交わらずに正確な、正しい、そして確かな歴史。
「歴史にIFはない」
いつだってそうだった。
決して直線状の等価に刻まれた刻印というものは、削って深くすることは出来ても、平たんに埋めることは出来ない。
TtoA・R・Ttoorigin(※なお作中の性質上、科学的厳密な定義は要しないものとする)
「空間座標点AからxA,・・・」
観測手の不気味に草露に同化するマイクロスコープの円鏡は、馬上の鉄鎧の東洋系の男を捉えていた。
ミクロ単位の彼の臓器の揺れ、神経の流れ、血流に合わせて同期する追跡は、先程迄の原始的戦闘の苛烈を考慮しない。無機質な動作であった。
「ロック完了。さ、いいですよ」
観測手の男は、自身の隣にうつ伏せになって、追跡目標を肉眼で追う
「あいよ」
観測手の相槌として、端的に返した。
白髪を脳天に横に撫でつけてある。
少しでも年に勝とうとするのは何時の時代も同じだ。
「何を待ってるんです。放置しても円環が閉じるのが厄介になるだけですよ」
観測手は、未だに返答してから微動だにせず、草と同化する彼に云った。
「待ってるんじゃないよ。若いの」
筒状の円形装置を右に左に、左手の指でギチギチと音を立てて弄って修正作業をしながら、
感嘆にも似た、然し気合もない声色で続けた。
「視てみなよ。あの対象にも、俺達と類似した人格が保有されて、脳の待機していた電気信号から動作するんだぜ。不思議じゃないかい」
バチっと金属音がした。修正作業が完了したのだ。
「向うから視認動作および感知はないかい」
「平気ですよ。我々の現空間適応度は平均97パーキープしてますから」
「おおっし、では、早速」
観測手がそう告げると、男はいつもの手筈で、ズボンの右ポケットから弾薬を弐五式電磁加速砲の下部装填部にて、込める。
「一度でいい。二度は要らない」
男は観測手のロックした映像が、視座に一気に攪拌して迫るのを感じた。
狙撃に於いて、精神をダイブした状態になると、安定した照準となる。
幟が野原に起つのが見える。
「ボウヤ、でっかくなれい。哀しくてもな、これに耐えられるくらいに」
『あと2.3度、着弾地点推定接触まで、5秒』
「歴史を」
『4秒』
「創るのは」
『3秒』
「お前じゃない」
『2秒』
「視てるのは」
『1秒』
「
人差し指を絞る。男。
旧式の火薬の破裂音を発射音に被せて擬態させたのは、混乱を避ける為ではあるが、
射手のこだわりでもある。
『沈黙、心停止の確率、算出不要の為ナビゲート終了します。』
女性の無機質な音声を聞いた後に、ダイブの同期を解除して射手の男は、ため息一つ付きながら身を起こして、周囲の戸惑いの幟の揺れと、重火器の投棄による武装解除の様子を一通り眺めた。
「観測」
「はい」
観測手も顔つきが変わる。無機質な鉄骨のような、直立不動で、主が転げ落ちた碧い幟をはためかせる馬を見る。
「あのボウヤに当たってないか」
「平気です」
「時司省に報告」
「はい」
並び立つ姿は、だれにも見えない。
斜陽が仄かな朱として彩を照らす野原と城。
そのいずこから撃ったものが居る。
『CORRECT』
「円環、閉じます」
観測手の男が手元のタブレットから電子アナウンスが短く響いた後に、眼を画面に下したまま云う。
射手は、何も言わずに”ボウヤ”が短刀を握りしめて対象に駆け寄ったのを眺めていた。
「あの詩って、不倫の詩だって知ってたか」
「はい?」
思わず顔を画面から離す観測手の男。
「誰が見張りを見張るのかってやつだ」
射手はじっと変わらず遠方を凝視したまま続けた。
「不倫もする前に撃っちまったのは、卑怯かもね」