左腕は肘から下が義手である。

本人は隠していない。

少年時代のフェリックスがその手を見ていることに気づいたときも、

「よい。隠すものではない」

と言っている。

若い士官にも、戦うことだけではなく退路や補給を考えさせる。

親政後の合同演習では輸送群のために退避航路を二本用意した。

どちらを本命にするかは決めない。

敵が一方へ寄ればもう一方を使う。

両方へ出れば敵戦力が割れる。

最後に選ぶのはその場でいちばんよく見えている者でよい、とした。

 

 「人は、失ったものより残ったもので何ができるかだ」

 ――義手を見ていたフェリックスに

 

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【エルンスト・フォン・アイゼナッハ】

 

帝国元帥。

アイゼナッハ艦隊司令官。

「沈黙提督」。

ほとんど喋らない。

長く仕えた幕僚たちは身振りだけで命令を読み取る。

幼いアレクやフェリックスの教育にも関わった。

大声で教えるビッテンフェルトとは正反対で、見て、必要なときにわずかに動くだけだった。

第一部では名前のよく似たエルンスト・フォン・アイゼンベルクも登場するがもちろん別人。

 

 (※アイゼナッハの台詞はありません)

 

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【エルネスト・メックリンガー】

 

帝国元帥。

軍人であると同時に、芸術家・文人としても知られる。

第一部ではアレクたちへ過去の話を聞かせたり、演習の評価役を務めたりしている。

親政後の合同演習では評価官を務めた。

 

 「命令は多くありませんでした」

 ――合同演習の講評で

 

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【バーラト自治政府】

 

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【ユリアン・ミンツ】

 

公職なし。

『傘の会』会長。

ヤン・ウェンリーの養子。

カリンの夫。

かつて軍人として帝国と戦ったが現在は自治政府の公職には就いていない。

それでも評議の場で誰も次を言わなくなると、周囲はユリアンを見る。

本人はその立場を「借り物の椅子」だと思っている。

ヤンなら座らなかったであろう椅子。

自分も座っていないはずなのに、いつの間にか座らされている椅子。

養父ヤンから教わった「情報には発信者の利益をはかる方向が付いている」という考え方は、今でも使っている。

 

 「裏口の鍵は、キャゼルヌさんに預けます。できることは全部してください」

 ――旧同盟軍残党を正式には受け入れられないと決めたあと

 

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【カーテローゼ・フォン・クロイツェル・ミンツ】

 

『傘の会』白兵技術主任教官。

ユリアンの妻。

ワルター・フォン・シェーンコップの娘。

警察予備課程などで教官を務めている。

父の名や「傘の会会長の妻」という立場は教練場へ持ち込まない。

ただし受講生は全員知っている。

非武装を国是とする自治政府の互助隊に、白兵技術主任教官がいる。

そのことを特に不思議がる者もいない。

帝国編入協定との関係で教程の名称を改めた際にはかなり不満そうだった。

「回避機動」は「非常時操艇要領」。

「制圧」は「説得的接触」。

「夜間浸透」は「夜間歩行訓練」。

名称を変えれば書類上は軍事訓練ではなくなる、と説明されている。

 

 「便利な国ね」

 ――名称改定の一覧を見て

 

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【アレックス・キャゼルヌ】

 

バーラト自治政府事務総監。

旧同盟軍では補給と後方を担い、イゼルローン共和政府でも内政を切り回した。

現在も仕事の種類はあまり変わらない。

行政。

財政。

通商。

徴税。

庁舎の雨漏り。

「どこの部署にも属さない紙が最後に流れ着く机」が事務総監の机である。

アレクたちが士官学校の実習でハイネセンを訪れた際、実務協議の首席を務めた。

正面からできないことには別のやり方を探す。

旧同盟軍残党三十九名受け入れ判断の件では自治政府として正式に受け入れることはできないと理解したうえで、新しい名、戸籍、隠れ家を用意した。

本人いわく二十余年、痩せた台所で少ない材料をやりくりしてきたので、そういう仕事は得意らしい。

 

 「誰かが責任を取らにゃならんのなら、おれが取る。誰も責任を取らん国よりは、まだしもまともってもんだ」

 ――三十九名を裏から救う案に、帝国編入協定違反ではないかと問われて

 

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【ダスティ・アッテンボロー】

 

『ハイネセン・ジャーナル』論説委員。

元自由惑星同盟軍提督。

祖父と父の約束によって軍人になった男が四半世紀かけて父と同じ職業へ戻った。

現在は新聞記者。

軍人ではなくなったが戦術を見る目までなくなったわけではない。

カーテローゼから模擬空戦の判定員を頼まれたこともあるが断っている。

「書く側の人間が書かれる側に回ったら、誰が見張るんだ」

というのが理由。

ヤン・ウェンリーの伝記も書いている。

三年間、まだ序章を書き直している。

冒頭をどうするつもりなのかは酔うたびに喋るので周囲には知られている。

 

 「あの旗のために戦って、負けて、それでも旗を捨てなかった連中だぞ」

 ――三十九名を見捨てるべきだと言われて

 

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【フレデリカ・グリーンヒル・ヤン】

 

バーラト自治政府記録官。

ヤン・ウェンリーの妻。

評決権はない。

会議での発言も、議事に関する確認事項に限られる。

教程の名称改定では旧称、改定日、改定理由も附録に残すよう求めた。

会議にいたのは十数人。

その教程を使うのは五百万人。

あとから何が変更されたのか、誰でも確認できるようにするためである。

「確かめて、どうなるので」

と訊かれた答えは

「文句を言えます」

だった。

 

 「文句を言えない決定を積み重ねた国がどうなったかは、この部屋の全員が知っております」

 ――記録を残す理由を問われて

 

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【ムライ】

 

バーラト自治政府内務局長。

元自由惑星同盟軍人。

旧ヤン艦隊の参謀長。

事務処理に長け、規律と秩序を重んじる。

かつてヤン艦隊の会議では慎重論を言うことが多く、陰で「歩く叱言」と呼ばれていた。

本人はその役を嫌っていたわけではない。

誰かが冷や水を差さなければ艦隊はとうに沈んでいた、と考えている。

第一部でも役割はあまり変わっていない。

旧同盟軍残党の救援問題ではまず大逆罪と帝国編入協定の問題を指摘した。

助けたくないからではない。

助けた結果、自治そのものを失えばどうなるかを先に言うのがこの人の役目である。

 

 「嫌われ役だが、誰かが言わねばならん」

 ――三十九名の救援をめぐる評議で

 

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【ベルナール・コーツ】

 

バーラト自治政府評議会議長。

議長は評議員の互選による。

中年。

どこか醒めた目をした男。

理念よりも自治領が生き残ることを優先する現実派。

帝国への感情的な主戦論にも慎重だった。

旧同盟軍残党の受け入れには反対した。

三十九人を助けた結果、バーラトの自治そのものを失う危険があるためである。

「三十九人のために、この星の幾億を危険に晒すのか。感傷では国は守れん」

と述べている。

アレクがハイネセンを訪れた日には庁舎の外で皇帝を迎えた。

階段上の帝国旗と自治領旗はその日だけ同じ高さだった。

慣例では自治領旗のほうが一段低い。

晩餐会での挨拶は歓迎と協議への謝辞だけ。

長くは喋らなかった。

 

 「よい夜になりました」

 ――アレクが慰霊碑の死者へ杯を掲げたあと

 

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【バグダッシュ】

 

バーラト自治政府保安局次長。

地味な背広。

膝の上には手帳。

保安局には局長がいない。

「保安」という語が帝国編入協定に触れかねないため、責任者を置かず組織を曖昧なままにしている。

新任局員が自治政府の組織図を手帳に書いた際には

「消せ」

と命じた。

正確に描けば協定に触れる。

不正確に描けば役に立たない。

「どのみち持つだけ損だ」とのこと。

『傘の会』は登記簿上は民間団体。

隊員名簿にユリアン・ミンツの名前はない。

自治政府には「国防」を担当する部署も存在しない。

少なくとも書類上は。

教程の名称改定にも関わった。

フレデリカが旧称を記録に残すことを求めた際にはしばらく考えたあと認めている。

 

 「そんな部署はない」

 ――「国防」はどの部署が担当するのかと新任局員に訊かれて

 

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【ダニエル・トリューニヒト】

 

バーラト自治政府評議員。

旧自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトの息子。

父の姓をそのまま使っている。

変えることはできた。

しなかった。

アレクから理由を訊かれ、

「父の罪は、父のものです。私の罪ではない」

と答えている。

ただし父と無関係だったという顔をするために姓を変えることもしたくなかった。

若手の政治家で、演説を得意とする。

毎朝、中央交通広場に立つ。

「嫌われている者ほど、毎日誰よりも先に顔を見せなければ話も聞いてもらえない」

というのが本人の考え。

アレクを見送る朝も、宇宙港には来なかった。

いつもどおり広場で演説していた。

 

 「私の名はこの場では毒のようなものですので」

 ――皇帝へ名乗ったあと

 

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【オリビエ・ポプラン】

 

元自由惑星同盟軍の撃墜王。

カリンの操艇の師。

同盟が消えたあともハイネセンへは戻らなかった。

現在は帝都で民間の貨物艇を飛ばしている。

軍にも政府にも所属していない。

第一部ではカリンとの通信に登場する。

教本の名称が変わった話を聞かされ、

「相変わらず器用な国だな」

と笑った。

カリンから、亡き父シェーンコップなら何と言うかと訊かれたときは本人がまず言いそうにない台詞を答えている。

 

 「あの不良中年ならこう言うぜ。――名前なんぞ何でもいい。飯が旨けりゃな」

 ――シェーンコップなら名称改定をどう評するかと訊かれて

 

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【ラオ】

 

元自由惑星同盟軍士官。

アスターテ会戦の生存者。

当時はパトロクロスの艦橋にいた少佐。

パエッタ中将が負傷しヤンが指揮を引き継いだ場にもいた。

第一部ではヤンの伝記を書いているアッテンボローの取材に付き合っている。

三年ほど昔話をしているらしい。

ただし完成原稿は一行も見せてもらっていない。

アレクたちがハイネセンを訪れた際、アスターテ会戦について話した。

当時は砲術長も兼ねており主砲の号令を出したのも自分だったという。

ヤンが指揮を継いだ後、艦隊が次々と隊形を変えられた理由について、

「従ったんじゃありません」

と答えている。

次の隊形も変針時刻も、すべて端末に出た。

ヤンが敗北後のために、あらかじめ組んでいた。

アレクがその用兵を「勝ちに行く手として読むと合わない」と言ったとき、ラオは別の見方を示した。

 

 「帰す気、だったのだと思います」

 ――ヤンはアスターテで何をしようとしていたのかと問われて

 

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【旧自由惑星同盟軍残存勢力】

 

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【エイジ・クルス】

 

旧自由惑星同盟軍中将。

六十歳を越えた老提督。

かつてアムリッツァ会戦では第十艦隊のウランフ提督の麾下にいた。

ウランフが殿に立って味方を逃がしたあの日、クルスは生き残った。

その後もいくつもの戦場を生き延びた。

自由惑星同盟が滅びて十余年。

国がなくなったあとも、部下たちは彼を「提督」と呼んでいる。

廃棄されたことになっていた旧同盟艦艇を集め、艦隊を維持していた。

燃料も部品も食料も不足している。

撃たれた艦から使える物を外し別の艦を生かす。

一隻の骸から二隻を蘇らせることもあった。

十歳のアレクの初陣を待ち伏せした。

目的は少年皇帝を殺すこと。

聞けば名君の芽らしい。

だからこそ今のうちに殺す。

善い皇帝による専制はそれだけ長く続く可能性があると考えていた。

ミッターマイヤー、ミュラーらに敗北。

残った部下には退艦を命じたが自分は逃げなかった。

最後の通信は暗号ではなく全周波数の平文で送った。

戦場の帝国艦にも、味方にも、同じ声が届いた。

その艦隊から脱出した者の中に、若き日のイリヤ・ラザレフがいた。

 

 「善き皇帝の、次に来るものは、何か」

 ――アレクへ残した問い

 

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03 人物編Ⅲ 神聖黄金樹教国

 

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【暦について】

 

教国側では聖暦を使用します。

聖暦は「聖地受難紀元」の略称。

聖暦元年は宇宙暦八百年です。

聖暦二十二年=新帝国暦二十三年。

 

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【聖王と教団】

 

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【聖王ヴィルヘルミーネ】

 

神聖黄金樹教国の聖王。

年のころは十代前半。

金の髪を切らずに背へ垂らしている。

ヴィルヘルミーネは本名。

愛称で「ミナ」と呼ばれていた。

旧ゴールデンバウム王家の血を継ぐとされる。

かつての皇太子から分かれた傍系。

その末に彼女を置く系譜が教団によって作られている。

新帝国暦二十一年冬、聖都の大伽藍へ移される。

夜のうちに着き、夜のうちに奥へ通された。

迎えの列はない。

鐘も鳴らない。

持ってきた荷物は小さな行李が一つだった。

靴だけがよく履き古されていた。

大伽藍ではまず歩き方を教えられた。

次に「見られ方」。

壇の上の椅子に一刻座る。

それだけの稽古で、瞬きの数まで直された。

冬のあいだは一日一度、内庭を歩くことを許されていたがその時間も稽古に少しずつ削られた。

春になる前になくなった。

右手には真新しい指輪を嵌めている。

聖王のために鋳られ、聖王が死ねば砕かれる指輪である。

建国の日には聖王だけに許された白い衣を頭から足までまとった。

旧王朝の門閥貴族たちが膝をつく前で、教理院の用意した言葉を読み上げている。

 

 「名とともに、負いなさい」

 ――建国の日、自分に跪く旧門閥貴族に

 

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【慈母司牧アガーテ】

 

小柄な老女。

教国の最高位聖職者の一人。

建国式典では聖王の玉座の脇に置かれた小さな椅子に座っている。

椅子そのものには飾りがない。

ただしその場所の床だけが玉座より一段高い。

座ったアガーテの目と、立って報告する者の目がほぼ同じ高さになる。

衣も質素で、染めていない。

辺境の施療所で配られているものと、同じ布、同じ織りだった。

枢機卿たちは報告を終えるたび、玉座ではなくアガーテを見る。

報告には小さな頷きを一つ返す。

ヴィルヘルミーネを聖王の座へ導いた者でもある。

 

 「では鐘を」

 ――受難者の名が届いたことを確認して

 

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【スアーダ枢機卿】

 

神聖黄金樹教国の枢機卿。

宣撫・布教を担当する女性。

人を押し切るより、まず話を聞く。

戦災地では緋色の衣の裾を白墨で汚したまま、住民と同じ卓についていた。

星系代表たちは彼女の前で、

配給の列が消えた。

冬に凍えた者が出なかった。

船が週に二度来るようになった。

学校がまた開いた。

そういう話をしていた。

スアーダ自身はなかなか口を挟まない。

最後まで参加を拒んでいたヴェルニケが問いを発するまで、卓についた白墨を指で払って待っていた。

「そちらは何を取る」と問われた答えは

「世俗のことは皆様のものでございます」

だけだった。

この会合にはのちに第二聖団を率いることになるコンラート・フェルディナント・ベーレントも同席している。

別の時期にはクルス艦隊の生存者へ接触した。

バーラト自治政府は彼らを正式には受け入れられなかった。

その直後、スアーダの船がまず食糧と医薬品と毛布を送った。

条件は後だった。

ラザレフには自治政府を責めてはならないと話した。

正しくあろうとすれば誰かを見捨てなければならないこともある。

あなた方が悪いのではなく、その「正しさ」のために見捨てられる側になっただけだ、と。

戦えとも、名を捨てろとも言わなかった。

最後に確認したのはラザレフ自身の名前だった。

 

 「あなたは、あなたのままでよいのです。……イリヤ・ラザレフのままで」

 ――クルス艦隊の生存者に接触しラザレフへ

 

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【ヨーリク】

 

聖王守護。

聖王親衛艦隊『守護天使《シュッツェンゲル》』司令。

軍階級はない。

ヴィルヘルミーネの傍にいる青年。

教国軍十一個艦隊の司令名が読み上げられる建国式典でも、ヨーリクの名にだけ階級が付かなかった。

ミナが大伽藍へ移された翌朝から、その扉の前に立っている。

護衛の中ではもっとも若かった。

冬、内庭から戻ったミナの濡れた靴を火の間へ運び、乾かして戻したことがある。

頼まれたわけではない。

聖王が歩くときは常に半歩後ろ。

護衛の位置であり、同時に彼女がどこへ行くかを見る位置でもある。

ヨーリク自身も、かつて「聖園」にいた。

脱走時に書いた報告書には

「聖園を出るのに、クリュプタを利用した。途中で用済みになったので、地に還した。そのまま川へ流した」

とある。

第一部でそのクリュプタが生きていると知らされた。

外套の内側には決まった場所に小さな古い靴を一足しまっている。

建国式典の控えの間では各地の聖育院の子供たちを映す画面を一度も見なかった。

ミナが画面を見続けたとき、声をかけている。

 

 「見るなら、顔を覚えろ。列として見るな」

 ――聖育院の子供たちを画面上で見るミナに

 

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【アシェン】

 

教国側の青年。

聖園出身。

灰色の目を持つ。

背は高く、痩せている。

それ以外に目立つところがなく、会った翌日には顔を思い出せない、と書かれるような男。

第一部ではヨーリクのもとへクラインの情報を持って現れる。

アレク達の幼年学校時代。

ヴィレンシュタイン星系の惑星グラーツで、聖園へ子供たちを送る便の荷を見張っていた。

そこで皇帝たちと一緒にいたクラインを見ている。

当時はクリュプタだと気づかなかった。

後に映像を見て、同一人物だと分かった。

現在の所在も、名前も調べていた。

だが枢機卿には報告しなかった。

ヨーリクの前へ資料を置いたものの、ヨーリクは開こうとしなかった。

どこにいるのか。

何と呼ばれているのか。

どう生きてきたのか。

何一つ訊かなかった。

アシェン自身も、なぜ枢機卿へ報告しなかったのか説明できなかった。

 

 「……分からない」

 ――なぜ報告しないのかとヨーリクに訊かれて

 

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【教国軍】

 

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【エードゥアルト・フォン・グレーフェンベルク侯】

 

大聖将。

第一聖団『黄金樹』の政治的領袖。

旧門閥貴族。旧王朝ではブラウンシュヴァイク公の閥に所属していた。

新帝国で居場所を失った旧貴族たちをまとめ、第一聖団を作った。

実際の軍務はシュタイガーが担う。

だが教国で与えられた位階はグレーフェンベルクのほうが上である。

教国軍の通常の軍服は着ない。

灰褐色の生地に黄金樹を織り込んだ、自分用の服を着ている。

屋敷の廊下には歴代当主の肖像が並ぶ。

「グレーフェンベルク家五百年でな」

と、本人が扇子で一枚ずつ説明する。

旧王朝の内乱ではがイエスブルク要塞から脱出した。

本人はそれを逃亡とは呼ばない。

「損切り」と呼ぶ。

最初の数分だけ話せば、いかにも旧門閥貴族らしい人物に見える。

ただし貴族連合の敗北後も生き残り、旧門閥貴族をまとめ、実際に第一聖団を作った男でもある。

建国式典では世俗諸侯の代表として聖王の前に膝をついた。

膝が床に触れる直前、一拍だけ間があった。

誰の目にも、老いた膝を労ったようにしか見えなかった。

 

 「相変わらず、銭のかからぬ望みよ」

 ――シュタイガーが初陣に望むものを「兵を連れて還ること」と答えて

 

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【オットフリート・シュタイガー】

 

聖将。

第一聖団『黄金樹』司令。

〈マルス〉艦隊を直率する。

旗艦ベルトルト。

旧帝国軍人。

平民出身。

旧王朝時代、家柄も後ろ盾もないまま大佐まで昇り、艦隊の首席参謀を務めた。

ビッテンフェルトの若いころの上官でもある。

旧王朝末期、敗北寸前の艦隊で後退を進言した。

司令官に拒否されると殴り倒し指揮権を奪って艦隊を連れ帰った。

帰還した兵は一万一千。

オーディンで待っていたのは感状ではなく軍法会議だった。

罪状は

上官への暴行。

指揮権の簒奪。

どちらも事実だった。

軍を追われた後、新帝国暦十六年には辺境の倉庫で夜警をしている。

宵の五時に鍵を預かり、朝の五時に返す。

十二時間で六巡。

二時間おき。

一巡三千二百歩。

雨でも雪でも同じ。

巡回が終わるたび胸の内で、

「異常なし」

と唱えた。

報告する相手はもう二十年以上いなかった。

建国の日には三個艦隊三万隻を預かる立場となっている。

それでも定時照会への返答は

「異常なし」

だった。

祈燈についても宣言が終わるまで点けるな、と命じた。

「兵に光を見せるのは最後だ」

この発言は聖廉院の司祭に記録されている。

皇帝を追うラスバッハにも、補給と帰路の燃料を理由に追撃中止を命じた。

 

 「兵を連れて還ることで、ございます」

 ――初陣に何を望むかとグレーフェンベルク侯に問われて

 

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【ゴットフリート・フォン・メルゼブルク】

 

聖将。

第一聖団〈ウィルトゥス〉艦隊司令。

旗艦ウェルキンゲトリクス。

元帝国軍大佐。

マリーンドルフ伯爵家の縁戚にあたる家の出身。

ヒルダとは子供のころから面識がある。

辺境勤務が長かった。

新帝国暦十九年、上級司令部の命令に背いて艦を動かし軍法会議にかけられた。

二十七歳。

事実関係は争わず予備役編入。

判決についても

「命令に背いた士官を処分しないような軍では困ります」

と認めている。

ただし

「同じ状況になれば、私はまた同じことをします」

とも言った。

その後、爵位と領地を帝国へ返還。

メルゼブルク家を自分の代で閉じた。

やがて教国へ渡り、第一聖団の艦隊司令となる。

建国の日、ウィルトゥス艦隊一万隻は他の教国艦隊とは違う動きを見せた。

餌に食いつかない。

追わない。

速度を上げない。

無理に戦列を伸ばさない。

斉射間隔も七十秒ちょうどではない。

それでも照準にも戦列にも乱れがない。

帝国軍の殿軍「三脚架」が初めて詰ませることのできなかった相手でもある。

同じ第一聖団のラスバッハから「拾われた」と言われた際にはそれを否定した。

 

 「降りたのだ」

 ――「私は拾われた覚えはない」と続けて

 

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【ヴィクトール・フォン・ラスバッハ】

 

従聖将。

第一聖団〈ベローナ〉艦隊司令。

旧帝国貴族。

旧王朝時代の帝国軍元大佐。

サイオキシン麻薬の密売組織を率いていた。

ブラウンシュヴァイク公を寄親とする門閥貴族の出身だったが本人の所業によって家名は取り潰されている。

二十年ほど前、摘発の直前に姿を消した。

第一部ではクライン拉致事件の指揮官として再び姿を現す。

うすら笑い。

粘つく語尾。

ただし部下へ本気で命令を出すときは両方が消える。

指揮そのものは有能。

教国の典礼をありがたがっている様子もない。

建国の日にはシュタイガーが皇帝追撃を中止したあと、独断で聖赦執行隊――通称『野犬』を投入した。

七隻。

皇帝を獲れば独断は手柄になる。

失敗すれば野犬が七匹消える。

その程度にしか考えていなかった。

独断行動は艦隊司祭によって「逸脱」として記録された。

 

 「迷子の皇帝を食ってこい」

 ――『野犬』七隻を回廊へ放って

 

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【フーゴー・レーム】

 

第一聖団『ベローナ』艦隊所属。

階級は聖一佐。帝国軍の大佐に相当する。

ラスバッハの傍で、命令を実際の手順へ落とす役にいる。

第一部ではクライン拉致事件と建国の日に登場。

拉致事件では

「やはり殺しますか」

とわざと言ったあと、

「――失礼、『聖赦』でしたな」

とわざわざ言い直している。

建国の日、ラスバッハから『野犬』を放てと命じられる。

レームはまず回廊の幅と残存燃料を確認した。

それから、

七隻。

と答えた。

目標。

生死。

燃料。

帰還の要否。

必要なことを順に確認していく。

ラスバッハの命令がどれほど無茶でも、レームは淡々と確認し、処理するだけである。

 

 「七隻までです」

 ――『野犬』を放てと命じられて

 

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【コンラート・フェルディナント・ベーレント】

 

聖将。

第二聖団『律法《レクス》』司令。

艦隊は直率しない。

旧帝国軍人。

旧王朝時代にはリッテンハイム侯の家令で帝国軍大佐の階級を有していた。

アルテナ、キフォイザーの両会戦に参加。

どちらの敗戦でも、自分の部隊だけは隊形を保ち、退却を援護している。

新王朝への任官を希望した。

だが資格審査で、

「旧主家残党との関係を断ち切れぬ懸念あり」

として不許可。

その後、消息不明となった。

第一部でその記録を見つけたのは士官学校時代のアレクたちである。

教国では第二聖団を率い、兵站と行政を担当する。

建国の日、聖管区三十四の行政移管が完了しても、完成した図を眺めなかった。

次の仕事がすでに机に来ていたからである。

 

 「本日以後の報告書は聖暦で受け付けます。書式の改訂版を各部へ」

 ――建国宣言の直後、退がりかけた部下を呼び止めて

 

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【ジェイク・カザリス】

 

聖将。

第三聖団『フェザーン』司令。

〈メルクリウス〉艦隊を直率する。

元武装商船団の頭目。

自治領時代のフェザーン生まれ。

最初の仕事は港の倉庫での検数だった。

やがて船を持ち、船が集まり、武装するようになった。

本人たちは「武装商船団」。

帝国軍と同盟軍は「海賊」と呼んでいた。

商売相手には荷の中身よりも

いつ届くか。

いくら払うか。

を訊く。

新帝国暦十四年、辺境海賊の掃討によって、それまでの商売が立ち行かなくなった。

そこへ大量の食糧、医薬品、建材などを辺境へ運びたいという依頼が来る。

前払い。

合法品。

相場より高い運賃。

カザリスは引き受けた。

その契約港は年々増えていく。

やがて

「どこまでが契約航路で、どこからが国だか、俺にも分からねえ」

ところまで来た。

建国の日には聖将用の礼装を着崩し建国放送より輸送状況を確認していた。

壁には黒地に金糸のズッケットが掛けっぱなしだった。

 

 「骨の髄までフェザーンの商売人のこの俺が、聖なる将軍サマだとよ。最高の笑い話だぜ」

 ――聖将になった自分について

 

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【ダンカン】

 

従聖将。

第三聖団副司令。

かつてはカザリスの武装商船団の副頭目。

フェザーンの場末で積荷をかすめていたころからカザリスと一緒にいる。

呼び方だけが

「副頭目」

から、

「聖団副司令」

に変わった。

 

 「笑ってるの、頭だけですぜ」

 ――建国放送を待つ管制塔でカザリスに対して

 

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【ニコラス・ブルーメンタール】

 

聖将。

第四聖団『聖戦《クルセイド》』司令。

旧自由惑星同盟軍人。

第四聖団には旧同盟軍人が多い。

古参兵の中には教国軍の上衣の裏、心臓の位置に旧同盟軍の徽章を縫いつけた者もいる。

ブルーメンタール自身も、襟を直すとき一度だけ左胸の内側へ触れている。

彼が集めた者たちの中には救国軍事会議に加わった者もいた。

 

 「死なせるために集めたのではない」

 ――集めた旧同盟軍人たちについて

 

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【イリヤ・ラザレフ】

 

従聖将。

第四聖団〈ディス〉艦隊司令。

エイジ・クルス艦隊の生存者。

新帝国暦十三年、アレクの初陣でクルス艦隊が敗れたとき、二十歳そこそこの若い士官だった。

上官たちは全員死亡。

漂流する艦の中で、いつの間にかいちばん上の階級になった。

生存者は三十九名。

水。

食糧。

空気。

残量を人数で割って日数へ直す。

何度計算しても

あと十日。

だった。

自由惑星同盟が滅びたのは彼が物心のつく前。

議会も選挙も見たことがない。

民主共和政は記録映像と老兵の昔話の中にしかなかった。

それでもその話のために戦っていた。

バーラトへ救援を求めたが正式な受け入れは拒否された。

別の名と戸籍を与えられ、隠れて生きる道を用意される。

その途中で、スアーダ枢機卿の船に拾われる。

辺境で十年以上にわたって海賊と戦い、やがて教国軍第四聖団の艦隊司令となった。

 

 「では、いつか私も選挙を見られますか」

 ――旧同盟の議会についてブルーメンタールから聞いて

 

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【艦隊司令】

 

以下の五名は第一部では、建国時の編成読み上げや展開報告で名前が出る程度です。本格登場は二部以降。

 

第二聖団〈サトゥルヌス〉艦隊司令

 バルタザール・フォン・ブレドウ聖将

 

第二聖団〈ウルカヌス〉艦隊司令

 イングリット・メスナー従聖将

 

第三聖団〈フォルトゥナ〉艦隊司令

 ミロシュ・コルダ従聖将

 

第四聖団〈フリアエ〉艦隊司令

 テオドール・ハーゲン従聖将

 

第四聖団〈レムレス〉艦隊司令

 サミュエル・ホロウェイ従聖将

 

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04 第一部簡易年表

 

「いつの話だっけ」となったときの確認用です。

 

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【新帝国暦十一年】

 

アレク、フェリックスらの幼少期。

ビッテンフェルト、アイゼナッハら帝国元帥たちと接し剣術や軍人としての考え方を教わる。

 

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【新帝国暦十二年 初夏】

 

九歳のアレク、帝国軍士官学校の卒業式に臨席。

 

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【新帝国暦十三年】

 

九月、アレク十歳。

帝国幼年学校へ入学する。

入学時の首席はハインリヒ・フォン・アイゼンベルク。

フェリックス、クライン、トビアスらも同じ学年にいる。

 

十一月、アレクが皇帝として初陣へ。

旧自由惑星同盟軍中将エイジ・クルス率いる残存艦隊の待ち伏せを受ける。

ミッターマイヤー、ミュラーら帝国軍がクルス艦隊を撃破。

帝国側戦死者は約一万二千人。

アレクは戦死者全員の名を憶えようとして果たせなかった。

クルスは

「善き皇帝の、次に来るものは、何か」

という問いを残す。

 

十二月、イリヤ・ラザレフらクルス艦隊の生存者三十九名が暗礁宙域を漂流。

バーラト自治政府は正式な受け入れを断るが、新しい名と戸籍、隠れ家を用意する。

三十九名は指定された座標へ向かう途中で、スアーダ側の船と接触。教団に拾われる。

自治政府の連絡員のもとへは現れなかった。

 

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【新帝国暦十四年】

 

ステュクス宙域で、旧同盟軍人らによる武装集団を帝国軍が掃討。

この作戦でシェパード、リヒター、アルブレヒトの三人が同じ指揮系統に入る。

後の『三脚架』である。

帝都ではアレクを狙った『毒杯』の事件が起きる。

秋、辺境で海賊の掃討が進み、ジェイク・カザリスの商売にも空白ができた。

その空白へ、新しい荷主が入ってくる。

 

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【新帝国暦十五年】

 

春、カザリス商会の船がキベロンへ麦、薬、建築資材などを運ぶようになる。

荷主は運賃をきちんと払い、現地の荷役人の日当まで指定した。

夏には帰りの空船まで満額で借り上げる契約が加わる。

カザリスは客が荷だけでなく航路そのものを押さえようとしていることに気づく。

契約は続けた。

 

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【新帝国暦十六年】

 

春、ハインリヒの弟エルンストが幼年学校へ入学。

秋、アレクたちは訓練航海中、辺境で続いていた子供たちの失踪事件に遭遇する。

事件の中で、クラインの過去につながる最初の痕跡が現れた。

保護された少女リーゼの身元保証人欄にはクラインが自分の名を書く。

同じ秋、アレクたちはハイネセンを訪問。

旧自由惑星同盟の人々と初めてまとまった時間を過ごす。

 

冬、辺境の港湾穀物倉庫で夜警をしていたオットフリート・シュタイガーのもとへ、グレーフェンベルク侯の使者が来る。

置いていかれた艦隊運用案をシュタイガーは一晩かけて朱で直した。

 

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【新帝国暦十七年】

 

春、ローデリヒ・フォン・グルックスブルクが幼年学校の進路競争から脱落する。

アレクたちへの反感を深め、やがて帝国を離れた。

同じ春、シュタイガーはグレーフェンベルク侯と会う。

その後、倉庫の夜警を辞めた。

 

十二月八日、キベロン事件。

帝国軍による軌道爆撃で多数の住民が死傷する。

 

 

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【新帝国暦十八年】

 

一月、キベロン事件をめぐる軍事法廷。

同じころ、被災地キベロンでは白い外套をまとった少女ミナが人々の前へ姿を見せ始める。

秋、アレク、フェリックス、クライン、ハインリヒ、トビアスらが帝国軍士官学校へ入学。

同じ年次にカーラ、リディアがいる。

 

冬、旧自由惑星同盟軍人ニコラス・ブルーメンタールが旧同盟軍の補給基地跡へ姿を見せる。

 

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【新帝国暦十九年】

 

士官学校で戦史再演演習が続く。

いずれも、父たちの時代に実際に行われた戦いを教材とする演習である。

 

同じ年、帝国軍大佐ゴットフリート・フォン・メルゼブルクが上級司令部の命令に背いて艦を動かす。

軍法会議では事実関係を争わず予備役編入。

その後、爵位と領地の返還、メルゼブルク家の閉鎖を摂政ヒルダへ申し出た。

 

冬、キベロンで七つの旧同盟星系の代表者が集まる。

そこにはスアーダ枢機卿と、コンラート・フェルディナント・ベーレントもいた。

造船所、雇用、星系議会の復設などについて話が進む。

 

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【新帝国暦二十年】

 

夏、演習中の命令違反をめぐって査問が行われる。

アレクたちも候補生として証言した。

その後、フェリックスは政治学の答案を自分で書き直す。

実父オスカー・フォン・ロイエンタールを「反逆者」の一語だけで評価することへの疑問を書き足し評価は二段階下がった。

 

秋、第三学年となった彼らが新入生の受け入れを手伝う。

二年前、軍靴を受け取った側だったフェリックスは今度は窓口の内側に立った。

 

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【新帝国暦二十一年】

 

秋、士官学校の大規模評価戦。

アレク、フェリックス、クライン、ハインリヒ、トビアスの五人が一つの指揮班を組み、常設教導隊を相手に戦う。

勝利条件だった増援到着まで、あと十一秒。

その後、豪雨災害の救助にも投入される。

 

同じ秋、クライン失踪事件。

事件の中で、クラインを「クリュプタ」と呼ぶ者の存在が明らかになる。

 

冬、アレクたちはハイネセンを再訪。

バーラト自治政府の実務、無籍者問題、帝国との関係を見る。

 

同じ冬、エコニアの大伽藍では白い外套の少女が聖王となるための教育を受けている。

 

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【新帝国暦二十二年】

 

初春、士官学校の公開統合演習。

幼年学校最上級生となったエルンストが兄ハインリヒの指揮を見学する。

その日の午後、エルンストは士官学校進学志願書を兄へ差し出した。

ハインリヒは最後まで軍務への反対を撤回しなかった。

それでも保証人欄には署名した。

 

初夏、アレクたちが帝国軍士官学校を卒業。

フェリックス、クライン、ハインリヒ、トビアス、リディア、カーラらはそれぞれ別の任地へ赴く。

アレクは同期を自分の側近として集めなかった。

その後、十九年にわたったヒルダの摂政政治が終了。

アレクの親政が始まる。

 

夏、帝国軍六個正規艦隊から部隊を抽出した合同査閲演習。

アレクも総指揮官として演習に参加し他の指揮官と同じく査定の対象となった。

 

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【新帝国暦二十三年 十一月】

 

卒業から一年余り。

軍務省輸送管制局に勤務するトビアスが北西辺境の複数の中継港で高純度燃料の備蓄が増えていることに気づく。

買い手も港もばらばらだった。

違法な取引ではない。

備蓄量も警戒基準には達していない。

しかし増えている場所を航路上でつなぐと、艦隊を動かすために燃料を先回りして置いているように見えた。

ロフォーテン中継所のリディア中尉も数値を確認しトビアスの照会番号を自分の台帳へ結ぶ。

報告は正規の経路へ提出された。

回答は「所見なし」。

 

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【新帝国暦二十三年十二月】

 

アレク、北西辺境巡察へ出発。

フェリックス、クライン、ハインリヒ、トビアス、カーラも、それぞれ別の所属から巡察任務群へ出向する。

リディアはロフォーテン中継所勤務のままだった。

 

十二月二十五日正午。

神聖黄金樹教国が建国を宣言。

七つの星系議会が開かれ、四聖団十個艦隊と聖王親衛艦隊が行動を開始する。

教国軍の艦隊は、建国宣言より前に攻撃予定宙域へ展開を終えていた。

巡察中の皇帝船団はそのまま交戦圏に取り残される。

タナトス星系では放送の発信源へ向かった帝国軍ザントフォス分艦隊五千隻が壊滅。

マーロヴィア星域では通常航路を失った帝国船団が旧・第七採掘航路へ入る。

トビアスは最後の船団を通すため回廊の管制に残った。

最後の梯団四百二十人の通過を確認後、トビアスが戦死。

二十年余続いた平和はここで終わる。

 

 

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【新帝国暦三十年一月】

 

序章『若獅子、宙に在り』。

ガンダルヴァ星系で、帝国軍・自治政府軍と神聖黄金樹教国が大規模に交戦している。

第二部以降で予定されている。

 

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05 勢力・軍事組織編

 

第一部終了時点で確認できる勢力と、主な軍事組織をまとめたものです。

 

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一 勢力

 

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【ローエングラム朝銀河帝国】

 

先帝ラインハルト・フォン・ローエングラムが銀河を統一して成立した帝国。

第二代皇帝はアレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラム。

帝都はレーヴェンシュテルン。

旧称フェザーン。

第一部開始時点ではラインハルトの死から十年以上が過ぎている。

長く続いた帝国と自由惑星同盟の戦争も、若い世代にとってはすでに教科書で学ぶ時代になりつつあった。

幼い皇帝に代わり、皇太后ヒルダが摂政として帝国を統治。

アレクの士官学校卒業後、その年の夏に摂政政治が終わり、親政へ移った。

軍にはミッターマイヤー、ミュラー、ビッテンフェルト、ワーレン、アイゼナッハら、ラインハルト時代からの提督たちが残っている。

第一部の大半では銀河の統一国家であり、まとまった外敵を持っていなかった。

 

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【バーラト自治政府】

 

旧自由惑星同盟の首都ハイネセンを中心とする自治政府。

独立国家ではなくローエングラム朝銀河帝国内の自治領である。

政治制度は評議会制。

議長は評議員の互選によって選ばれる。

帝国との法的関係を定めるのは『帝国編入協定』。

軍事面には厳しい制約があり、第一部終了時点では原則として非武装である。

自治政府には「国防」を担当する、旧同盟での「国防委員会」に相当する部署がない。

保安局は存在するが局長職は空席。

「保安」という名称そのものが帝国編入協定との境界にあるため、あえて責任者を置かず次長のまま運営されている。

ユリアン・ミンツは自治政府の元首でも議長でもない。

公職にも就いていない。

 

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【『傘の会』】

 

正式名称はバーラト星系市民安全互助隊。

通称『傘の会』。

民間の非営利互助組織である。

会長はユリアン・ミンツ。

新帝国暦十六年時点で、参加者は約五百万人。第一部終了時点では約一千万人。

災害救助、応急医療、避難誘導、通信、小型艇の操縦や整備など、非常時に市民同士で助け合うための技能を教えている。

招集の知らせは

「今週末、雨の予報」

という一行で届く。

ハイネセンの天候は管理されているため予定にない雨は降らない。

それでも参加者は荷物をまとめ、

「天気が崩れるらしい」

と言って家を出る。

家族も意味を知っている。

「傘を忘れないで」

と送り出す。

『傘の会』は軍隊ではない。

武装艦隊もなければ自治政府から戦闘命令を受ける仕組みもない。

ただし旧同盟軍人たちが持っていた技能の一部は市民向けの教程に形を変えて残っている。

白兵戦の「制圧」は「説得的接触」。

軍用機に近い操縦訓練にも、長い民間向けの名称が付けられている。

名前が変わっても昔の軍人には何を教えているのか分かる。

 

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神聖黄金樹教国(サンクタ・アルボル・アウレア)

 

新帝国暦二十三年十二月二十五日、旧自由惑星同盟領辺境で建国を宣言した政教一致の神権国家。

旧い地球の言葉で「サンクタ・アルボル・アウレア(聖なる黄金の樹)」と自称する。

略称は「教国(アルボル)」。

聖王ヴィルヘルミーネを戴く。

教団中枢には慈母司牧アガーテと枢機卿団がいる。

独自の紀年法『聖暦』を使用する。

聖暦は『聖地受難紀元』の略称。

聖暦元年は宇宙暦八百年。

聖暦二十二年が新帝国暦二十三年にあたる。

教国が元年とするのは旧地球教が滅びた年ではない。

その翌年、辺境で教団が子供たちを養っていた施設が焼かれた事件を起点としている。

共同建国七星系は

タナトス

トリプラ

ライガール

ロフォーテン

タッシリ

エリューセラ

リオ・ヴェルデ。

聖都はタナトス星系ラディークス。

建国宣言と同時に、七つの星系議会が再開された。

復設された議会の任期は百八十日。

その間に普通選挙を実施する。

ただし

信仰

聖録

教育

命名

婚姻

聖育

国家防衛

聖義

に属する事項は慈母司牧と枢機卿団の裁可に服する。

 

教国は一つの民族や一つの旧国家がそのまま形を変えて成立した国ではない。

旧門閥貴族。

旧帝国軍人。

官僚。

商人。

輸送業者。

旧自由惑星同盟軍人。

反帝国武装勢力。

戦災地の住民。

 

出自の異なる人々が約二十年かけて辺境へ集まっている。

建国宣言が出された時点では七星系の行政移管も物流網の整備も、艦隊の展開もすでに進んでいた。

 

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二 銀河帝国軍

 

最高統帥者

 アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラム皇帝

宇宙艦隊司令長官

 ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥

軍務尚書

 ウルリッヒ・ケスラー元帥

統帥本部総長

 オットー・ザルツマン大将

 

第一部終了時点の平時常備宇宙艦隊は六個正規艦隊。

 約九万隻。

 一個正規艦隊はおおむね一万五千隻である。

 これは帝国軍全体が九万隻という意味ではない。

 地方警備部隊、要塞部隊、基地部隊、輸送・後方部門などは別に存在する。

 

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【ミュラー艦隊】

 

司令

ナイトハルト・ミュラー元帥

旗艦

パーツィバル

皇帝直衛を担うことが多い艦隊。

防御に優れる。

司令官ミュラーの異名は『鉄壁』。

 

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黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)

 

司令

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト元帥

全艦を黒く塗装した攻撃艦隊。

高速で敵陣へ入り、戦列を破ることを得意とする。

 

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【ワーレン艦隊】

 

司令

アウグスト・ザムエル・ワーレン元帥

攻撃だけに偏らず補給艦や救難艦まで含めて戦列を組む。

損傷艦を引き取る場所や退路を戦う前から用意する。

親政後の合同演習では幕僚たちに退避航路案を競わせていた。

最善案への賞品は元帥秘蔵の酒一本。

銘柄は明かされなかった。

 

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【アイゼナッハ艦隊】

 

司令

エルンスト・フォン・アイゼナッハ元帥

司令官の異名は『沈黙提督』。

アイゼナッハ本人はほとんど喋らない。

長く仕えた幕僚たちはわずかな身振りから命令を読み取り、艦隊へ伝える。

初めて見る者には奇術に見える。

本人たちには日常である。

 

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【メルカッツ艦隊】

 

司令

ディートリヒ・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将

教範どおりの古典的な艦隊戦を得意とする。

七元帥より年長で、軍歴も長い。

父は旧ゴールデンバウム朝の宿将ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ。

父が帝国を去った際、ディートリヒは帝国軍に残った。

その後も二十年以上軍務を続けている。

昇進を禁じる規則はない。

ただ、上級大将や元帥への推薦は一度も上がらなかった。

 

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【ヴェストファーレン艦隊】

 

司令

ヴェストファーレン中将

慎重な運用で知られる。

突出する艦も、遅れる艦も少ない。

華々しい突破を得意とする艦隊ではないが後退を始めても隊列を崩さない。

親政後の合同演習では輸送群の護衛と離脱を任された。

その麾下の水雷戦隊にカーラ・ビッテンフェルトが所属している。

 

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【司令長官直属機動集団】

 

指揮

ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥

常設の七個目の正規艦隊ではない。

必要に応じて中央予備や各艦隊から高速艦艇を集め、宇宙艦隊司令長官の手元に置く機動予備。

将兵からは『ミッターマイヤー艦隊』と呼ばれる。

 

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【第五特務戦隊『三脚架』】

 

チェンイー・シェパード。

レオンハルト・リヒター。

アルブレヒト・フォン・ミュッケンベルガー。

三人の士官を組み合わせた部隊。

始まりは新帝国暦十四年の辺境掃討戦だった。

三人は士官学校の同期だが性格も得意分野もかなり違う。

士官学校の評価戦でアレクたちが対戦したころには三人とも大佐。

三個戦隊の指揮官として対等に並んでいた。

三人まとめて『三脚架《ドライフース》』。

第一部最後の戦闘では三人とも准将となり、帝国船団の殿軍へ加り、教国軍第一聖団二万隻と交戦。

 

 

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三 神聖黄金樹教国軍

 

教国軍(サンクタ・ミリティア)は四つの『聖団』と、聖王直属の親衛艦隊から成る。

 

四聖団に十個艦隊。

親衛艦隊が一個。

計十一個艦隊、約十一万隻。

 

一個艦隊は原則として約一万隻である。

 

ただし四つの聖団は出自も軍歴も異なる。

 

 

同じ国号の下にいるが第一部終了時点では各聖団の独立性もかなり高い。

将官位階は

大聖将⇒聖将⇒従聖将

の順。

 

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【第一聖団『黄金樹《ゴールデンバウム》』】

 

旧門閥貴族、その家臣団、旧帝国軍人を主な母体とする。

政治的領袖

エードゥアルト・フォン・グレーフェンベルク侯大聖将

 

聖団司令

オットフリート・シュタイガー聖将

 

〈マルス〉艦隊

司令 オットフリート・シュタイガー聖将

旗艦 ベルトルト

 

〈ベローナ〉艦隊

司令 ヴィクトール・フォン・ラスバッハ従聖将

 

〈ウィルトゥス〉艦隊

司令 ゴットフリート・フォン・メルゼブルク聖将

旗艦 ウェルキンゲトリクス

 

※ グレーフェンベルク侯が政治上の上位に座り、実際の戦闘指揮はシュタイガーが担う。

 

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【第二聖団『律法《レクス》』】

 

旧官僚、軍政、兵站、技術、行政実務に携わってきた者を多く抱える。

 

聖団司令

コンラート・フェルディナント・ベーレント聖将

 

ベーレント自身は艦隊を直率しない。

 

〈サトゥルヌス〉艦隊

司令 バルタザール・フォン・ブレドウ聖将

 

〈ウルカヌス〉艦隊

司令 イングリット・メスナー従聖将

 

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【第三聖団『フェザーン』】

 

商人、輸送業者、武装商船、船乗りなどを主な母体とする。

 

聖団司令

ジェイク・カザリス聖将

 

聖団副司令

ダンカン

 

〈メルクリウス〉艦隊

司令 ジェイク・カザリス聖将

 

〈フォルトゥナ〉艦隊

司令 ミロシュ・コルダ従聖将

 

カザリスの武装商船団時代からの人間が多い。

軍隊になっても輸送と航路を扱う仕事は変わっていない。

 

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【第四聖団『聖戦《クルセイド》』】

 

旧自由惑星同盟軍人、救国軍事会議に関わった者、反帝国武装勢力などを多く抱える。

 

聖団司令

ニコラス・ブルーメンタール聖将

 

〈ディス〉艦隊

司令 イリヤ・ラザレフ従聖将

 

〈フリアエ〉艦隊

司令 テオドール・ハーゲン従聖将

 

〈レムレス〉艦隊

司令 サミュエル・ホロウェイ従聖将

 

旧同盟軍の艦艇や運用経験がもっとも目につく聖団でもある。

 

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【聖王親衛艦隊『守護天使《シュッツェンゲル》』】

 

四聖団とは別に置かれた聖王直属の艦隊。

司令

ヨーリク

肩書は『聖王守護』。

軍階級は持たない。

 

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【艦隊司祭】

 

教団側から艦隊へ付けられる聖職者。

軍の指揮官が選任する役職ではない。

第一部では艦隊司祭が着任した際、

「務めの許すかぎり喜んで従う」

と指揮官へ答えている。

つまり、軍の命令には従う。

ただし『務め』と衝突しない範囲で、という留保が付く。

また聖廉院の監察司祭が戦闘司令部へ同席する例もある。

建国の日、シュタイガーの後ろには三人の監察司祭が座っていた。

見ることと、記録することが役目だった。

ラスバッハが命令から外れて『野犬』を放った際にも、

「逸脱は記録されました」

と告げられている。

軍の中に、教団の目がいる。

 

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四 開戦時の主力艦隊比較

 

銀河帝国軍

 六個正規艦隊

 約九万隻

 一個正規艦隊=約一万五千隻

 

神聖黄金樹教国軍

 十一個艦隊

 約十一万隻

 一個艦隊=約一万隻

 

単純な艦隊数では建国時の教国軍が帝国の平時常備主力を上回る。

ただしこれは双方の軍事力全体をそのまま比較した数字ではない。

帝国側の九万隻には地方警備部隊、要塞部隊、後方部隊などを含めていない。

教国側の十一万隻は四聖団十個艦隊と聖王親衛艦隊を合わせた数字である。

 

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06 第一部で判明した神聖黄金樹教国軍の戦い方

 

以下は第一部終了時点までに、帝国軍が観測したか、読者が見た範囲のみです。

教国側の呼称と帝国側の記録名が異なるものについては両方を併記しています。

 

ただしタナトス星系の項は例外です。

生きて帰った艦は両手で数えられるほどで、生存者の報告も一致していません。

あの星系で起きたことは、読者が見た範囲であり、帝国軍が組織として把握した内容ではありません。

 

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【開戦前の潜伏】

 

建国宣言に先立ち、教国軍はすでに攻撃予定宙域へ入っていた。

艦体は反射を殺した灰色。

灯火はなく、機関も最低出力。

兵は戦闘配置についたまま祈っている。

濃灰の小帽(ズッケット)をかぶった兵も、深緋の小帽をかぶった士官も同じ姿勢だった。

胸に小さな樹をつけた者もいる。

識別番号だけの者もいる。

祈っている言葉は同じだった。

指揮官の卓では数字が一つずつ減っていた。

若い兵がいつまで祈るのかと訊いた。

答えは

「時刻までだ」

だった。

数字が零になると、その宙域から艦隊は消えていた。

建国宣言を聞いてから出撃準備を始めたわけではない。

宣言の時点で、すでに所定の場所まで来ていた。

 

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【祈燈(帝国側の記録名〈光帯〉)】

 

教国艦は攻撃に入る際、艦体の外殻そのものを発光させる。

光っているのは文字である。

確認された文面は

 

「根は母へ

 枝は星々へ

 名は聖録へ」

 

教国側ではこの発光を『祈燈』と呼ぶ。

帝国側は当初、正体が分からないまま〈光帯〉と記録した。

祈燈そのものに攻撃力はない様子にもみえるが、詳細な用途は開示されていない。

扱いも艦隊ごとに同じではない。

 

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【鐘について】

 

帝国軍は第一部を通じて、三つの異なる場面で鐘を観測している。

 

斉射の律動を刻む鐘。

散った小群を集中させる鐘。

タナトスで鳴り続けた鐘と、その中に開いた穴。

 

同じ仕組みなのか、別々のものなのかは判明していない。

共通しているのは、鐘が鳴ってから何かが起きるまでに、必ず一定の間があることだけである。

鐘そのものが照準を狂わせた例は一度もない。

 

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【斉鐘斉射】

 

多数の艦が鐘の律動に合わせて同時に射撃する。

一隻が撃ち、それを見て他艦が続くわけではない。

祈燈が一斉に増光する。

そこから七十秒後に斉射。

さらに七十秒後に次の斉射が来る。

 

帝国軍観測班は開戦からの発射時刻を記録した。

斉射間隔は七十・〇秒。

百三十一回。

コンマ一秒の揺れもなかった。

 

ただし、この記録に第一部で確認できる限りでは第一聖団〈ウィルトゥス〉艦隊は含まれていない。

同艦隊は七十秒の前後で揺れている。

詳細は後述。

 

斉鐘斉射には二つの形がある。

 

一つは数千隻が同じ目標へ撃つもので、一回の斉射が重い。

光の柱となって艦隊に落ち、消滅させる。

 

もう一つはタナトスで観測された。

離れた攻撃群が、それぞれ別の場所へ火力を集中している。

一万隻が一つの標的へ撃ったのではない。

それでも射撃の時刻が揃っていた。

 

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【鐘による集中】

 

鐘には別の使われ方もあった。

旧同盟型の駆逐艦四百隻が十隻、二十隻ほどの小さな群れに分かれて船団周辺へ散開。

追えば逃げる。

追撃をやめればまた現れる。

その状態で開放回線に鐘が一度鳴る。

三十秒後、散っていた小群が一斉に反転し一つの警戒隊へ集中した。

最初に確認された局所戦は四百隻対三十隻。

数分で終わっている。

食い終わると四百隻はまた散った。

数分後に鐘が鳴り、今度は別の警戒隊へ集まった。

 

クラインはこの鐘そのものが命令ではない可能性を指摘している。

鐘を聞いてから目標を決めたにしては集合が速すぎる。

攻撃する場所も時刻も事前に決まっており、鐘は「次の段階へ移る」ことを全艦で確認するだけの合図ではないか、という仮説だった。

第一部ではそこまでしか分かっていない。

 

ミッターマイヤーは仕組みの解明を後回しにし

「周期を測れ」

と命じた。

その後、各隊の個別応戦を禁止。

散っていた帝国側の警戒隊を船団本隊へ戻し、敵が「多数対少数」を作れない形へ組み直した。

 

この測定は同じ日のうちに実を結んでいる。

撤収回廊の口をこじ開けたとき、ミッターマイヤーの艦隊は斉射と斉射のあいだの七十秒だけを使って出入りした。

正確で重い斉射も、来る時刻が分かれば避けられる。

 

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【還ってきた艦隊】

 

建国の日、旧自由惑星同盟軍の型をした艦艇が現れた。

船体は旧同盟型。

機関の識別信号は新しい。

クラインの見解は

「処分された艦ではありません。処分されたことになった艦を別の名で組み直したものです」

だった。

帝国編入協定後の履行確認で追われたのは申告された工廠と船体である。

未申告の係留地や、部品単位の移管までは追われていなかった。

確認されたのは駆逐艦だけではない。

旧同盟軍の正規戦艦も、数多く確認されている。

そのうち駆逐艦四百隻は通常の艦隊を組まず小さな群れに分かれて戦った。

帝国側から見れば、二十年以上前に消えたはずの軍隊が、そのまま別の国の軍隊として戻ってきたことになる。

 

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【多方向からの時間差攻撃】

 

建国の日、帝国船団への最初の攻撃は船団の後尾方向から始まった。

帝国軍がそちらへ注意を向けたあと、別方向から旧同盟型艦艇が現れた。

教国軍の艦艇は一つの型で揃っていない。

旧同盟型。

帝国系。

新たに整備された艦。

由来の違う艦艇が別の方向から、違う時刻に入ってくる。

そのため帝国軍は敵の総数だけでなく

次にどこから何が来るのか

を掴めないまま戦うことになった。

 

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【第一聖団〈ウィルトゥス〉艦隊】

 

メルゼブルクの率いる一万隻。

建国の日に帝国軍が観測した教国艦隊の中で、この艦隊だけ斉射間隔が違った。

六十九・六秒。

七十・四秒。

六十九・八秒。

七十秒の前後で揺れている。

それでも戦列は崩れない。

照準の乱れも、射線の重複もなかった。

クラインは

「この艦隊は、機械的統制の七十秒に合わせなくても同じことができます」

と判断した。

 

動き方も違う。

速度を上げない。

無理に追わない。

誘いに乗らない。

帝国側が後退すると、そのぶんだけ前へ出る。

殿軍の『三脚架』は三度、崩れかけたように見せて誘った。

ウィルトゥスは三度とも追わなかった。

 

アルブレヒトが逆算を試みている。

燃料。

速度。

慣性。

どこを計算しても、無理をしている艦が一隻もない。

伸びた翼がない。

焦れた先鋒がない。

三十秒どころか、十秒の窓も出なかった。

「この艦隊は賭けをしていません」

というのが彼の結論である。

 

戦い方は圧迫だった。

壁を作れば、その手前で静かに減速する。

砕けるだけの勢いを最初から持っていない。

そのまま壁の面に沿って圧をかけてくる。

 

殴らない。

押す。

一万隻の重みで押す。

 

三脚架は破られていない。

どこにも穴は開かなかった。

それでも下がるしかなかった。

空間を渡し、そのぶんだけ船団の時間を買う。

殿軍としては正しい選択であり、ウィルトゥスはその正解だけを選ばせ続けた。

 

三脚架が敵を詰ませられなかったことはほとんどない。

 

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【タナトス星系の全滅】

 

建国宣言の放送開始から二時間後、帝国軍ザントフォス中将の辺境分艦隊が最後の通信を発した。

五千隻は公示された日程どおり皇帝の帰路を迎えるため、ランテマリオ方面の幹線を進んでいた。

そこへタナトスからの建国放送が届いた。

 

ザントフォスは放送を最後まで聞かなかった。

発信源を叩く。

反乱鎮圧では何度も通用してきたやり方である。

判断そのものは帝国軍の教範から外れていない。

相手が、これまでの叛乱と同じであれば。

 

星系外縁で拾えたのは、散らばった灰色の艦影だった。

二百。

その内側に四百。

右方遠距離に三百。

針路も速度も揃っていない。

合流しようとする動きもない。

建国したばかりの勢力が各地の警備艦を寄せ集めているのなら、そういうこともある。

最も大きな七百隻が接近に合わせて内側へ退き、追っても距離は縮まらなかった。

 

そこへ鐘が入った。

通話を潰す強度ではない。

照準も航法も乱れない。

ただ鳴っている。

 

四打目のあと、通信主任が波形を止めた。

打鐘のたびに返る無数の谺の中に、一箇所だけ何も返さない場所がある。

艦影は見えていた。

熱源も推進機も拾えている。

返らないのは応答だけだった。

しかも次の鐘では、その遅れが短くなっていた。

 

近づいていた。

 

最初に撃たれたのは通信中継艦である。

散っていた三つの灰色艦群が、初めて同時に加速した。

戦列は組まない。

護衛の駆逐艦との撃ち合いには付き合わず、火力は中継艦へ集まった。

中継艦十二隻のうち四隻が沈み、三隻が損傷した。

 

第一予備へ切り替えた。

三分と経たないうちに、右方で停止していた五百隻が第一予備中継へ向かった。

切替後、その区画の送受信量は約六倍になっていた。

通信内容は暗号化している。

暗号化しても、電波を出した事実までは消せない。

 

戦隊旗艦へ命令を逃がせば、戦隊旗艦へ来た。

通信量を落とせば、警戒艦の増えた記録艦の周りへ寄ってきた。

傷を塞ぐたびに、次に殴る場所を選び直されている。

 

ザントフォスは三つの時刻を並べさせた。

こちらの通信が増える。

少しして、近くの灰色艦群のどれかが動く。

完全には重ならない。

それでも順番は変わらなかった。

 

「敵は通信内容を読んでいるんじゃない

 誰が喋っているかを見ている」

 

彼は撤退を命じた。

そこで初めて、灰色艦群の動きが変わった。

 

一斉にこちらへ向いたわけではない。

帝国分艦隊の現在位置を目指してもいない。

予測線が次々に伸び、その先が重なった。

三十分後、四十分後の予測位置が、撤退線上の一点へ集まっている。

 

観測班の戦術系が、初めて複数の艦群へ同じ識別枠を付けた。

三千。

五千。

七千を越えたところで数字が一度止まり、さらに増えた。

九千八百。

新しく現れた艦は、ほとんどなかった。

最初から見えていた艦ばかりだった。

 

「一個艦隊だったのか」

 

そこから先は斉鐘斉射である。

第一戦隊旗艦が消え、第四戦隊旗艦が続いた。

通信中継艦が二隻まとめて爆沈し、作戦情報艦が姿勢を崩した。

 

ザントフォスは新しい命令を止めた。

各戦隊には、最後に受けた撤退命令をそのまま実行させる。

照会には答えず、退けとだけ送る。

遅かった。

 

光の束が落ちるのは、帝国艦が集まろうとした場所だった。

命令が集まった場所。

次に誰かが指揮を執ろうとした場所。

分艦隊旗艦の周囲へ巡航艦が寄り、それを見て別方向の敵群が向きを変えた。

最初の直撃で通信区画が死に、二撃目が艦体中央へ入って爆沈した。

 

頭を失ったザントフォス分艦隊五千隻に起きたことは、もう艦隊戦ではなかった。

退路は塞がれていない。

逃げる方向も分かっている。

敵艦も見えている。

それでも、誰と一緒に退くのか、誰の命令を有効とするのか、どの艦を中心に隊形を組み直すのかを決めるたび、そこへ敵が来た。

やがて帝国艦は戦隊ではなく数十隻の群になり、それから一隻ずつの狩りになった。

 

灰色の艦群は、その間も集まり切らなかった。

必要なところへ必要な数だけ寄り、撃ち終えると離れていく。

黒い艦の周囲だけは、最後まで鐘の中に穴が開いていた。

 

生きて辺境の基地へ辿り着いた艦は、両手で数えられるほどだった。

報告は一致しなかった。

敵は最初から見えていた、という者がいた。

途中まで守備隊の小部隊だと思っていた、という者もいた。

一万隻がいつ現れたのか分からない、という証言もあった。

ほとんどの記録に同じものが残っていた。

鐘だった。

 

第一部で判明していないこと。

散らばっていた十数個の群が、どうやって同じ一点へ集まる時刻を共有していたのか。

鐘に穴を開けていた黒い艦が何者で、なぜあの一隻だけ応答を返さないのか。

 

------------------------------

【光の旗】

------------------------------

 

第一部では、タナトス星系でザントフォス分艦隊がただ一度だけ観測したものである。

 

打鐘の谺が返らない一角があった。

ザントフォスはそちらの闇を見て、あれは何だ、と問うた。

答えは光だった。

 

音の返らなかった一角に、巨大な紋章の旗が浮かび上がる。

宇宙空間に光で描かれた、見たことのない紋章だった。

風もないのに、光で織られた旗面(ビームフラッグ)がゆっくりとうねっていた。

 

旗そのものは何も撃たない。

何も遮らない。

敵の所在を初めて教えたものでもない。

そのとき分艦隊はすでに九千八百という集計を出し終えており、参謀は一個艦隊だったのかと呟いている。

 

教国では光輪(グロリア)と呼称されているが、帝国は知らない。

旗が揚がるタイミングは、第一部では不明。

 

旗の根元にいたのは、飾りを削ぎ落とした漆黒の細長い一隻。

艦首に、翼を閉じた天使の像があった。

その直後、周囲の闇にも金色の光が灯った。

正面だけではない。

右方にも、左後方にも、分艦隊の下方にも。

退いていったはずの灰色の艦艇が、次々と同じ文字を浮かび上がらせた。

追っていた七百隻にも、通信中継艦を撃った三百隻にも灯った。

 

そこから先は斉鐘斉射だった。

 

生存者の報告に、旗を見てから何が起きたかを語れた者はいない。

第一部を通じて、この旗が観測されたのはこの一度きりである。

他のどの戦区でも、どの聖団の艦隊にも、同種の光は現れていない。

 

------------------------------

【追えるが、束ねられない】

------------------------------

 

タナトスで帝国軍が直面したのは、見えない敵ではなかった。

艦影も熱源も推進機も、最初から拾えている。

拾えなかったのは、それらが一つの艦隊だという判定である。

 

散らばった群は針路も速度も揃わず、合流もしない。

同時に動くこともない。

そのため戦術情報処理系は、十数個の別々の対象として扱い続けた。

 

九千八百という数字が出たのは、群の予測位置が撤退線上の一点へ重なった瞬間である。

新しく現れた艦は、ほとんどなかった。

帝国軍が最後まで持てなかったのは、敵の位置ではない。

この群とあの群が同じ意思で動く、という保証だった。

 

------------------------------

【喋る場所が撃たれる】

------------------------------

 

タナトスでは、傷を塞ぐたびに次に殴る場所を選び直された。

 

主中継が落ちれば、切り替えた予備へ。

戦隊旗艦へ命令を逃がせば、戦隊旗艦へ。

通信量を落とせば、警戒艦の集まった記録艦へ。

 

帝国軍のザントフォス中将の結論は

「内容を読んでいるんじゃない。誰が喋っているかを見ている」

だった。

暗号化しても、電波を出した事実までは消せない。

切替後に送受信量が六倍になった区画は、外からでも分かる。

 

同じことは指揮の継承にも起きている。

指揮を継いだ巡航艦へ通信が集まると、そこへ別の敵群が向いた。

旗艦を庇おうと巡航艦が寄れば、寄った場所へ光が落ちた。

撃たれたのは重要な艦ではない。

重要になったばかりの艦だった。

 

-------------------------

【『野犬』――聖赦執行隊】

 

正式名称は『聖赦執行隊』。

教国軍の将兵は

『ラスバッハの野犬』

と呼ぶ。

殺人。

海賊行為。

反逆。

軍紀犯罪。

罪状も経歴もばらばらだが全員が死刑囚である。

刑の執行停止と引き換えに、細い金属製の首輪をつけられている。

首輪には発信機と薬剤槽が入っている。

定められた時刻までに司令部から更新信号が届けば、時計は戻る。

届かなければ薬剤槽が開く。

無理に外そうとしても同じ。

解毒剤はない。

教国軍内部では『野犬の首輪』と呼ばれている。

任務から帰っても赦されるわけではない。

次の期限を与えられるだけである。

 

建国の日、第一聖団が皇帝への追撃を打ち切ったあと、ラスバッハは独断で七隻を回廊へ入れた。

 

目標は皇帝旗艦ブリュンヒルト。

命令は

後衛通信結節を排除する。

護衛を切り離す。

皇帝を確保する。

抵抗する者は『聖赦』する。

というものだった。

 

七隻には帰還分の燃料が積まれていない。

皇帝を獲れば帰りの船はいくらでもある、というのがラスバッハの計算だった。

失敗した犬は、帰ってくる必要がない。

 

七隻は通常の艦砲戦用ではない。

偽装識別器。

接舷具。

強襲艇。

隔壁破砕装置。

 

艦を沈めるより、中へ人を送り込むための装備を持つ。

聖印も所属標識もない。

乗員も軍服を着ていない。

識別灯を落とし、教国側の艦影に紛れながら、旧・第七採掘航路へ入った。

 

最初はブリュンヒルトへ向かったが、ミュラー艦隊が直衛を締めると進路を変更。

最後尾の救難艦へ七隻すべてが向かった。

救難艦には四百二十人。

うち百人以上が担架の患者だった。

 

七隻は撃沈ではなく接舷を狙った。

人質にとるためである。

大型艦は救難艦を巻き込むため撃てない。

ワルキューレ一個隊が投入されたが、旧採掘航路には支線が多く、岩塊や廃設備が視界を切る。

そこでトビアスが旧採掘施設の通過検知器や質量計を使い、敵そのものではなく「次に出てくる出口」を割り出した。

 

うち一隻の砲撃によりトビアスが戦死。

七隻とも撃沈。

 

 

----------------------

【第一部終了時点で分かっていること】

 

・教国軍十一個艦隊がすべて同じ方法で戦うわけではない。

 第一部で確認できただけでも、

  七十秒きっかりで斉射する艦隊。

  七十秒に合わせずそれでも崩れない〈ウィルトゥス〉。

  小群に散って鐘で集中する旧同盟型艦艇。

  繋ぎ直した先を潰し続けたタナトスの一万隻。

  接舷と潜入を狙う『野犬』。

 が同時に動いている。

 建国式典でも、各艦隊の応答は揃っていなかった。

・シュタイガーは自分の号令を使う。

・カザリスは鐘より出港時刻を見る。

・第四聖団の古参兵は旧同盟軍式に復唱する。

 

・教国側には事前の予定表がある。

 シュタイガーの司令部では、監察司祭が「神託の予定では、敵は散り、順に狩られる」と述べた。

 実際の盤上では帝国船団が一個の球体になり、予定とは違う形になっていた。

 シュタイガーは予定のほうを捨てた。

 

共通する部分はある。

祈燈。

鐘。

事前の配置。

建国の日という同じ時刻。

 

ただし出自も戦い方も違う十一個艦隊を、教国がどうやって全体として動かしているのか。

第一部終了時点で、帝国軍はまだその仕組みを掴んでいない。

 

 

 

 

 

------------------------------------

07 神聖黄金樹教国・解説編

 

神聖黄金樹教国について、第一部で描写した内容を中心にまとめたものです。

本文では説明しきらなかった制度や用語についても一部補足しています。

第二部以降の物語そのものに関わる事項は原則として記載していません。

 

----------------------------

一 聖暦

 

教国は独自の紀年法『聖暦』を用いる。

正式には『聖地受難紀元』。

聖暦元年は宇宙暦八百年で、

聖暦=宇宙暦-七百九十九

となる。

聖暦二十二年が新帝国暦二十三年にあたる。

元年とされる宇宙暦八百年、辺境にあった複数の施設が帝国軍の掃討を受けた。

そこでは「母」の名のもとに戦災孤児などが養われており焼かれた者の多くは十歳にも満たない子供だった。

教国はこの事件を『受難』とする。

その前年、宇宙暦七九九年には地球教の地下本部が滅びている。

しかし教国は地球教の滅亡を聖暦の起点にはしていない。

建国宣言では

「母の名を騙り、人を殺めた者たちの滅亡」

と旧地球教を切り捨て、その翌年に焼かれた子供たちから年を数えると宣言した。

教国は地球教の後継を名乗っていない。

少なくとも公式には古い教団を否定しその後に生まれた教団として自らを位置づけている。

また建国後の公文書では新帝国暦を使用しない。

建国宣言に記された理由は

「我らは、簒奪者の戴冠を、歴史の起点とは認めない」

である。

 

-----------------------------

二 誰が国を動かしているか

 

国家元首は聖王ヴィルヘルミーネ。

ただし日常の行政や教団運営を聖王本人が行うわけではない。

実務を担うのは枢機卿団である。

そのさらに上に、慈母司牧アガーテがいる。

建国式典では報告を終えた枢機卿たちは玉座ではなく玉座の脇に置かれた小さな椅子を見ていた。

そこにアガーテが座っている。

 

-------------------------------

【枢機卿団】

 

枢機卿団は七人。

教国の主要な宗教・行政機構を分担して管掌する。

 

 

---------------------------

【教理院】

 

教義の解釈と典礼を担当する。

建国信条や聖王の演説にも関与する。

 

------------------------

【聖録院】

 

名簿、記録、正統史などを担当する。

建国の日に受難者名簿を祭壇へ運び、建国文書を読み上げたのも聖録院の枢機卿である。

 

-------------------------

【聖廉院】

 

監察、審問、規律を担当する。

軍司令部にも監察司祭を置く。

建国式典では聖廉院の枢機卿だけが何も持たず司祭団、諸侯席、代表席を見渡して

「全席、異状なし」

と報告した。

 

-----------------------

【施療院】

 

医療と施療所を管轄する。

建国時、教国側の通信網につながっていた施療所は七百八十二。

式典直前に二か所で灯りが落ちたという報告が入ると、発電機を動かすよう指示が出ている。

 

--------------------------

【財務院】

 

聖庫、施与、教団財政などを扱う。

建国時には帝国による徴収はその日で終了すると告げた。

一方、教団独自の財政制度も持っている。

 

----------------------

【宣信院】

 

放送、通信、時刻、鐘を扱う。

建国放送の回線を開いたのも宣信院。

軍事回線を含め、教国の広域通信に深く関わっている。

 

------------------------

【辺境司牧局】

 

辺境の各星系と教団をつなぐ。

旧星系政府の印章なども保管していた。

建国の日、議会、徴税、法廷などの地方行政機能を各星系へ戻す作業にも関わっている。

このほか、聖育や聖園を監督する部門がある。

軍務については少し扱いが違う。

軍務を担当する枢機卿はいるが『軍務院』という組織は存在しない。

四聖団はそれぞれ独自の軍事組織を持っているためである。

 

------------------------

【慈母司牧アガーテ】

 

枢機卿より上位にいる。教国の最高聖職者。

ただしその地位を示す豪華な衣や冠は身につけない。

服は染めていない布。

辺境の施療所で使われているものと同じ織りである。

建国式典で座った椅子にも飾りはなかった。

椅子そのものは玉座より低い。

ただし椅子の置かれた床だけが一段高く、座ったアガーテと立って報告する者の目線がほぼ同じ高さになる。

建国式典で長い訓示はしなかった。

指を一本上げる。

下ろす。

それだけで数百人の祈りが止まった。

式典中に口にした言葉もごく少ない。

最後に、

「では鐘を」

と命じた。

 

----------------------------

三 聖王

 

聖王は旧ゴールデンバウム王朝の血を継ぐ者とされる。

建国時の聖王はヴィルヘルミーネ。

かつてミナと呼ばれていた少女である。

旧王朝の血が必要とされる理由は建国宣言の中で説明されている。

 

聖王は

「我は、母なる地球を見捨てた旧き王朝の血を負う。

我は罪なき血として、ここに立つのではない。

赦しを乞い、償うべき血を負う者として、ここに立つ」

と説明する。

 

教国の教義上、聖王は旧王朝の罪を免除する者ではない。

旧王朝の血を引く者自身が旧王朝を代表して悔いるための地位である。

聖王の衣は白。

頭から足元まで白だけを身につけることが許される。

右手には即位に際して新しく鋳造された指輪を嵌める。

この指輪は代々受け継がれない。

聖王が死ねば砕かれ、次の聖王には新しいものが作られる。

ヴィルヘルミーネが建国式典で読んだ演説も、本人が書いたものではない。

原稿は教理院が作成し式典直前まで修正を加えている。

 

------------------------------

四 聖録

 

聖録院が管理する中心的な記録の一つが受難者の名簿である。

戦災地では死者の名を受け付ける場所が設けられる。

必要なのは

名前。

死亡した月日。

申告した者と死者との関係。

綴りが分からなければ分かる範囲でよい。

本名が分からず呼び名しか知らなければその呼び名で記す。

書き終えると、内容を申告者の側へ向けて確認させる。

建国宣言ではこの受難者名簿を

『国家の基礎文書』

と定めた。

一般的な意味での成文憲法とは別のものだが教国が国家成立の根拠として最初に置いた文書がこの名簿である。

ただし名簿にすべての死者が載っているわけではない。

聖録院の原則は

「名は、読まれた順に記す」

である。

誰にも名を申告されなかった者は載らない。

建国式典で元年の受難者名簿が読み上げられた際、最初の頁に続いたのは人名ではなかった。

「名、未詳」

である。

家ごと焼かれ、名前を伝える者が残っていない例があったためである。

 

---------------------------

五 聖育院・聖童・聖家

 

教団が保護した子供の一部は聖育院で育てられる。

その中で特に選ばれた子供を『聖童』と呼ぶ。

聖童を出した家は『聖家』と呼ばれる。

少なくとも教国の住民社会では名誉とされており

「娘が聖育院へ上がった」

と聞けば祝う者もいる。

建国の日、各地の聖育院でも子供たちが式典に参加した。

同じ白い服。

同じ白い靴。

放送に映る時間は数秒だった。

そのために一時間前から整列している。

放送画面には

「ロフォーテン聖育院・受難を継ぐ子ら」

とだけ表示された。

個々の子供の名前は出していない。

教理院の指示によるもので、

「本日は一人ひとりではなく、受難の子らとして立たせます」

と説明されている。

 

------------------------------

六 大伽藍

 

聖都ラディークスの中心にある大聖堂。

ラディークスはかつて『エコニア』と呼ばれていた惑星である。

大伽藍は旧捕虜収容所の跡地に建っている。

建物をすべて壊して新築したわけではない。

収容所時代の梁や扉の一部が残され、聖堂の構造材や装飾として使われている。

祭壇の燭台を支える鉄材も、かつて人を閉じ込めていた施設のもの。

梁には旧収容所時代の管理番号が残っている。

金箔はその上から貼られた。

正門には収容所時代の門扉が使われている。

大伽藍にある窓はごく少なく、祭壇の上方にある大きな窓は旧監視塔の窓と同じ形をしている。

教国側はここがかつて何であったかを隠していない。

 

-----------------------------

七 典礼と象徴

 

--------------------------

【応唱】

 

司祭団が祈りの切れ目に返す三句。

 根は母へ。

 枝は星々へ。

 名は聖録へ。

建国時には各地で繰り返された。

教国艦の外殻に浮かぶ祈燈にも、同じ文言が使われる。

 

-----------------------

【鐘】

 

典礼上の時刻を知らせる。

建国式典では大伽藍、施療所、議場、艦隊などで同じ鐘が鳴った。

軍でも同期や号令に使用される。

 

-------------------------

【祈燈】

 

教国艦の外殻を発光させ、応唱の文字を浮かび上がらせるもの。

帝国軍は正体が分からなかった段階で〈光帯〉と仮称した。

 

----------------------

【白】

 

教国では特別な意味を持つ色。

聖王の全身白衣、聖童の服、戦災地で活動する者の外套などに使われる。

聖王の白については

「汚れを隠さないため」

と説明されている。

 

---------------------------

【黄金樹】

 

旧ゴールデンバウム王朝の名であり、教国の国号にも使われる。

建国宣言では

「かつて黄金樹は母を忘れて枯れた。いま我らは母の土へ根を戻す」

と語られた。

軍装にも黄金樹の意匠がある。

胸の樹や袖の金糸の枝の数によって、将官位階などを示す。

 

----------------------------

八 聖騎士『ケルビム』

 

教団直属の白兵戦部隊。

建国式典では大伽藍の身廊と玉座へ上る階段の左右に五百名が配置された。総数は不明。

灰色の装甲服。

形は旧地球時代の中世騎士を思わせる。

金色の細い意匠が入り、肩から白いマントを垂らす。

兜はフルフェイス。

顔は見えない。

武器は両手剣だが式典では抜かなかった。

装甲には経文が刻まれている。

戦闘時には発光する仕組みを持つが建国式典では消灯していた。

司祭団が応唱している間も、ケルビムだけは唱和しない。

隊列も動かなかった。

司祭たちはその前を通る際、目を伏せる。

教団内での扱いにも、通常の兵士とは違うところがある。

第一部では実戦に参加していない。

 

-----------------------------

九 聖園

 

聖育院とは異なる。

ヴァルテンベルク星系、惑星カールシュタットにあった施設。

クライン・ヴァルター、ヨーリク、アシェンはいずれも聖園の出身である。

クラインはそこで『クリュプタ』という符号で呼ばれていた。

『マイン・クライナー』で、クライン自身が聖園での生活についてかなり詳しく話している。

聖園では地名も暦も教えられない。

子供たちは名前ではなく符号で管理される。

名前を持っていると「還るときに邪魔になる」と教えられ、必要な名は教団が与えるものとされた。

また

「望むことは悪である」

と教えられる。

人が欲しがるから奪い合う。

奪い合うから戦争になる。

戦争になるから子供が焼かれる。

そのため

「望みを持たない者こそが、世界を癒す」

というのが聖園で教えられていた考え方だった。

生活環境そのものが常に劣悪だったわけではない。

食事は十分に与えられ、部屋も暖かかった。

成績がよければ名を呼ばれ、役に立ったと褒められ、「お前が必要だ」と言われる。

一方で同じ大人の手から痛みも与えられた。

クラインは当時、それを「よくしてもらっている」と思っていた。

教育には複数の教程がある。

クラインは幼少期から『刃の教程』を受けていた。

七歳になると、それに加えて機械の保守手順を憶える教程が始まった。

低温部、真空断熱層、冷媒の圧や流量などについて、数値と手順を読み上げる。

ただしその機械が何のためのものなのかは教えられない。

「変えてはならない」

とだけ教えられていた。

さらに子供たちの記録を整理する仕事も与えられた。

記録には

入った日。

階梯。

投与。

選別の結果。

などが記されていた。

クラインが数字や手順を異様なほど正確に記憶し物事を順序立てて処理する能力は幼いころからこの環境で使われていた。

聖園を離れた者については身体的な問題もあった。

深く入り込んでいた者は施設を離れると死ぬことがあるとされる。

クラインは脱走後に保護され、

「間に合った側」

だった。

本人は聖園で教えられたことを現在は否定している。

「名を奪えば争いがなくなるのではありません。誰が奪われたのか分からなくなるだけです」

「望みを奪えば苦しみがなくなるのでもありません。苦しいと言えなくなるだけです」

そして

「私はもう、それを癒しとは呼びません」

と述べている。

なお聖園と聖育院は同じ施設ではない。

両者が教国の制度上どのような関係にあるのかについては第一部ではまだ詳しく説明されていない。

 

-------------------------------

十 教国七星系議会

 

共同建国七星系は

タナトス

トリプラ

ライガール

ロフォーテン

タッシリ

エリューセラ

リオ・ヴェルデ。

建国宣言と同時に、七星系の議会が再開された。

帝国による統治の間、閉じられていた議場である。

復設議会の任期は百八十日。

その間に普通選挙を行い、新しい議員を選ぶ。

 

議会が扱える事項は

租税

産業

医療

社会扶助

地方行政

公共事業

など。

 

一方、教団側に権限が留保された分野もある。

信仰

聖録

教育

命名

婚姻

聖育

国家防衛

聖義。

これらには慈母司牧と枢機卿団の裁可が必要となる。

 

 

建国式典では議会復設と普通選挙の条文に大きな歓声が上がった。

続いて読み上げられた留保条項はその歓声の中に入った。

議員の何人かは顔を見合わせた。

 

速記録を請求して条文を読み直した議員もいた。

それでも議会の復設そのものを拒んだ星系はなかった。

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