戦士の邂逅
U-40にある家のテラスで、ジョーニアスとアミアは、同じテーブルを囲んでいた。
二人には燦々と陽射しが差し込み、心地よい風が吹き抜ける。
アミアは手の平を翳して眩しそうに目を細める。
そんな妹の様子を、ジョーニアスはじっと眺めていた。
テーブルの上には、焼きたてのクッキーとサンドイッチ。そしてアミアが淹れた紅茶が並べられている。
アミアは嬉しそうにクッキーを摘みながら、他愛のない話を続けていた。
長期任務から帰ってきた兄と、久しぶりに話せることが嬉しいのだろう。
しかし……ジョーニアスは、紅茶に一度も手を付けていなかった。
それに気が付いたアミアが、小首を傾げる。
「どうしたの、お兄様? 他のフレーバーが良かったかしら……」
「いや」
立ち上がろうとしたアミアを、ジョーニアスは手で制した。
そして、暫し無言になった後、ティーカップを持ち上げる。
ティーカップの中身を見詰めて、一口だけ飲み込んだ。
「……すまない。先程、長期任務から帰って来たばかりだろう? 少し疲れていたみたいだ」
「そうなの? ごめんなさい、私、久しぶりにお兄様に会えるのが嬉しくて……」
「良いんだ」
ジョーニアスは微笑んだ。
「このクッキーは君が作ったのか?」
「ええ。お兄様が帰ってくるって聞いたから」
アミアの顔がぱっと明るくなり、ジョーニアスも微笑み返した。
だが……その瞳だけは笑っていなかった。
……おかしい。どこがおかしいのか、具体的には説明できない。
しかし、兄としての勘が告げている。
目の前にいるアミアは、いつものアミアではない。
言葉遣い、表情、そして、ほんの僅かな仕草。
すべてが似ている。似ているからこそ、違和感があった。
……あぁそうか、私への呼びかけ方がおかしいのだ。普段の彼女ならば、私を呼んだ時少しだけ目を細める。
しかし目の前にいる奴はそれをしない。
おそらく、目の前にいるアミアの身体を乗っ取った何者かは、自分が気付いていることにまだ気付いていない。
ならば、暫く泳がせる。いつからアミアに取り憑いているのか。
何が目的なのか、それを見極める必要がある。
ジョーニアスはそう判断した。
……だが、その判断が、間違いだったと知るまでに、そう時間は掛からなかった。
「……アミアの様子がおかしい?」
お茶会を終えたジョーニアスは、人気のない施設の一室へ向かった。そこにはエレクとロトが待っていた。
ジョーニアスから事情を聞いたエレクとロトは、互いに顔を見合わせた。
「確かに、最近のアミアには少し変なところがあった」
「私も気になっていた。だが、まさか何者かに取り憑かれているとは……」
「まだ確証はない」
ジョーニアスは静かに答える。
「だからこそ、慎重に動く。暫くは私達だけで警戒しよう。私は大賢者にも報告してくる」
「ああ」
二人が頷き、ジョーニアスが廊下を歩き始めた、その時だった。
「あれ、ジョーニアス?アミアと一緒じゃないのか?」
背後から、別の戦士が近寄ってきた。
「アミアは家に居るはずだが……どうした?」
「アミアがお前の事探してたから、この場所を伝えたが……まだ会えてないみたいだな。どこに行ったんだアミアの奴……」
首を傾げながら去っていった彼を見送ったジョーニアス達は、顔を見合せた。
「アミアは一体、何処に……?」
「探そう、悪い予感がする……!」
「待て」
駆け出そうとするエレクとロトを制したジョーニアスは、何かを思案している。
もし私が侵略者なら、アミアの身体を乗っ取って何をするだろうか?何故私を探していた?
私という戦士が帰還した以上、奴は動きにくくなるはずだ、不確定要素はなるべく無くしたいはず……まさか!?
「ジョーニアス、どうした?」
「そうか、奴の狙いは……!」
ジョーニアスの表情が変わった。
感じていた嫌な予感がどんどん形を成していく。先程まで感じていた違和感達が、一本の線につながったような感覚。
自分は、奴を泳がせ、正体を見極めようとした。
しかし、その間に相手が何をするかまでは考えついていなかった。
「大賢者だ……!」
ジョーニアスの言葉を聞き、三人は一斉に駆け出した。
驚いた仲間達が何事かと聞いてくるが、無視して廊下を走り抜ける。
そして、大賢者の部屋へ続く扉を開いた。
「大賢者、無事ですか!?」
――ドンッ!
鈍い衝撃音が響いた。
ジョーニアス達の足が止まる。
目の前には、腹部から血を吹き出して倒れ込んだ大賢者。
そして、その前に立っているのは……
「……アミア」
片腕を血塗れにした妹だった。
だが、その顔に浮かんでいたのは、いつもの優しい笑顔ではない。
彼女は口元を歪め、愉快そうに笑っている。
「ふふ……」
アミアは肩を揺らした。
「ようやく来たか、お兄様ァ♡」
その声を聞いた瞬間、ジョーニアスは確信した。
「お前……アミアではないな」
「今さらか?」
アミアの身体が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「俺はエボルト」
アミア?は両手を広げてそう名乗った。
それはアミアの声ではなく、男性の声をして楽しそうに笑った。
「ブラッド族だ」
その言葉を聞いた瞬間、ジョーニアス達の表情が険しくなる。
ブラッド族。彼等は文明を滅ぼし、星を破壊する事を史上の喜びとする、星狩りの戦闘民族。
目の前の男から感じる力は……これまでジョーニアス達が感じたことのないほど強烈だった。
「貴様、アミアを解放しろ!」
「そう怒るなよ、Uー40最強の勇者様♡」
エボルトはアミアの身体で、クルクルと舞い踊り愉しそうに嗤う。
「……ッ!」
「あぁ、そうそう。大賢者はまだ生きている。ほら、よっとォ!」
エボルトは大賢者をジョーニアス達へ蹴り飛ばし、嗤った。
慌ててジョーニアスが受け止め、容態を確認する。
大賢者はまだ辛うじて生きているが、危険な状態だ。
「大賢者!血が……!」
「で?どうする?俺はこの星を滅ぼしに来たんだが、その前にちょっと遊びたくなってなァ!ソレはそのついでだ」
エボルトは大賢者を指差した。
「何だと!?」
「貴様、よくも!」
「それより、お前だ、ジョーニアス」
「私……?」
「そうだ」
エボルトは一歩前へ出る。
「この星で一番強いんだろォ?」
ジョーニアスは答えずに、ただ拳を握る。
「……何が目的だ」
「簡単な話だ、U-40を滅ぼすのは決定事項として……」
エボルトはゆっくりとジョーニアスへ歩み寄ってくる。
「だが、その前に……遊ぼうぜ、ジョーニアス!」
「……そういうことか」
ジョーニアスはエレクとロトにアイコンタクトを交わした。
二人は頷き、大賢者と共に去っていった。
ジョーニアスはエボルトに向き直ると、構えた。
「アミアの身体から出ろ」
「断る」
「ならば……!」
ジョーニアスが踏み込み、拳と拳がぶつかる。
――ドンッ!
部屋全体が震えた。
ジョーニアスは咄嗟に力を抑えていたとはいえ彼はUー40最強、それなりの力は込められていた。
……はずだった。その一瞬の躊躇を、エボルトは見逃さなかった。
「ふっ、甘いな」
「くっ……!」
エボルトの前蹴りをバックステップで交わしたジョーニアスは、歯痒い思いを押し殺して構える。
「この身体が妹だから、本気を出せないか。お優しいこった」
「黙れ!」
「ふ、ははははは!」
エボルトは嬉しそうに笑った。
「面白い」
突然笑いだしたエボルトに、ジョーニアスは眉を顰める。
「何が面白い」
「力がある癖に、自ら制限を掛けている……なァ、何故だ?その力があれば、愉しい事がたァくさん出来るだろ?」
再び拳が飛んでくる。
ジョーニアスは身を捻って躱し、エボルトの拳が当たって床が砕ける。
その隙にジョーニアスはエボルトの腕を掴み、身体を押さえ込もうとした。
「アミアを返せ!」
「やだね」
「このッ……!」
ジョーニアスは力を込め、エボルトもまた笑った。
「そうだ」
「……?」
「もっとだ!」
その楽しげな声に、ジョーニアスは違和感を覚えた。
エボルトはU-40を滅ぼすと言った。
なのに、今の彼は、そんなことを考えているようには見えない。
目の前の戦いだけを楽しんでいる。
「……お前は、本当にU-40を滅ぼしたいのか?」
ジョーニアスが問うと、エボルトは一瞬だけ黙った。
そして……
「……どうだろうなァ」
嗤った。
「今は、お前の方が面白い」
その瞬間だった。
アミアの身体から、凄まじい力が放たれた。
「ぐっ……!」
ジョーニアスは吹き飛ばされる。
壁際で踏み止まり、エボルトを睨む。
「この女の身体では、これ以上は無理だな」
エボルトが腕に視線を向けると、傷だらけで血を流しているのが見えた。
エボルトは深い溜息を吐き……
「こいつじゃ、お前と戦うには弱いな」
エボルトはアミアの身体から離れた。
気を失ったアミアが倒れ込むのを、ジョーニアスが駆け寄って支えた。
「アミア!」
「……お兄……様……?」
「大丈夫だ、大丈夫だから……」
ジョーニアスはアミアを抱き上げて安全な場所へと運び、アミアは安心した様に目を閉じた。
その背後で、エボルトは楽しげに眺めていた。
アミアの頭をひと撫でしたジョーニアスは、振り返ってウルトラチェンジをして、エボルトと対峙する。
「やっと本気で戦えるなァ!さて、俺も……!」
エボルトの腰に、赤いドライバーが現れた。
彼はドライバーにあるレバーを回し、エネルギーを充填させた。
「変身」
“Are You Ready?”
「当然!」
“Blood…”“Blood…”
“EVOLT!!”
“Fuhahahaha!!”
ドライバーからけたましい音とともに、音声が響き、エボルトの体を機械鎧が覆っていく。
「さぁ、遊ぼうぜ?」
「エボルトォォォォ!!!!」
ジョーニアスが放ったパンチを、エボルトは僅かに身体を逸らして回避する。
お互いの攻撃をいなしながら、僅かな隙を探して攻撃を叩き込む。
苛烈な攻撃の応酬に、建物にヒビが入る。
アミアを気にしている素振りを見せるジョーニアスに、エボルトは浮上して天井を指差した。
「ここでは狭すぎる、上で待ってるぜ?」
ジョーニアスの返事を聞かずに、エボルトは天井を突き破って外へと出てしまった。
即座に追おうとするジョーニアスだったが、アミアを抱き上げ近くにいた仲間に預け、住民達を避難するように言付けた。
建物の外へと出たジョーニアスは、ビームフラッシャーを額に掲げ、巨大化した。
「ジョーニアス」
その名を呼ぶ声には、明らかな歓喜が混じっていた。
「さあ、戦おうぜ」
「……アミアを傷つけた罪は重い」
エボルトが放った紅い光弾が、ジョーニアスを襲う。
何重にも重なった弾幕を撃ち落とし、エボルトに迫るジョーニアス。
彼の拳がエボルトに向かって放たれるが、彼は回避するまでも無く、両手で受けた。
空を裂くような衝撃が放たれた。
拳、蹴り、光線。
互いの攻撃が、幾度となく交差する。
最初こそエボルトが押していた。
その圧倒的な力に、ジョーニアスは何度も後退させられる。
だが、ジョーニアスは倒れない。
攻撃を受けては建て直し、エボルトの動きを見切り、反撃する。
一撃、さらに一撃、そして……
遂にジョーニアスの拳が、エボルトを捉えた。
「……!」
エボルトの身体が吹き飛ばされる。
地面に叩き付けられたエボルトは、自分の頬に触れる。
そして……笑った。
「はは……」
小さな笑い。
「ははは……!」
やがて、それは大きな笑い声へと変わっていく。
「最高だ!」
笑いながら戻ってきたエボルトに、ジョーニアスは構えを崩さない。
「何がおかしい!」
「決まってるだろ!」
エボルトは拳を握る。
「お前だよ、ジョーニアス!」
再び二人がぶつかる。
今度は互いに一歩も退かなかった。
戦いながら、エボルトは理解していた。
自分はU-40を滅ぼすためにこの星へと来た。
そのはずだった。だが……
今は、そんなことがどうでもよくなっている。
目の前にいるこの男は、何度倒しても立ち上がる。
守るもののために力を振るい、自分自身の限界を越えてくる。
こんな相手、今迄いただろうか?
「ジョーニアス!」
「なんだ!」
「俺はお前の事が気に入った!」
「……!」
「今日のところは帰ってやる!」
エボルトが更に浮上する。
「なに?」
「俺はな、お前みたいなのが大好きなんだ!」
その笑顔には、先ほどまでの破壊者としての表情とは違うものがあった。
純粋な戦士としての歓喜。
「U-40を滅ぼすより、お前と戦う方が面白い!」
「……勝手なことを」
ジョーニアスは呆れたように言い捨てる。
「次は、もっと強くなってろよ!」
エボルトは背を向けた。
「また会おうな、ジョーニアス!」
そして、振り返る。
「チャオ!」
赤い光が空の彼方へ消えていく。
ジョーニアスは、その姿を見送った。
「……なんなんだ、あいつは」
呆れながらも、拳を握る。決して油断はできない。エボルトは危険な敵だ。
しかし同時に、あれほど純粋に、自分との戦いだけを求める戦士を、ジョーニアスは知らなかった。
「あ、忘れてた」
エボルトが再び戻ってきて、キョロキョロと何かを探すように見下ろしている。
やがて見つけたのか、一直線に飛行していく。
ジョーニアスは慌てて彼を追ったが、追いついた時には、エボルトは大賢者とアミアを治療している病室にいた。
「怖い顔すんなよ、治すだけだからさ!」
エボルトはまず大賢者の体に手を翳すと、赤い光を浴びせた。すると、彼の腹部に開いていた傷が塞がっていく。
それを見たエボルトは、次にアミアへと手を翳す。同じ様に傷を修復した彼は、ジョーニアスに向き直った。
「またな、ジョーニアス!次はお土産も持ってきてやるからなァ!」
高笑いをしながら去っていったエボルトを、ジョーニアスは呆然と見送った。
……この日、U-40を滅ぼすために現れたブラッド族の戦士、エボルトはジョーニアスという一人の戦士を見つけた。
そしてそれ以来、エボルトは、U-40を訪れるたびに同じ言葉を口にすることになる。
「ジョーニアスと戦わせろ」
それが、二人の長い長い因縁の始まりだった。
エボルトはジョーニアスの事を気に入って、度々Uー40を訪れるようになります。
因みに、彼の言うお土産とはUー40を狙う他の侵略者の首です、良い迷惑ですね。