帰っちゃう監督生と後悔するジェイド


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鏡の前には恋人と、その周りに大きな人集りが出来ていた。

 

「監督生、元気でな」

「…ん!ありがとう!エースも…っぐす…げんきでね」

「泣くな泣くな」

 

手にいっぱいの花束やプレゼントを持って泣き顔を振り撒くのは学園唯一の女である監督生。

異世界からやってきた少女はこの度元の世界に帰る。

やっと学園長が見付けてきた監督生の世界に繋がる鏡には女の子らしい赤を基調とした部屋が映っている。あれが元の世界の監督生の部屋なんだという。

 

お別れパーティは昨夜盛大に行われた。各寮長や親しい友人達が集まるパーティは思出話と涙、最後には笑いで締め括られたにも関わらず、当日では更に涙を流していた。

エースやデュース、一年共にいた同級生と囲まれているのを遠目で眺める。

 

 

さて、監督生とジェイドは恋人であった。

アズールのオーバーブロットでのことやスカラビアの一件から自然と話をするようになったある日、突然告白された。

顔を真っ赤に、目元を潤ませジェイドを見つめる監督生にゾクリと腰が痺れるような快感に襲われる。

学園唯一の女子生徒。男子が喉から手が出る程欲していた監督生を、ジェイドは簡単に掴み取ることが出来る。なんて素晴らしく幸運なことなんだろう、ジェイドはにやけそうになる口もとを隠しながら言った。

「ええ、勿論。僕も貴方が好きですよ」

そうして、皆が羨ましがる男子校きっての高嶺の花をジェイドは手に入れた。

 

ジェイドさん、と毎日ジェイドを見付けては駆け寄ってくる監督生。ジェイドの言葉で一喜一憂する様は見ていて大変可愛らしくまた酷く愉快だった。

何故自分を好きに?と尋ねた時、優しくて笑顔が素敵な方だったから、なんて言われた日には可笑しくて自室で大笑いした。

 

ああ、貴方は何も知らない

 

ジェイドは利害関係でしか監督生を見ていない。ジェイドにメリットが少しでもあればそれでいい。

唯一の女を手に入れた男という肩書き。それに愉快なことが好きなジェイドにとって楽しければそれだけでいい。それがジェイドという男だった。

 

交際が続けばお互いの気に入らないことで喧嘩をすると言うがジェイドや監督生が当てはまることはなく、交際は順調に進む。

恋人としてのスキンシップ。デートやキス。それ以上の行為も一通り済ませた。

真新しく楽しかったことは当たり前になり、ジェイドにとって飽きた、詰まらない日々がまた訪れようとしていた時。

監督生から、帰ることが出来るという知らせを受けた。

なんと都合のいい。ジェイドは思わず隠れて笑う。

ジェイドさんが好きだから帰りたくないです、と泣いている監督生を慰め同意しておきながら、この世界の不便さや向こう側の親や友達のことを話題に引き出す。

貴方を待っている人がいる、などと最もらしいことを言えば優しい監督生は向こうの世界を捨てることなど不可能だ。

結果、帰ることとなりこうして監督生を見送る日を迎えていた。

 

「あんさジェイド、小エビちゃん帰っちゃうよ」

「ええ、そうですね」

「ふぅん……それでいいんだ?」

「まぁ、仕方ないことですから。」

 

ええ、僕は仕方なく彼女を見送る。悲しい悲劇のヒーローを演じるだけだ。

 

「まぁいいけどぉ」

フロイドは興味無さそうに外方を向き、珍しく大きな溜め息をした。

 

 

「ジェイドさん!」

おや、可愛い恋人が呼んでいる。ジェイドは監督生の側まで長い足を使い数歩だけで辿り着くとその小さな体はジェイドに迷いなく抱き着いてきた。

華奢で少しでも力を入れれば壊れそうな小さな体。

「…寂しいです」

「ええ、僕もです…。最後になるので貴方の笑顔が見たいのですが…」

「…っはい!」

監督生は泣き笑いのような笑みを向け、ジェイドに触れるだけのキスをした。

 

監督生は気付いてないかもしれないが、ジェイドから積極的に触れることはしたことはない。

全て監督生から一方的に行われた行為だと気付くことは今後あるのだろうか。

 

「それじゃあ、…ジェイドさん、さようなら。お元気で…」

…あなたを愛してました。

監督生は最後にそんな言葉を吐いて名残惜しそうに鏡の中へ、元の世界へ戻っていった。

 

ジェイドは何故か鏡に手を伸ばしていることに気付き慌てて腕を引っ込めた。

 

 

 

 

 

 

そうして訪れたのは変わらない日々だ。

付き合っていない頃の、変わらない日常が戻ってきた、かと思っていた。

 

「…」

ぼんやりと何時もの登校風景を歩く。

すると向こう側から小さな影が一生懸命に走ってきて満面の笑みを浮かべて言うのだ。

 

おはようございます、ジェイドさん!

 

「…監督生さん?」

 

今日も先輩の顔が見れて嬉しいです。

 

ただ元気な顔が見たいだけだと言った監督生は毎日ジェイドを朝早くから登校して玄関先で待っていて、ジェイドを見付けて掛けてくる。

そんなに急がなくても僕は逃げませんよ、と言えば早く会いたかったと照れた顔で言われたのを覚えている。

 

「…監督生さん…」

手を伸ばそうとしたら不意に目の前にいた筈の彼女が消えた。周りを見るも誰もいる気配がない。

そこで思い出す。監督生はもうこの世界にいないことを。

 

 

昼食の時間帯は食堂が混み合うがジェイド達の周りは誰も来たがらない為落ち着いて食事を取ることが出来た。

何時ものようにフロイド、アズールの向かいの席に座りキノコのリゾットを一口食べた。

フロイドとアズールがキノコを見て嫌そうな顔をするのはもう見慣れている。

 

ジェイドさんは本当にキノコが好きなんですね

 

「え?」

隣の空席を見る。監督生が変わらない様子で座っていた。

 

キノコと接している時は本当に嬉しそうにしているから…少し妬けちゃいます…なんて。

 

「…貴方以上に好きなものはないですよ」

 

「ジェイド?」

向かい席のアズールが怪訝な顔をしていた。

「何を?…隣は誰もいないですよ…」

あなた、大丈夫ですか?

 

「…ええ、平気ですよアズール」

ニッコリ、何でもない様に笑う。

隣の席には勿論誰もいない空席だった。

 

 

モストロラウンジの買い出しでジェイドは街に下りてきた。

必要な物が書かれた紙を見ながら、人通りの多い大通りを歩く。

 

ん―!美味しい!

 

ふと監督生の声がした。

大通り途中の喫茶店。

彼女が大好きだと言ったワッフルの美味しい喫茶店。デートの際に何度か訪れ甘いワッフルを食べた。

確かに美味しく、紅茶と一緒に食べているジェイドに監督生も嬉しそうに笑っていたのを思い出す。

ああ、それから…。

 

この服似合いますか?

 

その角のファッションショップでは花柄のワンピースを試着してジェイドに見せてくれた

少し大きめのワンピースは小柄な彼女にはブカブカで裾を引き摺っていた。

そんな折り、道行く女達がジェイドを見て騒いでいるのを横目に監督生は不意に腕を絡ませてきて。驚いたジェイドは思わず手を振り払ってしまった。

目を丸くしてジェイドを見る瞳。

慌てて指を絡めればすぐに何時もの顔に戻っていたので特に気にはしなかった。

 

それから…あの映画館。

お互い映画が好きなことを知ったのは付き合って1ヶ月程経った頃。

ジェイドのお勧めが基本。

テレビでたまに予告編なんかを見て面白そうなものを見付けて映画館へ足を運んで、アクション映画でよくある男と女のラブシーンを見て隠れてキスをした。

それが2人でした初めてキスだったかもしれない。

初キスは嫌ではなかった

寧ろ心地良くずっとしていたいと…そう思うくらい…。

 

 

「…監督生さん…」

呟く。

ああ、貴方が…僕から消えてくれない。

 

 

アズールの契約違反者を取り立てるのは日常茶飯事だ。違反者を追い詰め、痛め付けるのはジェイドやフロイドの役割であった。

 

「…おや、指から血が…」

痛め付けるわけだから時折小さな怪我をすることもある。

皮膚から染み出た赤い血を眺める。

 

ああ!血が出てますよ!

 

声がした

監督生の声だった。

勿論見回しても彼女がいる訳がない

わかっていたが見ずにはいられなかった。

 

「……別に放っておけばすぐ治りますよ」

 

…菌が入れば酷いことになることもあるんですよ!

 

「………」

 

もう!手を出してください。処置します

 

言われた通り手を出してみるが、勿論相手が居るわけもなく宙に自分の手があるだけだ。

 

はい、絆創膏貼ったので大丈夫!

 

絆創膏なんて貼られてない。

未だに血は滴って落ちていく

 

「……何もしてないですよ」

 

怪我、放っておかないで下さいね?

 

「…」

 

一方的に進んでいく会話にジェイドは黙った

 

わかっている

これは以前にした会話だと。

あの時は紙で手を切ってしまった時だった

少し血が出たくらいで監督生は、真剣に手当てをしてくれた。

大袈裟に絆創膏を貼った指に、彼女は出来たと笑みを浮かべていて…それを取る気にはなれなかった。

 

「…もう、絆創膏は貼ってくれないのですか?」

 

あの時よりも重傷ですよ、と言ってみた声はあの監督生に届くわけなどない

彼女はもういない。

元の世界へ戻っていったのだから。

 

「っ…はぁ」

途端胸が苦しくなった。

息もまともに出来ない。

 

まるで酸素みたいだと思った。

あるのが当たり前すぎて…わからなかった

酸素がいなきゃ陸地では息が出来なくて死んでしまうのに…

それすらもわからなかった。

そしてそれはきっと海に戻っても同じことであるとジェイドは自然と理解していた。

 

ああ、だってこんなにも…

 

「会いたい…」

自然と口からこぼれた言葉

言うと気持ちが止まらなかった

 

「監督生さんに、会いたい…」

 

会って、僕から抱き締めたい。もう二度と離さないように。キスをして、離れないように。

 

「会いたい…監督生さん」

 

帰ってしまった…僕の恋人

 

脳裏に浮かぶ彼女の笑顔。

会いたい…

好き…好きです…

貴方が好きだ…愛している。

利害関係、メリット?そんなものなんていらない。飽きた、詰まらない?馬鹿だった。そんなことないのに。

 

「何故、会えないのですか…何故僕を置いて帰ってしまったのですか…!」

 

ああ、遅いのに。

後悔してももう彼女はいないのに。

 

 

ジェイドさん!

 

脳裏に彼女の笑顔が浮かんで消えた。


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