真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜 作:パラレル・ゲーマー
一七七三年十一月二十七日、早朝。
フィラデルフィアの冷たい風が、ヴァレンタイン商会の重い扉をかすかに揺らしていた。
店を開ける準備をしていたアーサーが、扉の下へ差し込まれていた一枚の紙を拾い上げる。
紙の隅には、気味の悪い黒い羽根が一本、蝋で無造作に貼りつけられていた。
「旦那様。また、妙なものが届いております」
アーサーが、普段と変わらぬ落ち着いた声で俺を呼んだ。
俺は階段を下り、その紙を受け取った。
宛先には、大きくこう書かれている。
【デラウェア川の水先案内人へ】
そして、その下に、
【東インド会社の茶船・ポリー号船長エアーズへ】
俺の目が、紙面に並ぶ粗野だが明確な文字を追った。
『ポリー号をフィラデルフィアの市街地へ案内するな。
船を上流へ通せば、水先案内人も厳しい処罰の対象となる。
エアーズ船長が我々の町へ茶を運び込むならば、タールと羽根で飾り立て、人々の前で引き回す。
船も無事では済まない。
茶法へ協力する者は、等しく町の敵となる』
そして結びには、こうあった。
『我々はすでに、液状タール十ガロンと、野生の雁十二羽分の羽根を用意している』
「十ガロンの液状タールと、十二羽分の羽根?」
俺は思わず、生々しい数字を口に出した。
ギデオンが背後から紙を覗き込む。
「具体的な忠告だな」
「本当に、その量を用意しているかは分からない」
俺は、羽根の貼られた紙を見つめた。
「でも、相手に自分の身体へ何をされるかを想像させるには、十分すぎる数字だ」
十ガロンという量が、実際の作業に必要な量として計算されたものなのか。
単なる大げさな脅しなのか。
今の段階では確認できない。
ただし、
> 液状のタールを身体へ浴びせ、羽根をまぶす
という危害を、エアーズ船長と水先案内人へ具体的に想像させようとしていることだけは、疑いようがなかった。
◆
俺たちは、《茶在庫由来証明》などの印刷で協力してくれた印刷屋を商会へ呼んだ。
印刷屋の主人は、俺が突きつけた羽根つきの一枚刷りを見るなり、両手を振った。
「私ではありません! ヴァレンタイン氏、誓って申しますが、私の店で刷ったものではありません!」
「同じ物を見たか?」
「はい。今朝から酒場、波止場、水先案内人の詰所、税関近くの壁、それから東インド会社の荷受人と噂されている商人の家の周辺へ、一斉に貼り出されています」
俺は、紙の最下部に記された発行者名を指した。
【タールと羽根の委員会】
「これは市や植民地政府が設置した組織か?」
「いいえ。公の機関ではありません。市議会や住民集会で委員を選んだという話も聞きません」
「じゃあ、この名前で活動している連中がいること自体は知られてる?」
「一枚刷りの名義としては、すでに広く知られています。しかし、誰が委員なのか、誰が文章を決め、誰が実行へ責任を持つのかは公表されておりません」
「立派な名前だけはあるが、中に誰がいるのか分からないわけか」
ギデオンが鼻を鳴らした。
「怒り狂った群衆も、委員会と名乗れば、役所の命令のように見えるらしい」
俺は机へ戻り、新しい大判紙を広げた。
上へ書いた見出しは、
【脅迫文判定票】
これが単なる政治的な意見表明なのか。
それとも一線を越えた脅迫なのか。
印象ではなく、要素へ分けて確認するための書式だ。
一、対象者が特定されているか。
【水先案内人、エアーズ船長。特定されている】
二、要求される行為があるか。
【船を上流へ案内しない。市街地へ入港しない。茶を荷下ろししない】
三、従わなかった場合の不利益が書かれているか。
【タールと羽根。公衆の前での見せしめ。船体への危害】
四、不利益は何へ向けられているか。
【身体および財産】
五、実行手段が具体的か。
【液状タール十ガロン。雁十二羽分の羽根】
六、実行可能な者が周囲にいるか。
【港と市内に、同調する群衆が存在する】
七、発動条件があるか。
【ポリー号をフィラデルフィアへ案内すること】
八、相手を恐れさせる意図があるか。
【明白にあり】
九、発行責任者が特定できるか。
【委員会名のみ。構成員と責任者は不明】
十、訂正版や追加版が出ているか。
【現時点では確認できず】
俺は最後の欄へ、赤いインクで書いた。
【結論】
【身体および財産への具体的な危害を示し、対象者を恐怖によって従わせようとする文書】
「冗談でも、風刺だけでも、遠回しな忠告でもない」
俺が言うと、アーサーが判定票へ視線を落とした。
「本当に実行する意思があるかは、まだ確定できません」
「でも、実行されるかもしれないと相手へ信じさせる意思はある」
◆
そこへ、商会の扉を開けて一人の男が入ってきた。
エフライム・ウォード。
急進派の活動に深く関わる仲介人だ。
俺が呼んだわけではない。
一枚刷りがヴァレンタイン商会へ持ち込まれ、俺が調べ始めたと聞きつけたのだろう。
「ヴァレンタイン氏。あなたが、あの一枚刷りを大問題にしていると聞きました」
エフライムは、努めて落ち着いた態度で言った。
「誤解しないでいただきたい。誰も本当に、エアーズ船長を殺そうとは考えていません」
「殺すと書いていなくても、液状のタールを身体へ浴びせると書いてある。皮膚を傷め、目や口へ入れば、重傷を負わせる危険がある」
「だから、実行するつもりはないと言っているのです」
「じゃあ、何のために書いた?」
「あれは案山子です。鳥を追い払うための、見せかけの脅しですよ」
「案山子ってのは、鳥を本気で怖がらせるために立てるんだろ?」
エフライムが、一瞬だけ言葉に詰まった。
「相手が本物の危険だと思い、恐怖を感じて逃げることを期待している。それなら、見せかけだから無害です、とは言えない」
エフライムは顔をしかめた。
「我々には、法的な拒否権がないのです」
彼は声を強めた。
「英国政府には税関と海軍の力がある。東インド会社には莫大な資金と契約がある。それに対し、我々植民地側が、どうか入港しないでくださいと丁寧にお願いしたところで、船長は契約どおりに茶を運び込むでしょう。荷受人も利益を捨てない」
「だから脅す?」
「実際に誰かを殴る前に、一人の船長を怖がらせて帰せるなら、港で何千人もの群衆と税関が衝突するよりはましです」
エフライムは一歩前へ出た。
「脅しによって、本当の流血を防ぐ。そう考えることはできませんか?」
その主張には、冷酷だが一定の合理性があった。
こちらには軍隊も、議会法を無効にする権限もない。
船長と荷受人へ穏やかに頼むだけでは、契約を破棄させられない。
より大きな暴力を防ぐために、恐怖だけを先に見せる。
俺は、それが完全に無意味な理屈だとは言えなかった。
だが、そこで商会の扉が再び開いた。
◆
入ってきたのは、デラウェア川の熟練水先案内人、ケイレブ・マーサーだった。
大柄な男の片手には、俺のところへ届いたものと同じ一枚刷り。
もう片方の手には、小さな麻袋が握られている。
ケイレブは無言で麻袋を机の上へ逆さにした。
真っ黒な雁の羽根。
固まったタールの塊。
そして、首へ回せるほどの長さに切られた、太く短い縄。
「昨夜、俺の家の扉の前に置かれていた」
ケイレブは、エフライムを睨みながら言った。
「紙には、茶船へ乗る前に、自分の新しい衣装の寸法を測っておけと書いてあった」
彼はタールの塊を手に取った。
「お前らの案山子ってのは、ずいぶん手が込んでるんだな。女房はこれを見て、朝まで震えてたぞ」
エフライムは目を逸らした。
「私は、それを置くよう指示していません」
「誰が置いたかは、俺にも分からん」
ケイレブは低い声で答えた。
「だが、誰かが、こうすれば俺が本気で怖がると思った。それは間違いない」
ケイレブ自身は、茶法に反対している。
東インド会社の茶を買うつもりもない。
だが彼には、水先案内人としての誇りと、無視できない現実的な危険があった。
「俺は、英国の茶を町へ運びたいんじゃない」
ケイレブは、机へ広げたデラウェア川の海図を指した。
「あの外海から来る船長は、この川の怖さを知らん。冬の潮は速い。霧が出れば、流れと地形を知らない奴には中州も浅瀬も見分けられない」
彼の指が、河口から上流へ動く。
「水先案内を完全に拒めば、船が座礁するかもしれない。舵や船底を傷め、航路を塞ぐ可能性もある。船員が冬の川へ落ちれば、命に関わる」
「船長は自分の意思で、その契約を引き受けた」
エフライムが言った。
「危険も承知のはずです」
「下働きの甲板員まで、茶法へ賛成して運搬契約を選んだのか?」
ケイレブが声を荒らげた。
「船員全員へ、船長と東インド会社の政治的責任を負わせる気か!」
「水先案内人が乗れば、その船を町へ入れる助けになる!」
「乗らなければ、罪のない船員を危険な川へ放り出すことになる!」
俺は大判紙を取り出し、二つの言葉を離して書いた。
【安全な場所まで案内する】
【フィラデルフィア市街へ入港させる】
「この二つは、同じ仕事じゃない」
俺が言うと、ケイレブが深く頷いた。
「そうだ。川下の安全な停泊地点までなら、無案内で漂わせるより、座礁や衝突の危険を大きく減らせる」
彼は海図の一か所を示した。
「潮と風、船の喫水を確認したうえでだが、チェスター付近を第一の候補にできる。市街地の波止場へは入れない。そこで町の代表が船長と話せばいい」
「帰航するなら?」
「そこからなら、川を下る準備もしやすい。必要なら、河口まで案内する」
「つまり、町へ入れるためじゃない」
俺はまとめた。
「町へ入る前に、安全に止めるための水先案内だ」
◆
エフライムは、すぐには納得しなかった。
「一度、水先案内人だけを船へ乗せれば、船長に買収されるかもしれない」
「安全停泊地へ向かうと装い、そのまま上流へ進む可能性もある」
「なら、一人で行かせない」
俺は、新しい書式を書き始めた。
【茶船接触・安全停泊手順】
最初の接触では、
熟練水先案内人一人
水先案内人側の立会人一人
だけが船へ乗る。
町の交渉団がいきなり大人数で乗り込めば、船長側も襲撃と受け取る危険がある。
船を安全な下流停泊地へ導いた後で、
商人集会から選ばれた交渉役
記録係
必要に応じた法律実務家
が別艇で船へ向かう。
俺は手順を項目へ分けた。
【接触前】
対象船の名前
船長の名前
外観
出港地
可能な範囲での積荷
現在位置
風向き
潮位
視界
船体の異常
を確認する。
【初回接触】
水先案内人は、乗船時に船長へ明確に伝える。
> 市街地へ入港させるためではない。
> 船員と船を危険にさらさず、下流の安全な停泊地へ導き、町側との交渉機会を作るためである。
【停泊中に認めないこと】
市街地の波止場への着岸
茶箱の荷下ろし
荷受人への引渡し
茶税の支払い
茶箱の開封
茶の販売
船員への暴力
船体への破壊
積荷の窃盗
【船長が帰航を選んだ場合】
必要な水と食料の供給
病人への医薬品
航行に必要な修理
帰航に必要な通関と許可の確認
河口までの水先案内
船員と船体の安全確保
アーサーが、俺の手元を見ながら言った。
「旦那様。この手順には、船長や港湾当局へ従わせる法的な強制力がありません」
「分かってる。これは植民地政府の命令でも、港湾当局の規則でもない」
「では、何のために?」
「命令書じゃない」
俺は書き終えた手順票を指した。
「暴力以外の逃げ道を、全員がパニックになる前に、先に紙へ書いておくんだ」
◆
俺は、コーネリアス・ヴェイルを含む英国寄りの商人たちにも、手順案を見せた。
当然、彼らは反発した。
「安全停泊などと称して船を市街地へ入れないのは、事実上の輸入妨害です!」
「エアーズ船長には、貨物を届ける正当な契約があります!」
「冬の川で船員を危険へさらし、町で群衆と衝突してでも、絶対に履行させなきゃならない契約なのか?」
「水先案内で安全を確保し、そのまま通常どおり入港させればよいのです」
「町へ入った後、何千人もの群衆が船へ押しかけても安全だと言えるのか?」
ヴェイルは口を閉じた。
俺は大判紙を二列へ分けた。
【船をそのまま市街地へ入れる危険】
群衆による襲撃
荷下ろし現場での衝突
税関職員と住民の争い
船体への放火
茶の略奪
船員への暴行
【水先案内を完全に拒否する危険】
座礁
他船との衝突
船員の負傷や死亡
船体損傷
航路の閉塞
積荷流出
救難を名目とした税関や軍の介入
「強行入港させるか、川で見殺しにするかの二択じゃない」
俺は二列の間へ、第三の欄を書いた。
【市街地へ入る前に、安全に止める】
「両方の人間が生き残る道を、最初から二択の外へ作るんだ」
◆
数日後の夜。
ケイレブの徒弟で、十八歳のオーウェンが、水先案内人の詰所から一人で帰宅していた。
薄暗い路地へ入ったところで、三人の若者に囲まれた。
「おい、小僧。師匠へ伝えろ」
一人が言った。
「茶船へ乗るつもりなら、次は家の前へ羽根を置くだけじゃ済まない」
別の男がオーウェンの腕を背中へねじり上げた。
三人目が、冷えて粘り気の増したタールを小さな容器からすくい、オーウェンの上着へ擦りつけようとする。
「やめろ! 俺は何も決めてない!」
「なら、師匠へ決めさせろ」
「今日は服だけだ。次は温めてから使う」
偶然近くを通りかかったマーサの知人が、その様子を目撃した。
男はすぐにヴァレンタイン商会へ走り、場所を知らせた。
「旦那様! オーウェンが路地で襲われています!」
俺は場所を聞くなり、一人で先行した。
「ギデオン、夜警と治安官を呼んでくれ!」
「分かった!」
暗い路地へ着くと、一人がオーウェンを押さえつけ、もう一人がタールを上着へ塗りつけようとしていた。
「そこまでだ」
俺は一瞬で間へ入り、オーウェンを拘束していた腕を外した。
タールの容器を奪い、三人とオーウェンの間に立つ。
「何だ、お前!」
「タールと羽根の委員会ってのは、ずいぶん若い委員で構成されてるんだな」
若者の一人が逃げようとした。
俺は襟を掴み、地面へ倒さず、その場から動けないよう壁へ押し止める。
残る二人も、俺の腕を振りほどけなかった。
だが、俺は誰も殴らなかった。
骨も折らない。
逃走と、オーウェンへの再接近だけを防いだ。
「違う! 俺たちは少し怖がらせただけだ!」
若者が叫ぶ。
「一枚刷りと同じか?」
「本当にタールを浴びせるつもりはなかった!」
「三人で待ち伏せして、腕を押さえつけ、予告されていた道具を服へ塗ろうとしただろ」
「皮膚には塗ってない! ただの警告だ!」
俺は懐から《脅迫文判定票》を取り出し、その場で項目を加えた。
【実行準備および強要行為】
対象者を待ち伏せ
複数人で身体を拘束
予告された道具を持参
特定の行為を要求
従わない場合の追加危害を告知
衣服へのタール塗布を開始
「冗談や案山子という言い訳だけでは、もう済まない」
しばらくして、ギデオンが夜警と治安官を連れて到着した。
治安官は現場のタール、容器、オーウェンの上着を確認した。
周囲にいた目撃者の名前と証言も記録する。
若者たちは治安官によって拘束され、翌日、治安判事の前へ連れていかれることになった。
俺が私的に、彼らを罰することはしなかった。
◆
俺はエフライムを商会へ呼んだ。
襲撃した若者たちは、彼と面識のある急進派の末端だった。
だが、エフライムが直接命令を出した証拠はない。
「私は、彼らへそんな暴力を振るえと指示していない」
エフライムは青ざめた顔で言った。
「そこは記録にもそう書く。お前が命令したとは確認できない」
俺は答えた。
「だが、お前は、実行するつもりのない威嚇なら、より大きな暴力を防げると言った」
「船長へ向けた政治的な案山子と、地元の徒弟を暗がりで襲うことは違います!」
「脅す側が、どこまでなら芝居で、どこからが本物の暴力かを、全員へ同じように守らせられると思ったのか?」
エフライムは黙った。
「お前が直接命じていなくても、タールと羽根を自由を守るための正しい脅しだと持ち上げ続ければ、それを実行してもよいと考える奴が出る可能性を、自分たちで高くしている」
「では、我々は権力へ何もするなと言うのですか!」
「要求しろ」
俺は指を折りながら答えた。
「集会を開け。荷受人へ任命の辞退を求めろ。茶を買わないと宣言しろ。船長へ帰航を求めろ。水先案内人へ、市街地へ入れず安全に止めてほしいと頼め」
「それでも拒否されたら?」
「拒否された時に、次の対抗手段を議論しろ」
俺はエフライムを見据えた。
「最初から、相手の身体への危害を回答欄へ書くな」
◆
オーウェンは、大きな怪我を負ってはいなかった。
上着へ少量のタールが付着し、腕に軽い痛みが残っただけだ。
だが俺は、
> 被害が軽かったから事件ではない
とは扱わなかった。
待ち伏せ場所
時刻
人数
持参した道具
発言内容
身体拘束
衣服の損傷
要求された行為
目撃者
治安官が到着した時の状態
を記録へ残した。
さらに、ケイレブの家へ置かれたタール、羽根、縄、脅迫文との関連は、
> 手段と文言は似ている
> 同一人物によるものかは不明
とした。
似ているからといって、証拠なしに同じ犯人へまとめてはいけない。
◆
十二月上旬。
ボストンを発った急使が、血相を変えて商会へ手紙を届けた。
『十一月二十八日、ボストン港へ第一の茶船ダートマス号が到着した。
十一月三十日、積荷は税関へ申告された。
東インド会社の荷受人は辞任していない。
町は茶の荷下ろしを拒絶している。
船主側は茶を積んだまま帰航させる道を探しているが、税関の出港手続きと総督側の許可が得られず、法的な出口が閉じ始めている。
税を支払わないまま二十日を過ぎれば、積荷は差押えと陸揚げの対象となる』
俺は手紙を読み、顔をしかめた。
「フィラデルフィアでは、船が来る前に、どう止めるかを考える時間がある」
「ですがボストンでは、手順を整えるより先に船が到着したのですね」
アーサーが言う。
俺は《遠隔事件確認票》を取り出し、ボストンの知人へ送る質問状を作った。
一、船の到着日時。
二、税関へ貨物を申告した日時。
三、関税支払い期限。
四、船主。
五、船長。
六、荷受人。
七、荷受人が辞任したか。
八、船主または船長が帰航を望んでいるか。
九、帰航に必要な出港許可。
十、総督側の通過許可が必要か。
十一、船員の安全状態。
十二、町側が提案した代替手順。
机の上へ地図を広げる。
【フィラデルフィア】
ポリー号は未着
荷受人へは辞退圧力がかかっている
水先案内人の方針を事前に協議できる
下流で停泊させる余地がある
茶を降ろさず帰航させる手順を、到着前に検討できる
【ボストン】
十一月二十八日、ダートマス号到着
十一月三十日、貨物を税関へ申告
十二月十七日、二十日間の期限
荷受人は辞任を拒否
船主側は帰航を模索
税関の出港許可を得られていない
総督側も、茶を積んだまま無条件に港外へ出すことを認めていない
期限後は、積荷が差押えと陸揚げの対象になる可能性がある
群衆の規模は増え続けている
同じ茶法でも、港が置かれた条件はまったく違う。
ボストンでは、税関法と総督の判断が組み合わさり、帰航の法的な出口が閉じ始めていた。
◆
十二月七日。
《タールと羽根の委員会》を名乗る者たちによる、新しい一枚刷りが出回った。
俺は第一版を捨てず、隣へ並べた。
十一月二十七日の文書では、ポリー号は、
> 巨大な三層甲板船
と説明されていた。
しかし、新しい文書では内容が訂正されている。
『ポリー号は三層甲板船ではない。
古い黒い船である。
船首像や目立った装飾はない。
積載量は約二百五十トン。
エアーズ船長は、背が低く、太った体格の男である』
第一版で誤っていた船の外観が、第二の文書で訂正されている。
対象の船を誤認しないように。
別の船長へ脅迫を向けないように。
暴力を予告する側も、対象の識別精度を上げ始めていた。
アーサーが二枚の紙を見比べ、顔をしかめた。
「旦那様。あちらも、誤った情報を訂正しております」
「笑えないな」
第一版を消し、何もなかったことにしているわけではない。
間違っていた説明を修正し、より正確な識別情報を広める。
俺が帳票や注意書きで繰り返してきた、
> 記録する
> 間違いを訂正する
> 誤認を減らす
> 手順を改善する
という方法を、暴力を予告する側も使っている。
「お前の証明票や手順書と、構造が似てきたな」
ギデオンが言った。
「一緒にするな」
「目的が違うだけで、失敗を減らそうとしているところは同じだ」
俺は反論できなかった。
記録も、訂正も、手順も、善人だけが使える魔法ではない。
◆
俺は脅迫状の存在を隠さなかった。
第一版と訂正版を保存し、その全文と訂正箇所を残した。
そのうえで、別の一枚刷りを作り、市内へ配布した。
【茶船を拒むことと、船員を傷つけることは同じではない】
【我々が反対するもの】
東インド会社茶の荷下ろし
茶税の支払い
荷受人への茶の引渡し
茶法による特権流通の実施
【認められる働きかけ】
荷受人へ任命辞退を求める
茶を買わないと宣言する
船長へ帰航を求める
集会を開き、町の意思を示す
市街地へ入る前の安全停泊を求める
【認められない行為】
タールと羽根
縄による威嚇
船員への暴行
船体への放火や破壊
積荷の窃盗
水先案内人や家族への脅迫
【水先案内について】
市街地への入港を助けることと、船を下流で安全に止めることは同じではない。
帰航を選んだ船へ、安全な水先案内を提供した者を、輸入協力者とは扱わない。
【窃盗と暴力について】
茶を盗む者は、茶法へ反対したことにはならない。
船員を殴る者は、課税権を否定したことにはならない。
俺の一枚刷りは、予想どおり両側から嫌われた。
英国寄りの商人は、
「茶の荷下ろしを妨げることを認める時点で反逆的だ」
と批判した。
急進派は、
「タールと羽根の恐怖を否定すれば、船長は恐れずに入港する」
と怒った。
「両方から嫌われてるからって、中立だとは限らない」
俺は一枚刷りを束ねながら言った。
「でも少なくとも、俺はどちらの側がつく嘘にも署名してない」
◆
ケイレブは、俺の《茶船接触・安全停泊手順》へ協力すると答えた。
ただし、条件を出した。
「俺一人へ、船を町へ入れるかどうかという政治判断を押しつけないこと」
「下流へ停泊させた後、町の代表が必ず船長と交渉すること」
「船長へ示す要求文書を、先に用意しておくこと」
「帰航を選んだ船へ水先案内を提供してよいと、町側が公に認めること」
「それから、徒弟のオーウェンと、俺の家族を、脅迫から守ることだ」
「全部受け入れる」
ケイレブの呼びかけで、複数の水先案内人が集まった。
意見は三つに割れた。
【完全拒否派】
「茶船へは一歩も近づかない。関われば命が危ない」
【通常業務派】
「政治と操船は別だ。通常の契約どおり、市街地まで案内する」
【安全停泊派】
「市街地へは入れない。だが、下流の安全な場所までは案内する」
俺は、全員へ一つの方針を強制しなかった。
「水先案内人一人へ、町全体の政治判断を押しつけるな。そのためにも、可能なら共同で方針を公表した方がいい」
話し合いの末、多数の水先案内人が安全停泊案へ署名した。
反対者の名前を公表することはしない。
完全拒否を選んだ者も、通常業務を主張した者も、群衆の制裁対象へはしない。
◆
夜。
俺の机には、二つの紙が並べられていた。
左側。
【茶船接触・安全停泊手順】
目的。
船を市街地へ入る前に止める
船員を傷つけない
茶を降ろさない
帰航の道を残す
水先案内人へ政治判断を押しつけない
右側。
【タールと羽根の委員会の一枚刷り】
目的。
船を市街地へ入れない
水先案内人を恐怖で従わせる
エアーズ船長へ帰航を強制する
従わない者へ身体と財産の危害を想像させる
どちらも、対象を定めている。
発動条件を定めている。
実行者を定めようとしている。
失敗を減らすため、情報を訂正している。
「同じ目的へ向かって、違う二つの手順ができましたね」
アーサーが言った。
「同じじゃない。こっちは人を傷つけないための手順だ」
「だが向こうも、実際に人を傷つける前に、恐怖だけで船を帰せれば成功だと考えている」
ギデオンが指摘する。
俺は一枚刷りを見た。
そこには、液状タールの量と、必要だと称する羽根の数が書かれている。
タールと羽根の委員会は、公の役所ではなかった。
誰が委員を選んだのか分からない。
誰が命令を出すのかも分からない。
脅迫が実行され、誰かが死傷した場合、誰が責任を取るのかも書かれていない。
それでも、その一枚刷りには対象者がいる。
発動条件がある。
必要な道具の量まで記されている。
相手が恐れて従えば、誰も殴らずに済む。
だから非暴力だと、彼らは言う。
だが、殴られると本気で信じさせなければ成立しない説得を、俺は非暴力とは呼べなかった。
「旦那様。これは、本当に実行されるのでしょうか」
アーサーが尋ねた。
「分からない」
俺は答えた。
「でも、実行されると船長へ信じさせるために書かれた。それだけは確かだ」
俺がこの時代へ来てから、ずっと手順書を作ってきた。
医療の手順。
裁判の手順。
製造の手順。
記録を開く手順。
そして今、暴力の側もまた、自分たちの効果的な手順を作り始めていた。
東インド会社の茶船ポリー号は、まだ姿を見せていない。
だが、船長へ浴びせると脅すタールの量だけは、もう決まっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!