亡国の黒将と世界樹の迷宮   作:清海深々

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第六刀 黒き将と海都の盾

 

 

海都来訪十二日目。

 

世界樹の迷宮入口。

 

朝早い時間にも関わらず、いつもより多くの冒険者が集まっていた。

 

理由は単純だった。

 

ロイヤルガード。

 

海都でも有数のAランクギルド。

 

そして。

 

黒華五刀。

 

登録からわずかな期間で第一階層十階付近まで到達した、異国の五人。

 

その二組が合同探索を行う。

 

噂にならないはずがなかった。

 

---

 

「監視だろ」

 

誰かが言った。

 

「まあ当然だな」

 

「六日潜って十階近くだぞ?」

 

「しかも地図を作りながららしい」

 

「ありえねぇよ」

 

「Aランクでもそんな進み方しない」

 

「本当に新人なのか?」

 

「登録上はFランクだ」

 

「登録上は、な」

 

笑い声。

 

だが、その笑いには少しだけ恐れが混じっていた。

 

海都の冒険者にとって、世界樹とは積み重ねるものだ。

 

一階ずつ。

 

一歩ずつ。

 

少しずつ。

 

それを当然のように進む者達。

 

理解できないものを、人は簡単には認められない。

 

---

 

同時刻。

 

ギルド奥。

 

普段、冒険者が入ることのない部屋。

 

そこには二人の男がいた。

 

ギルドマスター、レオン。

 

そしてもう一人。

 

クジュラ。

 

海都に仕える武人。

 

元老院直属の任を受ける、数少ないショーグン。

 

本来なら、冒険者ギルドで朝から待つような立場ではない。

 

だが今日は違った。

 

机には一枚の報告書。

 

---

 

異国より来訪した五名。

 

旧黒華国出身。

 

代表者。

 

黒蘭。

 

職業登録。

 

ショーグン。

 

---

 

クジュラは報告書を見る。

 

「くだらんな」

 

第一声がそれだった。

 

レオンは笑う。

 

「わざわざ来て、それか」

 

「当然だ」

 

クジュラは腕を組む。

 

「刀を持てばショーグンを名乗れると思う者など珍しくない」

 

「海都にもいるだろう」

 

「東方かぶれの冒険者が」

 

レオンは否定しない。

 

刀。

 

武士。

 

将軍。

 

遠い東方の文化。

 

その響きに憧れる者はいる。

 

だが本物は少ない。

 

「だから呼ばれたんだろ」

 

レオンは言う。

 

「元老院に」

 

クジュラは不機嫌そうにする。

 

今回、彼が来た理由。

 

それは元老院からの命。

 

急速に迷宮を攻略する異国の武装集団。

 

危険なのか。

 

利用できるのか。

 

本当に東方の戦士なのか。

 

それを同じ東方剣術を扱うクジュラに見極めさせるためだった。

 

「冒険者の品定めなど、俺の仕事ではない」

 

「でも来た」

 

「命令だからだ」

 

レオンは笑った。

 

「そういうことにしておくよ」

 

その時。

 

外が騒がしくなる。

 

黒華五刀が現れた。

 

---

 

クジュラは窓から見る。

 

最初は興味などなかった。

 

しかし。

 

数秒後。

 

表情が変わった。

 

先頭の男。

 

黒蘭。

 

腰には二振りの刀。

 

だがクジュラが見たのは刀ではない。

 

歩き方。

 

重心。

 

視線。

 

手の位置。

 

刀との距離。

 

分かる。

 

あれは飾りではない。

 

刀を持っているのではない。

 

刀と共にある。

 

そういう者の動きだった。

 

続いて女。

 

黒椿。

 

二刀。

 

だが黒蘭とは違う。

 

片方の柄には長い布。

 

風に揺れるそれは、装飾ではない。

 

旗。

 

指揮官の証。

 

さらに黒薔薇。

 

一刀。

 

そして巨大な籠手。

 

守り手。

 

最後尾。

 

黒牡丹。

 

黒百合。

 

二人は長刀ではない。

 

短刀。

 

影の武器。

 

だが立ち位置が異常だった。

 

守られる後衛ではない。

 

いつでも消えられる距離。

 

いつでも殺せる距離。

 

クジュラは黙った。

 

---

 

「どうだ?」

 

レオンが尋ねる。

 

「まだ分からん」

 

「へぇ」

 

「見ただけで判断するほど愚かではない」

 

そう言いながら。

 

クジュラの視線は外れない。

 

五人。

 

武器も違う。

 

役割も違う。

 

しかし一つの刃に見える。

 

「……黒」

 

小さく呟いた。

 

「何?」

 

レオンが聞く。

 

クジュラは言った。

 

「昔聞いたことがある」

 

「東のさらに果て」

 

「長く戦乱が続いた国」

 

「そこでは、国へ偉業を示した者だけが」

 

「ある色を名乗ることを許されたと」

 

レオンは黙る。

 

「その色が?」

 

「黒だ」

 

クジュラは続けた。

 

「家柄ではない」

 

「金でもない」

 

「戦場で示した者」

 

「国を守った者」

 

「歴史に名を残す者」

 

「そういう者だけが許される号」

 

「黒とは名前ではない」

 

「称号だ」

 

レオンは黒蘭を見る。

 

「つまり本物か?」

 

「知らん」

 

クジュラは即答する。

 

「だが」

 

少し間。

 

「あの男」

 

「名前負けはしていない」

 

レオンは笑った。

 

「珍しいな」

 

「褒めていない」

 

「確認しただけだ」

 

クジュラは部屋を出る。

 

「帰るのか?」

 

「ああ」

 

「見ないのか?」

 

「必要ない」

 

扉の前で止まる。

 

「……報告書」

 

「ん?」

 

「ロイヤルガードとの探索結果」

 

「後で回せ」

 

レオンは笑う。

 

「気になるんじゃないか」

 

「確認だ」

 

そう言って去った。

 

だが。

 

疑問だけが残る。

 

もし本当に黒なら。

 

あの若さで。

 

一体何を成した。

 

そしてなぜ。

 

そのような者が冒険者などになっている。

 

---

 

入口。

 

ロイヤルガード五人。

 

黒華五刀五人。

 

向かい合う。

 

アルベルトが言った。

 

「確認する」

 

「今回は危険域調査」

 

「討伐目的ではない」

 

黒蘭は頷く。

 

「ああ」

 

「そして我々は君達の部下ではない」

 

「ああ」

 

「指揮系統は別だ」

 

「当然だ」

 

即答。

 

アルベルトは少し意外そうだった。

 

「簡単に認めるな」

 

「なぜ?」

 

「君は将だったのだろう」

 

黒蘭は答える。

 

「黒華では」

 

「ここでは違う」

 

「俺は海都を知らない」

 

「この迷宮も知らない」

 

「知らない者が全てを決めれば、人が死ぬ」

 

ロイヤルガードの者達は黙った。

 

強者。

 

異国の将。

 

もっと傲慢だと思っていた。

 

しかし違った。

 

---

 

探索開始。

 

目的地は十階付近。

 

前回黒華五刀が到達した地点。

 

道中、ロイヤルガードは何度も驚くことになる。

 

地図。

 

その精度。

 

異常だった。

 

魔物。

 

水場。

 

休息地点。

 

採取物。

 

危険植物。

 

退路。

 

「本当に一回の探索で?」

 

アルベルトが尋ねる。

 

椿は普通に答える。

 

「はい」

 

「六日ありましたので」

 

六日も。

 

六日しか。

 

感覚が違った。

 

---

 

黒蘭は最後尾を歩いていた。

 

アルベルトが尋ねる。

 

「なぜ後ろにいる」

 

「見るため」

 

「我々を?」

 

「ああ」

 

「評価か」

 

「違う」

 

「学ぶためだ」

 

アルベルトは振り返る。

 

「君が?」

 

「ああ」

 

黒蘭は当然のように言う。

 

「この迷宮では、お前達が先達だ」

 

---

 

最初の戦闘。

 

巨大蛙。

 

複数。

 

ロイヤルガードが前へ出る。

 

アルベルトが盾を構える。

 

「我々がやる」

 

黒蘭は頷く。

 

「任せる」

 

薔薇が笑う。

 

「本当に見てるだけか」

 

「ああ」

 

「珍しい」

 

「今日はそういう日だ」

 

---

 

戦闘。

 

アルベルトが受ける。

 

ウォリアーが斬る。

 

プリンセスが支える。

 

ゾディアックが撃つ。

 

モンクが管理する。

 

完成された形。

 

黒華五刀は黙って見る。

 

薔薇が言う。

 

「なるほど」

 

椿も頷く。

 

「安定していますね」

 

牡丹。

 

「消耗が少ないです」

 

百合。

 

「無駄も少ない」

 

黒蘭。

 

「強いな」

 

---

 

戦闘後。

 

アルベルトが聞く。

 

「本気でそう思うのか」

 

「ああ」

 

「君なら一人で倒せるだろう」

 

「倒せる」

 

即答。

 

だが続ける。

 

「だが俺が五人いるわけではない」

 

沈黙。

 

「俺だけが可能な戦いを基準にすれば」

 

「俺以外が死ぬ」

 

アルベルトは何も言えなかった。

 

---

 

昼。

 

休息。

 

牡丹が準備を始める。

 

短時間。

 

煙を抑える。

 

匂いも少ない。

 

しかし温かい。

 

ロイヤルガードのモンクが驚く。

 

「迷宮内でここまで?」

 

牡丹は微笑む。

 

「食事は士気ですから」

 

黒蘭も言う。

 

「疲れた者は判断を誤る」

 

「判断を誤れば死ぬ」

 

「だから食える時に食う」

 

「寝られる時に寝る」

 

薔薇が笑う。

 

「本人は寝ないけどな」

 

牡丹も笑う。

 

「困った方です」

 

黒蘭は黙る。

 

反論しない。

 

アルベルトは少し驚いた。

 

初めて見た。

 

黒蘭が言い負ける姿を。

 

---

 

午後。

 

危険域。

 

森が静まる。

 

王者の縄張り。

 

巨大な影。

 

虎に似た魔物。

 

姿を現す。

 

アルベルトが構える。

 

薔薇も構える。

 

だが。

 

黒蘭は刀を抜かない。

 

「待て」

 

「来ない」

 

獣を見る。

 

獣も黒蘭を見る。

 

長い沈黙。

 

やがて。

 

獣は去った。

 

---

 

アルベルトは聞く。

 

「なぜ追わない」

 

「目的ではない」

 

「倒せるとしても?」

 

「倒せる」

 

即答。

 

「だが倒す理由がない」

 

「縄張りの王を殺せば」

 

「次に何が入るか分からない」

 

「敵を消せば終わるとは限らない」

 

アルベルトは黙った。

 

---

 

帰路。

 

アルベルトは言った。

 

「少し分かった」

 

「何が」

 

「なぜ皆が君を見るのか」

 

黒蘭は本気で首を傾げる。

 

「なぜだ」

 

薔薇が吹き出す。

 

「本人が聞くなよ」

 

牡丹も微笑む。

 

百合が言う。

 

「黒蘭様の理解できない唯一の部分です」

 

椿は静かに言った。

 

「黒蘭様」

 

「人は勝つ人について行くのではありません」

 

「生きて帰してくれる人について行くのです」

 

黒蘭は答えなかった。

 

---

 

その夜。

 

ギルド報告。

 

アルベルトの一文。

 

“黒華五刀は危険”

 

“しかし、迷宮を軽んじる者ではない”

 

“彼らは勝利ではなく、生還を基準としている”

 

---

 

そして。

 

その報告書は翌日。

 

元老院へ届けられる。

 

同時に。

 

一人の武人の元へも。

 

クジュラはその文章を読む。

 

しばらく黙る。

 

そして呟いた。

 

「……黒、か」

 

興味ではない。

 

認めたわけでもない。

 

だが。

 

確認する必要がある。

 

そう思った。

 

黒華五刀。

 

そして。

 

黒蘭という男を。

 

第六話 了

 

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