夢の力で青春を手助け 作:ライダー志望
《暗躍する赤き大人》
ゲマトリアの秘密の集会所。
そこにはマエストロとデカルコマニー、ゴルコンダがベアトリーチェの呼び出しによって集まっている。黒服だけいないのは、今回の目的において黒服は必要ないからだ。ベアトリーチェは基本的に目的の為にゲマトリアに席を置いているだけだから、仲間意識はない。良くて互いに利用し合う間柄だ。
「今回はどのような御用件でしょうか、マダム?あの時のように、計画の為の兵器の融通でしょうか?」
ゴルコンダはベアトリーチェにそう問い掛ける。未完成の技術――不完全なヘイロー破壊爆弾をまた寄越すように交渉しに呼び出したのかと考えているからだ。
ヘイロー破壊爆弾――《神秘》に対して極めて高い殺傷力を有する、ゴルコンダの作品。当時も含めて今も尚、不完全な技術ではあるが、当時と比べたら完成度は上がっている。不透明な部分が多かった事と、精度の確認の為にベアトリーチェに幾つか手渡したが、あのような使い方をするとは思っていなかった。咎める気はないが。
「いいえ。
そんなゴルコンダの内心を知る事はないベアトリーチェはそう言葉を返すと、テーブルの上に小さな球体を置く。それを見たゴルコンダとマエストロは驚いたように息を呑んだ。
「これは……マダム。一体どうやって手に入れたのだ?あの地を追い出されて以降、貴殿は足を踏み入れてはいない筈だ」
「答える義理は本来ありませんが、特別にお答えしましょう。立ち去る際にこっそりくすねたのですよ」
マエストロの質問にベアトリーチェはいけしゃあしゃあと盗んだと告げる。敵対者――速水恭介の力の秘密に迫る為に足早で回収し、本命の成果では何一つ得られなかった“力”の一端。
ベアトリーチェの手癖の悪さと今まで隠していた事に二人は呆れつつも、件の球体――【ヴォイドカプセム】へと目を向ける。
何せ、未知数な“外の世界”の力だ。研究者である彼等の関心を引かない道理はない。
「我々とは異なる“外の世界”の力の一端……確かに非常に興味深い対象ですが、これからは何の力も感じられません。これでは利用も何もないでしょう」
「そういうこったぁ!!」
「ええ。これはあくまで“容れ物”なのでしょう……ですから、このままでは何の役にも立ちません。貴方達の協力がなければの話ですが」
ベアトリーチェのその言葉で、ゴルコンダとマエストロはベアトリーチェが自分達を呼んだ理由をここで察する。
「こちらを使えるようにしろと?私の持つ技術を鑑みれば、確かに私に協力を要請するのは分かります。ですが、マエストロを呼ぶ理由がわかりません」
「理由は簡単ですよ。ゴルコンダの技術で使えるようにしたこれを、マエストロの技術で複製させる為です」
「私の秘技で量産しろと?作品に対する敬意がないのは相変わらずか」
芸術家であるマエストロは、他者の作品を無断で増やすことに不快感を露にする。そもそもマエストロとベアトリーチェはそのスタンスの違いから、致命的なまでに馬が合わない。それでもゲマトリアのルールを互いに破らないし、ある程度は妥協はし合えるが。
「別に量産しろと言いませんよ。単に検証の為に必要なだけです。“代わり”として使えるのかの……ね」
そこまで告げたベアトリーチェの口元が、三日月のように裂けて笑みを形作る。自身が《崇高》へと至る計画――当初の計画から大幅に変更せざぬを得なくなった、新たな計画の“要”の“代用品”になり得るのかを。
もちろん、最初からそのつもりでくすねた訳ではない。その“力”の秘密に迫るべく入手したのだが、幾ら調べても“何もない”――その事実しか分からなかった。
だが、此処でベアトリーチェは捨てるのではなく閃いた。閃いてしまった。“何もない”のなら、ゲマトリアの技術で“上書き”できるのではないのかと。
「貴重な作品を消耗品扱いか……本当に“作品”への敬意がない」
「これはあくまで“道具”です。もちろん、タダでやれとは言いませんよ。対価は既に用意しています」
ベアトリーチェはそう告げて、何かしらの資料をマエストロへと放り投げる。雑な渡され方をしたマエストロはカタカタ震えながらも、その資料を回収し中身を確認していく。
「……【ユスティナ聖徒会】。かつての戒律の守護者についての資料、か。普段は要求ばかりする貴女が、珍しいな」
「これにはそれだけの価値がある。それさえ理解すれば十分です」
「……いいだろう。今回はこの情報に免じて目を瞑ろう。元より興味があったからな」
「私も協力しましょう。未知数の力へのテクストの付与……実に興味が注がれますから」
「そういうこったぁ!!」
元々興味深かった“力”に加え、ベアトリーチェが渡した対価。この二つを受けてマエストロ達はベアトリーチェの依頼に乗ることにした。探究と観察が、ゲマトリアの本質ゆえに。
「しかし、マダム。此度はどのような物語を描いているのですか?貴女のことですから、悲壮と苦痛に満ちた物語を描いているのでしょうが」
「そういうこったぁ!!」
「悲壮と苦痛……ええ、そうですね。不信、疑惑、焦燥、嫌悪、憎悪……あらゆる負の感情が入り雑じり、傷付け合う。生徒達は搾取され、利用されている事に気付かぬまま、無様に手の内で踊り続ける……その果てに、私は《崇高》へと至るのです」
その為の準備は整いつつある。偶然見つけた、本来は下らない使い道しか出来ない領域。利用している間はそこから出られない、ベアトリーチェのスタンスと致命的に合わない領域ではあるが、全くの使い道がないわけではない。何度かの実験・検証の末に、自身に合った使い道を見出だした。
――直接動かすのではなく、敢えて道具と材料を与えて誘導させる。小さな事象の積み重ねで、暴走へと誘う。疑惑と謀略が渦巻く場所に、火種を投げ込む。後は勝手に育つようにお膳立てする。
アリウスとトリニティ、最低でもこの二つが最悪の形で爆発し、激突するように。更に言えば、より多くを巻き込み、終わりなき混沌へと誘うように。丁度よく、自身の能力を過信し色々と嗅ぎ回っている、道化と成りうる存在もいるのだから。
ベアトリーチェはかつての敗北から学習し、思考を研ぎ澄ませ、目的の為に暗躍する。
彼女にとっての楽園が、生徒達にとっての地獄が徐々に迫っていく。その事実に気付く者は、首謀者達を除いて何処にもいなかった。
《良く分からない大人》
アビドス自治区。
かつてはこの学園都市キヴォトスにおいて最大の学園として名を馳せていた自治区であったが、現在はその繁栄が嘘のように衰退している。数多くあった学校も今や一つ。それも多額の借金を背負い、廃校寸前だ。
その自治区の夜の道を、淡い桃色の髪の女子学生が白いショットガンと折り畳み式のシールドを手に歩いている。
小鳥遊ホシノ。
アビドス高校在学の二年生にして、最後の生徒会役員。その実力はキヴォトスにおいて数本の指に入るほど高く、生半可な人物では即座に倒される程に高い。その荒々しさからかつて、他の学園の者達から《暁のホルス》とまで呼ばれていた程だった。
だが、今の彼女はその二つ名が嘘であるかのように物静かだ。性格が丸くなった……訳ではなく、心の傷がそうさせている。それを知る者は誰もいない。
今日も傷を抱えたまま一人、治安維持の為の巡回をしているホシノ。そんなホシノの背後から、白いコートを羽織った人物が近づいてくる。顔の上半分は白い仮面で隠されており、誰の目から見ても怪しさ満点だ。
そんな怪しさ満点の不審人物の接近に、後ろへと振り返ったホシノは疑わしげな眼差しを向ける。その青と金のオッドアイの瞳には、警戒と胡散臭さが混じっていた。
「……本当に相変わらず、後ろから近づくんだね。今回は何の用?」
「何の用も何も、今日は約束の日付でしょう。ホシノさん」
「……ああ、そうだったね」
怪しさ満点の白コートの人物――勝手に“白服”と呼んでいる大人の指摘に、ホシノは思い出したように呟く。そんなホシノに白服は近付くと、その手に持っていた紙袋をホシノへと渡す。紙袋の中には、幾つもの札束が入っていた。
「先月の手数料と砂の購入代……本当に律儀だね。特に砂なんて、勝手に持っていっても気付かないくらい大量なのにさ」
「前にも言いましたが、無許可の持ち出しは窃盗罪に当たります。それに、砂も立派な資源の一つです」
ホシノの若干の嫌味に、白服は丁寧に言葉を返す。本名も不明、所属先も不明、規模も不明、何もかもが不明の不審者のクセに、変なところで真摯だ。だからと言って、警戒を緩める気はないが。
白服との最初の出会いは、今のような夜の巡回の時だ。今の格好で現れた白服に、ホシノは問答無用でショットガンを突き付けた。
それに対して白服は、素直に両手を上げてから口を開いた。
――出来れば銃を降ろしてほしいです。銃弾を一発でも撃ち込まれたら、死ぬ身体ですので。
――小鳥遊ホシノさん。私は貴女にお願いがあって来ました。アビドス高校、唯一の生徒会役員である貴女に。
――アビドス内におけるバイト先の紹介をお願いしたいのです。
――私達は少々訳あって、身分を徹底的に隠さなければならない立場にいます。アビドス高校の役員からの紹介であれば、身元不詳でも雇ってくれると思ったからです。
――勿論、タダでとは言いません。稼いだ金額の何割かを、手数料としてアビドスへとお支払いします。口止め料も込めて。
――それと、砂の買い取りもさせて下さい。詳しい話はまた後日行いますので、どうかご検討をお願いします。
――名前、ですか?申し訳ありません。それも教える事は出来ないのです。ですから、お好きにお呼び頂いて構いません。
これがホシノと白服のファーストコンタクトだ。まるで黒服のようなセールストークに、ホシノは本気で銃弾を撃ち込もうかと考えた程だ。
二回目の接触の時は、本当に最悪だった。何せ、ホシノが知らなかった事を突き付けられてしまったのだから。
――え?いや、何を言っているのですか?アビドスの土地の所有権は、校舎の周辺以外はカイザーの所有なのですが……
白服のその疑問に、ホシノは頭の中が真っ白になった。最初はデタラメかとも思ったが、少なくとも嘘を付くメリットが向こうにはない。それに、調べればすぐに分かることだ。嫌でも事実なのだと……本当に何も知らなかったのだと、ホシノは思い知らされた。
ホシノはその気持ちのまま、自分ではなくカイザーと取引すればいいと喚いた。それに対して白服は――
――え?普通にないですよ。どう交渉しようと、極めて不利な形で結ばされるのが目に見えてますし。
――後、会社のロゴマークが海産系の会社でもないのに、タコなんですよ。タコ。タコマークの会社なんて、足を伸ばし過ぎて自滅に向かうイメージしかありませんよ。蛸足配線で火災が起こる場合もありますしね。
妙に説得力のある言葉で、カイザーとの取引だけはないと返された。その時のホシノの表情は鳩が豆鉄砲を喰らった表情だった。
そんな変な大人と、同席した
「資源ね……本当に砂が資源になるの?」
「砂はセメントやタイルの材料として使えますよ。品質を度外視すれば、の話ですが」
「その割に、カイザーは砂を売ろうとしないけどね」
「純粋に旨味が少ないからでしょう。輸送コストに不純物の除去……費用と利益が釣り合わない可能性が高いかもしれないですね」
実際、資源として使える砂と使えない砂が存在している。資源として使える砂は粒が細かく、軟らかい砂でなければならない。このアビドスにはその二種類の砂が混在しており、砂嵐で飛ばされてくる砂がそれに当たる。
「加えて、人工砂も普及していますからね。製法もそう難しくありませんし」
「どっちにしろ、君達不審者以外じゃ売れないってことでしょ」
「ですが、少しはお金になる事は事実です。少額とはいえ、借金の総額は減っているでしょう?……弱味に漬け込んでいる私達が言える台詞でもありませんが」
本当に変な大人だとホシノは思う。弱味を利用しながら、その事実に対して申し訳なさそうにするし、お金も多めに払ってくれている。
「それに、物事は単純な善悪で分けられませんし、何事にも良し悪しもあります。ゴミ漁りは悪いことでも、生きる術がそれしかなければやるしか道がないように。包丁も使い方次第で人を傷付けてしまうように」
「……結局、何が言いたいの?」
「視点を広く、固定してはいけないというだけです。捉え方と解釈は、人によっていくらでも変わってしまいますから」
「……おじさんにはよく分からないや」
「でしたら、これが今後の課題となりますね。きっと、これからのホシノさんに必要な事でしょうから」
本当にこの白服の事が分からないとホシノは思う。黒服のような悪意は一切感じられないが、自分達について何一つ語らないのに、助言のような真似をする。ふざけた態度の筈なのに、何処か確かな“芯”を感じてしまう。
信頼も信用も出来ない相手ではあるが……今までの大人とは違うことくらいは認めてもいいかと、ホシノは若干絆されつつあると自覚しながら白服と別れるのだった。
この縁がどのような影響を与えるのかは、それは誰にも分からない。何も変わらないのか、それとも――
白服
ホシノが勝手に名付けた、白い仮面で顔を隠した白コートの大人。正体はお察し。
白服は当然ホシノの過去を知らないが、何かしらの罪悪感を抱えている事を察している為、個人的に気にかけている。
ちなみに白コートは感謝のプレゼントであり、本人も二号ライダーのコスプレになりそうだと思いつつも気に入っている。