夢の力で青春を手助け 作:ライダー志望
シャーレの先生のスマホから鳴る、非通知による着信音。
その相手が誰なのか、半ば確信を持っているシャーレの先生は周りには聞かせられないと距離を取ってから通話ボタンを押す。当然、その相手は恭介も察してはいる。
『クックックッ……電話越しで失礼しますよ。先生』
「……黒服」
予想通りの人物――黒服の声に、シャーレの先生は警戒を隠そうとしない。そんなシャーレの先生に、黒服は普段の態度を崩すことなく言葉を続けていく。
『そんなに警戒なさらずとも大丈夫です。本来は対面してお伝えすべきなのですが……そちらの事情を汲み上げ、本来は使わない裏技を使って電話させてもらいました』
「……一体何が目的なんだい?」
『一つだけ、聞きたいことがあるからです。それが私が先生に求める“対価”です。その証拠として――有力な情報を先に提供しましょう』
普段なら先に“対価”を受け取ってから支払う黒服のらしからぬ行動に、シャーレの先生は警戒を強めていく。それでも黒服は嘘は付かず、契約へのスタンスは彼なりに真摯なのも知っている。だから、シャーレの先生は無言で黒服の言葉を待つ。黒服もシャーレの先生の反応に応じて、彼等にとって有力な情報を語る。
『遥か上空にある【アトラ・ハシースの箱舟】。そこに時間を掛けずに辿り着ける唯一の可能性……それはアビドス砂漠にあります』
「アビドス砂漠?もしかして……カイザーが見つけたかもしれない“宝物”のことかな?」
『既にご存知でしたか。それなら話は早い。アレは【箱舟】に匹敵する、古代文明の遺産……現代のキヴォトスの技術を遥かに凌駕し、解析することができない太古の“恐怖”。私としては見つかったら儲け物、カイザーを動かすのに都合が良い程度のものでしたが……』
黒服はそこで言葉を切る。その《超古代兵器》の起動の為にサンクトゥムタワーを手に入れようとカイザーが動き、サンクトゥムタワーの機能が一時的に落ちたタイミングを狙い撃ったかのように《虚妄のサンクトゥム》が叩き込まれたのだから。だからといって後悔はしていないが。
『アレを起動させるには、サンクトゥムタワーが必要不可欠でした。だからカイザー……プレジデントはサンクトゥムタワーを奪取する為に行動し、破壊された瞬間に身を引きました。プレジデントにはソレ以外の手段はありませんでしたし、自身の手に負えない状況だと早々に見切りを着けましたからね。残された起動手段は、サンクトゥムタワー同等のオーパーツ……【シッテムの箱】とその所有者だけです』
「……《超古代兵器》の正体は?」
『“船”ですよ。【箱舟】と同様に、キヴォトスの起源が込められた名――“兵器”の最終形態。【ウトナピシュティムの本船】――私が把握している範囲で答えるなら、
宇宙戦艦。黒服が認識できる範囲かつ分かりやすく表現した《超古代兵器》の正体に、シャーレの先生はそれなら確かに【箱舟】へと直接乗り込めそうだと納得する。
『……ですが、先生。一つ警告をしておきます。【本船】を起動した瞬間――貴方は取り返しのつかない被害に遭うでしょう。死に至る事さえ、十分有り得ます。安全と確実を取るなら、この世界の【箱舟】の建造に注力すべきです』
「……それでも、だよ。時間を掛ければ、どれだけ被害が出るか分からない。私が代償を払えば未来の被害が減らせるなら、迷わずそれを選ぶよ」
黒服の忠告に対し、シャーレの先生は迷わずそう言葉を返す。初めて相対した時と変わらないそのスタンスに、黒服は疑問を隠さずに問い掛ける。
『……何故、そこまでするのですか?破滅からは逃れることは不可能――古より定まり、確定していた事象……それが私が出した結論です。あの者――バニタスが口にしていた、あらゆる破滅の道の舗装。つまりはそういう事です』
あのシロコ*テラーがこの世界のシロコが反転した存在ではなく、別の世界から来訪した存在であった事。加えて、《虚妄のサンクトゥム》を守っていた《守護者》の正体……キヴォトスを滅亡へと至らしめた存在の《写し》だと結論付けた黒服は一種の諦感へと達している。
復活が迫っていたと思われていた《無名の司祭》。その認識自体が間違いで、実際は裏で暗躍し続けていた可能性が高い。加えて、彼等にとって《ゲマトリア》は“敵”どころか目的に利用できる“玩具”でしかなかった。
『彼はその目で視てきたのでしょう。キヴォトスの様々な破滅の形を。異なる要因で終焉へと至った数々の世界を。その何れもが、近い将来で起こりうる出来事であることを。決まりきった因果を繰り返すだけ――全ての存在は、そうした決定論の下にある布石でしかなかった。――なのに、何故抗うのです?』
だからこそ、黒服は理解できないでいる。破滅が約束された未来を前に、何故諦めないのかと。決められた運命を前に、何故立ち向かうのかと。明確な“力”を持つ速水恭介はまだしも、代償を伴う【大人のカード】……それも封じられたも同然の“力”しかないシャーレの先生は、まだ折れずに抗おうとするのかが黒服には理解できない。
だからこそ、黒服は問い掛けた。その問い掛けこそが黒服が求める情報の“対価”。その“対価”に対し、シャーレの先生は迷わず答える。
「大人として子供を守り、先生として生徒を守るため。大人の責任――先生の義務を、果たすためだよ」
『……それが、如何なる代償であったとしても?その場しのぎでしかない、先送りの引き延ばしであったとしても?』
「どのような代償であろうとも、その場しのぎでしかないとしても、それは大人が先に背負うべきものだからだよ。それが痩せ我慢だとしても、見栄でしかないとしても」
『…………』
「それに“世界”が複数あるのなら――乗り越えられた“世界”が一つくらいあってもいいんじゃないかな?」
『……!』
シャーレの先生のその言葉に、黒服は息を呑む。そんな黒服に、シャーレの先生は構わず言葉を続けていく。
「だから私は助けに行くよ。この世界のシロコも――もう一人のシロコも。きっと、もう一人のシロコの
『クックックッ……本当に欲張りで、言葉遊びが上手ですね。相変わらず理解に苦しみますが……“対価”は十分にもらいました。いえ、少々貰いすぎたかもしれないですね。その余剰分は、今お返ししましょう』
黒服は諦感から一転し、何処か楽しげにしながら“余剰分”を返す為に言葉を紡いでいく。
『【箱舟】の《鍵》なら、【本船】について私より詳しい可能性が高いでしょう。もしかしたら、代償を軽減できるかもしれません。あくまで憶測ですが……余剰分の支払いとしては十分かと』
「……ありがとう、黒服」
『クックックッ……本当に変わった大人ですね。先生は』
シャーレの先生のお礼に黒服は愉快そうに言葉を返すと、そこで通話が終了する。通話終了の音がスマホから流れ、シャーレの先生は通話終了ボタンをタップしてスマホを懐にしまう。そのまま、対話を続ける恭介達へと歩んでいく。
そして、恭介達に【ウトナピシュティムの本船】の事を伝えた途端、ケイが真っ先に反応した。
『反対です!アレを起動させるくらいなら、私と王女アリスが全力で【箱舟】を造った方が何億倍もマシです!!』
「……やっぱり、知っているんだね?」
【本船】の起動に対して全力で反対するケイの反応から、黒服の憶測が正しかったのだと察したシャーレの先生は詳しく話を聞く為に問い掛ける。
『知ってますよ!ええ、知ってます!アレは一度も使われなかった『決戦兵器』です!起動した瞬間、王女アリスの死亡イベントが強制発生する危険物です!!』
ケイが明かした【本船】の事実に、シャーレの先生も含めて全員が驚く。『決戦兵器』にではなく、アリスが死ぬという事実に。その事実に対し、リオが確認するように言葉を発していく。
『その【本船】を起動したら、先生だけでなく《名も無き神々の王女》……アリスにも被害が出ると?』
『先生への被害は未知数ですが……いえ、王女アリスを遺跡から連れ出したのは先生でしたから、
少なくとも【本船】は動かした瞬間にアリスに攻撃を仕掛けると知り、リオと恭介はどうしたものかと頭を悩ませる。唯でさえ起動したらシャーレの先生が危険に晒されるのに、そこに加えてアリスまで危険に晒されるのだから。
『……先生とアリスの安全を優先して、【箱舟】の建造に懸けるしかないでしょう。お二人の身を危険に晒すわけにはいきません』
『……そうね。エネルギーの反応具合から見て、凡そ二日後に《虚妄のサンクトゥム》が再び出現するわ。合理的に考えれば【本船】を確保して起動すべきだけど……先生たちを犠牲にする事はできないわ』
ヒマリの反対意見に、リオも非合理な選択だと理解しつつも【本船】の起動は出来ないと同意する。シャーレの先生は自分が全ての代償を負ってでも【本船】を起動すべきと思うのだが、ヒマリとリオ以外も【本船】の起動に対して反対の雰囲気で一致している為に口を挟めない。
「ちなみにですが、その【本船】を貴女が改造するのは?」
『それも無理です。仮に私がハッキングすれば、その瞬間に私は永遠のゲームオーバーになります。向こうの【箱舟】の稼働と維持は別の何かで代用しているでしょうから、【本船】も向こうへは牙を向けないでしょうしね』
恭介の質問にもケイは【本船】の攻撃性から不可能だと返す。同時に向こうの【箱舟】には一切の痛手がないことも。何故なら【箱舟】の要となるコードは《AL-S1》にしかないからだ。要となるコードが健在なら、実行した方が早く確実なのだから。
「改造……」
シャーレの先生はその言葉を反芻するように呟く。同時にサンクトゥムタワー跡地での戦い……【シッテムの箱】越しで確認した、一つの現象。
その二つのピースがカチリと填まり、シャーレの先生は天恵を得たように恭介へと顔を向ける。
「恭介さん!確かあの時、《守護者》に攻撃が通るように一時的に改編したよね!?」
「え?え、ええ。厳密には再定義による、一時的な書き換えですが……」
シャーレの先生の問い掛けに対し、恭介は困惑しながらも頷く。どうしていきなりそんな事を聞くのかと、頭に疑問符を浮かべる恭介達にシャーレの先生は今しがた思い付いた奇策を伝えていく。
「なら、アリスの存在の“定義”を一時的に変えられないかな!?【本船】と同じ“定義”に!」
その言葉に恭介は目を大きく見開き、それが可能かどうかを直ぐに思案していく。少しの沈黙の後、結論に達したように徐に口を開く。
「……アリスさんが受け入れれば、可能だとは思います。それで【本船】の眼が誤魔化せれば、の話ですが」
『……それが本当に可能であれば、一応は誤魔化せると思います。【本船】は本来の【箱舟】と違い、柔軟な対応は出来ませんから。決められた通りにしか動かない……私達以上に融通が効かないので。上手くいけば、先生が請け負う代償も幾ばくか軽減するでしょう』
恭介は懸念事項を口にしながら頷くと、ケイが自身の持つ情報と照らし合わせて一応の保証を出す。思わぬ副産物まで提示して。もしアリスの存在としての定義――【本船】と同じ存在と“再定義”されたなら、
アリスが再定義を受け入れるかどうかに関しても、議論するまでもない。“世界を救う勇者”を目指すアリスなら、世界を守る【本船】と同等の存在だとすんなりと受け入れるだろうから。
こうして、思わぬ形で【ウトナピシュティムの本船】の確保へと動く事となった。
――アビドス砂漠。カイザーPMC基地内にて。
「うへ~。まさかアビドスにこんな物が眠っていたなんてね。おじさん、本当にびっくりだよ~」
左手に包帯が巻かれているホシノは気怠げな口調ではあるが、その表情は何処か冷めたようにも見える。そんなホシノの視線の先には、大きな“船”が鎮座している。
「古代遺産……宇宙戦艦……実に、ロマンだ……」
「見た目だけだと本当に翔べるのか怪しいんだけど……ケイの話だと、飛行の方法からして違うんでしょ?」
ウタハが感涙する横で、チヒロは砲身とスラスターは勿論、スクリューすらない“船”を見上げながらケイに確認する。近くにいたケイは何処か冷めたような雰囲気を発していたが。
『ええ。この『決戦兵器』は貴女達に解りやすく説明すれば、超技術で作られた量子コンピューターです。《多次元解釈》……現実と非現実の領域を意図的に作り出し、様々な形で運用できる。満足に扱えれば【箱舟】に対抗できる唯一の兵器です。後、ケイではなく
「意図的に作り出す……ね。ひょっとして、“攻撃”にも転用できる?」
『可か不可で言えば、可能です。
ホシノ同様に火傷で左手に包帯を巻いているアツコの質問にも、ケイは律儀に返す。【本船】は対【箱舟】に特化した兵器ではあるが、それ以外には使えないわけではない。でなければ、カイザーが学園都市全体を敵に回す暴挙に動きはしない。何だかんだで、リスクマネジメントの管理は徹底しているのだから。
ちなみに基地内にいたカイザーの兵士は
だから、超法的機関であるシャーレの先生がカイザーコーポレーションにアポを取り、【本船】の使用許可を求めた。そのアポに対し、電話にすら出ない完全無視を貫かれたので、心おきなく“回収”に動けたのだが。仮に文句を言っても、例の襲撃と誘拐の件を引き合いに出して黙らせる予定だ。見逃す形になるのは複雑ではあるが、【本船】の
『時間も限られている以上、すぐに【本船】のアルゴリズムとシステムの解析を始めるわ』
AMAS越しで作業を始めるリオに、《エンジニア部》と《ヴェリタス》、《ゲーム開発部》に《電気工学部》を含めた一同は後に続くように【本船】の解析作業へと乗り出すのであった。