ウマ娘、ウインバリアシオンの短編です。いつも投稿しているシリーズとは関係ない、一話完結のお話になります。
七夕の夜。外周トレーニングの傍ら、二人で天体観測に出かけたシオンとトレーナー。星を見ながら気持ちを揺らすシオンの、秘めた願いごとを描いたお話です。




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第1話

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 夜。程よく整備された、自然の坂道を登っていく。

 頭上の空が近づく気配。タンタンと胸を躍らせながら、あたしは最後の一歩を駆け上がる。

 

「わぁっ……やっぱり、ここはよく見えるっすね」

「そうだな」

 

 さっそく感激するあたしの後ろ。続いてやってきたトレーナーさんが、どこか可笑しそうに応えてくれる。

 そこは小さな丘の上。あたしにとっても馴染み深い、普段の外周トレーニングでよく立ち寄る場所の一つだ。今日はそこに、トレーナーさんと二人でやってきた。

 目的は、ちょっとした天体観測だ。普段なら、とっくに門限を気にしないといけないような時間だけど。夜間の外出届けは、ちゃんと忘れずに出してきている。

 だから、今は素直にイベントを楽しむ気持ちでいっぱいだった。

 

「このベンチがいいかな。どう思う、シオン?」

「はい。ぴったりっすね」

 

 手すりの前に置かれた何個かのベンチ。奥から二つ目の前に立って、あたしたちは立ち止まった。

 前を歩いていたトレーナーさんが、先に座るのを見届ける。

 

「……」

 

 同じようにして、あたしも座った。

 気持ち、少しだけ勢いをつけて。ベンチの真ん中の線スレスレに腰を落ち着ける。

 つい、何かの拍子で尻尾が触れてしまいそうなくらい。あたしは、トレーナーさんの近くまで寄っていた。

 

「暑くないか?」

「……今日は、そんなに気温高くないんで」

「ならいいけど」

 

 トレーナーさんが笑う。本当にそれを聞きたかっただけみたいだ。あたしが手で顔を扇いでいるのなんて、きっと夏の暑さのせいとでも思ってるんだろう。

 ……別に、期待なんてしてないし。

 ちょっと、気分が上がっちゃっただけだ。そんな風に言い訳を考えながら、あたしは背もたれに身体を預ける。

 後ろに傾いた視線は、自然と頭上を仰いでいた。

 

 今日は七夕。幸いなことに、空は晴れている。

 

 麓の街明かりからは離れて、街灯も多くないこの場所なら、星もよく見える。絶景スポットの一つだと、あたしたちは知っていた。

 吸い込まれそうなくらい、深い宵闇。点々と輝く星たちの間を、大きな光がうねっている。まるで甘い粉砂糖をまぶしたような、黒地に溶け出す白銀の天の川が、どこまでも遠くへ伸びていた。

 

「こんな風に見えるんすね……」

 

 考える間もなく、うっとりしながらそれを眺めていた。トレーナーさんの小さな息づかいが聞こえて、ちょっとだけ頬が緩む。

 

(……えへへ)

 

 柔らかな沈黙に包まれて、今は二人きり。

 次の会話が出てくるまでは、しばらくそれに浸っていることにした。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 今日の夜、星を見に行かないか。

 

 

 そう提案してくれたのは、意外にも、トレーナーさんの方からだった。

 七夕。毎年やってくるこの日が特別に思えるのも、多分まちがいじゃない。例年通りなら、今頃はとっくに夏合宿の時期だ。

 基本的に忙しいから、そういうイベントは、いつもあっさり流してしまいがちだった。だけど、今年は施設の工事の都合で、合宿の開始が遅れることになっていた。

 その埋め合わせ、ってわけでもないけど。あたしは自主練で、夜も外周に出るつもりだったから。トレーナーさんも分かってて、そんな粋な提案をしてくれたんだと思う。

 

「お茶、飲みますか?」

「ありがとう。いただくよ」

 

 持ってきた水筒を開ける。冷たい麦茶が注がれた紙コップを、トレーナーさんに手渡す。

 ごくりと、一緒に喉を鳴らす。火照った身体がキュッと冷えて、気持ちが良かった。

 そんな風に、時間はゆっくりと流れていく。

 

(……合宿中じゃ、こうはいかないもんな)

 

 多分、合宿所の近くの方が、星ももっとよく見えると思う。ここよりずっと自然が豊かな場所だから、そこはきっと仕方ない。

 でも、だからってこっちも負けてない。何より今日は、特別感がある。

 少なくとも、こんなに穏やかな気持ちで天体観測ができるのは、トレーナーさんと一緒になってからは、初めてのことだった。

 それだけで、今年の七夕はずっと輝いて見える気がした。

 

「そういえば、今年は笹も飾られてたな。理事長が気合い入れたってだけあって、やけに大きいのがたくさん」

「あたしも見に行ってきたっすよ。生徒みんなが短冊をつけられるようにってことらしいっすけど……それにしても、すごかったっすね」

 

 顔を合わせて、笑い合う。頭の中には、クラスの子たちと首を痛くしながら見上げた、大きな枝葉の存在感が残っていた。

 秋川理事長の思いきりのよさは、相変わらずだ。一生徒としては嬉しいけど、あとでたづなさんからお小言をもらったりしてないかは、ちょっとだけ心配だった。

 

「短冊。シオンも、何か書いたのか?」

「はい。あたしは、"次のレースは絶対勝ちます"って」

「なるほど。シオンらしいな」

 

 そうかな。……そうかもしれない。

 いわゆる、必勝祈願ってやつだ。今になって振り返ると、祈願と言うよりは宣言って感じだけど。あたしのだけ、他の子のと比べて浮いてなかっただろうか。

 

「書いたからには、叶えないとっすね。はは……」

 

 照れ隠しみたいに、そう意気込んでみる。トレーナーさんは、それに柔らかく目を細めていた。

 

「他には、よかったのか?」

「え?」

 

 返ってきたのは、意外な質問だった。

 あたしは、ついキョトンとしてしまっていた。

 

「次のレースに勝つ。それは確かに、すごく大事な気持ちだと思う。でも、その願いごとは君が叶えるものだ。……近いうちに、必ず現実になることだから」

「……!」

「だったら、誰かに叶えて欲しい願いごととかも、もう一つくらいあってもいいんじゃないかって」

 

 そう思うんだ、と。照れも、恥ずかしがる様子もなく、トレーナーさんはそう言い切る。

 

(っ~~……これで、お世辞とかじゃないんだもんな)

 

 それは、真っ直ぐすぎる信頼の言葉だった。何だかくすぐったくなって、あたしは思わず、目を逸らしていた。

 不意打ちもいいとこだ。……この人は、いつもそう。

 また、ちょっとだけ汗ばんでいた。手で団扇を作ろうとしたけど、代わりに、涼しい風が頬を撫でてくれる。それを追いかけるように、あたしの視線は、遠くの天の川へと移っていった。

 

(もう一つ……か)

 

 若干、気が引けてしまうけど。考えるだけ、考えてみようと思った。

 願いごと、七夕……天の川……織姫と、彦星?

 連想ゲームみたいに、単語のバトンが繋がっていく。最終的に行き着いたのは、一般的にもよく知られている、おとぎ話だった。

 

 織姫と彦星。

 

 それは昔、とても仲睦まじく暮らしていたという、主役の二人の名前だ。お互いのことを想い合っていた二人は、それでも色々あって引き裂かれて、離れ離れになってしまった。

 会えるのは、一年に一度。七夕の夜だけ。

 それも、あの天の川に橋が架からないといけないらしい。例えば大雨でも降って、その橋さえ流されたりしてしまったら、一体どうなるんだろう。

 

「…………」

 

 ただのおとぎ話だ。……だけど、何だかちょっと、寂しくなる。

 不安な気持ちを埋め合わせるみたいに。一瞬だけ、隣にいるトレーナーさんの方を見ていた。

 

(……来年のあたしたちは、どうしてるかな)

 

 その次も、また次の年も。夏は何度も巡ってくるし、七夕の日もまたやってくる。

 あたしはまた、こうやって星を見ているかな。

 この丘の上や、合宿所で。もしかしたら、もっと遠い、どこか別の場所で。

 その時、あたしの隣には──。

 

「……一つだけ、思いつきました」

「うん」

「でも、これは、なんて言うか……ちょっとだけ、ワガママかもしれないっすね。欲張りはダメだーって。神様にも、怒られちゃいそう」

「そんなにか」

 

 トレーナーさんが目を丸くする。あたしもバカ正直に答えてしまっていた。幻滅とか、されてないといいんだけど。

 

「それ、俺でも、叶えられたりしないかな」

 

 次の言葉までには、少しだけ考えるような時間があった。

 

「え。トレーナーさんが、っすか?」

「ああ。神様みたいに、何でもとはいかないだろうけど。できるなら、そうしたいと思ったんだ。……トレーナーとして、いつも頑張ってる君のためなら、大体のことは何とかなるかもしれない」

 

 謙虚なようで、それでも思い切りがいい。トレーナーさんの提案からは、しっかりとした重みが感じられた。

 

「じゃあ──……。」

 

 思わず、口が開きかける。でも、すぐに止めていた。

 嬉しかったはずなのに。あたしは、何だか足踏みをしてしまうみたいで。

 ……トレーナーとして、か。

 そんな些細な一言を、聞き流すことができなかった。トレーナーさんらしい、誠実な言い方だとは思うけど。

 だからこそ、やっぱり、重たくなっちゃうんだ。

 

「ありがとうございます。でも、やっぱり難しいかもしれないっすから。今は、やめておきます」

「……そっか」

 

 そう言って、トレーナーさんはそれ以上何も聞かなかった。

 もう少しくらい食い下がってくれてもいいのに……なんて思うのは、ちょっと都合がよすぎるのかもしれないけど。

 

(この願いは、きっとあなたを困らせる)

 

 例えば、もし。

 それでもそれを口にする勇気が、あたしの中にあったとして。

 

 ──ずっと一緒にいて欲しい(・・・・・・・・・・・)、なんて。

 

 それを聞いたら、トレーナーさんはどんな顔をするんだろう。

 大人(トレーナー)としての役目もあっさり超えていってしまうような、子供のワガママに。

 それでも少しは、悩んでくれたりもするのかな。

 

「けど、お気持ちだけでも、すごく嬉しいっすよ」

 

 ……ほんと、何を考えてるんだろう。

 学園を離れて、二人で天体観測とか。いきなり、変わったことを言ってくるからだ。とてもロマンチックなその非日常は、何だか気持ちをおかしくさせる。

 いつもそうだ。鈍くて、ずるくて。困った人だって、そう思う。

 それでも、やっぱり。あたしにとってのこの人は、それだけとても大切な存在で。

 そういう気持ちは、どうしようもないみたいだった。

 

「……」

「トレーナーさん?」

「いや。ちょっと、悔しいなと思って」

「悔しい?」

「あれだけ言っておいて、結局何もできないなんてさ」

 

 拗ねるような言葉が返ってくる。まるで小さな子供みたいな顔だ。

 さっきまでの大人びた感じとは、全然違う。何かの拍子にうっかり手が届いてしまいそうな、そんな親しみのある表情だった。

 

「よし。こうなったら、次のレースのご褒美でも、先に考えておこうかな」

「え、えぇ!? それは、さすがに気が早くないっすか……?」

「これも一つの必勝祈願かなって」

 

 また、この人は。

 そうやって、突拍子もないことを言って、あたしを驚かせる。

 

「絶対勝とうな。シオン」

 

 あたしと走り続ける未来を、あっさり口にする。

 あたしよりずっと現実を見ているはずなのに、その景色を疑わないまっすぐな瞳が、そこにある。

 

「……はい。よろしくお願いします、トレーナーさん」

 

 だから、やっぱり諦められる気もしなくて。

 胸に秘めた願いごとは、もうしばらく手放さないことに決めていた。

 

(……これも、自分で叶えるしかないのかな)

 

 少しだけ柔らかくなった気持ちで、また夜空の方を振り返る。

 視線の先には、どこまでも長く伸びる天の川。おとぎ話の二人を遠ざけてきたというそれは、今は少し、違うものに見える。

 例えば、あんな風に。

 無限の空の向こう側まで、二人で一緒に進んでいけたなら。

 

(途方もないや)

 

 夜は緩やかに更けていく。天体観測は、まだ続きそうだ。

 トレーナーさんは遠くを見ていた。ただ純粋に、輝き続ける星を見つめていた。

 その隙に。あたしはもう少しだけ、トレーナーさんの方に肩を寄せた。

 

 





【あとがき】


こんばんは。鵜鷺りょくと申します。
ウマ娘のウインバリアシオンが好きで、短編や長編など色々書いている社会人です。

まずは、本作をお読みいただきありがとうございました。
七夕の日ということで、すごく久しぶりに一話完結の短編を書いてみた回でした。
割と衝動書きなところもあるので、稚拙な表現などあっても何とぞご容赦ください。



──────────

上でも書きましたが、最近はよくシオンの長編小説を書いています。
シオンとめちゃくちゃ不器用なトレーナーの成長物語です。もし興味がおありでしたら、ちょっとでも見ていっていただけると嬉しいです。
https://syosetu.org/novel/396547/


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