夢の力で青春を手助け 作:ライダー志望
――【混沌の領域】にて。
「ハァ……ハァ……やっと接続が直りました。余計な手間が増えましたが仕方ありません。ゲームは放置していても勝手に進行しますし、この程度なら直ぐに修正できますからね」
例の奇抜な格好した人物による回線切断を直し、地下生活者は強がりを口にしながら現在の状況を観測する。切断前に行った強制介入――各勢力の動向を確認する為に。
「ヒヒッ……カイザーも小生の狙い通りに介入してきましたね。朝霧スオウも、徐々に思考が小生の求める方向へと向かっています」
カイザーが地下生活者の誘導で私募ファンドを合法で買収し、私募ファンドの代表という形でアビドスの債権を事実上の回収に成功している。その要因の一つとなったアビドスに対して複雑な感情を抱いている朝霧スオウの暗躍によって、本来であればシンプルに解決できた事態は、地下生活者の手によって悪化し混迷へと向かっている。
一見すれば想定外に対応する最善手を打っていたつもりでも、実際はこの上ない悪手。そもそも復興が困難なアビドスの債権を売り出したとほぼ同時に買い占めるなど、地下生活者の干渉に関係なく疑惑が浮上する。そこに加えて私募ファンドが雇った傭兵達による、異常なまでの警戒網。カイザー程の大企業が本腰で調べれば、列車砲の存在へと辿り着くのは何ら不思議ではことではない。導火線の存在まであれば、特に。
「朝霧スオウ……実に小生にとって都合の良い駒です。彼女の存在は、小生がイベントを修正するのにこの上ない存在ですからね」
地下生活者が朝霧スオウに目を付けたのは、本当に偶然だ。【列車砲シェマタ】を利用した策で《セイント・ネフティス》、《私募ファンド》、《ハイランダー鉄道学園》、《カイザーコーポレーション》を都合よく利用する中で、朝霧スオウの過去を観測してこれは利用できるとほくそ笑んだのだ。
故に地下生活者は《ハイランダー鉄道学園》そのものを利用する事を途中で止め、朝霧スオウのみを使うことにした。とても情緒が不安定で容易く誘導でき、小鳥遊ホシノを精神的に追い詰めるのに一番都合よく動かせるから。
ネフティスの令嬢である十六夜ノノミも、この状況を前に精神が不安定となっている。小鳥遊ホシノの総会への出席は地下生活者が描く構図でも決まっている為、彼女の前で退学宣言へと思考を誘導するのも容易だ。
地下生活者はこの先のイベントを想像しながら、小鳥遊ホシノの様子も窺おうと視点を切り替える。だが、本来写っている筈の小鳥遊ホシノの姿はなく、誰もいない総会会場の室内を写し出すだけとなっている。
「……どうして観測できない?まだ接続が完全ではないからですかね……?仕方ありません。あちらの様子を先に確認するとしましょう」
地下生活者は接続の不具合と結論付けてから、自身の介入で小鳥遊ホシノと溝が出来たであろう対策委員会の様子を窺おうとする。
三つ目の攻略法――心は予測も制御もできない。不安、葛藤、焦燥、後悔……どれだけ理屈を並べようと、感情を理解することはできない。過去の傷を前にして、踏み留まれる存在など居はしないのだから。地下生活者のキャンペーンを妨害した、あのふざけた存在でさえも。
地下生活者は自身の勝利を疑うことなく視点を切り替えると、今度は不具合もなく対策委員会が総会の開かれる会場へと向かっている光景が写し出された。地下生活者が思い描いていた構図とは違う形で。
「……は?誰なのです、この者達は?それに、先生まで……」
地下生活者が観測した光景には小鳥遊ホシノと十六夜ノノミを除く対策委員会の姿はあるが、向かっているのはその三人だけではない。白いセーラー服を着た二人の学生に覆面で顔を隠した黒いドレス姿の生徒、挙げ句の果てにはベッドの上で寝ていた筈のシャーレの先生までいる。
最初こそ訝しんでいた地下生活者であったが、覆面で顔を隠した生徒から滲み出ている“崇高”……“神性”を前にして驚愕に顔が染まっていく。
「……バカなッ!?この反応はアヌビスッ!?どうして死の神が其処にいるんだよ!?匿名の行人めッ!!あのタイツ人物といい、何で肝心な情報を言わなかったんだ!?」
地下生活者はフランシスに再び恨みの念を飛ばすが、それが自業自得であることに気付くことはない。フランシスは最初から教えようとしていたし、知覚されている事実も告げようとしていたのだ。それを遮り、逆上して排除したのは地下生活者自身だ。
「一体何故、このような事に……!?」
地下生活者はどうしてアヌビスがこの場にいる理由を確かめる為に、過去へと意識を向ける。過去は確定している故に干渉できず、観測することしか出来ない。だが、確定しているからこそ
そんな憂いもなく、地下生活者はアヌビスが対策委員会と合流した時間帯を観測し……その内容に再び驚愕することとなった。
「ハァッ!?【混沌の領域】について知っているだけでなく、小生の存在と関与にも気付いているだと!?ふざけるなよ……本当にふざけるなよッ!!クソがァッッッ!!!!!」
自身のアドバンテージが完全に崩壊していたという事実に、地下生活者は今までにない程に怒りを露にして激昂する。会話内容にも注目した限りでは【混沌の領域】には乗り込めないそうだが、それを差し引いても最悪な事に変わりはない。
実際、地下生活者の干渉で揺らいでいた小鳥遊ホシノの精神が持ち直されてしまったのだ。わざわざ揺さぶりを掛けたのは、精神が不安定でないと強制介入の効果が薄く、その大部分が弾かれてしまうからだ。なのに、その切っ掛けとなった債権の元の借金まで全額返済可能という事実と、列車砲の共同開発元の一つであったゲヘナの介入。この二つのせいで、小鳥遊ホシノの中にあった不安と焦燥が消えてしまった。そのせいで、せっかく強まっていた強制介入による思考誘導の効果が逆戻りしてしまった。
「し、しかし!小生の存在に気付いていようと、過去は変えられない!確定しているからこそ、後悔と疑問が傷となって……!」
地下生活者は自身がまだ優位な立場のままだと信じ、新たに小鳥遊ホシノを追い詰める材料を探していく。今のままでは地下生活者の想定通りに進まず、敗北する可能性があるからだ。地下生活者は必死に思考を走らせていき、思い付く。
「そうだ!手帳……梔子ユメが残した手帳!アレを利用すれば……!」
地下生活者は見つからない方が都合が良いと放置した、梔子ユメの手帳を利用する事を思い付く。アレを列車砲同様に【混沌の領域】を使って見つけ出した後、多少強引にでも朝霧スオウに回収させて、小鳥遊ホシノの目の前で喪わせる。完全に消せずとも、読めなくなればそれで十分。希望が絶望へと反転すれば、小鳥遊ホシノの心は一瞬で追い詰められる。
――残っていればの話だが。
「……ない?ないだとッ!?いや、ないならないで利用価値が……!」
現在の観測に引っ掛からないことから、手帳が既に消失している事実に地下生活者は梯子を外された思いになる。それでも、何処にあり、どう消失したかに意識を割いていく。そこで、地下生活者は自身の失策に気付くこととなる。
「なぁ……ッ!?小鳥遊ホシノ自ら、あの手帳を燃やしただと!?本当に何がどうなっているんだッ!!」
それも手帳の内容に目を通した上でだから、余計に質が悪い。梔子ユメの死の事実に辿り着く事はないとはいえ、これはあまりにも地下生活者にとっては都合が悪すぎる。利用できる筈の過去が、地下生活者の想定を大きく下回っていたのだ。これで小鳥遊ホシノを追い詰めるには、あまりにも不十分。地下生活者が求めるエンディングには、到底辿り着けない。
実際は地下生活者の想像よりも遥かに下回っているが。地下生活者では観測できない部分……バニタスがシロコ*テラーとプレナパテスの為に用意した空間で再会を果たし、後悔と疑問がとっくに払拭されてしまっているのだから。
「こうなっては仕方ありません……強引にでも、小鳥遊ホシノには絶望してもらいます。シェマタを朝霧スオウに使わせ、アビドスに甚大な被害を与えます。復興への道を絶望的にさせ、その苦しみを使って……」
地下生活者は諦め悪く……何が何でも自身が勝つ結果に持ち込もうと躍起になる。過程が重要と口にしておきながら、完全に過程に目もくれずに計画を修正しようとしていく。その行動が悪手である事に気づかぬまま。
総会が開かれる予定の会議室にて。
「――アビドスの連中がシャーレと共にこちらに向かっているだと?」
「どうしますか?プレジデント。報告には小鳥遊ホシノの姿はないそうですが」
ジェネラルからの報告に、私募ファンドを買収して代表としてこの場にいるプレジデントは捨て置いても問題ないと喋りかけて、これまでの事を思い出して口を閉じる。
アビドス高校の廃校の失敗、漸く見つけた【本船】の爆破、防衛室とのパイプの消失……今までカイザーが負った痛手のどれもが、シャーレの介入によって引き起こされたものだ。契約は《アビドス生徒会》にしか権限がないとはいえ、無策で向かっているとは考え難い。何かしらの策があるとプレジデントは疑っていると、不意に気になった事を口にした。
「……そう言えば、アビドスの生徒会長の椅子は前任者が“失踪”したままで空席だったな。ジェネラル、今すぐ《アビドス生徒会》の情報を確認しろ」
プレジデントの指示にジェネラルは一瞬だけ困惑するも、直ぐに頷いて手元のタブレットと部下達を使って《アビドス生徒会》の情報を確認していく。そこで、ジェネラルにとっては予想外の情報が見つかった。
「……!?《アビドス生徒会》の生徒会長の承認手続きが、進行している!?」
「ククッ、やはりそうか……シャーレの先生め。またしても我々カイザーを出し抜こうとしていたな」
ジェネラルが声を上げて出した情報に、私募ファンド達とネフティスの幹部、スオウとノノミでさえも驚きの表情を浮かべる中でプレジデントだけは不敵そうに笑い声を上げる。
本来は手続きに数日は掛かる生徒会長の承認。だが、シャーレの先生がいればその手続きは数時間にまで短縮できる。少なくとも、総会前には新たな生徒会長が就任するだろう。
そうなれば、唯一の役員であったホシノが出席しても無意味。副会長と会長とでは、どちらが優先されるかは火を見るより明らかだ。ホシノが居らずとも、契約に対して口出しができる。
実にシャーレの先生らしい一手ではあるが、運が悪かった。こうして手続きが進んでいると分かった今、プレジデントはジェネラルに向かって指示を出す。
「連中を全力で足止めしろ。総会が始まる正午まで持ちこたえれば、こちらの勝ちだ」
「ハッ」
プレジデントの指示にジェネラルは頷くと、直ぐに現場の部下達に指示を飛ばしてシャーレの先生達の進行を妨害する。
残り時間は30分弱……契約が失効するまでもう少しというタイミングで、会議室の扉が開かれる。その扉の前にいた人物に、プレジデントを含めた全員が驚愕する。
「なっ……!?小鳥遊ホシノ!?どうして貴様がこの場にいる!?外の連中はどうした!?」
「それは別にいいんじゃないかなぁ?おじさんとしては、カイザーが此処にいる方がおかしいんだけど?」
プレジデントの問い掛けに、髪をポニーテールで纏めたホシノは分かっていながら敢えて問い掛ける。そんなホシノの問い掛けに、プレジデントは我に返ったように落ち着きを取り戻して答えを返す。
「私が今の私募ファンドの代表だからだ。私募ファンドの代表だから、私達もこの総会に出席するのは可笑しな事ではないだろう?」
「ふーん……そっか」
カイザーが介入できた理由が十八番と呼べる企業の乗っ取りだと分かり、カイザーは相変わらずカイザーだとホシノは納得する。その隣にいたヒナも同意したような雰囲気を発している。
「私としては、そこの他校の生徒がいる方がおかしいのだがね?この総会は、アビドスの今後について語る場だ。部外者は……」
「風紀委員長ちゃんは部外者じゃないよ。砂漠横断鉄道に付随した兵器……シェマタについて、この上ない重要な参考人だからね」
プレジデントの言葉を遮るように、ホシノはヒナは部外者でないと告げる。時計の時刻を確認しながら、ホシノは決定的な言葉を口にする。
「そもそもさ。今日おじさんが来たのは例の契約との話し合いの為に来たんだよ。私募ファンドもカイザーも、この件では部外者でしょ。総会すら、開けないんだしさ」
「「「「……は?」」」」
「……え?」
ホシノのその言葉にプレジデントだけでなく、先に会場にいた全員が間の抜けた声を洩らす。そんな一同に構わず、ホシノは言葉を続けていく。
「それは例のシェマタについても同じことが言えるんだよね。絶対に使えない……動かしたら最後、制御不能の爆弾に早代わりしかねない兵器に固執しているんだからさ」
「なっ……何を言っているんですか!?そのような嘘で……!」
シェマタに利用価値どころか最悪の不良債権だと告げたホシノに、驚きながらもネフティスの幹部が反論する。それも、ヒナによって容赦なく打ち砕かれる。
「小鳥遊ホシノが言っていることは本当よ。その列車砲……シェマタはゲヘナのある人物が関わっているのだから。貴方だって、シェマタがネフティスとアビドスだけで作られた物でない事は知っているでしょう?」
「そ、それは……」
ヒナの質問に、ネフティスの幹部は反論できずに口ごもる。そもそも兵器の開発は鉄道事業の後で生まれたもの……第三者の介入によって変えられたのだから。
「その人物の性格から考えても、要塞級の兵器を放置することは勿論、何の細工もなしで所有権を相手に認めることは絶対にあり得ない。間違いなく彼女でしか取り除けない……異常を引き起こす細工が幾つも施されていると見ていい。むしろ未完成で動かなかったのが幸運ね。もし動かして細工が起動していたら……アビドスもネフティスも、完全に息の根が止まっていたでしょうから」
「で、ですが、シェマタにゲヘナが関与している証拠は……」
「シャーレの先生の調査を疑うのかしら?」
「う、うぅ……」
シェマタがかつての栄光を取り戻すどころか、破滅しか招かない意図した欠陥兵器だと断言されたことで、ネフティスの幹部はショックからその場に膝から崩れ落ちる。私募ファンドの面々でさえ、宛が外れたように項垂れている。
そんな通夜のような空気が浸透していく中で、カイザーとスオウだけは剣呑な雰囲気を放ち続けるのだった。
地下生活者のミス一覧
・自身を解放したフランシスの排除。結果、超重要な情報を見逃す切っ掛けを作ってしまう。
・ホシノの過去の精査を怠る。シャーレの先生の介入前の過去、ユメの死で満足してそこで中断してしまう。結果、白服の存在に気付く機会を手放してしまう。
・部室に飾られた《名誉会長》の写真の解釈を間違える。結果、過去に囚われている象徴だと勘違いしてしまう。
・観測をアビドス自治区とD.U.地区、シャーレの先生のみで満足した。結果、アリウスとゲヘナの介入を許してしまう。
・シャーレの先生を物理的に排除しようとして、失敗する。結果、疑惑を確信へと変えてしまう。
・盤面が崩壊寸前にも関わらず、強引に修正しようと躍起になる。結果、逆探知の危険性を自ら招く。