夢の力で青春を手助け 作:ライダー志望
――アリウス自治区の夜中にて。
「本日の業務も此にて終了。お疲れ様でした……と」
校長としての仕事を終えた恭介は誰に言うわけでもなく独りそう呟くと、片付けを終えてから《アリウスルーム》の外へ出る。校舎の屋上で夜風に当たりながら外の景色を眺めて楽しんでいると、コートの裏ポケットに入れていた【コードフォン】から着信音が鳴る。
この夜中に一体誰からの電話なのかと、恭介は不思議に思いながら【コードフォン】を取り出す。【コードフォン】から投影されたディスプレイには、シャーレの先生の名前が表示されている。この時間に電話するとは珍しいなと恭介は思いつつ、通話をONにして電話に応じる。
『もしもし。恭介さん?夜分に遅くすみません。時間は今、大丈夫ですか?』
「仕事を終えて、夜風に当たっていましたので大丈夫ですよ。それにしても珍しいですね。こんな時間から私に電話を掛けるなんて。何か問題でもありましたか?」
『……そうだね。もしかしたら、最悪の事態が進んでいるかもしれないんだ』
シャーレの先生の不穏な台詞に、恭介は先程までの気楽な表情を引っ込めて目を細めていく。そこから語られた話は、アビドスで今起きていることであった。
カイザーコーポレーションがアビドスの債権を売りに出し、それが直ぐに《セイント・ネフティス》と《
これだけなら特に不審な要素は見当たらないが、シャーレの先生が次に明かした情報で不穏な空気が流れ始める。
『その契約書を交わした日付が……ホシノの話だと、契約を交わした本人であるユメと喧嘩した日だったそうなんだ。彼女はその契約を交わしてすぐ、砂漠で遭難して……ホシノは気丈に振る舞ってはいたけど、少し無理をしている感じだったよ』
「……でしょうね。一区切りついたとはいえ、完全に振り切るなんてきっと誰にもできませんから」
唯の契約書ではなく、大切だった人と喧嘩したまま永遠の別れとなった日に交わされた契約者だったのだ。【箱舟】で奇跡の再会を果たしたとはいえ、辛い記憶を刺激させられて平静ではいられないだろう。対策委員会の皆もそんなホシノを気遣ってか、学校でのお泊まり会と称して傍にいる状況だ。
『その契約書もハイランダーで“偶然”見つかったと、私募ファンドの代表の人は言っていたけど……』
「債権の買い占めも含めて、あまりに一連の流れが出来すぎている……ですね?あの時の……セイアさんの誤爆事件と《エデン条約》の時と同じように」
『うん。その疑惑もあって一度シャーレのオフィスに戻って調べていたんだけど……そこで気になる情報を見つけたんだ』
シャーレの先生はそう前置きして、恭介へと連絡するに至った情報を口にする。
『今から十数年ほど前に、アビドスとゲヘナが共同で列車砲を開発していたみたいなんだ。最終的には未完成で終わったみたいだけど……その列車砲が、今回の契約に深く関わっている可能性が高いんだ』
「……十数年前?」
シャーレの先生が明かした列車砲の建造時期に、恭介の眉間にシワが寄っていく。兵器開発に着手した理由は不明ではあるが、その時期が問題だった。
十数年前のゲヘナといえば……独裁政治を敷いていた《雷帝》が存在していた時期だからだ。もしその列車砲に《雷帝》が関わっていたとしたら、危険性は大きく跳ね上がってしまう。
『……恭介さん?』
「すいません。その列車砲について、少し考え事をしていました。もし、私の予想が正しければ……その列車砲とやらは
アリウスが調べた限りではあるが、《雷帝》の思想は危険極まりないもの。そこに加えて、異常な程に高い技術力とカイザーに負けず劣らずの手腕で独裁政権を敷いていた。最終的には失脚した後に“卒業”したが、当時を知る者達がその“名残”を必死に消し回っている時点で、その脅威は未だに残っていると見るべきだろう。
『それは……本当なのかい?』
「あくまで推測の域ですが、可能性は高いかと。ゲヘナ側の事情を勝手に明かせませんので、詳しくは話せませんが……当時の危険人物が関わっていたら、間違いなくアビドスとネフティス側ではマトモに使えないようにしているでしょう」
シャーレの先生の話を聞いた限りではあるが、その列車砲とやらはかなりの大きさ……巨大兵器であると言う。そんな大規模な兵器の主導権を他自治区と縁のない企業に放り投げるなど、《雷帝》でなくともそんな真似は出来ない。にも関わらず放置されていたのなら、放置しても一切問題ない
それが絶対に完成しない、動かす事すらできない程度で済むなら問題ないが……暴走、爆発の類であれば事態は悪化の一途を辿りかねない。
『……やっぱり、今の状況は明らかに不自然だね。あまりに都合良く……物事が悪い方向へと異様なまでに進もうとしている』
恭介が断片的に明かした情報により疑惑が確信に変わりつつあるのか、シャーレの先生は気が張ったような声で核心を突くかのように言葉を発する。その言葉を聞き、同じく確信に至りつつあった恭介も本題へと切り込んでいく。
「……今回の件、【混沌の領域】からの干渉を疑ってますね?」
『うん。アロナとプラナからは《ゲマトリア》に動きはないって返されたけど……』
「以前、先生だけに共有した、元《ゲマトリア》の人物が関与している可能性がある……そうですね?」
『うん』
恭介の確認にシャーレの先生は肯定の言葉で返す。目的は不明のままであるが、悪意ある干渉が働いているのは間違いないと見ていいだろう。実際、プラナも誰かに見られているかのような違和感を感じているのだから。
ゴルコンダの話ではその人物は隔離して幽閉されているが、《ゲマトリア》が壊滅している今ではどうなっているか分からない。こうなるなら、無理やりにでもその人物の事を割らせるべきだったと恭介は頭痛を覚える。
「……事情は分かりました。こちらでも出来うる準備は進めておきます。くれぐれも気を付けて下さい」
『ありがとう、恭介さん。恭介さんの方も気を付けて』
互いに警戒するように告げ、恭介は電話を切る。電話に出る前の気楽な態度は完全に消え、真剣な眼差しで夜空を見上げる。
「かつてバニタスが口にした、アビドスの悲劇……それが今、起きようとしているのか……?」
その事実を確認するべく、恭介は屋上を後にする。必要な物を回収する為に。一番伝えるべき人物との連絡を此方側から取る為に。
そうして迎えた翌朝――
「――シャーレのビルが爆発した!?」
【コードフォン】に表示された緊急速報に、恭介は驚愕の声を上げる。内容を見る限りシャーレの先生に怪我は無さそうではあるが、爆発の影響からか眠ったままだそうだ。数日の内には目を覚ますだろうが、肝心な所はそこではない。
「……もう、疑いようがないな」
シャーレビルの爆発が単なる事故ではなく、【混沌の領域】からの悪意ある干渉によるものだと確信した恭介は、《明晰夢》の力で持ち込んだ【デンバード】を操作し、目的の人物へと急いで電話を掛ける。
受話器を耳に当ててコール音にも耳を研ぎ澄ませながら待っていると、ガチャリと電話が繋がる音が耳に届く。
『……誰?』
「速水恭介です、もう一人のシロコさん。伝えるべき事が出来たため、【デンバード】で連絡を入れさせてもらいました。本当は聞きたい事があったのですが、それは後にして今すぐ共有すべき情報を伝えます。――シャーレのビルが爆発しました。それも、シャーレの先生がいたオフィスで」
恭介が早口で捲し立てたその言葉に、電話相手であるシロコ*テラーが息を呑んだかのように無言になる。しかし、それも一瞬。直ぐに切羽詰まったかのような声が受話器から発せられた。
『せ、先生は無事なの!?まさか、この世界でもまた……!』
「シャーレの先生は無事です。意識は失っているみたいですが、ニュースの記事では軽傷で済んでいるとのことです」
『……そう。良かった、本当に……』
シャーレの先生が無事であると聞き、シロコ*テラーは安堵したように声を洩らす。そんなシロコ*テラーに対して申し訳なさを覚えながらも、恭介は本題へと切り出していく。
「シロコさん。貴女に辛い事をお聞きしますが……もう一人のシャーレの先生が植物人間になる前後で、砂漠横断鉄道絡みでトラブルがあったのではないですか?」
『……それを聞くってことは、そのトラブルが今起きているの?』
「それだけで十分です。おそらく、この世界でも同じことが起こされようとしています。悪意ある者の介入によって」
『……!!』
こうして、恭介とシロコ*テラーは動き出す。悪意ある者の干渉に立ち向かう為……この世界のアビドスの悲劇を打ち壊す為に。
――【混沌の領域】にて。
「ヒヒッ、イヒヒヒヒッ……!イベントは順調に進んでいますね。小生の攻略法は完璧ですので、当然ではありますが」
地下生活者は自画自賛するように呟きながら、外の光景を見ている。外では《セイント・ネフティス》所属の執事がその令嬢たる十六夜ノノミと会い、ハイランダーの鑑査官の肩書きを持つ朝霧スオウと共に十六夜ノノミを拉致している所だ。
このイベントにより、《暁のホルス》――小鳥遊ホシノは更に精神的に追い詰められる。人質という強硬手段に出た相手を前に、実力行使の強行策に出るしかないと独断で下す。そうしなければ過去の傷……梔子ユメの時と同じになってしまうから。
【混沌の領域】は不確定な空間。現実と非現実が入り雑じり、あらゆる可能性を内包した場所。その性質から過去を観測する事が出来るからこそ、本来は知り得ない過去を知ることが出来る。
「先生……貴方が未来を変えるのであれば、小生は過去を使います。過去は確定している故に変えられない……先生の力が及ばないからこそ、攻略法になり得るのです」
だからこそ、地下生活者は小鳥遊ホシノの過去……辛く苦しい過去を観測する事が出来た。アビドスの“苦しみの過去”の中で最も利用価値が高く、自身の求める“答え”をこの上なく証明できる存在を。
そこから後悔の象徴たる梔子ユメに関わる過去も観測して砂漠横断鉄道の契約を知り、【列車砲シェマタ】へと辿り着いた。梔子ユメが残したものに付随した兵器……それが、小鳥遊ホシノをより苦しめられる。精神的に追い詰め、疲弊し、思考を後悔の渦へと誘える。
「残りのイベントも既に用意しています……小鳥遊ホシノ。貴女がどの選択肢を選ぼうと、苦しみからは逃れられない」
セイント・ネフティス。私募ファンド。カイザーコーポレーション。そして――朝霧スオウ。
地下生活者が目を付け、思考に干渉している駒達が思惑通りに動き、小鳥遊ホシノを追い詰めている。彼女自身にも軽度とはいえ干渉して思考を誘導している以上、この盤面を覆すことは誰にも出来ない。
唯一盤面を崩しかねないシャーレの先生は、第二の攻略法によって病院のベッドの上。排除には失敗したが、一時的に遠ざける事に成功している以上、地下生活者の勝利は揺るぎないものになっている。少なくとも、地下生活者の認識ではそうなっている。
地下生活者は優越感に浸りながら、次のイベントへと意識を向ける。次のイベント――小鳥遊ホシノと《対策委員会》の決裂。他に頼れる相手もおらず、アビドスの債権者達による総会が翌日の正午に開かれる以上、実力行使で対応するしかない。時間もなく、精神的にも追い詰められている小鳥遊ホシノには、それ以外の選択肢は存在しない。
そうして心が悲鳴を上げながら進んでいき……苦しみの果てに絶望する。それによって何がもたらされるのか……“死”が“苦しみ”で代用できると証明された時が、地下生活者の勝利となる。
地下生活者は自身の勝利を思い描きながら意識を再び外へと向けると……対策委員会の部室に銀色全身タイツ姿の人物が入ってくる光景が写し出された。
「……?何なのです?この変な格好をした人物は?小生の知らない存在ですが、イベントに支障は――」
地下生活者は訝しみながらも、別に問題はないと気にせずイベントを進めようとする。だが、その人物のマスクの複眼部分が青く発光させて、正面を向いたままである事に違和感を覚える。
「……んんッ?妙ですね。まるで、小生の方を見ているかのような……」
地下生活者が疑問を口にした直後、その銀色全身タイツの人物は右手に持っていた剣のような武器の窪みに球体を嵌め込む。そのまま剣のような武器に嵌め込んだまま球体を回転させると、此方へと駆けるように迫ってくる。
「は――」
その光景に地下生活者が声を上げるより早く、銀色全身タイツの人物が振り上げた武器が振り下ろされる。直後、テレビの電源が落ちたように外の光景が消え去った。
「……なッ!?何が起きた!?」
突然外の光景が見えなくなった事に地下生活者は驚愕しながらも、外への再接続を試みる。だが……
「クソがッ!接続が上手くいかねぇ!これでは、干渉も何もあったものではないじゃないですかッ!!」
外の光景を覗き見ることが出来なくなっている事に、地下生活者は苛立ちを発散するように地団駄を踏む。まるで、繋ぐための点と線が消されてしまったかのように。
思考誘導そのものは持続……否、最後に見た光景の人物達への干渉が断たれてしまっている。イベントそのものは進行できるが……進行具合を確認できなくなったことで、不足の事態に対する修正が出来ない状況へと陥ってしまっている。その事実が、地下生活者を苛立たせる。
「そもそもあの奇抜な人物は何なのだ!?急に現れたと思ったら、小生のキャンペーンの邪魔をしやがって!!匿名の行人めッ!あんな存在がいるなら先に言えよッ!!」
地下生活者は排除したフランシスに対して文句を言うが、それで状況が変わるわけではない。少なくとも、このままではイベントを自身の望む方向へと進めることが出来ない。
「とにかく、今は接続し直さないと……!このままでは、小生のキャンペーンが台無しになってしまいますからね。いざと言う時は、五つ目の攻略法で……!」
地下生活者は苛立ちを覚えながらも、接続を直そうと躍起になる。その時が、最大のカウンターに繋がってしまう事に微塵も気付かないまま。
原作との相違点。
・ホシノ、逃亡せずに事情説明。これにより契約書の重みが共有され、団結力が高まると同時にノノミのメンタルにクリティカルヒットする。
・シャーレの爆発ではプラナではなく、アロナが全力バリアを張ってダウン。理由はプラナなら潜伏先に辿り着けられるとアロナが判断していたから。