真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜   作:パラレル・ゲーマー

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第26話 真祖吸血鬼、死者蘇生の噂を否定する

 不審な遺体騒動が一段落し、ナサニエルがハンター支部で順調に回復の兆しを見せ始めてから、数日後の朝。

 

 俺は二階の自室から大きな欠伸とともに階段を下り、商会の一階へ足を踏み入れた。

 

 だが、そこにはまったく想定外の光景が広がっていた。

 

「……今日、うちで誰かの葬式でもやる予定だったっけ?」

 

 俺が目を丸くして尋ねると、番頭や店員たちが困り果てた顔で右往左往していた。

 

 ヴァレンタイン商会本店の外が、異様なほど騒がしいのだ。

 

 しかも、石鹸や蝋燭を買い求める一般の客の行列ではない。

 

 黒い喪服に身を包み、涙を拭っている老婦人。

 

 顔色の悪い病人を、必死の形相で背負ってきた男。

 

 何やら怪しげな小瓶を両腕に抱えた薬売り。

 

 分厚い聖書を胸に抱き、虚空へ向かって祈りを捧げている信心深そうな市民。

 

 そして極めつけに、商会の前の通りには、本物の棺を載せた重苦しい荷車まで横付けされていた。

 

「アーサー。これ、何の騒ぎ?」

 

 俺が後ろを振り返ると、アーサーが冷や汗を拭いながら報告してきた。

 

「旦那様。どうやら……死者蘇生の奇跡を求めて集まってきた方々のようです」

 

「なんで!?」

 

 俺の素っ頓狂な声が、朝の商会に響き渡った。

 

 アーサーが、朝から市内で飛ぶように売られているという粗悪な刷り物を何枚か、俺の机の上へ広げた。

 

 そこには、目を疑うような巨大な見出しが躍っていた。

 

【驚異! 死後五日目の会計係、冷たい棺より奇跡の帰還を果たす!】

 

 別の刷り物には、さらに露骨な文言がある。

 

【真祖ヴァレンタイン氏、死者の止まった心臓を再び動かす神の業を披露!】

 

 極めつけは、手書きで配られていた怪しげな広告ビラだ。

 

【死者蘇生の秘薬、ヴァレンタイン商会にて密かに調合中!】

 

 俺は頭を抱え、机へ突っ伏した。

 

「……どうしてこうなった」

 

 内容は、完全なでたらめというわけではなかった。

 

 男が死体として葬儀屋へ持ち込まれた。

 

 数日間、通常の人間の感覚や当時の確認方法では、呼吸も脈も確認できなかった。

 

 解剖される寸前だった。

 

 俺が介入して刃を止めた。

 

 特殊な二種類の薬を使った。

 

 心臓と呼吸が戻り、本人が目を覚ました。

 

 それらの事実は、断片的にはすべて本当に起きたことだ。

 

 だが、一番肝心な、

 

【男は最初から死んでいなかった】

 

 という、たった一つの、しかし最も重要な前提だけが、見事なまでにすっぽりと抜け落ちていた。

 

「またか……。本当の事実の断片だけを並べ替えて、まったく間違った扇情的な物語を完成させたわけだな」

 

 ギデオンが、呆れたように刷り物を指で弾く。

 

「石鹸の誇大広告の時から、人間の発想が何も進歩してないじゃないか!」

 

 俺が吠える。

 

「無理もありません、旦那様。人間は、ただの石鹸の効能よりも、血湧き肉躍る奇跡の物語の方を何倍も好む生き物ですから」

 

 アーサーの容赦ない分析が胸に刺さる。

 

 俺はまず、店員たちを外へ向かわせ、現在市内で流れている噂がどのような形へ派生しているのかを聞き取らせた。

 

 集まった噂の種類は、想像を絶するほどひどいものだった。

 

 一、俺が自分の吸血鬼の血を直接飲ませて、死者を蘇らせた。

 

 二、死者を吸血鬼の眷属へ作り変えた。

 

 三、東洋の魔術で作られた秘密の蘇生薬を二本使った。

 

 四、死んだ男の魂を、呪術で冥界から直接呼び戻した。

 

 五、そもそもハンター支部では、昔から夜な夜な死者蘇生の儀式が行われている。

 

 六、ヴァレンタイン石鹸で毎日身体を洗うと、死んだ後も肉体が絶対に腐らなくなる。

 

 七、ナサニエルは棺の中で五日間、水も飲まずに生き続けた聖人である。

 

 八、俺が棺の蓋へ指先で触れただけで、死体が目を開けた。

 

 九、俺が死体の首筋へ噛みつき、息を吹き返させた。

 

 十、ラッシュ医師が男の心臓を一度取り出し、きれいに水で洗ってから体内へ戻した。

 

「最後の十番目の説を言い出した者を、今すぐ私の目の前へ連れてきなさい! どのような医学的手順で心臓を取り出し、再び体内へ戻したのか、詳しく問いただしてやります!」

 

 いつの間にか商会へ駆けつけていたラッシュが、顔を真っ赤にして怒り狂っていた。

 

「お前、怒るところそこなの!?」

 

 このまま放置すれば、事態はさらに悪化する。

 

 俺は仕方なく、重い足取りで商会の入口の扉を開け、熱狂する群衆の前へ姿を現した。

 

 俺が姿を見せた瞬間、群衆がぴたりと静まり返った。

 

 中には、

 

「おお、蘇生者だ」

 

「真祖様、どうかお恵みを」

 

 と、その場で膝をついて拝み始める者までいる。

 

 俺は大きく息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。

 

「先に、はっきりと言っておく! 俺は、死者を蘇らせてなんかいない!」

 

 群衆がざわめいた。

 

 最前列にいた一人の男が、食い下がるように尋ねてきた。

 

「では、死体が目を覚ましたというあの話は、すべて作り話の嘘だったのですか?」

 

「死体が目を覚ましたんじゃない! あの男は、最初から死んでいなかったんだよ! 極端な仮死状態になっていただけだ!」

 

 別の人間が叫ぶ。

 

「でも、心臓も呼吸も完全に止まっていたと聞きましたよ!」

 

「止まってたんじゃない! 人間の目や耳では確認できないくらい、弱くなっていただけだ!」

 

「つまり……死んでいたように見える人間なら、あなたには蘇らせられるということですね!」

 

「だから! 生きてる人間を起こすのは、蘇らせるとは言わないんだよ!」

 

 俺が必死に否定すればするほど、彼らの中では、

 

> 特別な条件を満たせば可能なのではないか

 

 という都合のいい解釈へ変換されていく。

 

 その時だった。

 

 群衆の後ろから、重い荷車の車輪の音が近づいてきた。

 

 本当に棺を載せた荷車だ。

 

 棺のそばには、黒い喪服を着た初老の女性と、十代の息子が寄り添っている。

 

 彼女は昨日、ひどい熱病で夫を亡くしたばかりだという。

 

 女性は、俺の足元へすがりつくようにして泣き崩れた。

 

「ヴァレンタイン様! どうか、私の夫にもあの薬を使ってください! まだ息を引き取ってから一日しか経っていません! お金なら、家も店も売って必ず払います。どうか、どうか奇跡を……!」

 

 その悲痛な叫び声を聞き、俺は言葉を失った。

 

 周囲の群衆も、水を打ったように静まり返る。

 

 俺は、彼女を、

 

「馬鹿なことを言うな」

 

 と怒鳴って追い返すことはできなかった。

 

「……棺を、中へ」

 

 俺は店員へ指示を出し、棺を商会の応接室へ運び込ませた。

 

 ラッシュも無言のまま、医療鞄を手にして同行する。

 

 蓋を開け、遺体を確認する。

 

 明確な死後硬直。

 

 重力に従って現れた死斑。

 

 体温の完全な低下。

 

 血液の凝固。

 

 首筋に薬物投与の痕跡も、隠蔽術の印もない。

 

 真祖の感覚を用いずとも、ラッシュの医学的な所見だけで判断できる状態だった。

 

 そして俺の感覚も、その肉体からすでに魂が完全に離れていることを、残酷なまでに正確に告げていた。

 

 ラッシュが、一つ一つの所見を遺族の女性へ丁寧に、そして静かに説明した。

 

 女性は震える声で尋ねた。

 

「あの、ナサニエルという若い方は助かったのに……なぜ、私の夫は助からないのですか」

 

 俺は、曖昧な希望や優しい嘘で、彼女を誤魔化すことはしなかった。

 

「ナサニエルは、死んでいなかったんです。特殊な薬のせいで、死んだような状態にされていた。だから、薬で解除できた。……あなたのご主人は、彼とは違います」

 

「では、夫は……」

 

「亡くなっています。もう、戻ることはありません」

 

 女性は棺の横へへたり込み、声を上げて泣き崩れた。

 

 俺は奇跡を演じない。

 

 気休めの偽薬を渡し、叶わない希望を長引かせることもしない。

 

「俺にできるのは、生きている人を、間違えて死者として扱うのを止めることだけです。亡くなった人を呼び戻す魔法は、持っていません。……ごめんなさい」

 

 俺は、葬儀屋への遺体の運搬費だけを商会で負担し、彼女たちを見送った。

 

 この時、俺は痛感していた。

 

 死者蘇生の噂というものは、単なる街の笑い話や怪談ではない。

 

 愛する者を失ったばかりの遺族へ、絶対に叶わない残酷な期待を与え、もう一度絶望の底へ突き落とす、極めて危険な劇薬なのだ。

 

 遺族が帰った後、俺は応接室の机を強く叩き、ラッシュとギデオンへ向かって言った。

 

「このまま噂を放置しておいたら、亡くなった人を墓から掘り起こして、無理やり怪しい薬を飲ませるような人間が絶対に出てくるぞ」

 

「すでに、独自の蘇生薬を名乗って売り歩いている者がいるようです」

 

 アーサーが、市内で売られていたという小さなガラス瓶を机の上へ置いた。

 

 瓶へ貼られた札には、堂々とこう書かれていた。

 

【ヴァレンタイン式・復命水】

 

「また勝手に俺の名前を使われてる!」

 

 俺が頭を抱えると、ラッシュが小瓶の蓋を開け、匂いを嗅いで顔をしかめた。

 

「成分は……強い酒に、刺激の強い薬草、塩、香料。それに、鹿角などから作られた、刺激臭の強い気付け薬を混ぜたもののようです」

 

「気付け薬としては多少の刺激があるかもしれないけど、死者や仮死状態の人間へ使ったらどうなる?」

 

「意識のない人間へ無理に飲ませれば、液体が気道へ入り込み、かえって窒息させます。極めて危険です」

 

 ラッシュが断言する。

 

「今すぐ、この悪ふざけを止めないと駄目だ」

 

 俺たちは、扇情的な刷り物を印刷した店へ向かった。

 

 印刷屋の主人は、俺たちの顔を見ても、まったく悪びれる様子はなかった。

 

「ヴァレンタイン氏。私は嘘は書いていませんよ。あの男は死体として葬儀屋へ運ばれた。数日間、通常の方法では呼吸も脈も確認できなかった。あなたが止めなければ解剖されていた。薬を使った後、見事に目を覚ました。……すべて事実でしょう?」

 

「最初から死んでいなかったっていう、一番重要な事実が丸ごと抜けてるだろ!」

 

「それを書いてしまえば、誰もこの紙を買ってくれませんからね」

 

「実に正直で清々しい男だ」

 

 ギデオンが感心したように言う。

 

「褒めるな!」

 

 印刷屋の主人は、腕を組みながら提案してきた。

 

「あなたが望むなら、訂正文を出してもいいですよ。ですが、地味で退屈な文章では、誰も見向きもしません。噂の広がる速度には勝てませんよ」

 

 俺は、単なるお堅い否定文では、この熱狂には勝てないと気づいた。

 

「よし。正しい話にも、目を引く見出しが必要だな」

 

 俺が最初の案を出す。

 

【死者蘇生は一切行われていません。事実無根です】

 

「売れませんね」

 

 印刷屋が即答する。

 

 次にラッシュが、真面目な顔で提案した。

 

【極端な生命活動低下状態における、誤った死亡判定の危険性について】

 

「一枚も売れません。紙の無駄です」

 

 印刷屋が鼻で笑う。

 

「お前たち、言ってることは正しいけど、客を引きつけるセンスが壊滅的に下手すぎる!」

 

 悩んだ末、俺が最終的な見出しを決めた。

 

【生きた男、死者として埋葬される寸前に間一髪で救出!】

 

 そして副見出しに、

 

【ヴァレンタイン氏、死者蘇生の奇跡を明確に否定。その驚くべき真相とは】

 

「これなら派手だし、嘘もついてないだろ?」

 

 印刷屋の主人も、

 

「それなら売れます」

 

 と頷いた。

 

 だが、文章の構成で、また揉めることになった。

 

 ラッシュは、俺が教えた医学的な確認項目をすべて、その一枚の紙へ詰め込もうとしたのだ。

 

「爪床の反応、局所加温による変化、微弱な心音の長時間の計測……これらの手順は、市民にも広く知らしめるべきです!」

 

「お前な、一般の人が、道端でそんな米粒みたいな細かい字を最後まで読むと思うか?」

 

「ですが、極めて重要な情報です!」

 

「だから、読む相手に合わせて情報を分けるんだよ!」

 

 俺は、一通の長文ですべての相手へ説明しようとするのをやめ、三種類の文書を別々に作成することにした。

 

 一つ目。

 

 一般市民向けの短い告知。

 

 二つ目。

 

 医師、外科医、薬師向けの詳細な確認手順書。

 

 三つ目。

 

 葬儀屋、教会、墓地管理者向けの確認票。

 

 一般市民向けの告知は、要点だけを短く、大きな文字でまとめた。

 

 一、救助された男性は死亡しておらず、特殊な薬によって生命活動が極端に低下していただけである。

 

 二、通常の亡くなった方へ同じ薬を使っても、蘇ることは絶対にない。

 

 三、亡くなった方へ、無理に水や酒、薬を飲ませてはならない。

 

 四、腐敗や死後硬直がなく、死因が不明な場合に限り、埋葬の前に医師またはハンター支部へ相談すること。

 

 五、ヴァレンタイン商会は、復命水などの死者蘇生薬を一切製造・販売していない。

 

 そして最後に、一番大きな極太の文字で書き加えた。

 

【絶対に、墓を勝手に掘り返さないこと】

 

「これは一番目立つように書け。物理的な被害が出る」

 

 ラッシュが、そこへ重要な一文を追加した。

 

【死亡したすべての人間が、仮死状態であるわけではありません。今回の事例は、薬物と特殊な術によって人為的に作られた、極めて稀な例外です】

 

「そこは絶対に入れよう。仮死の注意を広めすぎた結果、すべての死者がまだ生きているかもしれないなんていう、新しい混乱を起こしちゃいけないからな」

 

 作業をしていると、ナサニエルを最初にハンター支部へ引き渡した、あの葬儀屋の主人が訪ねてきた。

 

 彼は噂のせいで、市民から、

 

「お前が扱った他の棺からも音がしなかったか」

 

「本当に死人だったのか」

 

「生きたまま埋めた人間が、他にもいるんじゃないか」

 

 と激しく責め立てられ、ひどく憔悴していた。

 

 それでも彼は言った。

 

「今回のような人が、二度と本当に埋葬されるようなことだけは防ぎたいんです。私にできることがあれば、協力させてください」

 

 俺は彼に、葬儀屋や教会向けの確認票の原案を渡し、意見を求めた。

 

 死亡を確認した者。

 

 死亡とされた日時。

 

 死因。

 

 腐敗の有無。

 

 死後硬直の有無。

 

 死斑の有無。

 

 不自然な術式や印の有無。

 

 判断に迷った場合の連絡先。

 

 すべての遺体へ、細かな追加確認を一律に行うわけではない。

 

 不自然な条件がいくつも重なった時に限り、埋葬の作業を一時停止し、医師かハンター支部へ連絡するための確認票だ。

 

 さらに、近隣の教会の牧師も訪ねてきた。

 

 彼もまた、

 

「死者が蘇ったという噂により、教会へ奇跡を直接確認しに来る者が後を絶たず、対応に困っている」

 

 と頭を抱えていた。

 

 一部の市民の間では、神の奇跡だの、吸血鬼による冒涜だの、世界の終末の予兆だの、好き勝手に語られているらしい。

 

「私は、神学上の奇跡を頭ごなしに否定するために来たのではありません。しかし、今回の男性が本当に死亡していなかったのであれば、その物理的な事実は明確にしておくべきでしょう」

 

「助かります。俺が一人で否定しても、本当は奇跡の力を隠してるんだろって疑われるだけですから。礼拝の後に内容を読み上げて、教会の入口にもこの告知を貼り出してもらえませんか」

 

 牧師は快諾してくれた。

 

 宗教を迷信的な敵として排除するのではなく、地域へ情報を伝えるための協力者になってもらう。

 

 一方、ラッシュは医師向けの詳細な手順書の作成に没頭していた。

 

「一分間の確認だけで脈なしと断定してはならない特殊例。死後数日が経過しているはずなのに腐敗がない場合。死後硬直や死斑がない場合。血液が完全に凝固していない場合……」

 

 彼は筆を走らせていたが、その原稿は予想どおり、異常な長さへ膨れ上がっていた。

 

「おい、ラッシュ。これ、実務用の手順書だよね?」

 

「はい」

 

「どうして、人間の血液循環についての個人的な考察が、十二ページにもわたってびっしり書かれてるんだよ」

 

「将来の医学のために、絶対に必要です」

 

「必要じゃないところまで、お前が一人で興奮して書いてるだけだろ!」

 

 結局、

 

* 二ページの実務的な確認手順書

* 詳細な医学的考察をまとめた別冊

* 支部書庫へ保管する症例記録

 

 という三段構えに分けることになった。

 

「必要な情報と、自分が書きたい情報は分けろって、いつも言ってるだろ」

 

「医学的知識に、不要な情報など一つもありません!」

 

「そういうところだぞ、お前は!」

 

 俺たちは、商会の名前を勝手に使っていた復命水の売り手も見つけ、ヴァレンタイン商会へ呼び出した。

 

 暴力で脅したり、勝手に拘束したりはしない。

 

 瓶の成分。

 

 仕入先。

 

 販売数。

 

 誰が名前を考えたのか。

 

 ヴァレンタイン商会との関係が本当にあるのか。

 

 一つずつ事情を聞き取った。

 

 売り手は、ただ噂へ便乗し、小銭を稼ごうとしただけの小商人だった。

 

「死者が本当に蘇るなんて、俺だって思ってねえよ! ただ、気付け薬としては結構効くんだぜ?」

 

「気絶した人へ売るなら、そう書け。死者蘇生なんて嘘を書くな。それに、意識のない人間へ飲ませる使い方は危険だ」

 

 俺は瓶を即座に叩き割らせることはしなかった。

 

 ラッシュに成分を確認させ、気付け薬として使用できる範囲と、使用してはならない相手を整理させる。

 

 そのうえで、売り手へ条件を突きつけた。

 

「ヴァレンタイン商会は、この薬と一切関係がない。そのことを、市内へ正式に告知する」

 

 売り手の顔が青ざめる。

 

「待ってくれ! それをやられたら、俺は詐欺師扱いだ!」

 

「実際、俺の名前を勝手に使って、死者蘇生薬として売っただろ」

 

「……」

 

「商会名を使った品を自分で回収して、買った人へ金を返せ。死者蘇生の効能を外し、気付け薬として正しい表示と使い方へ改めるなら、それ以上、商売そのものを潰すつもりはない」

 

 売り手はしばらく黙っていたが、最後には条件を受け入れた。

 

 ここでも、怒りに任せて全部を潰すのではなく、何が危険で、何が虚偽で、何なら正しく使えるのかを分けて処理する。

 

 ハンター支部で療養中のナサニエルにも、街で広がっている噂の件を伝えた。

 

 ナサニエルは寝台の上で、深い溜息をついた。

 

「私は、死んだことにされていたというだけでも十分に不名誉なのに、今度は死者から奇跡的に蘇った男になっているのですか……」

 

「世間的には、聖人扱いされてるんだから、すごい出世だね」

 

「笑わせないでください」

 

 ラッシュが横から睨みつける。

 

 ナサニエルは、短い証言文を書くことに同意してくれた。

 

【私は死亡していませんでした。

 

 私自身が、逃亡のために危険な薬を使用しました。

 

 その結果、生命活動が極端に低下し、死者と誤認されました。

 

 皆様、絶対に同じ行為を試してはなりません】

 

 彼の本名を全面へ出すかは慎重に扱い、帳簿事件の重要な証人であるため、あくまで、

 

【現在治療中の男性本人による証言】

 

 として掲載することにした。

 

 翌日。

 

 印刷された三種類の告知文書が、市内へ一斉に配られた。

 

 街角では、数日前まで扇情的な死者蘇生の刷り物を売っていた印刷屋の徒弟らしい少年が、今度は俺たちの作った訂正版も一緒に抱え、大声で売り歩いていた。

 

「死者が蘇った話、一枚! 死者が蘇ってなかった話も一枚!」

 

 俺は通りかかって、思わず突っ込んだ。

 

「お前、両方売るのかよ!」

 

「二枚買えば、事件の最初から最後まで全部が分かりますよ!」

 

 少年が悪びれずに答える。

 

「商才があるな」

 

 ギデオンが感心する。

 

「感心するな!」

 

 噂そのものは、すぐには消えなかった。

 

 だが、訂正文もまた、同じ街の中へ広がり始めた。

 

 数日後。

 

 市場や酒場での人々の会話が、少しずつ変わり始めていた。

 

 以前は、

 

「ヴァレンタイン氏が死者を蘇らせたらしいぞ」

 

 と、一方的に語られていた。

 

 現在はこうだ。

 

「死者を蘇らせたらしいな」

 

「いや、あれは最初から死んでなかったそうだぞ」

 

「特殊な薬で眠っていただけらしい」

 

「墓を掘り返すなって、教会の入口にも告知が出てたぞ」

 

「あの蘇生薬は、ただの気付け薬へ勝手に名前をつけただけらしいな」

 

 完全に嘘が消えたわけではない。

 

 しかし、一方的な奇跡の物語ではなくなった。

 

 間違った噂を聞いた人間が、少し歩けば別の説明へ接触できる状態が、この街に作られたのだ。

 

「……噂を完全に消し去ることには、失敗しましたな」

 

 アーサーが言う。

 

「最初から、完全に消せるとは思ってないよ。間違った話を聞いた人が、正しい話も聞けるようになれば、それでいいんだ」

 

 商会にも、徐々に普通の客が戻ってきた。

 

 死者蘇生を求める行列は消え、石鹸や蝋燭を買い求める日常の風景が戻る。

 

 俺は心底安堵した。

 

 最初の客が来た。

 

「石鹸を二つください」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「それと……これで身体を洗うと、死んだ後も肉体が絶対に腐らなくなるというのは本当ですか?」

 

「まだそんな噂が残ってるのかよ!」

 

 次の客。

 

「ヴァレンタイン様の血を一滴だけ水へ混ぜて飲めば、若返ると聞いたのですが……」

 

「誰からそんなこと聞いたんだよ!」

 

 さらに次の客。

 

「これを禿げた頭へ毎日塗り込めば、髪の毛が蘇ると――」

 

「死者どころか、髪の毛まで蘇らせることになってるじゃないか!」

 

 俺の悲痛な叫びが、平和な店内に響き渡った。

 

 商会の事務室。

 

 俺は、今回作成された記録の束を整理し、机へ並べた。

 

【一般市民向け告知】

 

【医師向け仮死確認手順】

 

【葬儀屋・教会向け確認票】

 

【虚偽の蘇生薬に関する注意】

 

【患者本人の証言】

 

【問い合わせ対応記録】

 

「……噂が一つ流れただけで、また俺の処理しなきゃいけない書類が六種類も増えたんだけど」

 

「旦那様が、問題を見つけるたびに、新しい仕組みと手順を増やされるからです」

 

 アーサーが淡々と答える。

 

「俺のせいなの!?」

 

「死者を蘇らせるより、書類を増やす方が得意なのは確かなようだな」

 

 ギデオンが笑う。

 

 夜。

 

 ハンター支部の地下封印室。

 

 壁の記録札は、

 

【ナサニエル・リード・回復中】

 

 となっている。

 

 俺は、その札の裏へ保存されている古い札を確認した。

 

【正体不明遺体・処分保留】

 

 二つの札を見比べながら、俺は考えた。

 

 ナサニエルは、魔法や奇跡によって蘇ったのではない。

 

 葬儀屋が、棺の不自然さへ気づいた。

 

 支部が、処分を保留して保管した。

 

 外科医が、解剖の刃を止めた。

 

 ラッシュが、徹夜で経過を記録した。

 

 エリアスが、折れた杖の中へ予備の薬を残した。

 

 ギデオンが、その折れた杖を証拠品として支部へ保全させた。

 

 アーサーが帳簿を追った。

 

 複数の人間が、それぞれ一つずつ間違いを止めた結果、彼は生き残ったのだ。

 

 死者を蘇らせた者など、この街のどこにもいなかった。

 

 ただ、死んでいない人間を、死者として扱うのを止めた者たちがいただけだ。

 

 それでは奇跡の物語としては地味すぎるらしく、市内では今も、俺が棺へ自分の血を垂らしただの、冥界の扉を開いて魂を呼び戻しただのという派手な話が残っている。

 

 だが、その噂を聞いた誰かが、次にこう言ってくれるようにはなった。

 

「いや、あの男は最初から生きていたらしいぞ」と。

 

 それで十分だ。

 

 派手な嘘を完全に殺すことはできない。

 

 それでも、その嘘のすぐ隣へ、事実を書いた小さな札を掛けておくことはできる。

 

 もっとも、その地味な事実を説明するために、また俺の書類仕事が六種類も増えてしまったのだが。

 

 死者は蘇らせられない。

 

 増えた書類だけは、どうやら二度と減らないらしい。

 




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祖父の死に際、元ITエンジニアの御門悠真は、自分が「召喚師の家系」の末裔だと知らされる。▼御門家は、かつて神も悪魔も妖も精霊も呼び出した、万能召喚術の本家本元だった。▼だが、万能であるがゆえに術式はあまりにも複雑化し、始祖以降は衰退の一途を辿る。▼火だけを呼ぶ家、水神だけを祀る家、鬼だけを使う家――分家たちは属性や対象を絞ることで生き残った。▼一方、万能に固…


総合評価:1625/評価:8.45/連載:16話/更新日時:2026年06月15日(月) 17:23 小説情報

祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

三十五歳、売れないフリーライターの久世恒一は、親に頼まれて東京にある祖父・久世宗玄の家を整理することになる。▼変人扱いされていた祖父の家で彼が見つけたのは、封印された異星文明の管理AI《イヴ》と、現代ではチート級の価値を持つ超技術だった。▼最初の遺産《セル・チューナー》は、地球のバッテリーを桁違いの高性能品へ変質させる基幹技術。▼スマホは一ヶ月充電不要。死に…


総合評価:2550/評価:8/連載:49話/更新日時:2026年05月26日(火) 21:44 小説情報


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