真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜   作:パラレル・ゲーマー

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第1話 真祖サラブレッド、親を討伐される

「……へえ。アメリカって、最初からずっと強かったわけじゃないんだな」

 

 それが、俺の前世における最後の記憶だ。

 

 深夜、疲れ切った頭でぼんやりとスマホの画面を眺めていた。流れていたのは、どこかの動画クリエイターが作った『アメリカ建国史〜世界最強国家の始まり〜』といったタイトルの歴史解説動画。

 

 ブラックな労働環境から解放された深夜の数時間、ただ無為に情報を消費して眠りにつく。それが社畜寄りの一般人だった俺の日常だった。

 

 政治や経済の専門家でもない俺にとって、歴史や未来の流れなんて、せいぜいネットや漫画、ゲームで得た雑学程度の知識でしかない。

 

 画面の中でイギリスの軍服と植民地の民兵が撃ち合っているのを眺めながら、俺は意識を手放した。

 

 次に目覚めたとき、俺はまったく別の『何か』になっていた。

 

 *

 

「生まれた……ついに生まれたぞ。完全なる真祖が」

 

「ああ……我らの血の結晶。夜の王。すべての人間を跪かせる御子」

 

 ぼやける視界の中で最初に見えたのは、血のように赤い絨毯と、黒鉄で組まれた巨大な十字架のような装飾だった。

 

 そして、俺の顔を覗き込んでいる、異様に美しい男女。

 

 透き通るような白い肌、暗闇で微かに発光する赤い瞳、そして唇の端から覗く鋭い牙。彼らの足元では、影そのものが意思を持っているかのように蠢いている。

 

(いやいやいや。なんか怖いんだけど)

 

 赤ん坊の体で身動きが取れない俺は、内心で激しくツッコミを入れた。

 

 出産直後の親のテンションではない。狂信者が神を降ろしたときのソレだ。そもそも『御子』って何だ。俺、普通に赤ちゃんなんだけど。

 

 視線を動かすと、天蓋付きのベッドの周囲には、燕尾服の執事や黒衣のメイド、そして豪奢なドレスを纏った血族らしき者たちがずらりと並び、赤ん坊の俺に向かって深々と頭を垂れていた。

 

(……赤ちゃんに跪くな。絶対に教育に悪い)

 

 自分が人間ではない何かに転生したことを悟るのに、そう時間はかからなかった。

 

 俺の新しい名は、ルカ・ヴァレンシュタイン。

 

 欧州の暗部を支配する吸血鬼貴族、ヴァレンシュタイン家の長男。

 

 両親はどちらも、始祖の血を濃く残す古い真祖血統の吸血鬼だった。その二つの血が、転生という謎のバグを挟んで混ざり合った結果、俺は血族たちから『完全なる真祖』と呼ばれる存在になってしまったらしい。

 

 一言で言えば、真祖サラブレッドである。

 

 いや、言葉にしても意味が分からない。

 

 それからの二十年間は、一言で言えば「極上の軟禁生活」だった。

 

『あなたは我らの至宝』

 

『下賤な人間の世界に触れさせるわけにはいかない』

 

『真祖の完成形を、愚かなハンターどもに知られてはならない』

 

 両親の愛は本物だったが、方向性が終わっていた。

 

 最高級の絹の服を着せられ、城の奥深くにある広大な部屋を与えられ、古代語から魔術、宮廷礼法に至るまでの一流の教育を施された。だが、一歩たりとも城の外へ出ることは許されなかった。

 

 吸血鬼は日光に弱いという弱点があるが、真祖である俺は日傘さえあれば昼間でも散歩くらいはできたはずだ。

 

 単純に、両親が俺を神聖視しすぎているのである。

 

 二十年の間に、俺は自分の異常な能力を自覚した。

 

 霧への変化、影の操作、城内の全気配の把握、驚異的な自己再生能力。

 

 眷属は俺の言葉に絶対に逆らえないし、目線を合わせるだけで相手を硬直させることもできる。血を見れば相手の記憶の断片すら読み取れた。

 

 だが、最も無法だったのは、俺の精神に紐づいた「前世世界の記録」から、あらゆる物品や情報を引き寄せる能力だった。

 

 表向きは「真祖が瞑想する神聖な間」とされている俺の私室は、今や完全に現代のオタク部屋と化していた。

 

 赤い天蓋ベッドの隣には、空間から引き寄せた大量の漫画とライトノベルが詰まった本棚。

 

 床にはこたつが置かれ、俺はゲーミングチェアに深く腰掛けている。

 

 ちなみに欧州の石造りの城は普通に冷える。吸血鬼の城だからといって、住環境まで中世である必要はない。人類はもっと暖房器具に感謝すべきだ。

 

 壁際には冷蔵庫と電気ケトルが並び、謎の力で稼働しているWi-Fi風の空間から、前世で俺が触れたことのある情報や、記憶の奥に沈んでいたデータがタブレットへ落ちてくる。

 

 吸血鬼である俺は、基本的に睡眠を必要としない。

 

 だから、二十年という莫大な時間を、俺はひたすら活字とゲームと映像作品の消費に費やしてきた。

 

(軟禁は最悪だが、この娯楽を引き寄せる能力があって本当に助かった……)

 

 炭酸飲料のプルタブを開けながら、俺は深く息を吐く。

 

 漫画や小説、歴史書という「人間の営み」に触れ続けていなければ、俺は間違いなく、両親と同じ倫理観を持った本物のバケモノに育っていただろう。

 

 両親は、俺が部屋に謎の物品を増やしてもまったく怒らなかった。

 

『さすが我らの御子。異界より供物を召喚なさる』

 

『いかがです、この芳醇な香りは……』

 

(違う、これはコンソメパンチのポテチだ。供物じゃない。勝手に拝むな)

 

 両親の俺に対する態度は、甘やかしの極致だった。

 

 だが、人間に対しては純度百パーセントの捕食者だった。

 

 城の地下には、目を覆いたくなるような施設があった。

 

 近隣から攫われた人々、血統管理された「血のよい家系」の人間たちが飼育される『人間牧場』だ。美しい声を持つ少女や、頑丈な肉体を持つ青年、珍しい血質を持つ子供たちが、まるで家畜のように扱われていた。

 

『人間は葡萄と同じです。よき土で育て、よき血を絞るもの』

 

『あなたが成長した暁には、この牧場すべてを差し上げましょう』

 

 事も無げにそう語る母の笑顔を見て、俺は胃液のようなものを吐きそうになった。

 

(いらない。マジでいらない。なんだよ人間牧場って。こっちは二十一世紀の日本人だぞ)

 

 さらに最悪なのは、父が提案してきた成人儀式だ。

 

『成人の儀には、選び抜いた百人分の若き血を浴びるのが我が家の習わしだ。これで完全なる不死の王が誕生する』

 

『……風呂は普通にお湯でいいです』

 

『おお、血に溺れぬ克己心。さすが真祖!』

 

(違う。高潔さとかじゃなくて、普通に血が怖いんだよ!)

 

 吸血鬼に転生したというのに、俺は血が苦手だった。

 

 完全に飲めないわけではないが、直接人間から吸うなど、現代人の感覚ではハードルが高すぎる。だから俺は、能力で引き寄せた血液パック風のものや、謎の力で生成した代用品で飢えを凌いでいた。

 

 異世界転生で親ガチャSSRを引いたと思ったら、両親の倫理観が完全にラスボスだった。

 

 *

 

 その夜、俺は自室のゲーミングチェアで、吸血鬼退治を題材にしたアクション漫画を読んでいた。

 

「いやー、吸血鬼ってこういう変な悪役ムーブするから討伐されるんだよな。もっとひっそり生きればいいのに」

 

 ポテチを齧りながらそう呟いた直後だった。

 

 ドォォォン!!

 

 遠くで、城の堅牢な結界が弾け飛ぶ轟音が響いた。

 

 銀の鐘が狂ったように鳴り響き、廊下を眷属たちが慌ただしく駆けていく。俺の部屋の分厚い扉の向こうまで、聖句が刻まれた杭が壁を穿つ音が聞こえてきた。

 

 俺は読みかけの漫画をパタンと閉じた。

 

「……タイミング悪すぎない?」

 

 城の全域を把握できる俺の感覚が、外の状況を告げていた。

 

 ただの村人の反乱ではない。教会が派遣した聖騎士、銀の武器で武装した狩人、複雑な術式を展開する吸血鬼研究者、退魔術師、そして旧家に恨みを持つ生存者たち。

 

 吸血鬼を殺すための専門家たちが、組織的かつ大規模な討伐隊を組んで攻め込んできたのだ。

 

『下賤な人間どもが、我らの城に土足で踏み込むか!』

 

『御子を奥へ。人間どもの血で門を洗いなさい!』

 

 大広間と地下から、両親の激怒する声と膨大な魔力が膨れ上がるのを感じた。

 

(うん……そういうところだぞ。人間牧場なんて作って近隣の村を荒らすから、大規模討伐隊が来るんだぞ)

 

 俺は部屋から出ず、気配と音だけで戦況を追っていた。

 

 父は大広間で数十本の影を操り、ハンターたちを次々と吹き飛ばしていた。

 

 だが、相手もプロだ。聖別された銀の杭、太陽光を封じ込めた魔導具、そして何世代にもわたって編み込まれた対吸血鬼の古い契約呪術によって、父は徐々に追い詰められていく。

 

 一方、母は地下で血を操り、ハンターを切り裂いていた。

 

 しかし、追い込まれた母が、地下の檻にいた人間たちを無意識に『盾』として引き寄せようとした瞬間。

 

 ——ぞわり、と。

 

 俺の中に、明確な嫌悪感が走った。

 

 俺を心から愛してくれた母が、俺を守るためとはいえ、当然のように無関係な人間を肉の盾にしようとした。その事実に、どうしようもない吐き気を覚えたのだ。

 

 その瞬間、俺の内側から『真祖としての圧』がほんのわずかに漏れ出した。

 

 俺という存在の絶対的な格が、母の血の術式に一瞬のノイズを生ませた。

 

 歴戦のハンターが、その隙を見逃すはずがなかった。

 

 銀の刃が閃き、母の気配が霧散する。

 

(……俺のせいか?)

 

 一瞬だけ動揺したが、すぐに首を振る。

 

 もし俺が無意識の妨害をしなかったとしても、結末は同じだっただろう。

 

 続いて、大広間の父の魔力も限界を迎えた。

 

『御子よ……夜を……支配せよ……!』

 

 脳裏に響いた父の断末魔。

 

(ごめん。それは無理。支配とか、そういう面倒なのは本当に無理)

 

 二十年間育ててくれた親だ。

 

 愛情も優しさも受けてきた。

 

 けれど、彼らが討伐される理由も、痛いほど理解できた。

 

 親を殺された。

 

 悲しい。

 

 だが、残当である。

 

 *

 

 討伐隊が城の奥へ近づいてくる。

 

 俺の部屋の扉の向こうで、隊長らしき男が部下たちを制止しているのが分かった。

 

 後で知ることになるが、彼の名はエドワード・グレイ。四十代の歴戦の吸血鬼ハンターであり、今回の討伐隊の指揮官だった。

 

「扉を開けたら、死ぬと思え」

 

 エドワードの低い声に、部下たちが生唾を飲み込む気配がした。

 

「親二人ですらあの有様だった。だが、中にいるのはその血統の完成形だ。相手は子供ではない。真祖そのものだ。声を聞くな、目を見るな、名を呼ばれるな。一瞬で精神を支配されるぞ」

 

 いや、しないよ。

 

 たぶん。

 

 いや、できるかできないかで言えば、たぶんできるけど。

 

 祈るように銀の剣を握り直す気配。

 

 そして、扉が蹴り開けられた。

 

 突入してきたハンターたちが目にしたのは、想定していた血塗られた儀式部屋でも、暗黒の魔力に満ちた空間でもなかった。

 

 それは、完全なる『異界』だった。

 

 部屋の半分を占める、見たこともない形状の巨大な本棚。

 

 床には赤い布が掛けられた奇妙な低い卓。

 

 壁際には、ヴンヴンと低い駆動音を立てる白い鉄の箱。

 

 卓の上には、青白い光を放つ薄い板と、紙製の奇妙な器。

 

 そして部屋の中央、黒と赤の奇妙な椅子に深く腰掛けている銀髪の青年。

 

 つまり俺である。

 

 俺は片手に漫画を持ち、もう片方の手で筒状の容器からポテチをつまみ上げていた。

 

 突入してきた武装集団に向けて、軽く手を上げる。

 

「おっす。討伐お疲れ」

 

 ハンター全員が、彫像のように固まった。

 

 誰も動けない。声すら出せない。

 

「隊長……」

 

 部下の一人が、震える声で絞り出す。

 

「これは、一体何の儀式ですか……? あの白い箱が低く唸っています。魔導兵器の類でしょうか……」

 

 エドワードは剣の切っ先を俺に向けたまま、油断なく目を細めた。

 

「分からん。だが油断するな。未知の異界術式だ。あの光る板……封印された魂の窓かもしれん」

 

「いや、ただのオタク部屋なんだけど」

 

 俺が訂正しても、彼らの警戒は解けない。

 

 冷蔵庫の駆動音にビクつき、電子レンジを見て未知の拷問器具だと勘違いし、タブレットの画面に十字を切る。

 

 一人の若いハンターが、俺が読んでいた漫画の表紙を見て「未来予言書か!」と叫び、小瓶に入った聖水を振りかけようとした。

 

「あ、待って。勝手に聖水かけないで。紙がふやけるから。あとそっちの白い箱は冷蔵庫。開けても爆発しないし、冷気が漏れるだけだから壊さないでね」

 

 エドワードは一歩前に出ると、鋭い声で言い放った。

 

「真祖の御子よ。抵抗しなければ、苦しませずに終わらせてやる」

 

「え、俺も殺す流れ?」

 

「当然だ。お前はヴァレンシュタイン家の最後の真祖。存在そのものが世界の脅威だ」

 

「まあ、血統だけ見ればそうなんだけどさ」

 

 俺はポテチの最後の一欠片を口に放り込み、指についた塩を舐めた。

 

「俺、人間牧場とか血の風呂とか、そういうの一切やってないよ?」

 

 ハンターたちがざわめく。

 

「親父と母さんがヤバかったのは否定しない。親を殺された側が言うのもなんだけど、そりゃ討伐隊も来るよなって思ってる。血の風呂とか人間牧場とか、現代日本人の感覚だと完全にアウトだし」

 

「ゲンダイ、ニホンジン……?」

 

「あ、そこ説明面倒だから流して」

 

 ハンターたちの頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見える。

 

 エドワードは混乱していた。

 

 目の前の青年からは、一切の敵意が感じられない。だが、ただ座っているだけで、部屋全体が微かに震えるほどの『真祖の圧』が漏れ出している。

 

 もし彼が本気で暴れれば、ここにいる全員が数秒で肉片に変わるだろう。

 

 それほどの格差があるのに、彼は菓子を食いながら呑気に会話をしている。

 

 エドワードが覚悟を決めたように、懐から銀杭を取り出した。

 

 古い聖句が刻まれた、対真祖用の切り札らしい。

 

 だが、その杭は俺に向けられた瞬間、先端から白い灰になって崩れ落ちた。

 

「……え」

 

 俺が呟くより先に、ハンターたちの顔から血の気が引いた。

 

 いや、吸血鬼の俺が言うのもなんだけど、本当に血の気が引いていた。

 

 エドワードは半分ほど灰になった銀杭を見下ろし、低く呟いた。

 

「……殺せない、か」

 

「え、なにそれ。俺がやったの?」

 

「お前以外に誰がやる」

 

「いや、俺も知らないんだけど」

 

「なおさら恐ろしいわ」

 

 その通りだと思う。

 

「あ、とりあえず座る? 椅子はないけど、床の絨毯でよければ」

 

 俺は冷蔵庫を指差した。

 

「飲み物いる? 炭酸でいい? あ、血は出さないから安心して。俺も血を見るの怖いし」

 

 歴戦の吸血鬼ハンターたちの戦意が、音を立てて崩れていくのが分かった。

 

「……ところでさ」

 

 俺は一番気になっていたことを切り出した。

 

「今って、人間の暦だと何年?」

 

「……何?」

 

 エドワードが怪訝そうに眉をひそめる。

 

「いや、城の中だと血族暦とかいう中二病みたいな暦しか使ってなかったんだよ。屋敷から外に出たのも二十年ぶりだし、西暦換算が分からなくて」

 

 エドワードは剣を構えたまま、慎重に答えた。

 

「一七六三年だ」

 

 一七六三年。

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内のデータベースが高速で回転した。

 

 ヨーロッパでは七年戦争が終結した年。

 

 そして北米大陸では、フレンチ・インディアン戦争が終わった直後。

 

 イギリス本国は莫大な戦費で財政難に陥り、これから北米の植民地に対して理不尽な課税を強めていく。

 

 印紙法、茶法、そしてボストン茶会事件。

 

 そこから独立戦争へと発展し、やがて強大な国家が誕生する。

 

 俺は、思わず身を乗り出した。

 

「一七六三年……ってことは、アメリカ建国前か!」

 

「アメリカ……?」

 

「あ、まだ名前ないか。北米の十三植民地のことだよ」

 

 エドワードは訝しげに俺を見た。

 

「なぜ、あのような辺境の地を気にする?」

 

 俺はにっこりと笑って答えた。

 

「いや、あそこ将来めちゃくちゃ繁栄するからさ。欧州は親父の同類みたいな面倒な吸血鬼も多いし、君たちみたいなハンターも教会もいて窮屈じゃん。俺、静かに引きこもって暮らしたいんだよね。だから、将来の超大国に早めに寄生しようかなって」

 

 部屋の空気が凍りついた。

 

「逃げる……だと?」

 

「うん。欧州、怖いし。だから新大陸に行って、早めに根を張ろうかと」

 

「人類に寄生する邪悪め……!」

 

 エドワードが再び剣に力を込める。

 

「ひどいなぁ。本当のことだけどさ!」

 

 この軽さで押し切るしかない。

 

 エドワードは葛藤していた。

 

 目の前の真祖は、どう考えても規格外の化物だ。だが、人間を襲う気がなく、それどころか自ら欧州を去ると言っている。

 

 ここで無理に戦闘を仕掛ければ、討伐隊は間違いなく全滅する。

 

 長い沈黙の後、エドワードは剣を下ろさないまま言った。

 

「……もし本当に新大陸へ行くつもりなら、条件がある」

 

「お、なになに。ビザの発行?」

 

「びざ、とは何だ」

 

「ごめん、こっちの話」

 

 エドワードが提示した条件は妥当なものだった。

 

 表社会で大規模に暴れないこと。

 

 人間牧場を作らないこと。

 

 村や町を力で支配しないこと。

 

 王侯貴族を魅了して国家を裏から操らないこと。

 

 無差別に眷属を増やさないこと。

 

「人間の血を得る場合は、殺さず、同意か対価を伴う形にしろ。違反すれば、お前が真祖であろうと、我々ハンターは総力戦を挑む」

 

 俺はあっさりと頷いた。

 

「了解。人間牧場なんて俺も御免だし、血の風呂にも入らない。国家を力で操るのも……まあ、直接的な武力支配はやらないよ」

 

「直接は、だと?」

 

「いや、投資とか金融とか制度作りとか、そういう合法的な寄生はするかもしれないけど」

 

「合法寄生とは何だ」

 

「資本主義」

 

「……お前はやはり危険な存在だ」

 

「そこは否定しない」

 

 こうして、奇妙な暫定条約が結ばれた。

 

 俺にとっては親の仇だが、親の討伐理由もわかるので憎みきれない。

 

 ハンターにとっても殺すべき怪物だが、あまりにも話が通じる上に、そもそも殺せるかどうかすら怪しい。

 

 そんな奇妙な関係だ。

 

 その後、ハンターたちと共に城の地下施設を確認し、俺は改めて両親の所業に引いた。

 

 人間牧場、血液保管庫、拷問部屋、血統管理の帳簿、村からの拉致記録。

 

「うわぁ……親父と母さん、俺が思ってたより何倍もちゃんと悪だったわ……」

 

「だから我々が来たのだ」

 

「それはそう」

 

 俺は捕らえられていた人間たちを解放し、城の財産の一部を使って彼らへの補償と治療の手配をした。

 

「いや、ここで俺がこの牧場を引き継いだら、完全に二代目ラスボスじゃん。無理無理」

 

 だが、屋敷の金庫にあった金貨や宝石、貴重な魔術書、そして俺の部屋の私財はきっちり回収させてもらう。

 

「待て。財宝は置いていけ」

 

「新生活には初期費用が必要なんです!」

 

「吸血鬼が新生活などと言うな」

 

 渡航の手配は、なんとハンター組織が監視込みでやってくれることになった。

 

 真祖を確実に欧州から追い出すための措置らしい。

 

「親の仇に旅行のチケット手配してもらうの、かなり気まずいな」

 

「我々も、真祖の移住手続きを代行する日が来るとは思わなかった」

 

 エドワードは深く溜息をついた。

 

 俺は前世の能力で引き寄せた謎の万能トランクに、ノートPC、大量の漫画、アメリカ史の資料、経済入門書、発電機、冷蔵庫、そしてカップ麺を詰め込んでいた。

 

「その異界の品々を、植民地に持ち込むつもりか」

 

「最低限の暇つぶしだよ」

 

「最低限の量ではないだろう」

 

「二十年分の積みゲーがあるんだぞ。置いていけるか」

 

「世界の危機より優先するな」

 

 出発の前夜、俺は自室の机で一冊のノートを開いていた。

 

 ページの一番上に、『新大陸寄生計画』と書き込む。

 

【目的:安全な住処と、安定かつ合法的な血液供給の確保】

 

【候補地:北米十三植民地】

 

【理由:将来的にアメリカ合衆国となり、世界最強国家になるため】

 

 そこまで書いて、ペンが止まった。

 

 未来知識によれば、アメリカは間違いなく覇権国家になる。

 

 だが、今はまだ一七六三年。

 

 ただの寄せ集めの植民地だ。

 

 これから独立戦争が起き、奴隷制の問題、南北対立、先住民との衝突、金融危機、そして欧州列強の干渉が次々と襲いかかってくる。

 

「寄生するなら……宿主が健康じゃないと困るよな」

 

 俺は聖人君子ではない。

 

 ただ、自分が安全に、快適に、美味しい血液を飲んで暮らしたいだけだ。もちろん対価を払って健康管理されたものを、である。

 

 欧州の吸血鬼社会から逃げるため、将来の超大国に寄生したいだけなのだ。

 

 しかし、そのためには、寄生先である十三植民地が、まともに発展してもらわなければならない。

 

 俺はノートに一行追記した。

 

【方針:宿主を育てる】

 

 自分で書いた文字を見て、俺はひどく嫌な顔になった。

 

「言い方が完全に吸血鬼じゃん……」

 

 *

 

 出発の日。

 

 夜明け前の、霧深い港。

 

 俺は棺桶ではなく、大量の荷物を詰め込んだトランクを抱えてタラップの前に立っていた。

 

 船長はハンターから多額の金を受け取り、奇妙な客を乗せることを了承していた。

 

 見送りに来たエドワードが、最後に念を押すように言った。

 

「忘れるな。表社会で暴れれば、我々はお前を狩る」

 

「分かってるって。大人しくするよ。人間牧場も作らないし、王様なんて名乗らない。たぶん」

 

「……たぶん?」

 

「いや、王様は名乗らないけど、投資家とか財団の理事長なら名乗るかもしれないから」

 

「新大陸で何を企んでいる」

 

「合法寄生」

 

「……やはり邪悪だ」

 

 俺は笑って船に乗り込んだ。

 

 甲板から、遠ざかる欧州の港を見つめる。

 

 親を殺され、居場所を失った。

 

 だが、あのまま城にいれば、俺もいつか両親と同じような怪物になり、討伐隊に殺されていただろう。

 

「さよなら、欧州。できれば二度と帰りたくない」

 

 そして、これから向かう新天地の歴史を思い描く。

 

 独立戦争、合衆国憲法制定、西部開拓、産業革命、世界大戦、冷戦、二十一世紀。

 

「将来世界最強になる国に、最初から寄生できるとか勝ち確じゃん」

 

 俺はホクホク顔で、ハンターから渡されていた『十三植民地の現状報告書』のページをめくった。

 

『植民地間の統一意識は皆無』

 

『独自通貨の乱立により経済は不安定』

 

『道路インフラ未整備』

 

『医療技術は未熟、疫病の危険あり』

 

『奴隷制が存在』

 

『イギリス本国との関係悪化の兆し』

 

『先住民との緊張状態』

 

『港町の治安は最悪』

 

『欧州由来の怪異も一部流入中』

 

 資料を読み進めるにつれ、俺の顔から笑みが消えていった。

 

「……あれ?」

 

 俺はポツリと呟いた。

 

「これ、寄生先っていうか……完全に一から作らなきゃいけない『要メンテ物件』なのでは?」

 

 波を切り裂いて進む船の上で、俺は重いため息を吐いた。

 

 こうして、真祖吸血鬼ルカ・ヴァレンシュタインは、未来の超大国に寄生するため、まだ存在しないアメリカ合衆国へ向かった。

 




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