海都来訪十二日目。
世界樹の迷宮入口。
朝早い時間にも関わらず、いつもより多くの冒険者が集まっていた。
理由は単純だった。
ロイヤルガード。
海都でも有数のAランクギルド。
そして。
黒華五刀。
登録からわずかな期間で第一階層十階付近まで到達した、異国の五人。
その二組が合同探索を行う。
噂にならないはずがなかった。
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「監視だろ」
誰かが言った。
「まあ当然だな」
「六日潜って十階近くだぞ?」
「しかも地図を作りながららしい」
「ありえねぇよ」
「Aランクでもそんな進み方しない」
「本当に新人なのか?」
「登録上はFランクだ」
「登録上は、な」
笑い声。
だが、その笑いには少しだけ恐れが混じっていた。
海都の冒険者にとって、世界樹とは積み重ねるものだ。
一階ずつ。
一歩ずつ。
少しずつ。
それを当然のように進む者達。
理解できないものを、人は簡単には認められない。
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同時刻。
ギルド奥。
普段、冒険者が入ることのない部屋。
そこには二人の男がいた。
ギルドマスター、レオン。
そしてもう一人。
クジュラ。
海都に仕える武人。
元老院直属の任を受ける、数少ないショーグン。
本来なら、冒険者ギルドで朝から待つような立場ではない。
だが今日は違った。
机には一枚の報告書。
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異国より来訪した五名。
旧黒華国出身。
代表者。
黒蘭。
職業登録。
ショーグン。
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クジュラは報告書を見る。
「くだらんな」
第一声がそれだった。
レオンは笑う。
「わざわざ来て、それか」
「当然だ」
クジュラは腕を組む。
「刀を持てばショーグンを名乗れると思う者など珍しくない」
「海都にもいるだろう」
「東方かぶれの冒険者が」
レオンは否定しない。
刀。
武士。
将軍。
遠い東方の文化。
その響きに憧れる者はいる。
だが本物は少ない。
「だから呼ばれたんだろ」
レオンは言う。
「元老院に」
クジュラは不機嫌そうにする。
今回、彼が来た理由。
それは元老院からの命。
急速に迷宮を攻略する異国の武装集団。
危険なのか。
利用できるのか。
本当に東方の戦士なのか。
それを同じ東方剣術を扱うクジュラに見極めさせるためだった。
「冒険者の品定めなど、俺の仕事ではない」
「でも来た」
「命令だからだ」
レオンは笑った。
「そういうことにしておくよ」
その時。
外が騒がしくなる。
黒華五刀が現れた。
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クジュラは窓から見る。
最初は興味などなかった。
しかし。
数秒後。
表情が変わった。
先頭の男。
黒蘭。
腰には二振りの刀。
だがクジュラが見たのは刀ではない。
歩き方。
重心。
視線。
手の位置。
刀との距離。
分かる。
あれは飾りではない。
刀を持っているのではない。
刀と共にある。
そういう者の動きだった。
続いて女。
黒椿。
二刀。
だが黒蘭とは違う。
片方の柄には長い布。
風に揺れるそれは、装飾ではない。
旗。
指揮官の証。
さらに黒薔薇。
一刀。
そして巨大な籠手。
守り手。
最後尾。
黒牡丹。
黒百合。
二人は長刀ではない。
短刀。
影の武器。
だが立ち位置が異常だった。
守られる後衛ではない。
いつでも消えられる距離。
いつでも殺せる距離。
クジュラは黙った。
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「どうだ?」
レオンが尋ねる。
「まだ分からん」
「へぇ」
「見ただけで判断するほど愚かではない」
そう言いながら。
クジュラの視線は外れない。
五人。
武器も違う。
役割も違う。
しかし一つの刃に見える。
「……黒」
小さく呟いた。
「何?」
レオンが聞く。
クジュラは言った。
「昔聞いたことがある」
「東のさらに果て」
「長く戦乱が続いた国」
「そこでは、国へ偉業を示した者だけが」
「ある色を名乗ることを許されたと」
レオンは黙る。
「その色が?」
「黒だ」
クジュラは続けた。
「家柄ではない」
「金でもない」
「戦場で示した者」
「国を守った者」
「歴史に名を残す者」
「そういう者だけが許される号」
「黒とは名前ではない」
「称号だ」
レオンは黒蘭を見る。
「つまり本物か?」
「知らん」
クジュラは即答する。
「だが」
少し間。
「あの男」
「名前負けはしていない」
レオンは笑った。
「珍しいな」
「褒めていない」
「確認しただけだ」
クジュラは部屋を出る。
「帰るのか?」
「ああ」
「見ないのか?」
「必要ない」
扉の前で止まる。
「……報告書」
「ん?」
「ロイヤルガードとの探索結果」
「後で回せ」
レオンは笑う。
「気になるんじゃないか」
「確認だ」
そう言って去った。
だが。
疑問だけが残る。
もし本当に黒なら。
あの若さで。
一体何を成した。
そしてなぜ。
そのような者が冒険者などになっている。
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入口。
ロイヤルガード五人。
黒華五刀五人。
向かい合う。
アルベルトが言った。
「確認する」
「今回は危険域調査」
「討伐目的ではない」
黒蘭は頷く。
「ああ」
「そして我々は君達の部下ではない」
「ああ」
「指揮系統は別だ」
「当然だ」
即答。
アルベルトは少し意外そうだった。
「簡単に認めるな」
「なぜ?」
「君は将だったのだろう」
黒蘭は答える。
「黒華では」
「ここでは違う」
「俺は海都を知らない」
「この迷宮も知らない」
「知らない者が全てを決めれば、人が死ぬ」
ロイヤルガードの者達は黙った。
強者。
異国の将。
もっと傲慢だと思っていた。
しかし違った。
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探索開始。
目的地は十階付近。
前回黒華五刀が到達した地点。
道中、ロイヤルガードは何度も驚くことになる。
地図。
その精度。
異常だった。
魔物。
水場。
休息地点。
採取物。
危険植物。
退路。
「本当に一回の探索で?」
アルベルトが尋ねる。
椿は普通に答える。
「はい」
「六日ありましたので」
六日も。
六日しか。
感覚が違った。
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黒蘭は最後尾を歩いていた。
アルベルトが尋ねる。
「なぜ後ろにいる」
「見るため」
「我々を?」
「ああ」
「評価か」
「違う」
「学ぶためだ」
アルベルトは振り返る。
「君が?」
「ああ」
黒蘭は当然のように言う。
「この迷宮では、お前達が先達だ」
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最初の戦闘。
巨大蛙。
複数。
ロイヤルガードが前へ出る。
アルベルトが盾を構える。
「我々がやる」
黒蘭は頷く。
「任せる」
薔薇が笑う。
「本当に見てるだけか」
「ああ」
「珍しい」
「今日はそういう日だ」
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戦闘。
アルベルトが受ける。
ウォリアーが斬る。
プリンセスが支える。
ゾディアックが撃つ。
モンクが管理する。
完成された形。
黒華五刀は黙って見る。
薔薇が言う。
「なるほど」
椿も頷く。
「安定していますね」
牡丹。
「消耗が少ないです」
百合。
「無駄も少ない」
黒蘭。
「強いな」
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戦闘後。
アルベルトが聞く。
「本気でそう思うのか」
「ああ」
「君なら一人で倒せるだろう」
「倒せる」
即答。
だが続ける。
「だが俺が五人いるわけではない」
沈黙。
「俺だけが可能な戦いを基準にすれば」
「俺以外が死ぬ」
アルベルトは何も言えなかった。
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昼。
休息。
牡丹が準備を始める。
短時間。
煙を抑える。
匂いも少ない。
しかし温かい。
ロイヤルガードのモンクが驚く。
「迷宮内でここまで?」
牡丹は微笑む。
「食事は士気ですから」
黒蘭も言う。
「疲れた者は判断を誤る」
「判断を誤れば死ぬ」
「だから食える時に食う」
「寝られる時に寝る」
薔薇が笑う。
「本人は寝ないけどな」
牡丹も笑う。
「困った方です」
黒蘭は黙る。
反論しない。
アルベルトは少し驚いた。
初めて見た。
黒蘭が言い負ける姿を。
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午後。
危険域。
森が静まる。
王者の縄張り。
巨大な影。
虎に似た魔物。
姿を現す。
アルベルトが構える。
薔薇も構える。
だが。
黒蘭は刀を抜かない。
「待て」
「来ない」
獣を見る。
獣も黒蘭を見る。
長い沈黙。
やがて。
獣は去った。
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アルベルトは聞く。
「なぜ追わない」
「目的ではない」
「倒せるとしても?」
「倒せる」
即答。
「だが倒す理由がない」
「縄張りの王を殺せば」
「次に何が入るか分からない」
「敵を消せば終わるとは限らない」
アルベルトは黙った。
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帰路。
アルベルトは言った。
「少し分かった」
「何が」
「なぜ皆が君を見るのか」
黒蘭は本気で首を傾げる。
「なぜだ」
薔薇が吹き出す。
「本人が聞くなよ」
牡丹も微笑む。
百合が言う。
「黒蘭様の理解できない唯一の部分です」
椿は静かに言った。
「黒蘭様」
「人は勝つ人について行くのではありません」
「生きて帰してくれる人について行くのです」
黒蘭は答えなかった。
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その夜。
ギルド報告。
アルベルトの一文。
“黒華五刀は危険”
“しかし、迷宮を軽んじる者ではない”
“彼らは勝利ではなく、生還を基準としている”
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そして。
その報告書は翌日。
元老院へ届けられる。
同時に。
一人の武人の元へも。
クジュラはその文章を読む。
しばらく黙る。
そして呟いた。
「……黒、か」
興味ではない。
認めたわけでもない。
だが。
確認する必要がある。
そう思った。
黒華五刀。
そして。
黒蘭という男を。
第六話 了