タイトルのままです。

独自設定・独自解釈を含みます。

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初投稿です。
わたし「こんな話、だれか書いてくれないかな……」
AI君 「まかせろ」


鹿紫雲一が死んだ後の、空っぽな器の話

冷たい。

 

最初に自覚したのは、頬を濡らす泥の感触だった。

 

十月下旬。上空を過ぎ去った大型台風の爪痕は、街灯の乏しい裏道に深いぬかるみを作っていた。

未舗装の空き地から溢れ出た茶色い泥水が、アスファルトの裂け目を満たしている。

 

なぜ、自分はここに倒れていたのか。

 

思考が酷く濁っている。衣服に染み込んだ泥水の冷たさに、眉をひそめて身を起こした。

季節外れの、凍えるような冷気を含んだ風が、濡れた首筋を撫でる。

 

立ち上がり、作業着についた汚れを払おうとしたところで――呼吸の仕方を忘れた。

 

視線が、真下の泥に縫い留められる。

 

そこに、転がっていた。

 

炭化し、内部から爆発したようにひび割れ、細かな灰色の煙を燻らせている黒焦げの人形。

 

形は、人間。

 

服の焼け残りは、自分が今着ている地味な作業着と全く同じものだった。

その顔のあった場所は、泥に塗れ、熱で歪みながらも、見紛うはずのない自分自身の相貌を遺している。

 

「あ、」

 

声にならなかった。

 

心臓が肋骨の裏を狂ったように叩く。内臓が急激に冷えていく。

 

俺はここに立っている。泥の冷たさを感じ、自分の手を見つめている。

ならば、あの泥の中で炭化している「これ」は、一体何だ。

 

パニックに脳を支配された俺は、泥を跳ね上げながら、ただがむしゃらにアパートへと走り、鍵を閉めて布団に潜り込んだ。

 

一晩中、歯の根が合わなかった。恐怖。いや、そんな単純な言葉では表せない。

自分の存在の輪郭が、足元から水のように消えていく感覚。

 

翌朝、充血した目で、恐る恐る昨夜の場所へ戻った。

 

死体は、何処にも無かった。

 

あるのは、直径一メートルほどの、不自然に丸く地面を焼いた焦げ跡だけ。

 

それから数日間、俺は仕事を休んだ。世間はハロウィン前で、浮ついた空気が街に満ちていたが、部屋から一歩も出る気になれなかった。

 

鏡を見る。そこに映る男は、確かに俺の顔をしている。

だが、心臓の鼓動が、自分の呼吸が、酷く他人のもののように思えてならない。

 

(俺は、生きているのか?)

 

「……あぁ、そうか」

 

呟いた声が、やけに白々しく部屋に響いた。

 

あの夜、あの裏道で確かに俺は死んだのだ。

今ここにいる俺は、ただ世界に発生した、残像。模造品。

 

そう思い込む他、あの黒焦げの肉塊の整合性を脳内で保つ術がなかった。

 

自分が本物か偽物かも分からない男が、他人の人生に関わってはいけない。

 

朝が来たら起き、夜が来たら眠る。

ただ時間を浪費する、空っぽの人形。

 

俺の魂の輪郭は、あの夜を境に、完全に希薄(空っぽ)になっていた。

 

人生という名の、ただの消費。

その泥濘のような日々に、ある日、古い呪いが割り込んできた。

 

 

気づけば、俺は一面に広がる、のどかな原風景の中に立っていた。

 

背の低い青草がどこまでも敷き詰められ、まばらに木々が生い茂る、静謐な庭。

上空には雲ひとつない青空が広がっている。

 

その中央に、一人の老人が胡坐をかいて座していた。

髪を団子のように結い上げ、古風な装束を纏った男。

 

400年前の術師が、静かに俺を見据えていた。

 

脳内に直接、濁流のような他人の記憶が流れ込んでくる。

 

呪術。400年前の戦国。命を懸けた強者との殺し合い。

受肉。この老人は、羂索という男の手によって呪物と化し、現代の器――すなわち、俺の肉体を介して蘇ろうとしていた。

 

「いきなりすぎるだろ、爺さん。こっちの脳の処理が追いつかない」

 

俺は草を踏みしめ、老人に数歩近づいた。

 

老人は語らない。ただ、その双眸の奥にある、狂おしいほどの戦いへの渇望が、津波のように俺の意識を圧迫していた。

だが、彼は俺を即座に圧し潰そうとはしなかった。

 

『妙な器だ。拒読するでもなく、かと言って恐怖で狂うでもない。魂の格が低いわけではないな。……ただ、中身が空っぽなのだな』

 

「その通りだよ」

 

俺は自嘲気味に笑った。

 

「あんたには、400年経ってもブレない目的がある。命を懸けてまで戦いたい、最強の相手がいる。ならさ……自分が生きている実感すら持てず、なんとなく人生を消費している俺がこの肉体を独占しているより、あんたが暴れる方が、よっぽどいい。この身体、好きに使ってくれ」

 

長い沈黙。

 

風が草木を揺らす音だけが、静かに庭に響く。

鹿紫雲は俺の言葉に、共感も憐れみも示さなかった。彼はただ、己の目的のためにのみ生きる怪物だ。

 

『物分かりが良いな。まあいい、手間が省ける。見届けるがいい』

 

一瞬、全身の血液が沸騰するような錯覚。

 

俺の意識は急速に後退し、精神世界の最奥へと収まった。老人がこちらを振り返ることは、それ以降なかった。

 

 

脳内の最奥。それは、元々自分の肉体だった、視界をそのまま共有する、特等席で観客席だった。

 

爺さんの戦いは、俺の常識を遥か彼方まで置き去りにした。

 

現代に受肉した男が相見えたのは、秤金次という男。

 

領域展開「坐殺博徒」。

 

溢れ出る無限の呪力が、肉体の崩壊を防ぐため、脳を全自動で駆動させ、反転術式を強制する。

身体をブチ抜かれても、即座に肉体が再生していくその姿。

 

激突する呪力と呪力。

秤の暴力的なまでの呪力出力に対し、鹿紫雲一は一歩も退かない。

それどころか、ただの呪力操作と、その呪力が帯びる「電気の性質」だけで、死の淵を平然と歩いてみせる。

 

水中に没してもなお、呪力を分解して塩素ガスを発生させ、熱エネルギーによる爆発を引き起こし、秤の右腕を吹き飛ばすその発想。

 

死闘。殺し合い。それだけがこの男を形作っている。

乾いた風が吹くように、ただ純粋に、冷徹に、目の前の強者を屠ることだけを見つめている。

 

俺は、それをただ圧倒されて見ていた。

 

 

死闘の末、僅差で敗北した夜。精神世界の庭で、老人はただ静かに座り込み、自身の呪力を確かめるように拳を握り込んでいた。

 

「なぁ、爺さん。何あの人、化け物かよ。体が壊されても一瞬で治るなんてさ」

 

「……もしかして、あんたの持っている固有の術式を使えば、あんた自身もあんな風にできるのか?」

 

老人は、やはり俺を見ようともしなかった。

ただ、冷徹に己の闘志だけを研ぎ澄まし、遥か先にある「頂」だけを見つめている。

 

『使えん。術式は、一度きりだ。試すことなど、できるわけもなかろう。……次だ。次こそが本番だ。両面宿儺に、全てをぶつける』

 

言葉はそれだけだった。

術式すら使わず、素の呪力操作と、その呪力がもたらす「電気の性質」だけで、現代の怪物と渡り合っていた。

 

 

時は流れ――人外魔境、新宿。

 

五条悟が敗れ、ついに爺さんの出番が来た。

生得術式『幻獣琥珀』が、解禁される。

 

己の肉体を、呪力によって変換し、現世のあらゆる電気現象を体現して戦う、死の戦闘。

完全復活した「呪いの王」両面宿儺を相手に、男はその神速の雷撃を叩き込んでいく。

 

肉体が物質の枠を超え、純粋な呪力の塊へと昇華していく感覚。

 

音を置き去りにした駆動。

空間を満たす紫電。

それが器である俺の魂にもリアルタイムで刻み込まれていく。五感すべてが、戦いの頂点にある熱を感知していた。

 

だが――最強の怪物、両面宿儺は、あまりにも圧倒的だった。

 

世界そのものを断ち切る、不可視の斬撃。

視界がバラバラに割れて、意識は再び、あの草木の生い茂る精神世界へと沈んでいった。

 

 

静謐な精神の庭。

そこには、老人と、両面宿儺がいた。

二人は語り合っていた。強さとは何か。孤独とは何か。慈愛とはどういうことか。

 

宿儺の放つ圧倒的な孤独の肯定。それに、老人の魂は救われたかのように、静かに微笑んでいた。

彼はただ、宿儺という絶対者との答え合わせに全霊を注ぎ、その結末に満足していた。

400年もの間、ただ一度の戦いのために魂を凍らせてきた男が、今、すべてを出し切って美しく散っていく。

 

(この人は、自分が何者であるかを知り尽くして、死んでいくんだ)

 

(なのに俺は……俺は一体、何なんだ?)

 

自分が本物か偽物かも分からず、誰の記憶にも残らず、何も成し遂げないまま、ただの死骸としてここに転がっている。その圧倒的な対比が、俺の心に冷たい火をつけた。

 

やがて、宿儺の姿が消え、男の身体が、足元からさらさらと灰のように崩れ始める。

術式の終了。それは受肉体の完全な崩壊であり、同時に、鹿紫雲一という魂の消滅を意味していた。

 

「……あ」

 

主を失った座席から、引きずり出されるようにして、俺の意識は現実へと叩き落とされた。

 

凄まじい肉体の損壊感。

 

五感が戻った瞬間、襲ってきたのは「死」そのものだった。

 

完全に肉体を分断されている。視界が斜めにズレ、右腕の感覚がない。内臓が外気に触れ、急速に体温が奪われていく。

上空から、虎杖悠仁と日車寛見が戦場へ降下していく後ろ姿が、遠くに小さく見えた。

 

灰となって崩れ去ろうとする肉体。

 

だが、あの台風の夜に「自分の魂は空っぽの模造品だ」と思い極めていた俺の歪んだ精神だけが、この極限状態において、異常な執念を滾らせていた。

 

(死ぬ。このまま、何もないまま消えるのか)

 

(いやだ。あの爺さんの、命のすべてを燃やした輝きを見た。あんな凄まじい生の証明を見たんだ。それなのに、俺は空っぽのまま、ただの死骸として終わるのか――!)

 

一般人である俺に、反転術式など扱えるわけがない。負のエネルギーを掛け合わせる高等技術など、逆立ちしても不可能だ。

 

だが、俺の肉体には今、術式を発動した際、物質から変換され、未だ完全に霧散していない「莫大な、電気の性質を持つ呪力の残滓」が、行き場を失って狂ったように暴れ回っていた。

 

(繋げ。組み替えろ。俺の身体は、最初からただの泥の塊だ)

 

緻密な治癒などいらない。俺の魂は元々、形を失った泥人形だ。

 

俺は、全身の細胞に残る鹿紫雲一の「雷の呪力」を、自分自身の肉体の巡りへと強引に割り込ませた。

千切れた部分に呪力を通し、骨を、筋肉を、青白い火花で縫い合わせるように――。

 

パチッ、と右腕の断面から火花が散った。

直後、肉が、骨が、どろりと腐った泥のように崩れ落ちた。

 

「が、あ……ッ!?」

 

失敗。激痛が脳を焼く。理屈が足りない。強引に呪力を通そうとしても、肉体がその出力に耐えきれず壊死する。

急速に意識が遠のく。心臓が止まる。視界が完全に真っ暗になった。

 

(まだだ。繋げ。骨ではなく、まずは生を維持する巡りを最優先で偽造しろ。形を維持する『縛り』を設ければ、届く――!)

 

完璧な肉体の再生など、呪術の素人にできるはずがない。

だから、俺は己の「魂」を、その場しのぎの即席の『縛り』として差し出した。

 

――実家の古びた玄関の匂いが、パチチと弾けて消えた。

 

――学生時代の誰かの呼び名が、灰になって崩れ去る。

 

魂の一部が、肉体を無理やり繋ぎ止めるための代償として、ごっそりと消滅していく。

過去の記憶、言葉、かつて見た風景、それらが削り取られ、ただ肉体を繋ぎ止めるためだけの楔へと変わる。

 

そして、肉体の奥で冷徹なカウントダウンが響く。

 

これは再生ではない。呪力の残滓を燃料として、死体を無理やり高電圧で接着し、強制駆動させているに過ぎない。呪力が枯渇すれば、あるいはこの戦闘の熱が冷めれば、結合は解け、今度こそ灰にすら残らず消滅する。

 

「……へへ、いいよ。元々、空っぽの人生だ」

 

パチパチと頭髪を不自然に逆立たせ、欠損した魂の代わりに青白い火花を全身から吹き出しながら、俺はのっそりと立ち上がった。

 

 

「世界を断つ解」によって完全に屠ったはずの死骸。

 

その背後から、パチチ、と不気味な呪力の爆ぜる音が響く。

 

虎杖悠仁と日車寛見が死闘を引き継ぐようにして、両面宿儺に肉薄する、その激動の戦場の片隅。

宿儺の四つの目のうち、二つが、わずかに背後の「死骸」へと向けられた。

 

焦りも、驚きもない。

ただ、完全に魂の消滅を確認したはずの鹿紫雲一の肉体が、およそ呪術の理から外れた「不格好な結合」を保って立ち上がったことへの、微かな、虫を観察するような視線。

歩道に落ちているゴミが、風で不自然な動き方をしたのを視界の端で捉えたときのような、徹頭徹尾、人間扱いしていない目。

 

「死骸が動いているな」

 

宿儺の冷徹な声が、風の音に混じる。

宿儺の正面には、既に虎杖と日車がいる。呪いの王にとって、死体を無理やり動かしているだけの存在など、一瞥をくれる価値すら本来はない。

 

俺は地を蹴った。

 

肉体を呪力の流れで強制駆動させる、かつて特等席で見た神速の模倣。

 

宿儺の側面へと肉薄する。一撃を入れるためではない。ただ、この命を1秒引き延ばし、世界に己の生を刻みつけるためだけに。

 

宿儺は、虎杖の攻撃をいなしながら、視線すら俺に合わせぬまま、無造作に指を弾いた。

 

不可視の斬撃「解」が、俺の左肩から胸元にかけてを深く斜めに切り裂いた。

骨が断たれる鈍い音が響く。常人であれば即死。並の術師であっても、戦線離脱を余儀なくされる致命傷。

 

だが、俺の視線は逸れない。

 

傷口から溢れ出たのは血ではない。バチバチと弾ける青い閃光。

切り裂かれた先から、肉が、雷そのものが凝固するようにしてコンマ数秒で強引に「爆着」する。

 

「オオオオオッ!!」

 

再生の勢いのまま、宿儺の側頭部へと右拳を突き出す。

宿儺は顔を背けることすらしない。ただ、空いた左手の手のひらで、俺の全力の拳を無造作に受け止めた。

 

ドゴォッ!! と凄まじい衝撃音が響くが、宿儺の巨体は1ミリも揺らがない。圧倒的な、絶望的な格の差。

 

しかし、宿儺の目が、初めて俺の「拳」を掴んだまま、わずかに細められた。

反転術式による肉体の再生ではない。呪力そのものを、肉体の巡りとして強引に固定しているだけの、歪なハリボテ。

 

「なるほど。再生ではないな。ただの死骸が、未練だけで形を保っているか。……妙な真似をする」

 

宿儺の口元が、わずかに歪む。

それは強さへの評価ではない。呪術の歴史のどこにも属さない、あまりにも矮小で、あまりにも歪んだ「バグ」への、気まぐれな興味。

 

宿儺は掴んだ俺の拳をそのままに、凄まじい膂力で俺の腹部を蹴り抜いた。

内臓が潰れる感覚と共に、俺の身体は数十メートル後方へと吹き飛び、新宿の瓦礫の中に叩きつけられた。

 

「ガハッ……!」

 

身体の感覚がない。繋ぎ目が上手く噛み合っていない。

だが、焦りはなかった。脳裏にあるのは、縛りに使って消えかけている過去の退屈な魂と記憶ではなく、特等席で見た、あの凄まじい「生」の輝きだけだ。

 

宿儺は既に、俺から興味を失い、日車と虎杖の方へと向き直っている。

当然だ。俺は格下であり、この戦いの主役ではない。

 

瓦礫の影で、俺は千切れかけた左足の動きに、もう一度、鹿紫雲の呪力を流し込む。火花が散り、強引に足が動く。

 

俺は、新しく繋ぎ直した左足でしっかりと地を踏み締め、バチバチと全身の雷光をさらに激しく燃え上がらせた。

この戦いが終われば、俺という存在は完全に消滅する。

不敵な笑みを浮かべて拳を構える。

 

「貴様、一体何だ?」

 

「さっきアイツが言ったろ?ただの脆い土塊だよ!両面宿儺!」

 

再び、世界を圧するほどの雷光が新宿の街を白く染め上げる。

 

魂を削り、終われば消滅する「偽物の生者」。その異常な執念の乱入により、人外魔境の戦場は、さらなる混沌の渦へと巻き込まれていく――。




「鹿紫雲一」の術式「幻獣琥珀」
電気から変換できる、あらゆる現象を実現するために肉体を作り変える

「  」の術式「幻獣琥珀(術式反転)」
クトゥルフ神話TRPG「スワンプマンは誰だ?」とか
ジャンプSQの漫画「エンバーミング」とか面白いので是非見てほしいです。



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