夢の力で青春を手助け 作:ライダー志望
オフィスの一室にて。
「――お待ちしておりました、シャーレの先生」
見るからに“普通”ではない人物の挨拶に、シャーレの先生は思わず警戒よりも困惑を覚えてしまう。
ホシノから事前に聞いた目の前の人物――“黒服”は何故か全身のスーツには埃や傷痕、焦げ跡があってボロボロ。白い光も身体のあちこちから洩れている。まるで誰かにボコボコにされたかのように。
「……貴方が、ホシノが言っていた黒服かな?」
「ええ。この名前がとても気に入っていますので」
黒服はそう返すと、自身の組織――《ゲマトリア》について語っていき、出来れば友好的な関係を築きたいとシャーレの先生に語る。
「一応お聞きしますが、
「微塵も無いよ」
黒服の勧誘に、シャーレの先生は一切の躊躇もなく蹴り飛ばす。勧誘を速攻で蹴られた黒服は何を追求するつもりなのかを聞き、シャーレの先生はホシノを返しにもらいに来ただけだと迷いなく返す。
「……ホシノさんは退学届を提出されました。彼女はもう、アビドスの生徒ではない筈でしょう?」
「……いいや。彼女はまだ対策委員会所属の、アビドス生徒会の副生徒会長で、私の大切な生徒のままだよ。『顧問』の私が、その届け出を受理していないからね」
「……やはり、ですか。予想は出来ていましたが、実に厄介な概念ですね」
シャーレの先生のその返答に、黒服は予想通りと言わんばかりに首を振る。学校の“生徒”と“先生”の概念……それを当の以前から知っていたからだ。速水恭介――“外”からのイレギュラーの一人であり、アリウスを立て直した“先生”を知っていた故に。シャーレの先生が訪れた時点で、ただホシノが届け出を出すだけで退学が成立しない可能性が浮上した故に。
計画の進行を重視するなら、シャーレの先生がアビドスから離れた後で進めれば良かった。それを敢えてしなかったのは、黒服自身がシャーレの先生と合間見える事を重視したからだ。興味深く、新たな“理解者”となるかもしれない人物との邂逅を。
その後も黒服とシャーレの先生は問答を繰り返すも、話は平行線。決して相容れないことが明確となっただけである。最終的には根負けしたかのように黒服が折れ、今回の契約は白紙とすることで二人の話し合いは終わった。
「……どちらも前提を間違えてしまいましたね。計画は失敗に終わりましたが、あらゆる物事に失敗は付き物です。次に向けての教訓としましょう」
シャーレの先生が立ち去り、一人となったオフィスで黒服はそう呟く。
シャーレの先生の存在から多少の修正が入った計画では、交渉のカードは幾つもあった。それも無駄に終わってしまったが。
その一つが非公認の対策委員会の公認化。これは全員の署名が無ければ通らない上、ホシノの身柄は黒服が契約で所持している。退学届を提出したホシノの届け出を受理すれば、残りの生徒達だけで正式に対策委員会が認可された組織へと移行でき、学校を守れつつ借金も半分になると迫るつもりだった。
カイザーに関しても、肝心な部分の情報は理事に伝えていた。我慢比べの出来レース……それが崩れるのは避けたいだろうし、情報を伝えた理事もリスクをしっかり把握していた。正当性のない長期ローンと、返済の為の
そして、ホシノに持ちかけた契約。これも少額とはいえ、返済出来ている点から乗るかどうかも半々だった。だから返済を可能とした存在――“白服”の正体を教え、此方に都合が良い情報だけを教えて判断を誘導した。
ホシノが白服宛に手紙を用意するのも想定通りで、その内容にも予想がついていた。仮に敵意を持たれても、交渉で対応できる範疇に留めていたつもりだった。
しかし、どちらもその前提で失敗してしまった。片方は致命的に間違え、もう片方は読み違えた事で崩れ去った形で。
片方――速水恭介は次に手を出したら問答無用で始末する気満々だった。あの質問も、黒服が警告を知っているか知らないかの判断目的で聞いたのだろう。ホシノの手紙の内容を加味すれば、向こうからしたら見逃す道理はない。今回見逃されたのは、警告を知らなかったからと実害がなかったからだ。そのどちらかが欠けていたら、間違いなく消されていた。
もう片方――シャーレの先生に関してはカイザーの先走った行動で頓挫してしまった。シャーレの先生が気付いているかは不明だが、カイザーの今回の行いは明らかな不法行為……これまでのように言い逃れできる合法ではない。理事も現段階での強制徴収はリスクが高すぎると判断していたから、上の圧力で動かざるを得なかったのだろう。こちらに関してはカイザーに原因があるが、読みが甘かったと反省すべき点であることに変わりはない。
本来は交渉を敢えて長引かせ、その間にホシノを使った“実験”を進めるつもりだったのだが……ここまで前提が崩れた上、“大人”の定義も違っているシャーレの先生との関係が致命的となるリスクも考慮すれば、強引に進めるのはデメリットが多すぎると黒服は判断した。
ここまで分析しても結局の所、細かい確認と調査、そして根回しの不十分さが招いてしまった、ある意味自身の不手際が原因で計画が失敗に終わったとも言える。
しかし、黒服は失敗を引き摺ることなく、“次”に向けて思考していく。シャーレの先生と速水恭介――この二人が合間見えた時、どんな変数が起こるのか。それがキヴォトスにどのような影響を与え、何をもたらすのかを。
カイザーPMCの不当な襲撃から五日経った、月明かりの綺麗な夜。
とある建物の屋上で、ホシノはある人物と対面していた。
「こんばんは、ホシノさん。手紙での呼び出しに応じて頂き、まずはお礼を申し上げます」
そう告げるのは白服――否、アリウス分校の“先生”である速水恭介。
黒服から教えられた、正体を隠しているのに妙に律儀だった変な大人。その正体は数百年前に弾圧され、逃げ延びた先で内輪揉めをして文字通りの“地獄”だった場所を数年前に立て直した、復興の立役者である“外”から来た人間。
黒服から“契約”を持ちかける話や、アリウスの存在を公にする話を聞かされ、後輩達だけでなく彼等も守ろうとして“契約”に乗って……全てを台無しに仕掛けた。
黒服に案内され、身動きが取れなくなった部屋で黒服は語った。最後の生徒会役員のホシノが退学すればアビドスは学校としての体裁を失い、カイザーが堂々と回収に動けると。
ホシノは約束が違うと反論したが、黒服はカイザーの所属ではなく別の組織に所属する人間だと明かし、借金も約束通り半分はこちらで負担するから何一つ反古にはしていないと。手紙もしっかり渡すので安心して下さいとまで。
最後はみんなと先生に助けられたが、ホシノ自身は何一つ出来ていない。――あの日から、ずっと。
「さて……私が今回、貴女を呼び出した理由は想像出来ますか?」
「……やっぱり怒ってる?」
「ええ。本来は部外者の私でも怒ってますよ」
ホシノはそうだよね、と内心で思う。ホシノが取った身売りはアビドスだけでなく、結果としてアリウスまで巻き込む形になったのだから。貴重な外での資金稼ぎ、その唯一と言える窓口を自身の迂闊さで潰されかけたのだから。
「本当にゴメン。私が馬鹿だったから、君達まで――」
「
「……え?」
恭介のその言葉に、ホシノは思わず目を丸くしてしまう。てっきり身売りの件で呼び出したのかと思っていたら、違う理由で怒っていると告げている。だが、ホシノには身売りの件以外で恭介が怒る理由が分からない。
そんなホシノの様子に、恭介は一息吐いてから真っ直ぐにホシノの顔を見据えた。
「あの手紙にあった後輩達への“契約”の引き継ぎ……後輩達にも手紙で伝言を残していると考え、校舎の方へと足を踏み入れました。そこで手紙の内容を確認し……絶対に見逃せない一文があったので、呼び出させてもらいました」
「絶対に見逃せない一文?ど、何れの事かな~?」
ホシノはとぼけるように誤魔化しているが、身売り自体が間違いだと認識しているホシノはその一文が分からない。そんなホシノの態度に、恭介は静かな怒気を込めてその一文を口にする。
「“私のヘイローを壊して”」
「あ……」
「後輩……彼女達を守る為に身売りしたのなら、この一文だけは絶対に書いてはいけないものです。ホシノさんとしては、後輩達を傷付けるくらいなら……かもしれませんが、そうなった時の彼女達の事を、本気で考えていなかったでしょう?」
「…………」
恭介の問い掛けに、ホシノは答えない。口を動かさない。それはホシノにとって、触れてほしくないタブーに触れてしまいかねないから。
だが、恭介はそこへと敢えて踏み込んでいく。
「本当は触れるべきものではありませんが……ホシノさん、貴女は“罰”を求めているんじゃないんですか?ヘイローを破壊されて当然だと……殺されるのも自分が辿るべき末路だと、無意識に考えていたんじゃないですか?」
「…………」
恭介の容赦のない踏み込みに、ホシノは何も言えず、動けない。その場から逃げることも、暴力で黙らせることも。
触れてほしくない心の領域――ずっと、心の奥底で燻っていたものが……
「別に“罰”を求める事が間違いとはいいません」
「……え?」
「ホシノさんの過去に何があったのか……どんな“罪”を背負ったのかも私には分かりません。その上で言える事は、“罰”の形を変えるように求める事だけです」
「罰の形を変える……?」
「ええ。後輩の為に自分を犠牲にするのではなく、後輩の為に自分も幸せになる……それも“罰”となる筈です」
自分も幸せになることが罰?その言葉が……幸せが罰になるとはホシノには思えない。だって、悪いことをしたら責められるのが当然で、幸せになるのは罰から……罪から逃げようとしているだけではないのか?
そんなホシノの疑問を解消するように、恭介はゆっくりと語っていく。
「あり得ない、理解できない顔をしていますね。確かに普通はそうでしょうが……前にも言いましたが、これは解釈の違いです。それに最初に言いましたが、もし仮にホシノさんがあの手紙通りの末路に行き着いた時……彼女達がどんな気持ちになると思います?」
「それは……」
「彼女達はこう思うんじゃないですか?『私達がホシノ先輩を殺してしまった』『ホシノ先輩の事を知ろうとしなかったから……』『私達のせいで、ホシノ先輩が……』と」
恭介のその想像でしかない言葉に、ホシノは反論できない。何故なら、その光景が鮮明に想像できたから。
――かつて自分が経験し、通った道であるから。
ここまでくれば、さすがに怒っていた理由が分かる。後輩達を守るつもりで身売りをして、騙されて傷付けた時とは訳が違う。契約の有無に関係なく、守ろうとした後輩達に、取り返しのつかない深い心の傷を刻みかけたのだから。
その事実に漸く気付き、間違いを知ったホシノは暗い気持ちとなる。
「……本当に私はダメダメだね。ずっと失敗ばかりで、貰ってばかりで……」
「失敗は誰にだってあります。もちろん、私にもです。中には意識を乗っ取られる寸前もありましたからね。それに……無意識で与えていたものもあるんじゃないですか?何もなければ、ホシノさんを切り捨てる選択を取った筈です。借金が半額減るより……ホシノさんを取ったのですから」
「それは……私がいないと学校が成り立たないから……」
「ハァ……」
本当に自身の価値が低いホシノに、恭介は黒服から聞いた本来の段取り――失敗に終わった計画の中身を説明していく。黒服はホシノの退学の受理と、対策委員会の認可を秤に掛けるつもりであった事を。ホシノの救出を前提にしなければ、誰かが思いつきかねない方法であったことを。
「ですから……彼女達はホシノさんを取ったんです。貴女がいない生活があり得ないと……それが自分たちの幸せの大前提だからこそ、借金の半額に目もくれずに選んだんです」
「…………」
「だからこそ、自分の為に幸せになるのではなく、後輩達の為に幸せになる……自分を犠牲にして誰かを幸せにするのではなく、自分も他者も幸せになる道を探し続ける……共感を覚えた言葉の引用で中身が伴わない言葉でしょうが、納得のいく言葉だとも思っています」
本当に余計な一言を交えた言葉に、ホシノは苦笑するしかない。確かに引用なら中身がない言葉かもしれないが……不思議と納得もしてしまう言葉でもあってしまう。
「……本当にいいのかな?おじさんが……私が、幸せになっても……先輩に、何もして上げられなかったのに……」
「……勝手な推測を口にしてもいいですか?」
相変わらず妙なところで律儀だと思いながら、ホシノは構わないと答えるように頷く。ホシノから了承を得た恭介は、自身の推測を口にする。
「彼女……三年生だった生徒会長さんは、貴女がいてくれたこと自体が救いになっていたと思いますよ。ホシノさんのおかげで復興の可能性が……希望が繋がったのですから」
「それは……言い過ぎじゃないかな……?」
「いいえ。これは客観的に見ても紛れもない事実です。生徒会長は
「あ……」
恭介のその確信を持った言葉に、ホシノは気付かなかった……見えていなかった事実に漸く気付く。
彼女――梔子ユメは当時三年生。生徒会も彼女一人だけ。彼女が卒業すれば生徒会は誰もいなくなり……そのまま廃校になっていた。留年という裏技を使えば引き延ばせたかもしれないが、ホシノやノノミ、シロコが問題なく進級している時点で留年が認められる可能性は低い。
もし、彼女がホシノと出会わなければ……何もかもが無意味に終わる結果になっていたかもしれない。今の生徒の数を考えれば特に。
「それを考えれば……もしかしたら必死だったかもしれないですね。一人になるかもしれない、大切な後輩に希望を……頑張って進める夢を残すために」
「希望……夢……」
その言葉で、ホシノはあの日の――すべての後悔の始まりだった日を思い出す。
もしかしたら彼女――ユメ先輩は、自分が卒業した後の事を思って、砂祭りのポスターを見せてくれたのではないか。復興への目標を、目指すべきゴールを示して、自分が卒業した後も頑張って進めるようにと。
それなのに、ホシノはその想いに気付かずに……それが推測だとしても、それが“真実”のように思えてしまう。
唯の都合の良い解釈かもしれなくても……それでも……
「……ぅ……ぁ……」
「……ホシノさん?」
「ゴメン……今は……今だけは……泣かせて……」
ホシノは堪えきれず、その場で崩れ落ちて声を上げて泣いていく。
後悔も罪悪感は消えないが、その涙には確かな“嬉しさ”が混じっていた。
――後日。
「ホシノ先輩」
「ん?何かな~?シロコちゃん」
「あの手紙にあった“白服”って誰?」
「あ、それ、私も気になってます!」
「そうですよ!去年からやり取りしていたみたいですけど、本当に大丈夫なんですか?」
「カイザーみたいな、悪い大人なんじゃないの!?」
「大丈夫だと思うよ~。白服
「……正体不明なのに?」
「そこは、まぁ……スッゴい深い事情があるみたいだから……ね?」
後輩達の“白服”に対する詰問に、ホシノはいつも通りの気怠げな表情で煙に巻いていく。そんな彼女の隣に置かれた鞄の中には、黒服への“嫌がらせ”で渡された通帳とカードが眠っていた。