銀河英雄伝説・次代篇 ~英雄の残光~   作:銀河の灯守

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第六十七話「第二次バーミリオン星域の会戦(3)」(新帝国暦二十四年・聖暦二十三年三月)

【新帝国暦二十四年三月 バーミリオン星系 第一聖団〈マルス〉艦隊旗艦〈ベルトルト〉 シュタイガー】

 

その日のうちに、シュタイガーは第一聖団の艦隊司令たちを通信回線へ集めた。

ワーレン艦隊一万五千隻が正面を受け持ち、その後方ではバーミリオン星系から出発した避難船と軍需輸送船が帝国領へ向かっている。

 

ミュラー艦隊の中に帝国軍本陣があるはずだったが、皇帝が本当に戦場へ来ているかどうかも、教国側ではまだ確認できていなかった。ラスバッハはそのことがいささか不満らしかった。

 

『せっかくこっちは五万隻も並べてんのに、ミュラーとワーレンの爺さんたちだけじゃ愛想がねえぜぇ。本当に皇帝の坊やが来てんのかよぉ』

 

「だから確かめる」

 

シュタイガーが答えると〈ウィルトゥス〉艦隊司令のメルゼブルクが口を開いた。

『シュタイガー司令。帝国軍へ星域外への退去を求めてはいかがでしょう。期限を切れば、返答は来ます』

 

「返答の内容を見るのではないな」

 

『はい。返答の内容は何でも構いません。帝国軍がどの回線を使うか、どこを経由するか、返答までにどれだけ時間がかかるか。それが分かれば十分です』

 

ラスバッハが喉の奥で笑った。

『なるほどねぇ。返事の中身じゃなくて、返事する手つきを見るのか。聖者サマは見かけによらず陰湿だねぇ』

 

メルゼブルクはそちらを見なかった。

『皇帝が来ているなら、来ているなりの返事の仕方になろう。それだけの話だ』

 

シュタイガーは短く頷いた。

「それでいい。開放回線を使う。皇帝の名は入れん」

 

『そこまで遠慮しなくてもいいんじゃねえのぉ?』

ラスバッハが笑った。

『皇帝サマぁ、鉄壁の後ろはあったけえかぁ。そこから顔出すのも怖えのかぁ。こっちは五万で迎えに来てんだ、そろそろ顔くらい見せてくれよぉ――ってな』

 

メルゼブルクは少しも表情を変えなかった。

『必要ない。皇帝がいるなら、呼ばなくても聞いている』

 

「そういうことだ」

シュタイガーは通信士を見た。

 

「開け」

 

星系内の開放回線がつながった。帝国軍だけではない。避難船や輸送船、軌道施設、惑星上の民間通信設備に届く回線だった。

 

シュタイガーは自分で名乗った。

教国軍(サンクタ・ミリティア)第一聖団司令、オットフリート・シュタイガーである。銀河帝国軍へ告げる」

 

前置きも、皇帝への呼びかけもなかった。

 

「バーミリオン星系は、これより神聖黄金樹教国の管理下に入る。帝国軍艦艇は、明日〇六〇〇までに星系外へ退去せよ。退去を希望する住民、および民間輸送については、これを妨げない。現に妨げていないことは、貴軍も確認しているとおりである」

 

声に抑揚はなかった。敵軍を威圧する演説ではなく、期限のある布告を読み上げる声だった。

 

「期限以後、教国軍は作戦上の行動の自由を回復する。なお退去せず軍事行動を継続する場合、民間人への被害を含めて、その結果については銀河帝国軍がすべて責任を負う」

一拍だけ置いた。

「返答は、この回線で受ける。以上だ」

 

通信が切れた。侮辱も挑発もなかった。皇帝の名さえ呼ばれていない。そこに残されたのは、退去の要求と期限、そして帝国側が返答するための一本の回線だけだった。シュタイガーは回線が閉じても帝国軍の配置から目を離さなかった。返事の文面には、さほど興味がなかった。

 

誰が返すか。どこを通るか。何分かかるか。見るべきものは、そちらの方だった。

 

 

***

 

 

【帝国軍総旗艦ブリュンヒルト アレク】

 

帝国側から回答が出たのは十二分後だった。アレクは布告文を読んだが、自分の名は使わなかった。

 

統帥本部が定めた手順に従い、本陣の作戦部名義で退去要求を拒否する。教国への非難も、皇帝個人からの反論も加えなかった。

 

「敵は文面を見たいわけではないでしょう」

ミュラーが言った。

「返事がどこからどうやって出るのかを見ています」

 

「だろうな」

 

返答は本陣から直接送らず、予定されていた中継経路へ流した。そこから先は前方の通信網が受け持つ。教国側が回線を追っても、それだけでブリュンヒルトへ辿り着けるようにはしていなかった。通信士が、皇帝自身の名で返答しなくてよいか確認した。アレクは端末を返した。

 

「余を呼んでいない。軍に来た文書なら、軍が返せばいい」

 

返答が教国側へ届くまでの十二分にも、バーミリオンから船は出続けていた。避難船団の一群が星系外縁を越え、その後ろから次の軍需輸送群が惑星軌道を離れた。

 

前方ではワーレン艦隊が射撃分担を組み直し、ミュラー艦隊では本陣周辺の防御配置が細かく改められている。

 

さらに後方では救難、中継、収容の各部隊が一本の回線や一つの航路を失っても動けるよう、代替経路を順に確かめていた。教国軍が翌朝〇六〇〇という時刻を置いたからといって、帝国軍までその時刻を待つ理由はなかった。

 

〇六〇〇までに、何隻を出せるか。何を後ろへ送れるか。どこまで帰る準備を済ませられるか。帝国軍にとって重要なのは、そちらだった。

 

 

***

 

 

【翌日〇五五四 バーミリオン星域】

 

退去期限まで六分となっても、戦場には目立った変化がなかった。ワーレン艦隊では昨日から続けてきた照準基準の確認が終わりつつあり、救難部隊では医療資材と収容区画の最終点検が行われていた。

 

本陣と後方を結ぶ通信中継艦も、主回線を使わずに第二、第三の経路を通す試験を繰り返している。正面の〈マルス〉艦隊一万隻は、昨夜からほとんど位置を変えず、灰色の戦列を保っていた。

 

やがて〇六〇〇になった。何も起こらなかった。

 

ワーレン艦隊では誰もその時刻を読み上げなかった。砲術員は照準確認を終え、救難艇では交換した酸素ボンベが固定される。通信中継艦には次の試験信号が戻り、惑星軌道からは軍需輸送船が予定どおり離床していった。一分が過ぎた。さらにもう一分が過ぎても、〈マルス〉は撃たなかった。

 

退去期限を過ぎた帝国軍の正面には、一万隻の教国軍艦が整然と並んでいる。砲口は沈黙したままで、機関出力にも大きな変化はない。ワーレンは報告を聞きながらただ敵艦列を見ていた。変化が現れたのは、〇六〇三に入ってからだった。

 

〈マルス〉艦隊前列の各所に、細い金色の光が浮かんだ。数はゆっくりと増え、やがて灰色の戦列そのものが金色を帯びていく。その少し前から、帝国側の受信装置には低い鐘が入っていた。ワーレンは光が広がるのを見届けた。

 

「光電徴候、報告」

 

担当士官が祈燈の点灯範囲、鐘の受信、機関出力、砲口方向を順に読み上げた。どの変化が射撃へつながるのかは、まだ分からない。

 

「光、鐘、砲口、発砲時刻を分けて取れ。まだ意味は付けるな」

 

金色は戦列のほぼ全域へ及んだ。それでも砲火は来なかった。

 

発光時刻と鐘の受信時刻が別々に記録され、砲塔の動きも追われていく。

前日の〈ベローナ〉艦隊戦で得た記録だけでは、何が射撃命令に対応しているのかを決めるには足りなかった。ワーレンは回避を命じなかった。やがて〈マルス〉艦隊の砲列が、一斉に白く光った。

 

白い光が、ほとんど一つの面となって帝国前衛へ届いた。戦列各所で閃光が重なり、直撃を受けた艦だけでなく、その爆発や漂流を避ける周囲の艦まで針路を変える。戦列の幅そのものを、巨大な槌で殴られたようだった。

 

最初の集計が揃う前から、損傷艦が後方へ流れ始めた。機関を失った巡航艦には曳航艇がつき、退避艇を出した艦には救難艇が向かう。だが、後列は前へ出なかった。

 

戦列に残った艦はその位置で撃ち続け、救難艇は損傷艦へ向かい、中継艦は回線を維持する。前列に開いた穴を埋めるために別の役目を持つ艦まで動くことはなかった。

 

「第二列はその位置で開け。損傷艦を後ろへ通せ」

 

後列の一部が左右へわずかに広がった。穴を埋めるためではない。下がってくる艦へ道を譲るためだった。

 

帝国側の応射も続いている。射界を取れた戦隊から火線が重なり、〈マルス〉艦隊前列にも損傷艦が出た。金色の列に穴が開き、後方から数十隻が前へ出ようとする。帝国軍の砲火がそこへ集まった。十隻が爆沈し、その後続も速度を落とした。だが、それ以上の艦は来なかった。

 

昨日の〈ベローナ〉艦隊なら開いた場所へさらに後続が入った。〈マルス〉艦隊は違った。欠けた戦列をそのまま残し、残った艦だけで次の射撃準備へ移っている。ワーレンはそれを見て言った。

「向こうも、昨日を見ているな」

 

二度目の鐘が帝国軍の受信系へ入り、前方の金色が再び強くなる。観測卓には第一射との違いが並べられたが、まだ二例しかない。ワーレンは全艦を動かさなかった。

 

「次は左だけを見ろ。砲口が動いている」

 

第二射は帝国左翼へ寄った。第一射ほど広い面を叩く砲火ではなかったが、数十隻がまとまって戦列から落ち、その後ろを救難艇が走る。前列はさらに薄くなった。

 

それでも周囲の艦が穴へ寄ることはなく、残った戦列は同じ位置に踏みとどまった。〈マルス〉艦隊も帝国軍も、昨日と同じ戦い方をしてはいなかった。

 

二度目の砲撃が終わっても、ワーレンもシュタイガーも、どちらが相手を読み切ったとは言えない。

帝国軍が得たのは、金色の光と鐘が再び射撃の前に現れたという事実だった。

教国軍が得たのは、光と鐘だけでは帝国軍が崩れなくなったという事実だった。

 

 

***

 

 

【帝国軍総旗艦ブリュンヒルト アレク】

 

ワーレン艦隊の損害集計が本陣へ届くと、参謀たちは一度だけ前衛の表示へ視線を集めた。第一撃の被害は、前日の〈ベローナ〉艦隊戦より明らかに大きい。

 

前衛の戦力表示にはすでに穴が増え、救難区画へ下がった艦も少なくなかった。ミュラー艦隊の予備を前へ出す案が口にされたが、回線の向こうからミュラー自身が止めた。

 

『まだだ。ワーレンは持つ』

 

前衛の戦力は減っている。それでも救難線は動き、通信はつながり、残った戦列もその位置を保っていた。アレクは増援要請の有無を確認した。要請は来ていない。

 

「であれば、まだ予備は出さん」

 

前方では〈マルス〉艦隊の金色が、三度目の斉鐘斉射に備えて再び増していた。その間にも惑星軌道から次の輸送船が一隻、帝国領へ向けて離床していった。

 

午前中の砲戦は、最初の一撃ほど派手にはならなかった。〈マルス〉艦隊が祈燈を増し、鐘が届き、その後に砲火が来るという順序自体は変わらない。

 

ワーレン側は射撃のたびに記録を増やし、どの艦群が光ったか、どの砲塔が動いたか、実際の発砲がどれだけ遅れて来たかを別々に残した。二度目より三度目、三度目より四度目と、砲撃の前に警戒を上げられる範囲は少しずつ広がっていった。

 

〈マルス〉艦隊もまた帝国軍を見ている。前列の穴を狙われれば補充の時機を変え、射撃群を読まれれば砲火を分けた。

 

帝国軍が一つのやり方を覚えるたび、次には同じやり方がそのまま通じなくなる。それでも記録は残った。

 

最初の一時間を過ぎるころには、一度の斉射で帝国軍の前衛から失われる艦の数は目に見えて減っていた。その間も、帝国艦隊の後方では搬出が続いている。避難船が一群ずつ星系外へ出て、その間を軍需輸送船が帝国領へ向かった。前方で砲戦が続いても、後方の搬出は止まらなかった。

 

 

***

 

 

【教国軍第一聖団〈ベローナ〉艦隊旗艦〈スッラ〉 ラスバッハ】

 

ラスバッハは、正面の〈マルス〉艦隊よりも、その脇を見ていた。ワーレン艦隊とミュラー艦隊の間では、二つの帝国部隊が別々の仕事をしている。一方は〈ベローナ〉艦隊の進出を警戒し、もう一方は軍需輸送船を通すために航路を空けていた。

 

どちらも命令どおりに動き、互いを支援できる距離にもいる。二つの艦隊の境界には、戦域の防衛を担当する戦隊も決められていた。

 

だが一方が〈ベローナ〉の進出へ備えて外へ開き、もう一方が軍需輸送船を通すために射線をずらした数分だけ、細い空間が生まれていた。どちらかがそこを埋めれば、その部隊は自分の持ち場を空けることになる。ラスバッハは表示を拡大させた。

 

「真面目だねぇ。両方とも正しい」

 

レームが表示を確認した。

「どちらも教範どおりですな」

 

「だから間が空くんだよぉ。正しいこと二つ並べて、継ぎ目まで正しく守れるほど世の中甘くねえんだよ」

 

ラスバッハは椅子から身を起こした。二つの帝国部隊の間を抜ければ、その先には軍需輸送群がいる。輸送船そのものを沈める必要はない。護衛がどこから出て、どれほどの時間で穴を塞ぎ、何を待って動くのか。それが見えればよかった。

 

「第六、第九。進入。目標は輸送線だ。止めに来る奴を見ろ。継ぎ目を抜けられりゃ、輸送船は何隻か落としていいぜぇ。全部は食わねえが、ちょっとつまみ食いするくらいはいいだろぉ」

 

二個小群、二百隻余りが〈ベローナ〉本隊から離れ、帝国戦列の接合部へ向けて進路を変えた。大部隊ではないが、輸送線を直接脅かすには十分だった。強襲区画との内部回線が開いた。

 

『ねえ、閣下。今度こそ僕の出番でしょう?』

 

聖赦執行隊第一強襲群長、キリアン・ラーベンホルストだった。

 

「座ったろ、ラーベンホルスト。お前は全部食っちまいそうだから今日は駄目だ」

数秒して、不満そうな息だけが聞こえた。ラーベンホルストは何も言わずに回線を切った。レームは二個小群の進路を追いながら言った。

「帝国側も、すぐに気づくでしょうな」

 

「気づいてもらわなきゃ困るんだよぉ」

 

ラスバッハは椅子へ背を戻した。正面でワーレンと同じ勝負を続ける必要はない。帝国軍が新しく作った仕組みが本当に働くのなら、穴を開ければ、どこかからそれを使う者が出てくる。ラスバッハが見たかったのは、そちらだった。

 

 

***

 

 

【ミュラー艦隊 機動予備部隊司令部 フェリックス】

 

〈ベローナ〉艦隊から出た二個小群が進路を変えたとき、フェリックスは機動予備司令部の表示を見ていた。敵は二百隻余り。

 

その針路の先には撤収中の軍需輸送群があり、帝国側の二つの艦隊がそれぞれ別方向へわずかに開いたため接合部に細い通路ができていた。フェリックスは表示を拡大した。

 

「ここ、継ぎ目があります。敵に抜かれます」

 

本陣へ照会し、返答を待ってから動かしたのでは間に合わない。だが、この種の事態に備えた投入条件はすでに決められていた。フェリックスは条件表へ敵数と距離、輸送群の通過予定を重ねた。

 

「条件内です。二個隊で足ります。六分止めれば、後ろは抜けます」

 

機動予備司令官が数字を確認した。

「よし、駆逐艦を二十四隻出す」

 

フェリックスが顔を上げた。

「俺も乗ります」

 

「ミッターマイヤー中尉、お前は司令部付だぞ」

 

「継ぎ目がどこでどう開いたかは、俺が見ています。ここからよりも現場まで持っていった方が早い」

 

司令官は少し考えたが、長くは迷わなかった。ほどなく二十四隻の帝国駆逐艦が輸送航路から斜め前へ離れ、教国艦群へ向けて加速を始めた。向かってくる二百隻を撃破する必要はない。

 

軍需輸送群が接合部を抜けるまで六分。その間だけ、敵を継ぎ目から輸送線へ届かせなければよかった。フェリックスは、先任隊長が乗る駆逐艦の艦橋から、接近する教国艦群を見ていた。

 

「このまま来れば、間隙へ入る前に進路が固まります。そのときに横から撃てます」

 

教国艦群が大きく回り込めば六分では輸送線へ届かず、近道を取れば隣接する帝国戦隊の射界へ入る。輸送線へ時間内に達するには、接合部に開いた細い進入線を抜けるのが最短だった。二十四隻の帝国駆逐艦は敵の正面へ壁を作らず、斜めからその進路を横切った。

 

教国側の先頭が接合部へ艦首を揃えた瞬間、帝国駆逐艦の最初の砲火が入った。直撃を受けた敵数隻が右へ避け、その後続が間隔を詰めかけて減速する。

 

「次は左です、隊長」

 

先任隊長は自分で表示を確かめ、第二射を命じた。別の位置へ砲火が入る。今度は先頭が反対へ振れ、その後ろの艦もまた速度を落とした。その間を、軍需輸送船が通っていく。

 

三分を過ぎるころには、敵には輸送線へ強引に抜けるよりも、進路を塞ぐ帝国駆逐隊二十四隻を先に排除した方が早い距離まで詰まっていた。教国軍側の二百隻余りが左右へ開き、帝国駆逐隊を包みにかかった。

 

「敵、目標を駆逐隊に切り替えました。包囲されます!」

 

後方の輸送群は、まだ半分以上が接合部の手前にいる。フェリックスは残り時間を見た。あと三分だった。

 

「構いません。あと三分、輸送群が抜けるまでここで敵を引きつけましょう」

 

教国側の砲火が二十四隻の駆逐隊へ集中し始めた。一隻が艦尾に直撃を受け、速度を落とす。敵二百隻余りが左右から回り込み、帝国駆逐隊が使える空間を少しずつ削っていった。

 

残り一分余りとなったころ、最後の軍需輸送群が接合部へ入った。フェリックスは、最も前へ出ている教国艦群を指した。

 

「先頭を一度横へ振らせます。そうすれば後続も減速します」

 

先任隊長は表示を確かめ、まだ射撃余力のある一隊に砲撃を命じた。砲火を受けた教国先頭群が横へ避け、その後ろの艦群も進路を塞がれて速度を落とす。

 

わずかに開いた時間の中を、最後の軍需輸送船が抜けていった。

 

護衛戦隊が内側へ戻り始め、開いていた戦列の継ぎ目が閉じていく。通過完了の報告が入ったとき、作戦開始から六分を少し越えていた。

 

「反転する。帰るぞ」

 

帝国駆逐隊二十四隻は教国艦群から離れ、閉じつつある帝国戦列の内側へ戻った。

 

通すべき輸送群も駆逐隊も、一隻も失われなかった。

 

 

***

 

 

【第一聖団〈ベローナ〉艦隊旗艦〈スッラ〉 ラスバッハ】

 

帝国駆逐隊が内側へ戻り始めるとレームは追撃可能距離を表示した。

「突破に失敗。帝国駆逐艦二十四隻、離脱中です」

 

ラスバッハは追撃を命じなかった。

 

「もういい。追うな」

二百隻余りの教国艦は速度を落とした。軍需輸送船はすでに射線の奥へ消え、ここからさらに押せば、今度は帝国軍が用意した戦列へ自分たちから入っていくことになる。ラスバッハは帰っていく二十四隻を見ながら誰が動かしたのかを訊いた。

 

レームの照会では、まだ指揮官の識別までは出ていない。ミュラー艦隊の機動予備から出たことだけが分かっていた。

 

「素直な手だなぁ。でも、あそこから間に合わせやがった。できる奴がいるなぁ」

 

しばらくして、ラスバッハは笑った。

「記録残しとけよぉ。こういう奴は、また自分から来る」

 

「すでに残しています。投入から離脱まで、時刻付きで」

 

穴は閉じていた。だが、穴を開けたときに、どこから誰が出てくるのか一つ見た。

 

 

***

 

 

【帝国軍総旗艦ブリュンヒルト アレク】

 

接合部が閉じたという報告は、軍需輸送群の通過確認とほぼ同時に本陣へ届いた。〈ベローナ〉の二個小群は後退し、輸送船は一隻も失われていない。

 

迎撃に出た駆逐艦二十四隻にも損傷はあったが、すでに戦列の内側へ戻りつつあった。アレクは戦果より先に、誰があの小部隊を出したのかを確認した。

 

「ミュラー艦隊機動予備です。フェリックス・ミッターマイヤー中尉が意見具申し、現場へ同乗しています」

 

アレクはそれ以上訊かなかった。

 

正面ではワーレン艦隊が戦列を保ち、側面ではミュラー艦隊が継ぎ目を塞ぎ、後方では搬出が順調に続いている。

 

ミュラーが、〈ベローナ〉艦隊の一部が本陣推定区画へ圧力をかけ始めていると報告した。

『陛下がこの戦場におられるか探っているのでしょう』

 

「まだ、余がいると確認したわけではないな」

 

『はい。少なくとも、こちらが把握している範囲では』

 

「では、勝手に探させておけ」

アレクはそれ以上そのことに構わず、星系住民向け回線の準備状況を確認した。

 

アレクは小さく頷き、星系住民向け回線の準備状況を確認した。教国軍の退去要求は星系全体へ流されている。帝国側がそれを拒否したことも、戦闘が始まったことも、惑星上に残る住民の多くはすでに知っていた。

 

公開回線はブリュンヒルトから直接送らず、本陣内の複数の中継艦を経由させる。皇帝の声は届くが、それだけで旗艦の位置を割り出せる形にはしない。ミュラーが確認した。

 

『教国側への返答ではありませんな』

 

「余が話す相手は、あの連中ではない」

 

通信士が準備完了を告げた。アレクは用意された原稿を手に取ったが、最初の数行を見ただけで端末の横へ置いた。

 

「バーミリオンの臣民に告げる」

 

皇帝の声が軌道港、行政施設、避難船、残留区域の通信網へ流れた。帝国軍は現在もバーミリオン星系にあり、退去を望む者の搬出を継続していること。

 

残ることを選ぶ者に対して退去を強制せず、軍が撤収した後もその者たちを帝国が見捨てたものとは扱わないことを、アレクは順に告げた。それから、少し間を置いた。

 

「去る者も、残る者も、帝国の臣民である」

 

前方ではそのあいだにも〈マルス〉の砲撃が続いていた。

 

「この星系を守りきれないことはある。だが、守れなかったからといって、ここに残る者を帝国は捨てない」

艦橋には通信機器の音だけが残った。アレクは最後に言った。

「帝国は、この星系へ戻る。必ずだ」

 

通信を切ると主表示には再び戦況図が戻った。

 

 

***

 

 

【バーミリオン星系 惑星モン・ミラーユ軌道搬出港】

 

皇帝の放送が流れている間も搬出港の作業は止まらなかった。第三二六便が係留設備を離れ、その後へ第三二七便が入る。管制卓には乗客数、医療搬送者、貨物重量、離床可能時刻が並び、若い管制官は皇帝の声を聞きながらも表示から目を離さず一隻ずつ順番を処理していた。

 

「帝国は、この星系へ戻る。必ずだ」

 

その言葉のところだけ、手を止めずに音量を少し上げた。すぐに第三二七便から最終確認が入り、管制官は人数と医療搬送者数を照合した。規定値に問題がないことを確かめると音量を元へ戻して離床を許可する。

 

避難船は港を離れ、帝国領へ向かう航路へ入っていった。皇帝の言葉を聞いたから出た船ではない。その船はもともとこの時刻に出る予定だった。

 

 

***

 

 

【第一聖団〈マルス〉艦隊旗艦〈ベルトルト〉 シュタイガー】

 

「皇帝本人か」

 

「音声認証は一致。現在の搬出状況への言及もあります。事前収録の可能性は低いかと」

 

「発信元はわかったか。ブリュンヒルトはどこにいる」

 

「直接源は取れません。複数の帝国中継艦から同期されています」

 

音声認証は本人との一致を示している。内容も当日の搬出状況に即しており、放送の前後には帝国本陣外層の中継回線にも変化が出ていた。

 

発信源そのものは複数に散らされ、ブリュンヒルトの位置までは取れない。

それでも皇帝が戦場にいると判断するには十分だった。皇帝はこの戦場に来ている。回線の向こうでラスバッハが低く笑った。

『……来てやがったなぁ、皇帝サマ』

 

シュタイガーは返事をせず、放送前後の通信量と本陣外層の配置変化を保存させた。参謀の一人が皇帝の位置をさらに絞り込むかと訊いた。

 

「もういい」

シュタイガーは戦術画面を見たまま言った。

「あとは死神の仕事だ」

 

皇帝本人が戦場にいることは分かった。

それで十分だった。

 

シュタイガーは正面の帝国艦列へ視線を戻した。




V — 人物図譜 教国軍第三聖団〈ディス〉艦隊司令 従聖将イリヤ・ラザレフ
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