亡国の黒将と世界樹の迷宮   作:清海深々

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第二十四刀 百年目の遠征隊

 

海都来訪九十一日目。

 

冒険者ギルドの大会議室には、前回までとは異なる顔触れが集められていた。

 

黒華五刀。

 

ロイヤルガード。

 

月下猟姫。

 

獣王爪牙。

 

大地の記録者。

 

銀狼の牙。

 

鉄靴の梟。

 

そして、戦闘を主な生業としない冒険者達。

 

今回は三十六階以降へ進む探索隊だけではない。

 

物資を運ぶ者。

 

地図を複製する者。

 

途中拠点を維持する者。

 

負傷者を浅層へ運び戻す者。

 

深部遠征を一つの部隊として成立させるため、普段は表舞台へ出ない支援系のパーティも招集されていた。

 

---

 

世界樹と、その根元に広がる迷宮が海都へ現れたのは、およそ百年前とされている。

 

初期には、多くの者が迷宮の最奥を目指した。

 

未知の財宝。

 

失われた文明。

 

世界樹の秘密。

 

英雄となる機会。

 

海都だけではない。

 

遠方の国々からも、戦士や学者、探索者が集まった。

 

しかし、百年が過ぎても攻略は遅々として進まなかった。

 

第一階層の魔物を倒せる者は増えた。

 

だが、第二階層へ入り、継続的な探索を行える者は、今も海都全体で一握りしかいない。

 

冒険者の力量も、迷宮を歩けば際限なく伸びるわけではなかった。

 

浅い階層で弱い魔物だけを狩り続けても、あるところで成長は止まる。

 

深くへ入るには強さが要る。

 

強くなるには深くへ入る必要がある。

 

その狭間で、多くの冒険者が最奥を目指すことを諦めた。

 

代わりに、迷宮で生きる方法を見つけた。

 

浅層の素材を集め、ネイピア商会へ売る者。

 

未記録区画を歩き、地図を売る者。

 

深層へ向かう上位冒険者の荷物を運ぶ者。

 

戦闘後に残された素材や装備を回収する者。

 

後者は時に、侮蔑を込めて**残飯漁り**と呼ばれた。

 

だが、彼らが拾い上げるのは魔物の残骸だけではない。

 

倒れた冒険者の認識票。

 

家族へ返す遺品。

 

次の者が同じ場所で死なないための情報。

 

迷宮を生きる者全てが、最奥を目指す剣士である必要はなかった。

 

---

 

今回招集されたCランクパーティ、キャリアーズ・ベルも、そうした運び屋の一つだった。

 

五人全員が、背負子や防水箱を身に着けている。

 

剣や槍も持ってはいる。

 

しかし、魔物を倒すための装備ではない。

 

荷物を捨て、逃げ道を作るための最低限の武器だった。

 

リーダーのマルクは四十代。

 

日に焼けた顔。

 

太い指。

 

戦士より港湾労働者に近い身体つきである。

 

「先に言っておく」

 

マルクは会議室に集まったAランク達を前にしても、態度を変えなかった。

 

「俺達は荷を運ぶ」

 

「戦闘が始まったら、置いて逃げる」

 

「それで失うと困る物は、最初から俺達に預けるな」

 

月下猟姫のセリアが、椅子の背へ軽く寄りかかる。

 

「随分とはっきり言うのね」

 

「曖昧にして、荷物と一緒に死ぬよりいい」

 

「正論だわ」

 

月下猟姫の海賊ジュノが、マルクの大きな背負子を見た。

 

「酒樽も運べるか?」

 

「金を払えばな」

 

「迷宮の中でも?」

 

「割増だ」

 

「頼もしい」

 

星術師フィーが地図から顔も上げずに言う。

 

「不要」

 

ジュノが肩をすくめた。

 

「人生には余分が必要なんだよ」

 

「帰還食に酒は含まれない」

 

「お前は数字で人生を狭くするな」

 

セリアが微笑む。

 

「でも、酔ったあなたを運ぶ料金まで払うのは嫌よ」

 

「自分で歩くさ」

 

マルクが即座に返した。

 

「酔った奴は追加料金だ」

 

「世知辛いな」

 

---

 

レオンが机を指先で叩いた。

 

一度。

 

騒がしかった会議室が静まる。

 

「迷宮は、剣を持つ者だけでは攻略できない」

 

ギルド長としてではなく、かつて深層を歩いた冒険者の声だった。

 

「前へ出る奴がいる」

 

「帰路を守る奴がいる」

 

「地図を作る奴がいる」

 

「水を運ぶ奴がいる」

 

「一人欠けても、遠征は崩れる」

 

レオンは三十三階から三十九階までを記した地図へ手を置いた。

 

「今回は黒華五刀が見つけた保守路を使う」

 

「だが、黒華五刀だけで行かせるつもりはない」

 

薔薇が腕を組む。

 

「数が多すぎれば、保守路で詰まるぞ」

 

「全員を同じ場所へ押し込むほど、俺も耄碌していない」

 

レオンは配置札を動かした。

 

三十三階。

 

鉄靴の梟。

 

キャリアーズ・ベルの帰還拠点。

 

三十五階西側。

 

銀狼の牙。

 

深部隊へ物資を引き渡す中継地点。

 

三十六階以降。

 

黒華五刀。

 

ロイヤルガード。

 

月下猟姫。

 

獣王爪牙。

 

大地の記録者。

 

それぞれ五人編成。

 

総勢二十五名と、獣王爪牙が連れる三体の獣。

 

大人数ではある。

 

だが各パーティは一定の距離を保ち、それぞれが独立して戦える状態で進む。

 

---

 

鉄靴の梟を率いるダリオは、配置札を見て小さく頷いた。

 

「俺達は三十三階ですね」

 

声は若い。

 

新人講習で進行役を務めた時よりも、少し緊張している。

 

周囲にいるのは、海都でも名の知られたAランクばかりである。

 

「帰還者の人数確認と、治療用品の補充をやります」

 

「温かい食事も用意しますけど、味の方は期待しないでください」

 

ジュノが笑った。

 

「腹に入れば十分だ」

 

「そう言ってもらえると助かります」

 

セリアが尋ねる。

 

「負傷して戻ったら、説教も付くのかしら?」

 

ダリオは困ったように笑った。

 

「俺が月下猟姫に説教したら、翌日からギルドに入れなくなるでしょう」

 

「そんなことはしないわ」

 

「では、少しだけ」

 

「やっぱりするの?」

 

「無事に帰ってきた後なら」

 

ダリオはBランクである。

 

Aランクへ強く命じる立場ではない。

 

だからこそ、無理に威厳を作らず、自分達が担う役目だけを真っ直ぐに伝えていた。

 

薔薇が言う。

 

「新人には、もっと偉そうだったぞ」

 

「薔薇さんに鍛えられた新人の前で、頼りなく見えるわけにはいかなかったんです」

 

「私のせいか?」

 

「少しは」

 

「お前、言うようになったな」

 

「訓練のおかげです」

 

ダリオは笑った。

 

薔薇も悪い気はしていないようだった。

 

---

 

銀狼の牙のガレスは、以前と変わらず大剣を背負っている。

 

右腕も失われてはいない。

 

だが、肩と肘の動きが鈍い。

 

握力も完全には戻っておらず、右手は革製の固定具で大剣の柄へ結び付けられるようになっていた。

 

それでも、武器を軽い剣へ替えるつもりはない。

 

大剣の重量を腕だけで動かす戦い方を捨てた。

 

腰。

 

背中。

 

左腕。

 

踏み込み。

 

そして仲間が作る間。

 

全身とパーティ全体で、大剣を動かす方法を作り直している。

 

治療役のエルナが、固定具を確かめる。

 

「会議中くらい外したら?」

 

「迷宮では、待ってくれない」

 

「ここは会議室よ」

 

「今から慣らしている」

 

斥候のヨルグが笑う。

 

「隊長は、寝る時も大剣を握ってそうだな」

 

盾役のカイが答える。

 

「寝返りで俺達が死ぬ」

 

ガレスが二人を見る。

 

「俺の部屋には入るな」

 

星術師リノが淡々と言う。

 

「誰も入らない」

 

ガレスは言い返さなかった。

 

以前ほど、全ての言葉へ噛みつかなくなっている。

 

黒蘭がガレスへ告げる。

 

「銀狼の牙は、三十五階の保守路を守れ」

 

ガレスの眉が僅かに動いた。

 

「深部へは行かないのか」

 

「今回はな」

 

「理由は」

 

「保守路は狭い」

 

「敵は一方向からしか来ない」

 

「今のお前の大剣を、最も生かせる」

 

戦えないから後ろへ置くのではない。

 

退路を守るために置く。

 

ガレスは地図を見た。

 

「敵を倒し切れない場合は」

 

「時間を稼げ」

 

「退却の判断は」

 

「お前に任せる」

 

ガレスは仲間達を見た。

 

ヨルグが頷く。

 

カイはすでに通路幅を測っている。

 

エルナは負傷者を通す位置を確認し、リノは術式を使える角度を考えていた。

 

「分かった」

 

ガレスは大剣の柄へ左手を置く。

 

「退路は、銀狼の牙が守る」

 

---

 

黒蘭が机の端に置いた紙を開いた。

 

十五本の線。

 

五つの起点。

 

黒華五刀が構想している新しい連携。

 

レオンが紙を引き寄せた。

 

「最初から七十五撃を作るつもりか?」

 

「最後はな」

 

黒蘭が答える。

 

レオンは鼻で笑う。

 

侮ったのではない。

 

昔の自分達を見るような笑いだった。

 

「悪いことは言わん」

 

「最初から全部を繋ぐな」

 

薔薇が尋ねる。

 

「では、どうする」

 

「海都のリミットスキルは、最初から大人数の技だったわけじゃない」

 

レオンは三本の指を立てた。

 

「無明剣は三人」

 

次に二本。

 

「クロススラッシュと渦雷は二人」

 

再び三本。

 

「イージスの護りは三人だ」

 

「少ない人数で同じ時間を共有する」

 

「それができてから、別の組へ繋ぐ」

 

レオンの指が紙の十五本の線を分ける。

 

二本。

 

三本。

 

二本。

 

残り。

 

「黒蘭と椿なら、クロススラッシュの交差が使える」

 

「百合、牡丹、薔薇は無明剣の三点同期を試せ」

 

「牡丹の雷はすぐに放つな。渦雷のように、他の攻撃が終わる瞬間まで溜めろ」

 

「最後に全てを合わせる」

 

牡丹が紙へ新しい線を書く。

 

「複数の既存技を、内部へ組み込むのですね」

 

「ああ」

 

レオンは答えた。

 

「海都の型を、そのまま使う必要はない」

 

「だが、百年かけて冒険者が失敗してきた道を、最初から歩き直す必要もない」

 

アルベルトがレオンを見る。

 

「昔を思い出したか」

 

「思い出したくない失敗までな」

 

「無明剣の練習で、仲間の槍が俺の尻に刺さった」

 

会議室に短い沈黙が落ちる。

 

セリアが口元を隠した。

 

「それは忘れたいでしょうね」

 

クジュラが壁際から言う。

 

「だから、昔のレオンは座り方が変だったのか」

 

「お前、知っていたのか?」

 

「皆知っていた」

 

レオンの顔が険しくなる。

 

「会議を続けるぞ」

 

黒蘭は紙を畳む。

 

「使えるところは借りる」

 

レオンは頷いた。

 

「それでいい」

 

「お前達の強さは疑っていない」

 

「だがリミットスキルは、強い者が力を足す技じゃない」

 

「別々の人間が、同じ一秒を選ぶ技だ」

 

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海都来訪九十二日目。

 

遠征隊は三十階磁軸へ入った。

 

三十三階では、鉄靴の梟が野営拠点を作る。

 

キャリアーズ・ベルは、三十五階まで運ぶ荷物を背負い直した。

 

水。

 

食料。

 

治療用品。

 

防水布。

 

予備の縄。

 

滑車。

 

そして、一定間隔で結び目を付けた測深索。

 

先端には鉛錘。

 

深い穴へ物を落として終わりではない。

 

錘がどの方向へ引かれたか。

 

何メートルで底や障害物へ触れたか。

 

引き上げた時に、泥や植物が付着しているか。

 

それらを調べるための道具だった。

 

大地の記録者のガルドが、測深索を確認する。

 

「三百メートルか」

 

キャリアーズ・ベルのマルクが答える。

 

「それ以上必要なら、今回は底が分からないと書け」

 

「勝手に切って延ばすなよ」

 

「延長用の索は」

 

「別料金だ」

 

「持ってきていないのか」

 

「頼まれていない」

 

ガルドは僅かに考えた。

 

「正しい」

 

マルクが笑う。

 

「地図屋は、話が早くて助かる」

 

---

 

三十五階西側。

 

物資を銀狼の牙へ引き渡す。

 

キャリアーズ・ベルは、深部へ残らない。

 

マルクがガレスを見る。

 

「帰りに負傷者が出たら、ここまで運べ」

 

「俺達は三十三階で待つ」

 

ガレスが問う。

 

「お前達が迎えに来るのではないのか」

 

「危険な場所へ運び屋を呼ぶな」

 

「自分の足か、仲間の肩でここまで戻れ」

 

「そこから先は俺達の仕事だ」

 

ガレスは一瞬黙り、頷いた。

 

「分かった」

 

役目の境界を曖昧にしない。

 

それが支援パーティの生存方法だった。

 

---

 

銀狼の牙が保守路入口へ陣を作る。

 

ガレスは大剣を抜き、狭い通路へ斜めに置いた。

 

大きく振るためではない。

 

壁として使う構え。

 

ヨルグが横から言う。

 

「隊長、今回は一人で全部止めるなよ」

 

「分かっている」

 

エルナが即座に返す。

 

「分かっている人は、そんなに早く答えないわ」

 

ガレスは言葉を飲み込む。

 

一度、仲間達を見る。

 

「敵が来たら、最初はカイ」

 

「ヨルグが脚を止めろ」

 

「リノが術を置く」

 

「俺は最後に斬る」

 

以前なら、自分が最初だった。

 

今は仲間が作った場所へ、大剣を置こうとしている。

 

カイが笑う。

 

「それなら死なずに済みそうだ」

 

「最初から死ぬつもりで来るな」

 

「隊長に言われたくない」

 

ガレスは反論しなかった。

 

黒蘭は配置を確認すると、三十六階へ続く保守路へ入った。

 

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三十六階。

 

青い水に囲まれた巨大な空洞。

 

床の代わりに、白い根が橋のように伸びている。

 

遠征隊はパーティごとに間隔を空けて進んだ。

 

先頭は獣王爪牙。

 

海林狼グラウが、根の匂いを嗅ぐ。

 

その後ろに、獣使いバルト。

 

盾役ガラン。

 

治療役トーマ。

 

斥候のシシ。

 

星術師エッダ。

 

大猿ガンバと、鱗鳥シュラも続いている。

 

グラウは三本の根を嗅ぎ、一番左へ前脚を乗せた。

 

バルトが周囲へ告げる。

 

「左だ」

 

後方からセリアが尋ねる。

 

「理由は?」

 

「他は死んでる」

 

「根が?」

 

「ああ」

 

「見た目では分からないわ」

 

「だからグラウがいる」

 

バルトはそれ以上説明しない。

 

グラウが選ばなかった中央の根へ、シシが石を投げた。

 

石が触れた瞬間、根の表面が水へ崩れる。

 

中は空洞。

 

そのまま底の見えない青へ落ちていった。

 

セリアがグラウを見る。

 

「優秀ね」

 

バルトが胸を張る。

 

「俺が育てた」

 

トーマが穏やかに言う。

 

「どちらが育てられたかは、議論が必要ですね」

 

シシが笑う。

 

「俺はグラウに一票」

 

「黙れ」

 

グラウが鼻を鳴らした。

 

薔薇が言う。

 

「獣にも否定されてるぞ」

 

「こいつは同意したんだ」

 

百合が静かに返す。

 

「便利な解釈です」

 

---

 

空洞の中央。

 

大地の記録者が測深索を下ろした。

 

ガルドの仲間ベルが滑車を根へ固定する。

 

サナが索の結び目を読み上げる。

 

「五十メートル」

 

「百」

 

「百五十」

 

鉛錘は垂直には落ちない。

 

二百メートルを越えたところで、索が大きく横へ引かれた。

 

ガルドが張力を確かめる。

 

「底ではない」

 

「強い横流だ」

 

ベルが尋ねる。

 

「引くか?」

 

「あと五十」

 

二百五十。

 

三百。

 

索の残りが少なくなる。

 

それでも錘は底へ触れない。

 

ガルドは無理に伸ばさせなかった。

 

「引き上げる」

 

ベルが滑車を回す。

 

戻った鉛錘には、白い粘液と細い植物片が付着していた。

 

サナが記録する。

 

「三百メートル地点に横流」

 

「底は未確認」

 

「植物性付着物あり」

 

セリアが覗き込む。

 

「三百メートル下にも何かが生えているのね」

 

ガルドは首を振る。

 

「下とは限らない」

 

「横へ流された先の壁かもしれない」

 

「夢のない答えね」

 

「誤った夢で次の隊を落とすよりいい」

 

「地図屋らしいわ」

 

---

 

橋の半ば。

 

上方の水が暗くなった。

 

百合が顔を上げる。

 

「十一体」

 

セリアも弓へ手を伸ばす。

 

「見えるのは七体よ」

 

月下猟姫の星術師フィーが、周囲の魔力を探る。

 

「残り四」

 

「水と同化」

 

セリアが笑う。

 

「二人が同じなら、間違いなさそうね」

 

水中から、角を持つ魚型魔物が飛び出した。

 

最初の三体は獣王爪牙へ向かう。

 

バルトは斧を構えない。

 

「散れ!」

 

グラウが右へ。

 

ガンバが左へ。

 

シュラが頭上へ飛ぶ。

 

魔物達の視線が三方向へ分かれた。

 

シシの短槍が、一体の進路を塞ぐ。

 

ガランの盾が二体目を弾く。

 

エッダの術が三体目の背後へ火を置いた。

 

逃げ場を失った三体が、同じ場所へ集まる。

 

バルトが斧を振り下ろした。

 

「突撃陣形!」

 

人間と獣の身体へ、赤い光が走る。

 

攻撃力を高めるだけではない。

 

同じ獲物へ向く意思を共有する陣形。

 

グラウの牙。

 

ガンバの拳。

 

シュラの爪。

 

シシの槍。

 

バルトの斧。

 

順番は毎回異なる。

 

魔物が逃げた方向によって、起点も仕留める者も変わる。

 

三体が一つの群れに襲われたように、ほぼ同時に根へ叩き落とされた。

 

薔薇が目を見開く。

 

「誰が合図した」

 

バルトが斧を担ぐ。

 

「最初だけ俺だ」

 

「後は、こいつらが決める」

 

トーマが補足する。

 

「この形になるまで三年かかりました」

 

「最初の頃は、バルトが全て命令しようとして失敗していたのです」

 

バルトが顔をしかめる。

 

「昔の話だ」

 

シシが言う。

 

「一年前も怒鳴ってたけど」

 

「昔だ」

 

ガランが短く付け加える。

 

「先月も」

 

「お前ら、戦闘中だぞ!」

 

グラウが低く唸る。

 

バルトは口を閉じた。

 

---

 

別の三体が月下猟姫へ向かう。

 

セリアはすぐには射ない。

 

海賊ジュノが二丁の銃を抜く。

 

獣使いマリスが白い海鳥ルネを放つ。

 

治療役ノエルが全員の足元へ防護術を置く。

 

フィーは杖を構え、雷を集め始めていた。

 

「あと何秒だ!」

 

ジュノが叫ぶ。

 

「六秒」

 

フィーは平坦に答える。

 

「長い!」

 

「毎回同じ」

 

「敵は待ってくれないんだぞ!」

 

セリアの矢が一体の鰭を貫く。

 

倒すためではない。

 

飛行軌道をずらし、時間を稼ぐ。

 

「フィーを急かさないの」

 

「十一か月かけて、待つことを覚えたでしょう?」

 

ジュノが片方の銃を撃つ。

 

「待ちながら撃つのは得意だ!」

 

ルネが二体目の目を翼で覆う。

 

マリスの鞭が三体目を絡める。

 

「二秒」

 

フィーの杖に青白い雷が集まる。

 

セリアが一本の矢を上空へ放つ。

 

矢には細い銀線が巻かれていた。

 

フィーの雷が銀線へ吸い上げられる。

 

「渦雷」

 

落ちたのは一本の雷ではない。

 

矢を中心として、幾筋もの雷が水中へ渦を作る。

 

三体だけではない。

 

水と同化していた二体も、雷に輪郭を焼き出された。

 

五体が同時に痙攣する。

 

ジュノが残った銃弾を撃ち込む。

 

セリアの二本目の矢。

 

マリスの鞭。

 

ルネの爪。

 

異なる攻撃が、雷の終わる一秒へ重なった。

 

魔物達が水へ落ちる。

 

ジュノが銃口から煙を払う。

 

「今のは完璧だったな」

 

フィーが答える。

 

「〇・三秒早い」

 

「誤差だろ」

 

「雷の中では生死の差」

 

セリアが笑う。

 

「完成したと思えるまで十一か月」

 

「完成してからも、フィーは毎回〇・三秒を数えているわ」

 

ジュノが不満そうに言う。

 

「俺達の中で完成してないの、こいつだけじゃないか?」

 

「だから崩れないのよ」

 

---

 

残った魔物が、最後尾のロイヤルガードへ集中する。

 

アルベルトとロルフが盾を並べた。

 

リーゼが二人の背後で声を上げる。

 

「盾線を合わせて!」

 

星術師ノーランが、魔物の侵入角度を読む。

 

「正面二」

 

「右上、一」

 

治療役エマが杖を床へ突く。

 

三人の身体から、淡い光が広がった。

 

アルベルト。

 

ロルフ。

 

リーゼ。

 

「イージスの護り!」

 

二枚の盾の間に、光の壁が生まれる。

 

魔物の角が激突する。

 

根橋全体が揺れた。

 

だが、ロイヤルガードの後ろにいる大地の記録者へは、衝撃一つ届かない。

 

ロルフが笑う。

 

「昔より軽いですな」

 

アルベルトは盾を押し返す。

 

「お前が力を抜くようになったからだ」

 

「隊長が一人で受けなくなったからでしょう」

 

リーゼの号令が、受け止めた力を反転させる。

 

ノーランの氷術が魔物の関節を固めた。

 

光の壁が開く。

 

エマが前へ出た。

 

杖で一体の顎を打ち抜く。

 

薔薇が驚く。

 

「治療役だろ?」

 

エマは杖を戻す。

 

「怪我を治すより、怪我の原因を殴った方が早い時もあります」

 

アルベルトが苦笑する。

 

「俺達がイージスを形にするまで二年かかった」

 

「最初の半年は、三人の光が一度も揃わなかった」

 

ロルフが頷く。

 

「隊長が早すぎたのです」

 

ノーランが訂正する。

 

「ロルフが〇・七秒遅かった」

 

「それを十年以上言われていますな」

 

エマが言う。

 

「だから今は一番正確でしょう?」

 

ロルフは少し嬉しそうに盾を構え直した。

 

---

 

魚型魔物の群れを退け、一行は三十七階へ進んだ。

 

三十七階では、一定時間ごとに水位が上昇した。

 

水の満ちる速度は、場所によって異なる。

 

大地の記録者が、壁へ時刻と水位を書き込む。

 

だが、退路側の水が予想より早く上がった。

 

細い足場。

 

左右から飛び出す小型魔物。

 

戦闘をしながらでは、全員が水位上昇前に渡り切れない。

 

ガルドが仲間を見る。

 

「風を使う」

 

星術師サナと、斥候ミナが頷く。

 

護衛役ハークとベルが、五人の間隔を揃える。

 

「風魔陣形」

 

足元を風が流れた。

 

身体が軽くなる。

 

単に速く走る術ではない。

 

魔物の攻撃が来る方向へ、風が先に触れる。

 

肌で空気の変化を感じ、五人が同時に身をずらす。

 

大地の記録者は戦闘を避けながら、足場を駆け抜けた。

 

ガルドは最後まで地図袋を抱えていたが、足を止めて記録しようとはしなかった。

 

渡り切ってから振り返り、上昇時間を書き込む。

 

「風魔陣形は?」

 

椿が尋ねる。

 

「七か月」

 

ガルドが答えた。

 

「最初は地図を持ったまま走るために覚えた」

 

ベルが苦笑する。

 

「一度、ガルドだけ風に乗れず水へ落ちた」

 

「必要のない情報だ」

 

「失敗も記録するんだろ?」

 

ガルドは黙って地図へ線を引いた。

 

---

 

三十八階。

 

人工柱から発せられる音が、魔物を呼び寄せていた。

 

牡丹が柱を調べるには、一分ほど必要だった。

 

黒蘭は各パーティを交代させる。

 

「獣王爪牙、左」

 

バルトが斧を上げる。

 

「任せろ!」

 

「月下猟姫、上」

 

セリアが弓を引く。

 

「短い指示は嫌いではないわ」

 

「ロイヤルガード、後方」

 

アルベルトが盾を構える。

 

「了解」

 

「大地の記録者は退路を見ろ」

 

ガルドが答える。

 

「戦えと言われるより助かる」

 

「黒華五刀は正面」

 

五つのパーティが、それぞれ最も得意な場所へ入る。

 

黒蘭が全てを斬る必要はない。

 

黒華五刀が最前線を独占する必要もない。

 

海都の精鋭達は、指示されることを嫌がらなかった。

 

自分達の強さを理解した配置だと分かるからだ。

 

---

 

正面から、甲殻に覆われた大型魔物が突進する。

 

薔薇が籠手で受け止めた。

 

「試すぞ!」

 

黒蘭は頷く。

 

だが、十五撃全てではない。

 

レオンの助言どおり、まず小さく分ける。

 

黒蘭と椿。

 

二人の刃が左右へ開く。

 

クロススラッシュの型。

 

椿が黒蘭の速度へ無理に追いつくのではない。

 

二人が交差する場所を先に決める。

 

黒蘭の右刀。

 

椿の左刀。

 

斬撃が一点で交わった。

 

大型魔物の甲殻へ、十字の傷が走る。

 

成功。

 

続いて百合、牡丹、薔薇。

 

無明剣の三点同期。

 

薔薇が魔物の突進を止める。

 

百合が左の関節。

 

牡丹が右の関節。

 

三人が同じ瞬間へ攻撃を置く。

 

だが薔薇が〇・二秒早い。

 

魔物の身体が傾き、百合の針が予定より浅く入る。

 

牡丹の短刀だけが正確な位置へ刺さった。

 

「ずれました」

 

牡丹が告げる。

 

薔薇が籠手を押し返す。

 

「〇・二秒だろ!」

 

百合が言う。

 

「海都式では大きな差です」

 

「お前まで秒で言うな」

 

「こちらの方が通じますので」

 

最後に牡丹が雷を溜める。

 

即座に放たない。

 

黒蘭と椿が甲殻を切り開くまで待つ。

 

渦雷の考え方。

 

攻撃を遅らせ、最も効果の高い瞬間へ置く。

 

「牡丹」

 

椿の声。

 

紫電が放たれる。

 

開いた甲殻の内側へ雷が流れた。

 

大型魔物が倒れる。

 

五人全員の攻撃は繋がった。

 

だが、同時ではない。

 

クロススラッシュ。

 

不完全な無明剣。

 

渦雷。

 

三つの型を順番に使っただけ。

 

黒蘭は倒れた魔物を見る。

 

「まだ一つになっていない」

 

薔薇が息を吐く。

 

「倒したんだから、悪くはないだろ」

 

「悪くはありません」

 

椿が答える。

 

「ですが、黒蘭様が考えているものとは違います」

 

牡丹が時間を記す。

 

「二人技は成功」

 

「三人技は〇・二秒の差」

 

「雷の解放は適正」

 

百合が薔薇を見る。

 

「次は、薔薇が〇・二秒待てばよいでしょう」

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「待つと言ってるだろ」

 

黒蘭が言う。

 

「次の訓練で確認する」

 

一度の実戦で繰り返さない。

 

何が成功し。

 

何が失敗したか。

 

その形を崩さず持ち帰る。

 

レオンの助言どおりだった。

 

---

 

牡丹が人工柱を停止させる。

 

遠征隊は三十九階入口まで進んだ。

 

全員に疲労はある。

 

重傷者はいない。

 

食料も予定内。

 

だが計画より半日遅れていた。

 

入口の向こうから、巨大な水音が聞こえる。

 

一度。

 

数秒の間。

 

もう一度。

 

三十九階全体が、何かの呼吸に合わせて水を動かしている。

 

グラウが毛を逆立てる。

 

ガンバが歯を見せる。

 

シュラは翼を畳み、低い声で鳴いた。

 

バルトが三体を見る。

 

「嫌がってる」

 

ガルドは水流の向きを確認する。

 

「この階の水が、中央へ集まっている」

 

アルベルトが盾へ手を置く。

 

「階層主か?」

 

黒蘭は首を振った。

 

「まだ先だ」

 

「だが、四十階のものと繋がっている」

 

三十九階そのものが、階層主へ力を送る巨大な器官。

 

水流。

 

人工装置。

 

魔物。

 

全てが一つの防衛機構として動いている。

 

---

 

入口の水面が揺れた。

 

白い髪の少女が、水の上へ降り立つ。

 

オランピア。

 

二十五名と三体を見渡し、少しだけ目を丸くした。

 

「随分と賑やかになりましたね」

 

薔薇が言う。

 

「驚くこともあるんだな」

 

「ありますよ」

 

オランピアは自然に答える。

 

「黒華五刀は、少人数で来ることを好むと思っていました」

 

黒蘭が言う。

 

「必要な者を連れてきた」

 

「なるほど」

 

オランピアの視線がグラウへ移る。

 

グラウは警戒している。

 

だが吠えない。

 

バルトが一歩前へ出た。

 

「グラウだ」

 

大猿を指す。

 

「ガンバ」

 

鱗鳥。

 

「シュラ」

 

「個体とか、生物とか呼ぶな」

 

オランピアは一体ずつ見た。

 

「グラウ」

 

「ガンバ」

 

「シュラ」

 

三つの名を丁寧に繰り返す。

 

「覚えました」

 

バルトは満足そうに頷いた。

 

セリアが小声で言う。

 

「意外と扱いやすいのね」

 

トーマが答える。

 

「大切なものの名を覚えてもらうのは、嬉しいものですから」

 

オランピアがセリアを見る。

 

「聞こえていますよ」

 

セリアは笑みを深くした。

 

「それは失礼」

 

「気にしていません」

 

「やはり、噂より人間らしいのね」

 

「人間らしく振る舞うことはできます」

 

オランピアは僅かに微笑む。

 

「必要がなかっただけです」

 

---

 

黒蘭が三十九階の奥を見る。

 

「四十階まで何日かかる」

 

「現在の潮流では、最短でも二日です」

 

ガルドが即座に答える。

 

「帰還予定を越える」

 

ジュノが荷袋を叩く。

 

「予備食はある」

 

黒蘭は首を振る。

 

「予備だ」

 

「ここまで来て帰るのか?」

 

椿が穏やかに答える。

 

「ここまで来たからこそ、戻ります」

 

「帰路のために用意した食料を前進へ使えば、予備ではなくなります」

 

フィーが短く言う。

 

「正しい」

 

マリスの肩に止まるルネも、小さく鳴いた。

 

ジュノが鳥を見る。

 

「お前まで帰る側か?」

 

マリスが答える。

 

「疲れているのよ」

 

セリアは三十九階の奥を見ながら言う。

 

「進みたいことと、進むべきことは同じではないわ」

 

「今回は黒蘭に賛成」

 

ジュノは両手を上げた。

 

「俺一人で反対しても仕方ないな」

 

---

 

黒蘭がオランピアへ尋ねる。

 

「次に潮流が弱まるのは」

 

「四日後です」

 

「その時に来る」

 

オランピアは少し考えるように、三十九階の奥へ目を向けた。

 

「深王は、地上の者を招いてはいません」

 

「ですが」

 

白い髪が水面の風に揺れる。

 

「ここまで自らの足で到達できるのであれば、拒みもしないでしょう」

 

薔薇が問う。

 

「会いたがってるわけじゃないのか」

 

「深王は、誰かが来ることを期待して待つ方ではありません」

 

オランピアは静かに答えた。

 

「来た者が何者かを見てから、必要かどうかを決めます」

 

黒蘭が言う。

 

「こちらも同じだ」

 

「深王が何者か、会ってから決める」

 

オランピアは一瞬、黒蘭を見つめた。

 

それから、どこか楽しそうに微笑んだ。

 

「その答えなら、拒まれないと思います」

 

「私の予想ですが」

 

---

 

帰還時。

 

三十五階の保守路では、銀狼の牙が大型魔物一体を食い止めていた。

 

狭い通路。

 

カイの盾。

 

ヨルグが脚へ入れた短剣。

 

リノの氷術。

 

三人が作った隙へ、ガレスが大剣を置く。

 

以前のように、腕力で振り回さない。

 

左足を踏み込む。

 

腰を回す。

 

固定された右手は柄を離さず、左腕が軌道を導く。

 

仲間が作った一秒へ、大剣の重量を全て落とす。

 

「無明剣!」

 

ガレス一人の剣ではない。

 

ヨルグの刺突。

 

カイの盾撃。

 

そしてガレスの大剣。

 

三つの攻撃が、一つの時間へ重なった。

 

大型魔物が通路へ崩れる。

 

ガレスの右肩から血が滲む。

 

エルナがすぐに固定具を外した。

 

「また無理をしたでしょう」

 

「予定どおりだ」

 

「予定に出血は入っていた?」

 

「入っていない」

 

「なら失敗ね」

 

ガレスは言い返しかける。

 

だが、仲間達を見る。

 

「……次は力を落とす」

 

ヨルグが笑った。

 

「隊長が自分から直すって言ったぞ」

 

リノが短く答える。

 

「記録」

 

カイも笑う。

 

ガレスは不機嫌そうに大剣を背負った。

 

だが、以前のような孤立した不機嫌ではなかった。

 

黒蘭が倒れた魔物を見る。

 

「形になっている」

 

ガレスは右肩を押さえながら答えた。

 

「八か月かけて作った技を、今の身体に合わせ直している」

 

「まだ完成していない」

 

「それでも、前より強い」

 

黒蘭が言う。

 

ガレスは一度だけ目を見開いた。

 

それから、短く頷いた。

 

「ああ」

 

---

 

三十三階。

 

鉄靴の梟が用意した温かい汁物が、帰還者へ配られた。

 

ダリオは一人ずつ数える。

 

「黒華五刀、五人」

 

「ロイヤルガード、五人」

 

「月下猟姫、五人」

 

「獣王爪牙、五人と三体」

 

「大地の記録者、五人」

 

「銀狼の牙、五人」

 

「全員いますね」

 

セリアが器を受け取る。

 

「よい香り」

 

ダリオが少し嬉しそうに笑う。

 

「味は普通ですけど」

 

ジュノが一口飲んだ。

 

「温かければ上等だ」

 

「分かってくれる人がいて助かります」

 

薔薇も飲む。

 

「悪くないぞ」

 

「薔薇さんに言われると、訓練の合格をもらった気分ですね」

 

「料理は教えてない」

 

「分かってます」

 

ダリオは笑った。

 

深部で戦う力はなくても、帰還した者を数え、食事を渡し、次に動ける状態へ戻す。

 

百年の探索が生んだのは、英雄だけではない。

 

英雄を生きて帰す者達でもあった。

 

---

 

海都来訪九十六日目。

 

遠征隊は全員、生還した。

 

冒険者ギルドへ持ち帰られたものは、三十九階までの地図だけではない。

 

獣王爪牙の突撃陣形。

 

月下猟姫の渦雷。

 

ロイヤルガードのイージスの護り。

 

大地の記録者の風魔陣形。

 

銀狼の牙が作り直している無明剣。

 

何か月。

 

何年。

 

それぞれのパーティが失敗を重ね、共有できるようになった一秒。

 

黒華五刀の新しい技は、まだ完成していない。

 

だが、海都が百年かけて積み上げてきたものを知った。

 

十五撃を作る前に。

 

二人で交わる。

 

三人で揃える。

 

遅い攻撃を待つ。

 

防御を起点にする。

 

小さな完成を繋ぎ合わせる。

 

黒蘭は十三撃にも届かなかった訓練記録を見ていた。

 

レオンが隣へ立つ。

 

「どうだった」

 

「使える」

 

「どれがだ」

 

「全部だ」

 

レオンは笑った。

 

「欲張りだな」

 

「借りると言った」

 

「返す時には別物か」

 

「ああ」

 

黒蘭は紙へ最初の二本の線を引いた。

 

黒蘭と椿。

 

交差する二刀。

 

その横に三本。

 

薔薇。

 

百合。

 

牡丹。

 

別々の技を、いずれ一つへする。

 

その時。

 

会議室の扉が開いた。

 

クジュラが、王家の印を押した封書を持って入ってくる。

 

「姫からだ」

 

封書を黒蘭へ渡す。

 

「明朝、黒華五刀を招く」

 

そして、椿を見る。

 

「特に、椿と話したいそうだ」

 

椿は静かに封書へ目を落とした。

 

海都の姫。

 

亡国の姫。

 

そして迷宮の底にいる深王。

 

四十階を前に。

 

三人の王族を繋ぐ話が、ようやく始まろうとしていた。

 

第二十四話 了

 

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