不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごしていたら、知らないうちにレベルが限界を振り切っていた 作:無性主人公広めたい
夜が明けても、村の空気は、ざらついていた。
納屋の隙間から差しこむ朝の光の中で、オレは、藁から身を起こす。懐で、マロが、もぞりと動いた。
ゆうべ、犬たちがあんなに吠えていたのに、こいつときたら、我関せずで丸くなって眠っていた。……いや、途中で一度、ぴくりと身じろぎはしていたか。
「……騒がしかったな、ゆうべ」
「きゅう」
返事だか寝ぼけているんだか、分からない鳴きが、袖の奥から返ってくる。
外へ出ると、村の広場のあたりに、人が集まっていた。いつもの朝なら、それぞれ畑や納屋へ散っていく時分だ。
何かある。オレは、遠回しに、けれど目立たないように、そちらへ近づいた。
人垣の隙間から見えたのは、柵の壊れた家畜小屋だった。地面に、羽根が、点々と散っている。土には、黒く乾いた染み。鶏が、何羽か、やられたらしい。
それだけじゃない。小屋の番をしていたはずの犬が一匹、隅で、冷たくなっていた。ゆうべ、あんなに吠えていた声の、一つだ。
「魔物だ。まちがいねえ」
村の男の一人が、低い声で言った。まわりの顔が、いっせいに強張る。
「こんな里の近くまで、降りてきやがった」
「何年ぶりだ、こんなこと」
魔物、という言葉に、オレの背筋も、勝手に固くなる。城を追い出されたあの夜、森で見た、犬くらいの黒い影。息を殺して、遠回りして、やり過ごした、あれ。
あれと同じものが、この村の、すぐそこまで来ている。
オレは、人垣の一番外で、口をつぐんでいた。
……関わるな。頭の中で、いつもの声がする。オレは、この村では、まだ余所者だ。飯を食わせてもらっている、それだけの、素性の知れない居候。
しかも、戦う力なんて、これっぽっちもない。全ステータス、初期値。魔物の前に出たところで、できるのは、真っ先に食われることくらいだ。
なにより。オレは、老いはしないが、殺されはする。牙を立てられれば、あっさり死ぬ。この身体は、そういう作りだ。
だったら、答えは一つ。首を突っこまないこと。隅で、黙って、嵐が過ぎるのを待つこと。それが、オレの、生き延び方だ。
そう、決めていた。決めていた、はずだった……。
袖の中で、マロが、そわそわと落ち着かなく動いている。パンの端切れを分けてやろうかと思ったが、そういう感じでもない。
顔を出しては、村のはずれ――柵の向こうの、暗い林のほうを、じっと見て、また引っこむ。それを、何度も、繰り返す。
「……お前、どうした」
「きゅ、きゅう」
いつもの、話が噛み合うような、あの調子とも、違う。もっと、張り詰めた、短い鳴き。気のせいだと、流してしまうには、少し、しつこすぎた。
その日は、村じゅうが、落ち着かなかった。
男たちが壊れた柵を直し、女たちは子供を家から出さない。オレも、いつもの雑用にまじって、柵の木材を運んだ。誰も、オレに礼は言わないし、話しかけもしない。それは、いつものことだ。
ただ、運びながら、耳に入ってくる話は、あった。
「見回りっつっても、夜通し、村はずれを張れる手が、何人いる」
「相手は、鶏を食い散らかして、犬まで噛み殺した化け物だぞ。鍬や鋤で、どうにかなるもんか」
「夜、また来たら、どうする」
その先は、誰も、言わなかった。
オレは、木材を下ろしながら、そっと、その林のほうを見た。日は、もう、傾きはじめている。あの暗がりのどこかに、あれが、いる。そして、腹を空かせていれば――たぶん、また、来る。
……来る、か。
ふと、気づいて、背中が冷えた。オレの寝床は、村のいちばん外れの、あの納屋だ。壊された家畜小屋の、すぐ隣。
もし、あれがまた降りてきたら――鶏の次に近いのは、犬の次に手軽なのは、たぶん、丸腰で寝ているオレだ。
なんだ。結局、これは、オレ自身の問題でもあるのか。
そう思うと、不思議と、腹の据わりが、少し変わった。関わるな、じゃない。放っておいたら、オレが食われる。
だったら、知っておいたほうがいい。あれが、どこから、どうやって来るのか。通り道さえ分かれば、逃げようも、避けようも、ある。
力で追い払うんじゃない。頭で、避ける。それなら、オレにも、できる。城を追われたあの夜、獣の影を、遠回りしてやり過ごしたみたいに。
それに。
ゆうべ、肩のマロを見て、ばかみたいに目を輝かせた、あの子供の顔が、ちらついた。テオ。この村で、ただ一人、値踏みも、警戒もせず、オレに笑いかけてきたやつ。
あいつの家も、村の外れの方だ。――もし、と考えて、オレは、その先を、追い払った。
「……できることだけ、だからな」
誰にともなく、自分に言い聞かせるように、オレは、つぶやいた。前に出て戦うなんて、論外だ。そんな柄じゃないし、そんな力もない。
でも――夜が来る前に、あの林の、獣の通り道くらいは、確かめておく。それくらいなら、臆病者のオレにも、できるはずだ。
勇気とか、そんな立派なものじゃない。半分は、自分が食われたくないだけ。もう半分は、あの子供の泣き声を、聞きたくないだけ。ただ、それだけの、話だった。
日が、林の向こうに沈んでいく。
行くなら、丸腰は、まずい。納屋の脇に立てかけてあった、使い古しの鍬を、一本、手に取る。畑を耕すための、農具だ。
刃物なんて上等なもの、余所者のオレに、村が貸してくれるはずもない。せいぜい、これくらいだ。振り回す気なんて、ないけれど――念のため、だ。
オレは、誰にも告げず、村のはずれへと足を向けた。袖の中から、マロが、するりと顔を出す。いつもの、とぼけた黒い目じゃない。まっすぐ、林の暗がりを見据えて、身を固くしている。
「きゅ」
短く、鋭い、ひと鳴き。
……ああ。分かってるよ。
林の奥の暗がりで、なにか大きいものが、下草を分ける音がした。ゆうべ、犬たちが怯えていた、あの気配だ。