夢の力で青春を手助け 作:ライダー志望
ホスト代理のナギサがいるであろうセーフィティハウスに、二人のアリウス生が侵入する。
《地図作成部》と《サバイバル部》――二つの部活による知識と事前にミカから貰った隠れ家の見取り図で、見張りに見つからない侵入ルートは既に割り出されている。
音もなく侵入し、人陰のない通路を通り……ナギサがいるであろう部屋の扉の前へと辿り着く。
「「…………」」
ガスマスク超しで視線を交わし、二人は無言で頷き合う。この部屋にナギサがいるかいないか……もしいなければ、その理由次第では“最悪”を覚悟しなければならない。
二人は意を決して扉を開け――俊敏な動きで部屋へと侵入して銃を構える。
だが、その威嚇行動も無意味に終わる。何故なら、ナギサがいる筈だった部屋は、完全なもぬけの殻だったのだから。
「いない……?なら、目標は何処に……?」
まだ穏便に済ませられる可能性のあったナギサの不在を前に、少し安心しながらも緊張を解かない《サバイバル部》所属のアリウス生。《地図作成部》所属のアリウス生と共に手掛かりを求めて部屋を見渡し……テーブルの上にあった一枚のメモ用紙に気が付く。
『ホストの身柄は此方で確保した』
紙には手書きでそう書かれていた。場所は書かれていないが、筆跡から誰が書いたのかは分かる。同時に最悪を回避する為の“賭け”――その第一段階に勝ったことも。
「――目標が別地点に移動中!此より追跡を開始します!」
「場所は《補習授業部》の合宿所!副生徒会長も風紀委員長も、そちらへと向かって下さい!」
置き手紙の主――アズサも関わっていると知った二人は何処か軽くなった声色で、トランシーバーに向かってナギサの追跡と向かう場所を報告する。
ナギサを拉致し、わざわざ置き手紙を残してそれを明かす……保護であれば手紙を残す必要もなく、反乱なら便乗すればいいだけにしては、あまりに意味不明な行動。
しかし、それが
『ああ。了解した』
『勿論ですよ。全員、待機ポイントから合宿所へと集合して下さい』
トランシーバーから返された声――サオリとスバルも“賭け”が上手く成立した事に、安堵したかのように言葉を返す。
それでも気は抜けないが。これから始まるのは事前の打ち合わせも取り決めもない、完全なアドリブによる茶番劇なのだから。
「んんーー!んん――!」
「暴れたら駄目ですよ?そんなに暴れたら、落ちて怪我しちゃいますから」
くぐもった声で呻く人物に、二人がかりで俵のように運んでいる一人――ハナコが注意するように咎める。もう一人はアズサだ。
その二人に俵のように持ち上げられ、簀巻きの状態で猿轡までされている人物――ナギサはパニックに陥っていた。
セイアを襲撃した犯人は未だに足取りすら掴めず、手引きした裏切者も分からない。幼馴染みのミカは事の深刻さを理解しておらず、シャーレの先生も裏切者探しに協力してくれなかった。
ミカから《補習授業部》の対応はやり過ぎだと何度も抗議されたが、こうする以外にトリニティを、幼馴染みを守る術をナギサが思い付かなかったのだ。裏切者の存在を、誰よりも確信している故に。
その理由がもう一人の幼馴染み……百合園セイアに関するとある噂が出回っていたからだ。出所も不明で、内容自体は正しいものではない。だが、その内容はあまりにも都合が悪かった。
百合園セイアは療養中ではなく、本当は行方不明なのだと。嘘ではあるが、強く否定できない内容の噂。その噂を聞いた人物がナギサに確認に来る度に、ナギサは質の悪いイタズラだと誤魔化し、余計な混乱を招かないようにと口止めまでさせた。深堀もさせないよう、キツく言いつけて。
それでも少数の生徒が確認に赴き、何度も誤魔化す度に、ナギサの心はどんどん磨り減っていった。噂も明確な根拠を上げて否定できず、徐々に不信が募っていく。セイアの死、足取りの掴めない襲撃者、出所不明の噂、それに伴う周囲の不穏な空気……トリニティの、政治の闇を理解しているナギサが疑心暗鬼に陥るには、あまりにも十分だった。
だから容疑者達を適切な理由で隔離し、最終的には排除しようとした。シャーレの先生に依頼したのは、まだ微かに残っていたナギサの良心……裏切者だけを排除する為の、彼女の中で許された唯一の選択として。
しかし、それも水泡に帰した。シャーレの先生が協力を拒んだことで、ナギサに残された手段は一つだけとなってしまったのだから。
そして、最終試験前日。ナギサは最もらしい理由で権力を行使し、容疑者達を確実に排除する段取りを整えた。
今日も眠れぬ夜を過ごそうとして……秘匿された部屋に二人の容疑者、ハナコとアズサの侵入を許してしまった。
その事実に裏切者は一人ではなく二人……複数犯だったとナギサは悟り、諦めようとしたが……どういう訳かハナコとアズサはナギサを殺そうとせず、拘束して誘拐するという一手に出た。
「んー!んんんーー!!」
「……ここまで暴れるのでしたら、一度気絶させた方が良かったですかね?」
「確かにそうした方が楽だが……作戦の都合上、彼女が気絶したままだとマズイ」
「そうですね……」
何処か疲れたようにハナコとアズサは呟きながらも、拘束したナギサを担いだまま人目の通らない道を進んでいく。今の自分たちの姿を万が一にでも他のトリニティ生に見られでもしたら、そこでゲームセットとなってしまう。この
最終試験前日まで、《補修授業部》は勉強に励みつつもXデーに向けての計画も話し合っていた。
どのタイミングでミカが行動を起こすのか。どうすればクーデターを茶番劇へとすり替えられるのかを。
決行日に関しては、ハナコが持ち前の頭脳を活かして予想を打ち立てた。本気でクーデターを起こす前提であれば、試験直前の前日で実行に移すだろうと。自分達の介入も察しているのなら、その日が合わせやすいとも。
次にクーデター側の人数であるが……シャーレの先生の予想が正しければ、言い訳が出来る少人数しか動かさないと見ている。ミカは《パテル派》の筆頭ではあるが、彼女自身は政治に疎く、派閥争いにも興味を示していない。加えて、ちゃんと話を合わせられそうなのが、事情を知るアリウスだけ。ナギサが明かしたアリウスの事情も考慮すれば、多少の無理筋でもアリウスを利用した事を誤魔化せる。
事実、追跡しているであろう人の気配があまりにも少なすぎる上、その速度もこちらに合わせているかのように距離が詰められていない。こちらは暴れるナギサを抱えて合宿所へ向かっているのだ。トラップも合宿所周辺にしか配置されていないにも関わらず、距離が詰まっていないのは本気で追跡していないからだ。
その後もハナコは色々なツテを使い、相手側が茶番劇に乗ってくる前提で作戦を打ち立てた。その中で確実に止められる手札も手に入れ、作戦自体も現在進行形で首尾よく進んでいる。
道中の襲撃もなく、一度も交戦せずに合宿所へと帰還したハナコとアズサは、合宿所の体育館で待機していたヒフミ達と合流する。
「――ぷはっ!まさか、先生を含めた全員が裏切者だったとは……」
簀巻きのままパイプ椅子に座らされ、猿轡を外されたナギサは暗い表情で呟く。その考えは大外れなのだが。
「本当にそうお考えなのですか?本当に裏切者だったら、こうして連れて来る必要はないと思いますが……」
ハナコのその言葉に、ナギサは黙るしかない。本当にセイアを襲撃した裏切者であるのなら、こうして拉致する必要が全くないのだから。
「アハハ……ナギサ様。こんな真似をしてしまって本当に申し訳ないんですけど……穏便な解決の為にはどうしても必要だったと言いますか……」
ヒフミは申し訳なさそうにしながらも、最悪の展開を回避する為にはどうしてもやらないといけなかった事だと説明する。その言葉にナギサは理解できないでいると、外から足音が聞こえてくる。
「ちょっ!?来るのが早すぎない!?」
コハルが驚く間にも、足音の人物達が駆け込むように体育館の中へと入ってくる。マスクで顔を隠し、白を基調としたセーラー服を着た生徒達……十人前後の人数で来た彼女達が、アリウス生なのだろうとシャーレの先生は判断する。彼女らの“先生”らしき姿は見当たらないが、これは予想出来ていた事だ。茶番劇として押し通すには、生徒達だけで動いたと見える方がいいのだから。
そんなアリウス生の前に立つように、今回の首謀者である生徒――聖園ミカの姿もある。ミカの姿を視界に収めたことで、ナギサは動揺したように目を見開く。
「ミカさん……?まさか、そんな……貴女が……?」
「……どうだろうね?少なくとも、トリニティの裏切者には入るかもね。アリウスの生徒達を独断で招いたから」
声を震わせるナギサの問い掛けに、ミカはどっちとも取れる言葉で自身を裏切者と口にする。自分の後ろにいる見知らぬ生徒達がアリウス生だと明かして。
ミカが明かしたその事実に、ナギサは更に動揺していく。アリウスにはセイアを……トリニティを憎み、襲う十分な動機があると知っている故に。
そのあまりにも最悪な展開と事実を前に、ナギサの視界が真っ暗となる……直前で、シャーレの先生が口を開いた。
「ミカは何の目的でアリウスの生徒を招いたんだい?」
「え?そんなの決まってるじゃんね♪クーデターの為に――」
「それにしては、あまりに
シャーレの先生のその言葉に、ナギサは我に返ったようにミカの背後のアリウス生達に視線を向ける。この場にいるアリウス生は十五人前後……クーデターを起こしてトリニティを乗っ取るには、あまりにも少なすぎる。外で待機しているにしてはあまりにも人の気配がなく、隠形に長けているにしても限界がある。
そんなアリウス生の一人、リーダー格らしき長髪の少女――サオリがやれやれと言いたげな雰囲気でミカに視線を向ける。
「……ミカ。今回の目的はクーデターではなく、
サオリのその言葉に、ナギサは理解が追い付かずに目が点となる。
職権濫用……簡単に言えば権利を使って不当な行いをすることだ。何故自分が職権濫用の疑いがあるのか……
「あ」
そこで頭が冷えたナギサは自身の行いを振り返る。《補習授業部》に対する数々の暴挙……端から見れば職権濫用を疑われても全くおかしくない。加えて、ミカは何度も《補習授業部》の扱いに対して抗議していた。嫌疑を掛けるには、あまりにも十分すぎる。
「ええ。その為にも彼女の身柄を確保し、動機と事情を伺おうとしましたが……貴女方が彼女を拉致した為、こうして追い掛けさせて貰いました」
「それは悪い事をしましたね。こちらもナギサさんには、どうしても事情を聞きたかったので」
風紀の腕章のあるアリウス生――スバルの説明にハナコがいけしゃあしゃあと言葉を返す。お互いに考えている事は同じ……クーデターを茶番劇として片付ける為に、双方は話の着地点を探っていく。
「そうですか。でしたら、このまま彼女からお話を伺っても問題はないですね?」
「ええ。そちらが手荒な真似をしなければ、の話ですが。もう少ししたら、私がお呼びした人達も来ますので」
「あまり大勢を巻き込むのは関心しませんね。下手をすれば、そちらが大変な事になりますよ?」
「そこも大丈夫です。お呼びしたのは数人ですし……それに此処には、中立のシャーレの先生もいます。シャーレの先生がいる前では、早々強く出られないでしょう?」
「あ、あの……それは本来、《正義実現委員会》の仕事では……」
「その《正義実現委員会》もナギちゃんの指示を優先して動くじゃん。私も待機命令は出したけど……優先順位はナギちゃんだから、ナギちゃんが中止を命令したらそこで動けなくなるでしょ?だからアリウスに頼ったの。和解に対して前向きに進めてくれているアリウスをね」
スバルとハナコの話し合いに、ナギサが思わず口を挟むもミカによって一蹴される。暫しの沈黙の後、ミカはポツリと溢す。
「……本当はね、こんな手に出たくなかったんだよ?私だってセイアちゃんが死んだって聞いて、悲しかったし苦しかった。アリウスからある爆弾の存在も教えられていたから、現実味も強かった。話そうにもアリウスの事は明かせないから、教える事もできなくて……ナギちゃんの気持ちも不安も分かるから、《補習授業部》で容疑者を隔離する事は呑み込んだんだよ?だけど……退学だけはどうしても認められなかった」
ミカは今にも泣きそうな声でそう呟く。演技でも何でもない、紛れもないミカの本心。その言葉にナギサだけでなく、その場にいる全員が沈痛な面持ちとなる。
その心の悲鳴を聞き……シャーレの先生はミカに向かって頭を下げた。
「……先生?」
「…………」
突然頭を下げた先生にミカは困惑し、アリウス生は沈黙を貫く。ヒフミ達も予定になかったシャーレの先生の行動に戸惑う中、シャーレの先生は頭を下げたまま口を開く。
「ゴメン、ミカ。私の力不足で、君に辛い選択を強要させてしまって」
「そんな……先生は全然悪くないよ!悪いのは、こんな暴挙に出た私で――」
「その暴挙も、私がナギサを説得していれば、しなくて済んだ事だよ」
シャーレの先生はミカの擁護に迷いなくそう返すと、振り返ってナギサにも深く頭を下げる。
「ナギサも、ゴメン。君の気持ちにも、もっと寄り添うべきだった。あの時の君に対して、あんな言葉は使うべきじゃなかった」
――ナギサ。君は疑心暗鬼に陥っている。
ナギサがシャーレの先生に裏切者の調査の進展に対し、調査を蹴ると同時に彼女に言ってしまった言葉。
あの言葉は《補習授業部》の皆を守りたい一心で告げ、ナギサの過ちを正そうとした。だが、それが逆に彼女を頑なにしてしまい、今の状況を作り上げてしまった。
大人とは、責任を背負う者。それが、シャーレの先生の譲れない信念であり、矜持。
シャーレの先生は今のこの状況を作り上げてしまった責任を……ナギサとミカ、二人に辛く苦しい思いをさせてしまった責任を背負い、果たそうとする。
この行動が茶番劇を台無しにしてしまうかもしれない。それでも、シャーレの先生は自分に嘘は着けなかった。
そんなシャーレの先生の姿を全員が見つめる中……体育館の外で爆発音が響くのだった。