夢の力で青春を手助け 作:ライダー志望
《ゲマトリア》の会議室。書類の束が置かれた円卓を囲うように黒服、マエストロ、デカルコマニーとゴルコンダが立っている。そんな彼等の放つ雰囲気は剣呑そのもの。大人の余裕とも取れる雰囲気が一切ない。その理由は書類の束――ベアトリーチェの成れの果てに記されている、彼女の所業が最悪の事態を招いていたと知ったのだから。
「よもや【色彩】を利用していたとは……それも一度ならず二度までも……!」
「テクストを読み解いた限りではありますが、彼女は【色彩】そのものを直接呼び寄せた訳ではありません。あくまで“窓”を介して視認した程度ですが……この世界が捕捉された可能性は高いでしょう」
「そう言うこった!」
元から仲の悪かったマエストロはカタカタ身体を震わせて憤慨するも、ゴルコンダが宥めるように捕捉していく。デカルコマニーは相変わらず相槌を打つだけだが。
それでも、マエストロの憤慨はこの場にいる全員が理解できる。【色彩】――《ゲマトリア》の本来の敵の力を利用したのだから。
「マダムはあくまで部分的に反転させ、本来は成立しない“神秘”と“恐怖”を同時に宿すことで“崇高”へと至ろうとしていました。事実、彼女は確かにその領域へと足を踏み入れていましたしね」
ちゃっかり観測していた黒服は、ベアトリーチェの功績そのものに関しては素直に称賛している。この点はマエストロ達も認めてはいる。その過程には納得仕切れていないが。
勿論、黒服もこの手法に関してはいい感情を抱いてはいない。一回限りであれば百歩譲って懸念事項に留める事が出来ただろう。だが、実際には【色彩】への“窓”は二回開かれている。その二回のせいで、【色彩】はこの世界を認識してしまった可能性が高いのだ。それも、最初の一回は予言の大天使――百合園セイアを排除する為だけに。意識を隔離する手が存在したにも関わらず、だ。
そして、それを裏付けるかのような事象も発生している。
「……数国連前に観測された六つのエネルギー。あれは【色彩】の可能性が高い」
「ええ。まだ断定は出来ませんが……その可能性は十分にあります。カイザーがアビドスに眠っていた“宝”を見つけたことで、把握に時間が掛かっていますがね」
見つかったら儲けもの、カイザーを自らの望む方向へと動かす為に提供した情報で、些か面倒な事態となった黒服は自身の落ち度を嘆くようにマエストロの言葉に頷く。
そもそも、アビドス砂漠に眠る“宝”は黒服の想像通りであれば、カイザーの手に余るもの。そもそも【箱舟】ですらない以上、《ゲマトリア》にとってはどうでもいいものでしかない。仮に物事が首尾よく進んだとしても、最後は制御できずに自滅に終わるだけ。
だから、黒服は“宝”には目もくれずホシノに目を着けた。キヴォトス最高の“神秘”――片側だけで“裏側”が把握できる程に強く、“崇高”を織るのに最有力の存在として。次点の砂狼シロコの“神秘”も強いが、“裏側”を把握できる程ではない。それだけで、ホシノの“神秘”が何れ程優れているのかが分かるだろう。
黒服がホシノを使って行おうとした“実験”……端的に説明すれば【色彩】を介さずに反転させる事だ。ネタばらしをわざわざホシノの前で行ったのも、反転を促す為の仕込みでしかない。契約でホシノを縛り、実験室に閉じ込めたのもその一貫であると同時に、自身の制御下に置くことで失敗に終わった場合の被害を最小限に留める為でもあった。それも、前提を間違えたことで断念せざぬを得なかったが。
「どちらにせよ、早急に備えなければなりません。【色彩】に《無名の司祭》……我々の探究の一端として落とし込まなければ、すべてが無に帰してしまうのですから」
「「「…………」」」
黒服の宣言に、マエストロ達は肯定の意味で無言を貫く。マエストロ達にとっても、このキヴォトスは自身の探究の為の“実験場”……無くなっていいものではない。目的の為に生徒を食い物にする事に躊躇いのない彼等ではあるが、彼等なりの最低限の守るべき一線は存在している。少なくとも、【色彩】による破滅は《ゲマトリア》としても避けるべき案件だ。
「いや~、実に見事な演説だねぇ。悪党という肩書がなければ、未曾有の危機に立ち向かう主人公勢だね。うん」
パチパチと拍手する音と共に、どこか他人事のような第三者の声が会議室に響き渡る。黒服達は驚いて声がした方へと意識を向けると、かつてベアトリーチェが立っていた場所に見知らぬ存在がそこに立っていた。
無機質な白いお面で顔を隠した、白髪の人物。服装はお面の色に反して黒色だが、服の種類はパジャマ……その上に薄汚れた白いコートを羽織っている。
声はエコーが掛かっていて、声色から性別は判断できないが、体躯を見る限りでは男性のもの。一見ふざけたような人物ではあるが、黒服達は最大限に警戒していた。
何故なら、この会議室は《ゲマトリア》しか知らない場所であり、訪れる事もできない場所。例外は《ゲマトリア》の誰かが招き入れるくらいだが、この者を招き入れた覚えはない。そんな正体不明の人物に、黒服が探るように問い掛ける。
「……一体どなたでしょうか?この場所は、我々《ゲマトリア》以外は知らない筈ですが……」
「そこは企業秘密かな?でも、私が何者なのかは教えて上げよう。――悪夢を渡り歩く、悪夢の中でしか生きられない亡霊さ。呼び名が必要なら、亡霊とでも呼んでくれても構わないよ?」
黒服の質問に対し、亡霊と名乗った人物は会議室にいる理由には答えずにそう返す。黒服達に背を向けて飄々と語るその態度は、人を小馬鹿にしているように感じられる。
「……亡霊?言葉遊びのつもりなのか?悪夢の中でしか生きられないなら、何故この場にいる?」
「そこも企業秘密だぜ。けど、代わりに一つ教えて上げよう。今すぐ此処から尻尾を巻いて逃げた方がいいよ?鬼より恐い、死の神様がもうすぐ現れるからな」
亡霊はマエストロの質問に答えず、逃げた方がいいと彼等に告げる。真剣さのない、軽い口調のままだが。
別に亡霊は親切心からでも、同情心からでも教えたわけではない。唯の気紛れであり、
「死の神様……?貴方は何を――」
そんな亡霊の思惑を知るよしのないゴルコンダが問い質そうとした瞬間、彼の背後から何の前触れもなく黒い穴が開く。そこから優雅に降り立ったのは黒いドレスを纏った、薄暗いヘイローを有した一人の女性だ。
女性が会議室に降り立ってすぐ、その手に握っていたアサルトライフルでゴルコンダを撃ち抜いた。それだけでゴルコンダだった絵画は穴が空き、彼を抱えていたデカルコマニーも倒れる。
「な――」
一瞬でゴルコンダがやられた事にマエストロは動揺していると、女性はその銃口をマエストロに向ける。そのまま躊躇なく引き金を引くと、何発もの銃弾に撃ち抜かれたマエストロも同様に倒れて動かなくなる。
「意外と早かったなぁ。てっきりもう少し――」
亡霊が感心したように呟いていると、二人を下した女性は今度は亡霊に銃口を向ける。そんな彼女に対し、亡霊は飄々とした態度を崩す事なく話し掛ける。
「おいおい。本当に手が早いなぁ。私は《ゲマトリア》じゃないのにさ。この場にいるのは、ちょっと確認しに来ただけだってのに」
「……そう。でも、関係ない」
亡霊の弁明に女性は淡々と返すと、躊躇なく引き金を引く。亡霊は身を翻して躱し、最後の一発はいつの間にか左手に握られていた暗青色の何かで弾かれる。
暗青色の何か――持ち方と使い方からして、ガントレットかナックルガードの類の武器だろう。だが、その武器の中央には二つ連なった不自然な窪みがある。
「殺る気満々ってか?死んだ魚の目をしている割に、随分と必死だなぁ?」
「…………」
亡霊の揶揄するような問い掛けに、女性は無言でアサルトライフルを構え直す。一触即発の空気が室内を満たす中、亡霊が懐から真っ白に染まった球体を取り出す。
「!それは、まさか……!?」
「ん?心当たりがあるのか?やっぱり
身構えている黒服の呟きに亡霊は何処か確信を持って返すと、その真っ白の球体を左手の武器の窪みに装填する。
――ロスト
何処か底冷えするような機械音声が左手の武器から発せられると、亡霊は左手の武器――【ブレイカムガントレット】を反時計回しで僅かにずらす。
――フェイス、ユア、シンズ!フェイス、ユア、シンズ!フェイス、ユア、シンズ!……
ずらした途端に【ブレイカムガントレット】から先程とは別の機械音声が響き渡る。女性はその音声に困惑しつつも、手持ちのアサルトライフルから銃弾を次々と放つ。だが、その銃弾は青黒い蛇……否、龍が現れると
青黒い龍が女性の銃弾を防ぐ中、亡霊は左手に添えるように右手を置き、垂直に両腕を構える。
「変身」
黒服が予感した通り、亡霊がその言葉を紡いで【ブレイカムガントレット】を反時計回しで回転させながら手の甲を正面に向けるように動かす。反時計回りで【ブレイカムガントレット】を一周させると、装填した真っ白の球体が二つに割れるように開かれる。
――ハッハッハッハッ!
【ブレイカムガントレット】から不気味な笑い声が響き渡り、青黒い焔が亡霊の身体を包み込む。亡霊の服装がパジャマから、灰色のタイツスーツへと変わり、暗青色の籠手が両手に装着されていく。余談ではあるが、その焔は卓上の書類を燃やしている。
――バニタス!バニタス!バニタス!ナイトメアライダー!ロスト!
龍が垂直に飛んで亡霊へと急降下するように突っ込むと、青黒い焔が亡霊の顔を覆っていく。焔は徐々に形を整え、ヘルメットのような仮面を形成していく。同時に胸部には肩掛けの黒い帯――中央に丸い窪みのあるベルトも形成される。頭部の両サイドから後ろへと伸びるアンテナのような角も形成され、全てが形作られると青黒い焔が四方へと弾け飛ぶ。
「仮面ライダー……バニタス。それが、この姿の名前だ」
亡霊……否、仮面ライダー《バニタス・ロスト》は誰に語るでもなくそう発すると、柔軟体操するかのように首を回す。何処と無く口調も変わっている気もしなくはないが、そこは重要ではない。アレと同じ力を目の当たりにした黒服は下手に動けず、対峙する女性は無言で見つめている。
しかし、それも一瞬。女性は再びアサルトライフルをバニタスに向けて連射していく。バニタスは左手の【ブレイカムガントレット】で地面を殴ると、分厚いコンクリートの壁が競り上がって銃弾を防ぐ。
『ロスト』
バニタスは【ブレイカムガントレット】に装填されたカプセム――【ロストカプセム】の下側を押し込んでから拳を振るう。左拳から放たれた拳圧がコンクリートの壁に当たり――塵芥と化していく。コンクリートの壁を塵芥とした拳圧は銃弾をも粉微塵としていき、その先にいる女性へと迫る。
女性は転がるように迫る拳圧を躱すと、小さな黒い穴を作り出す。そこにアサルトライフルを放り投げつつ両手を突っ込むと、ミニガンを取り出す。
「!?それは――」
そのミニガンを見た黒服はあり得ないと驚愕するも、彼女は周囲にばら蒔くように弾幕を張っていく。バニタスはカプセムの能力で自身に迫る銃弾を塵芥にするが、防御手段のない黒服は容赦なく穿たれていく。
その銃弾を一身に受け、黒服は理解した。目の前の女性――【色彩】の手に堕ちた砂狼シロコの“神秘”の裏側……“恐怖”の正体は死の神アヌビスであった事に。
“死”を宿した銃弾を受け、黒服もマエストロ達と同様に床に倒れる。“権能”が宿った致命の銃弾……それをマトモに受けたダメージは深く、下手をすれば文字通り“死”を迎えてしまう。
そんな死の弾幕を前に、バニタスは平然と立っている。銃弾がバニタスに届く前に粉微塵となっているとはいえ、その防御が何時までも続くとは限らないからだ。
当然、それを理解しているバニタスも次の一手に出る。
『スプラッシュ。――スプラッシュフィニッシュ』
バニタスは【ブレイカムガントレット】から【ロストカプセム】を取り外して【スプラッシュカプセム】を装填すると、直ぐに回転させて必殺技を発動。左拳から大量の水をシロコへと放つ。
「!」
シロコは驚愕に目を見開くと同時に、大量の水の勢いに呑まれる。濁流としか言い様のない水の奔流は壁を突き破り、大穴を開けて流れていく。
水が引くと其処には誰もおらず、巻き添えを喰らった黒服達を気にした様子もないバニタス。無言を貫いたまま立っていたが、弾かれたように武器を持つ左手で裏拳を放つ。
同時に黒い穴から姿を現したシロコが左手のシールドで受け止めるも、衝撃を殺しきれずにそのまま転がっていく。
「……強いね。だけど勝つのは――」
「いいや。君は私には勝てない。君は私を知らず――
ショットガンとシールドを構えて立ち上がったシロコの言葉を遮るように、バニタスは断言する。傲慢でも何でもなく、純然たる事実であるかのように。
「……貴方は何を言っているの?確かに貴方は強いけど、どれだけ強くても、この世界の結末は変わらない」
「そうか。なら、悪夢へと誘おう。《色彩の嚮導者》諸ともな」
「!!」
バニタスの何て事のない、まるで買い物のオマケに寄り道するかのような物言いに、シロコは殺気を露にしてショットガンから銃撃を放つ。バニタスは散弾も容易く躱すと、【ブレイカムガントレット】に新たなカプセムを装填する。
――ファントム
【ロストカプセム】と同形状の、黒いカプセム。そのカプセムを装填したまま、バニタスは【ブレイカムガントレット】を回転させる。
――ハッハッハッハッ!
――バニタス!バニタス!バニタス!ナイトメアライダー!ファントム!
変身音声と共に、バニタスの両肩に肩当てが追加され、触手のような帯が幾重にも展開される。《バニタス・ファントム》となったバニタスは、両肩の帯を触手のように操っていく。
シロコは自身に迫る帯を躱しながら銃撃をバニタスに向けて放つも、帯の一つによって容易く弾かれる。迫る帯にシロコは翻弄され、一瞬の隙を付かれて手足に帯が巻き付き、拘束されてしまう。
バニタスはシロコを拘束したまま、【ブレイカムガントレット】を回転させながら近寄っていく。
『ファントムストライク』
【ブレイカムガントレット】に暗い桃色の光が宿り、バニタスは一切の躊躇なくシロコの腹へと叩き込む。殴られたシロコは拘束が解けると同時に床を転がっていく。
床に倒れたシロコは腹部の痛みを堪えて立ち上がろうとするも、猛烈な目眩によって崩れ落ちてしまう。
【ファントムカプセム】――幻影の名を冠するカプセムの力によって感覚が狂わされたシロコに、バニタスは最後の仕上げと言わんばかりに歩み寄っていく。
「君を改竄する。この世界を終焉へと導く、操り人形として」
『パニックフィニッシュ』
【ブレイカムガントレット】に装填された別のカプセム――【パニックカプセム】の力を使い、バニタスはシロコの頭に手を置いて意識を改竄する。
――意思なき人形として。バニタスの指示に従う、物言わぬ存在へと。
「…………」
今にも泣きそうだったシロコは両目を薄らと赤く光らせると、能面の表情で立ち上がる。その顔には生気がなく、本当に人形になったかのように無表情だ。
「……さあ、《色彩の嚮導者》の下に連れて行ってくれ。いや、その前に……」
バニタスは思い出したように身を翻すと、部屋に手を翳して何かを行う。その何かを終えたバニタスは今度こそ、操り人形と化したシロコを連れてその場を立ち去るのであった。
【ブレイカムガントレット】
・原作の【レディガントレット】に変身機能が備わったオリジナルの変身武器。立ち位置は【ブレイカムドォーン】ではあるが。変身音声もそちら寄りでもあるから。変身した姿もドォーンに近いし。
基本フォームは【ロストカプセム】を使って変身する。