真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜   作:パラレル・ゲーマー

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第38話 真祖吸血鬼、閉じられる港の食料を数える

 二月下旬。

 

 大西洋を越えてロンドンの取引先から届いた一通の書状が、ヴァレンタイン商会の空気を凍りつかせた。

 

『英国議会では、ボストン茶会事件の首謀者への単なる罰金や、関係者の処罰だけでは済まされない空気が蔓延している。ボストン港そのものの商業機能を、根こそぎ完全に止める案が急速に支持を集めている』

 

 具体的な法文の写しはまだ届いていない。

 

 あくまで議会での検討段階という書きぶりだった。

 

 だが俺は、未来の歴史知識として、それが決して政治的な脅しで終わらないことを知っていた。

 

 やがて成立する『ボストン港法』。

 

 通常の商業活動を停止させるという、一つの都市の経済を窒息させるための制裁だ。

 

「来るぞ」

 

 俺が書状から目を上げて言うと、窓辺にもたれていたギデオンが怪訝な顔をした。

 

「何がだ?」

 

「港を閉じる法律が来る」

 

「この書状には、まだ議会で検討中だとしか書かれていないぞ。決定ではないだろう」

 

「……でも、必ず来るんだよ」

 

 アーサーが、インク壺の蓋を閉めながら冷静に言葉を挟んだ。

 

「旦那様。その『必ず来る』という確信を、商会の外の人間へどうご説明なさるのですか?」

 

 俺は答えられなかった。

 

 いくら俺が吸血鬼でも、

 

「三月三十一日に法が成立し、六月一日にボストン港が閉じる」

 

 と、この段階で断定して公表することはできない。

 

 そんな真似をすれば、単なる狂人か、あるいは英国政府の暗躍に加担するスパイだと疑われるのがオチだ。

 

「……だから、表向きは予言じゃなく、もしものための一般的な準備にする」

 

 俺は、新しい調査計画を立ち上げた。

 

 名称は《主要港長期停止時生活継続調査》。

 

 あくまで、戦争、深刻な疫病による長期検疫、大嵐、大規模な港湾火災、軍事封鎖、あるいは法律による営業停止といった、あらゆる想定される危機へ対応するための一般的な事前調査という名目だ。

 

「未来を知っていることを隠すために、一般的な手順へと名目を薄めたわけか」

 

 ギデオンが鼻を鳴らす。

 

「それもある」

 

「他には?」

 

「もし俺のいるこの世界で未来の形が変わって、港法が来なかったとしても……この調査結果の仕組み自体は、火災や嵐の時の危機管理としてそのまま使えるからだ」

 

 俺は、自分の未来知識を絶対の予言として振りかざすのではなく、ただ備えを始めるための理由の一つへと格下げした。

 

 俺はさっそく、ボストンの商人や港湾関係者たちへ確認票を送る準備を始めた。

 

 質問項目は極めてシンプルだった。

 

【現在の市内の食料在庫量】

 

【一日の消費量】

 

【現在の人口】

 

【もし港が長期間停止した場合、食料は何日持つか】

 

 アーサーが、俺の書いた質問票を読み直して静かに言った。

 

「……旦那様。お聞きするのは、これだけですか?」

 

「町が飢えるまでの日数を出すんだから、これで計算できるだろ」

 

「では、その食料は誰が買うのですか?」

 

「町の住民に決まってる」

 

「何を使って買うのです?」

 

「そりゃ、金で……」

 

「港が止まって、住民たちが賃金を失った後もですか?」

 

 俺のペンを持っていた手が、ピタリと止まった。

 

 アーサーは、すかさず別の紙を引き寄せ、港に依存する職種をスラスラと書き出していった。

 

 荷役労働者。

 

 船大工。

 

 綱職人。

 

 樽職人。

 

 帆職人。

 

 水先案内人。

 

 荷車引き。

 

 倉庫番。

 

 船員向けの宿屋。

 

 港近くの酒場。

 

 船乗り相手の洗濯婦。

 

 船具商。

 

 魚市場の商人。

 

「港が閉じれば、当然ですが船が来なくなります。船が来なければ、この紙に書かれた多くの人間が、港の停止と同時に仕事を失います。彼らが翌日から稼ぐはずだった日銭は、ゼロになるのです」

 

 アーサーは俺の目を真っ直ぐに見た。

 

「もし彼らが賃金を失えば……仮にボストンの倉庫に食料が山ほど残っていたとしても、彼らにはそれを買う金がないのです。食料の総在庫が何日分あるかという計算だけでは、彼らが何日食べられるかは分かりません」

 

「……食料の樽の数より先に、失われる財布の数と日数を調べる必要があるのか」

 

 俺は自分の浅はかさに気づき、ひどく恥じ入った。

 

 俺は質問票の中央に、【食料在庫】の項目と並べて、【食料購入可能日数】という生々しい項目を追加した。

 

 三月。

 

 ボストンから返ってきた回答は、世帯の状況によって絶望的なほどバラバラだった。

 

 貯蓄がある大商人の家は「半年は持つ」と答える。

 

 だが、一週間ごとの賃金で暮らす職人は「二週間」。

 

 一日ごとの日銭で稼ぐ荷役労働者は「三日」。

 

 店の信用、つまりツケ払いでその日暮らしをしている家族に至っては、

 

「港が止まったその日のうちに、明日食べるものが買えなくなる」

 

 と回答していた。

 

 ある港湾労働者の回答には、怒りをぶつけるようにこう殴り書きされていた。

 

『町の倉庫に小麦が何万樽あるかなんて、俺の知ったことじゃない。俺の家にある金は、三日分しかないんだ』

 

 地元の小売商人からも、悲鳴のような回答が届いた。

 

 すでに港湾世帯への信用販売は限界まで膨れ上がっている。

 

 もし港が止まれば、代金回収の見込みは完全に消える。

 

 仕入れの現金が尽きれば農民への支払いができなくなり、農民は町へ食料を運ばなくなる。

 

 結果として、店主自身も破産する。

 

「……食料を善意でツケ売りして住民を助けた店から先に、順番に潰れていくのか」

 

「他人を助ける能力と、助け続ける能力は別物だということだ」

 

 ギデオンが冷たく言う。

 

 俺とアーサーは、回答を基に《港湾停止影響連鎖表》というものを作成した。

 

 船が止まる。

 

 ↓

 

 仕事が止まる。

 

 ↓

 

 賃金が止まる。

 

 ↓

 

 小売店の売上が止まる。

 

 ↓

 

 店が農民から仕入れられない。

 

 ↓

 

 農民が出荷をやめ、町への食料の流入そのものが止まる。

 

 俺は出来上がった表を見て、深く息を吐いた。

 

「港を閉じるってのは、海の入り口に重い鍵を掛けるだけの単純な話じゃない。町の中にある無数の財布まで、順番に一つずつ閉じて殺していくことなんだ」

 

「食料がなくなってから飢えるのではありません」

 

 アーサーが言う。

 

「食料を動かす金と仕事が止まった時点で、飢えはすでに始まっているのです」

 

「なら、俺たちで食料を直接出せばいい」

 

 俺は、かつて開発し、過酷な保存試験を乗り越えてきた《ヴァレンタイン式密封保存牛肉》の在庫管理票を机に広げた。

 

「これを全力で大量生産するんだ。俺の未来知識から作った保存食なら、腐敗する危険をかなり抑えられる。一個で一食として――」

 

 アーサーが即座に俺の言葉を遮った。

 

「旦那様。ボストンの町全体を、これで何日養うおつもりですか?」

 

「できる限りだ」

 

「無理です。材料の肉、特殊な密閉容器、大型の加熱釜、熟練の職人、輸送するための船。どれも現在の十倍あっても全く足りません」

 

 俺は、試作品の試験が成功したことと、それを一都市の人口を丸ごと養う規模で大量生産できることを、完全に混同していた。

 

「現在、商会として各所から受けている仮注文の合計は千二百個です」

 

 商会の売上規模としては爆発的な数字だが、何万人もいる都市の飢餓を救う物資として見れば、あまりに少なく、ごく限られた量でしかない。

 

「千二百個で、何人を何日養えるというのだ?」

 

 ギデオンが問う。

 

「……町全体を養う主食にはならない。ごく一部の緊急用にしかならないな」

 

 俺は、保存食の役割を町全体を救う主食という幻想から、通常の食料輸送が途切れた地区や、長距離輸送、悪天候時のための極めて限定的な予備へと大幅に格下げした。

 

 保存食の救援用在庫を職人たちと点検している時のことだ。

 

 大量の金属容器の中に、ごく僅かに蓋が膨らんでいるものが一つ見つかった。

 

「旦那様、これくらいなら中身はまだ無事なはずです。十分に煮沸すれば食べられますし、これから食料が不足するかもしれない時に捨てるのは……」

 

「開けるな」

 

 俺は職人を厳しく止めた。

 

「すぐに隔離しろ。同じ時期に作った製造群も、原因を確認するまで出荷停止だ」

 

 以前、品質管理の規則を定めた時と同じだ。

 

 膨張、液漏れ、深い錆、封止異常があれば無条件で隔離し、同じ時期に作った製造群の出荷を一時停止する。

 

 異常品そのものもすぐには捨てず、容器の加工記録や加熱工程と照合し、原因を確認するための証拠として残す。

 

「もったいないからと一個の怪しい肉を惜しんで、それを食べた人間を一人失うかもしれないんだぞ。救援物資で病人を作ったら、何のための救援か分からなくなる」

 

 そんな折、俺の保存食の噂を聞きつけた英国軍の補給担当官から、正式な大量購入の照会が舞い込んできた。

 

 長期保存が可能で、塩抜きの真水も不要。

 

 積載効率が良く、行軍時の調理の手間も省ける。

 

 彼らは軍事行動における兵站の価値を正確に見抜き、市民向けよりもはるかに高額な買い取り価格を提示してきた。

 

 担当官は、商会の応接室で自信満々に言った。

 

「ヴァレンタイン氏。食料は、人間を殺す武器ではありません。違いますか?」

 

「……その通りです」

 

「なら、なぜ我々軍の正規の買い取りを断るのです?」

 

「食料があるから、兵士はその場所に長期間居続けられるからです。そして、より遠くまで進み、封鎖を維持することができる」

 

 かつて、俺は軍へ疫病を防ぐための石鹸を売った。

 

 石鹸は、兵士の命を奪う病を防ぎ、兵営から町へ疫病を広げないためのものだった。

 

 だが、この密封保存食は違う。

 

 部隊の行動半径、長期の包囲能力、そして都市を抑え続ける滞在能力へと直接刺さる戦略物資なのだ。

 

「石鹸は我々に売ったではないか」

 

 担当官が不満そうに言う。

 

「兵士が病気を広げないための石鹸と、軍隊を遠くまで進ませるための保存食は、意味が違います」

 

 俺は、軍への保存食の一括大量購入を明確に拒否した。

 

 ただし、傷病兵向けの緊急食料としての小口購入は個別検討とし、完全な敵対関係になることは避けた。

 

 その代わり、軍へ保存食を不正に高値で転売した商人は、今後の俺たちの救援契約の流通網から外すことにした。

 

 担当官が帰った後、ギデオンが意地悪く尋ねてきた。

 

「簡単なことだろう。軍へ高値で売りつけ、その莫大な利益で、市民用の安い小麦粉を大量に買って送ればよいのではないか?」

 

 俺は即答できなかった。

 

 一見、極めて合理的な経済計算だ。

 

 だが、もしそれをやればどうなるか。

 

 軍は強力な保存食を得て、ボストン封鎖を長期間容易に維持できるようになる。

 

 軍が高値で買い占めれば、原材料の肉と容器の価格が高騰し、市民向けの予備食料が作れなくなる。

 

 そして何より、俺自身が封鎖する側と救援される側の双方から、血の滴るような利益を得ることになる。

 

「それは……火を消すための水を買う金を稼ぐために、放火犯へ油を高く売るようなものだ」

 

「軍が放火犯だと?」

 

「比喩だよ。港を閉じる法律を作ったのは、最前線で腹を減らしている兵士じゃない」

 

 俺はアーサーと協議し、救援のための三つの経路を定めた《ボストン民間救援三経路》を作った。

 

 最初、俺は単純に、

 

「集めた食料を無料でボストンの全員へ配る」

 

 と提案した。

 

 アーサーが即座に反対した。

 

「無料配布を長期間、大規模に続ければ、今ぎりぎりで食料を販売して生き残ろうとしている地元の商店が、価格競争に敗れて完全に潰れます。ボストン内の市場そのものが死ぬのです」

 

「でも、失業者には金がないだろ」

 

「なら、働ける者には仕事を作り、正当な賃金を払うべきです」

 

 第一経路。

 

【通常販売】

 

 まだ収入や蓄えがある世帯向け。

 

 市場価格を維持し、不当に安売りしない。

 

 買占めは禁止し、一世帯当たりの上限を設ける。

 

 必ず地元の商店を通し、俺の商会がボストンの食料市場を直接支配することは避ける。

 

 第二経路。

 

【救援雇用】

 

 働けるが、港の閉鎖で職を失った者向け。

 

「港の仕事を奪われた人に、港が閉じた後の新しい物流や、町を維持する仕事を渡すんだ」

 

 マーブルヘッド港での荷下ろし。

 

 そこからボストンへの陸路運送。

 

 救援倉庫の整備。

 

 配給所の設置。

 

 病人宅への食料配送。

 

 道路補修。

 

 薪割り。

 

 公衆便所の清掃。

 

 排水路の整備。

 

 救援を続けるために必要となる仕事はいくらでもある。

 

「慈善で施しを与えるのではなく、労働による賃金で自らの食料を買えるようにするのですね」

 

 アーサーが頷く。

 

 第三経路。

 

【無償支援】

 

 働けない者、急を要する者向け。

 

 子供。

 

 病人。

 

 高齢者。

 

 妊婦。

 

 障害者。

 

 看護のため働けない者。

 

 世帯主を失った家族。

 

 これに対し、ある商人が、

 

「働かざる者食うべからずだ。無償で甘やかすべきではない」

 

 と意見を出してきた。

 

 俺はジェフリーズ医師ら医療関係者の意見を借りて反論した。

 

「働けない人間へ仕事を用意したふりをして、それができないからといって食料を配らないなんてのは、支援じゃない。ただの虐待だ」

 

 救援の対象を決める際、さらに厄介な政治問題が浮上した。

 

 急進派の一部から、

 

「茶法へ反対しなかった王党派や、茶の破壊を非難した商人を、なぜ我々の寄付で養う必要があるのだ。彼らは英国へ助けてもらえばよい」

 

 という要求が出たのだ。

 

 俺は激しく拒絶した。

 

「いいか。新しい港法は、茶を壊した実行犯だけを個別に罰しているんじゃない。ボストンという町全体を無差別に罰しているんだ。俺たちの救援まで、同じやり方で敵と味方を分けて食料を配り始めたら、俺たち自身が町全体を一つの政治的集団として扱う英国側と同じになるぞ」

 

 俺は《救援物資非政治化規程》を作成した。

 

 茶破壊への賛否を尋ねない。

 

 王への忠誠を尋ねない。

 

 独立への賛否を尋ねない。

 

 そして、英国兵の家族であることを理由に、その子供を絶対に飢えさせない。

 

 英国兵と現地女性の家庭で、夫の給金が遅れ、子供が病気になっているという事例が最も揉めた。

 

 急進派は、

 

「軍は食料を持っているはずだ」

 

 と主張したが、母親は、

 

「夫の部隊が持つ食料が、家族の私たちへ自由に回ってくるわけではない」

 

 と泣き崩れた。

 

 俺は、その子供へ食料を渡すよう指示した。

 

 ボストンの港で茶を壊す群衆から、茶を盗もうとした見物人を引き剥がした夜と同じだ。

 

「兵士の軍事行動を養うことと、その足元にいる兵士の子供を飢え死にさせないことは別だ」

 

 罪と罰、そして政治闘争と人命は明確に分ける。

 

 寄付者側からは、

 

「誰を助けたか、世帯主の名前を新聞で公開すれば不正受給の防止になる」

 

 という主張も出た。

 

 アビゲイルが静かに反対した。

 

「それでは、救援を受けた方々が、公衆の前で自分は貧困で施しを受けていると証明させられることになります。恥辱です」

 

 さらに、政治派閥が、

 

「あの家は我々の救援を受けたのだから、我々の集会に従うべきだ」

 

 と圧力をかける危険もある。

 

 俺は、名前入りの世帯情報は原本として厳重に管理し、公開する表には世帯数、人数、食料量、区分の数字のみを載せることにした。

 

 不正受給、つまり二重受給の問題は残る。

 

 配給所を複数置けば、同じ人間が何度も受け取る可能性がある。

 

 木札や紙券を使う案も出たが、偽造や転売、文字の読めない者への不利益などの欠点があった。

 

「不正を完全にゼロにしようとして、身元の確認を厳格にしすぎれば、本当に困っている人まで手続きで追い返すことになる」

 

 完全な解決にはならないが、世帯票、配給所ごとの記録、地区担当者の対面での確認を組み合わせ、致命的な取りこぼしを防ぐ方を優先した。

 

 農民からの寄付の呼びかけに対しても、現実的な声が届いた。

 

『ボストンを助けたい気持ちは山々だ。だが、来年のための種籾、家畜の餌、自分たちの家族の暮らしまで無償で差し出すことはできない』

 

 俺は、寄付しない農民は非国民だという同調圧力を徹底的に抑え込んだ。

 

 救援物資を、無償寄付、原価販売、後払い、輸送費のみの寄付などに細かく分け、農民の善意を無限の無償資源として食い潰すことを防いだ。

 

 三月三十一日。

 

 海の向こうのロンドンでは、まだ俺たちの誰も正式に確認できないまま、ボストン港法が成立していた。

 

 俺は未来知識として、その日付を知っていた。

 

 だが、それを救援帳簿へ書き込むことはできない。

 

 法律が成立したという確かな情報が大西洋を越え、植民地へ届くまでには、まだ一か月以上の時間が必要だった。

 

 俺たちはあくまで、港湾停止の可能性へ備える一般的な危機対策として、準備を続けた。

 

 五月。

 

 ボストンから、五月十二日付の通信委員会の回状と、港法の写しが届けられた。

 

 法の表題。

 

『ボストンの町および港における貨物の積み下ろしを停止する法』

 

 施行日。

 

 六月一日。

 

 港の範囲。

 

 違反時の船や貨物の没収規定。

 

 そして港の再開条件は、東インド会社への完全な賠償、騒動で被害を受けた税関職員らへの相当の補償、さらに国王枢密院が法への服従と関税徴収の回復を認めること。

 

 単に金を払えば自動的に港が開くわけではない。

 

 最後の鍵は、英国側が握っている。

 

 町側は激しい怒りに沸き返った。

 

 だが俺は感情を抑え、冷徹に条文を分解していった。

 

「待て。港は完全には閉じていないぞ」

 

 俺が食料例外の条項を発見すると、周囲が色めき立った。

 

「本当か!」

 

 だが、俺がその例外の条件を読み上げると、部屋の空気は再び冷え込んだ。

 

「北米沿岸から来た食料と燃料に限り、海路での搬入を認める。ただし……まずセイラム港のマーブルヘッドへ入り、税関の検査を受けること。そこから税関の通行証を得て、税関吏を同乗させること。必要と判断されれば武装した護衛も同乗し、許可された経路以外を通ることは禁止する」

 

「……海から食料を入れる公認の道は、残っている」

 

 俺が言う。

 

「同時に、その海上の搬入路を誰が管理し、誰が許可を出すかも、完璧に決められているな」

 

 ギデオンが冷酷にまとめた。

 

 ケイレブが海図を広げて確認する。

 

「通常ならボストンへ直接入れる貨物が、一度マーブルヘッドへ入り、検査を待ち、通行証を得て、税関吏を乗せて再出航し、ようやくボストンへ向かうという迂回を強制されます」

 

「陸送へ切り替える場合も、別の港で荷下ろしし、荷車を手配し、道路を進み、途中の宿場や馬を確保しなければならない」

 

 ケイレブは、海図の上に一本の線を引いた。

 

「海から食料を入れる合法的な道は、事実上一つの検査路へ絞られます。だから、この経路が詰まれば、沿岸輸送による食料搬入は全て止まります」

 

 生鮮品は長時間の検査待ちに極度に弱い。

 

 鮮魚。

 

 生肉。

 

 青物野菜。

 

 病人用の生鮮食品。

 

 税関の検査待ちが長引けば、通行証が出る前に傷んでしまう。

 

 俺は荷物を三つに分類した。

 

【優先検査を申請する品】

 

 鮮魚、生肉、青物野菜、病人用の生鮮食品。

 

【通常検査品】

 

 小麦粉などの穀物、塩漬け肉。

 

【長期保管可能品】

 

 密封保存肉、乾燥豆、薪。

 

 もちろん、優先申請をしたからといって、俺たちに検査の順番を決める権限があるわけではない。

 

 あくまで、腐敗しやすい理由と必要性を書き添え、税関側へ迅速な検査を求めるだけだ。

 

 急進派の一部から、危険な主張が出た。

 

「税関の検査など妨害してしまえ! 夜の間に密かに小舟でボストンへ食料を運び込むのだ!」

 

 俺は激しく拒絶した。

 

「見つかれば船も食料も没収される! 運んだ人間も密輸犯として処罰されるんだぞ。一度でも密輸扱いされれば、その後の合法的な救援ルートまで完全に止められる口実を与えてしまう!」

 

 合法的な道は恐ろしく遅く、鍵が多い。

 

 違法な道は許可が要らない。

 

 その誘惑が再び現れたのだ。

 

 だが今回は、俺は最後まで合法的な食料例外のルートを使い切ることを選んだ。

 

「個人が生き延びるために裏で何をするかまで、俺が支配する気はない。でも、俺の公式な救援帳簿に、出所不明で没収の危険がある密輸食料は絶対に混ぜない」

 

 その頃、先日の調査で十三植民地へ質問を送った相手先から、今度は回答ではなく救援の申し出が次々と届き始めていた。

 

 ライ麦を送れる。

 

 トウモロコシを送れる。

 

 魚を送れる。

 

 薪を送れる。

 

 荷車を貸せる。

 

 現金を寄付する。

 

 各植民地の産物と余剰が、一斉にボストンへ向かおうとしていた。

 

 俺は《救援需要・提供可能品照合表》を作成し、必要品、提供可能品、不足量、輸送経路、到着予定をパズルのように組み合わせていった。

 

「寄付で送られてきたものだから、品質検査はしなくていいだろう」

 

 という声もあった。

 

 だが、善意で送ったものでも、輸送中に虫害やカビ、腐敗は必ず起こる。

 

「善意は、食料の腐敗を止めない」

 

 俺は容赦なく検査を行い、使用不能な品は記録して廃棄した。

 

 寄付者を公然と辱めることはしないが、次の便からは改善を強く求めた。

 

 六月一日が目前に迫る。

 

 ボストンの港では、通常商業船が施行前に港を出ようと大混乱に陥っていた。

 

 一部の商人が、出港する他の商人の倉庫を足元を見て安く買い叩き、それを救援用に高く貸し出そうとする動きがあった。

 

 俺はその提案を拒絶し、正当な賃借料を払って倉庫を確保した。

 

「危機を利用した収奪で、救援の土台を汚すな」

 

 そして、港湾労働者たちを集めた最初の説明会。

 

「慈善の食料を恵んでやるから受け取れというのか?」

 

 誇り高い荷役の男が凄んだ。

 

「違う」

 

 俺は答えた。

 

「マーブルヘッドで食料の荷を下ろし、陸路でボストンまで運ぶ仕事だ。ちゃんと賃金を払う」

 

「俺たちのボストン港の代わりに、別の港で働けと?」

 

「当面はな」

 

「自分たちの港を奪われた上に、仕事場まで町から追い出されるってわけか」

 

 救援の雇用は、彼らの奪われた尊厳を完全には回復しない。

 

 それでも、賃金を払い、自分の金で食料を買える仕組みは残る。

 

 俺は、

 

「仕事があるだけ感謝しろ」

 

 とは決して言わなかった。

 

「危機で失業者が溢れているのだから、安く買い叩いて雇えるぞ」

 

 とほくそ笑む商人がいた。

 

 俺は彼を冷たく睨みつけた。

 

「危機だからこそ、人間の労働を買い叩くな」

 

 腹を満たすだけなら、俺が能力で前世世界から食料を引き寄せ、倉庫へ積み続ければ済む。

 

 だが、それでは俺自身が、ボストンにとって新しい港になる。

 

 俺が供給を止めれば、町も止まる。

 

 俺がいなければ、誰も食料を得られない。

 

 そんな町は、英国の許可へ依存する町から、真祖一人へ依存する町へ変わっただけだ。

 

 人間が人間として生きる町を残したいなら、食料と一緒に、仕事と市場も動かし続けなければならない。

 

 港が閉ざされ、巨大な鍵が掛けられるその日まで、俺たちは一つの財布も殺させまいと、必死に日数を数え続けていた。

 




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