海都来訪十五日目。
世界樹の迷宮。
第一階層。
十一階。
黒華五刀は再び森の中にいた。
前回と違うことがある。
同行者はいない。
ロイヤルガードもいない。
監視もない。
完全な単独探索。
本来の形だった。
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「やっと普通に進めるな」
黒薔薇が嬉しそうに言った。
腰には一刀。
左腕には大型籠手。
黒華の防人。
戦場で王を守り抜いた女。
その表情は、どこか楽しそうですらあった。
黒牡丹が苦笑する。
「薔薇様」
「何だ?」
「迷宮探索は遊びではありませんよ」
「分かってる」
「本当に?」
「……たぶん」
黒百合が即答する。
「分かっていません」
「おい」
いつもの会話。
だが。
歩みは止まらない。
警戒も緩まない。
雑談しながら、周囲全てを見る。
それが黒華五刀だった。
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椿は地図を書く。
前回より速い。
理由は単純。
ここまでの道は、もう調べた。
確認だけでいい。
黒蘭は先頭を歩く。
二本の刀。
抜いてはいない。
だがいつでも抜ける。
「黒蘭様」
椿が声をかける。
「何だ」
「今日の目標は?」
「十五階」
薔薇が振り返る。
「控えめだな」
「そうか?」
「普通に行けばもっと進めるだろ」
黒蘭は頷く。
「進める」
「なら」
「進むだけならな」
薔薇は笑った。
「あー」
「はいはい」
「またそれか」
黒蘭は気にしない。
「俺達はまだ、この森を知らない」
「十階まで見た」
「十一階以降は違う」
百合が頷く。
「環境変化あり」
牡丹も周囲を見る。
「植物も変わっています」
椿は地図に書き込む。
「階層内でも、生態が変わる……」
黒蘭は頷く。
「ここからだ」
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十一階。
そこから迷宮は変化した。
木々は太くなる。
湿地が増える。
視界が悪くなる。
魔物も変わる。
大型化。
群れ。
連携。
新人冒険者なら、この辺りから壁に当たる。
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その頃。
海都ギルド。
掲示板。
リッド達は依頼を確認していた。
現在。
リッド Lv8。
ファラ Lv8。
セレネ Lv10。
まだ第一階層前半。
だが順調だった。
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「十階か……」
リッドが呟く。
ファラは横を見る。
「また黒蘭さん達?」
「ああ」
「気になる?」
「そりゃ気になるだろ」
リッドは拳を握る。
「同じ日に登録したんだぞ」
セレネが淡々と言う。
「比較対象がおかしい」
「いやでも」
「おかしい」
即答。
ファラも頷く。
「私もそう思う」
「二人して!?」
セレネは掲示板を見る。
「黒華五刀は特別」
「リッドは普通」
「普通って言われると傷つく」
「でも」
セレネは少し考えた。
「普通なのに進むから、すごい」
リッドは驚いた。
「え?」
ファラも少し驚く。
セレネは表情を変えない。
「黒蘭達は完成してる」
「私達は違う」
「だから比べる場所が違う」
リッドは少し黙った。
「……セレネ」
「何?」
「今、褒めた?」
「少し」
「少しか」
ファラは笑った。
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その時。
ギルドの扉が開く。
入ってきたのはアルベルトだった。
ロイヤルガード隊長。
リッドは思わず姿勢を正す。
「アルベルトさん!」
「君達か」
アルベルトは三人を見る。
「人数を増やしたらしいな」
「はい!」
「良い判断だ」
その言葉にリッドは笑う。
だが。
アルベルトは続けた。
「黒蘭に言われたからか?」
「……はい」
「なら良い相手に出会ったな」
リッドは意外そうだった。
「認めてるんですか?」
「彼を?」
「はい」
アルベルトは少し考えた。
「強さは認めている」
「人としては、まだ分からない」
正直な答え。
「ただ」
少し間。
「彼は迷宮に対して誠実だ」
「それは分かった」
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同時刻。
十一階。
黒華五刀。
戦闘中。
敵は大型の蛙。
さらに魚型魔物。
湿地での挟撃。
本来なら危険な状況。
水場。
足場不良。
視界不良。
しかし。
黒華五刀は乱れない。
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「右、水中」
百合。
「確認」
薔薇。
魚が飛び出す。
牙。
薔薇は避けない。
籠手。
受ける。
いや。
流す。
牙が滑る。
体勢が崩れる。
一刀。
斬撃。
終わり。
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蛙が跳ぶ。
椿が刀を地面に刺す。
柄布が広がる。
黒い旗のように。
「前へ」
声。
静か。
しかし通る。
不思議な声だった。
大声ではない。
叫びでもない。
だが届く。
黒華の戦場で鍛えられた声。
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牡丹が短刀を投げる。
傷は浅い。
しかし毒。
動きが鈍る。
百合の術。
黒蘭。
歩く。
二刀。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
五撃。
六撃。
七撃。
八撃。
一瞬。
蛙の巨体が崩れる。
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薔薇がため息をつく。
「相変わらずだな」
「何が」
黒蘭が聞く。
「普通に斬るのが一番強いところ」
「普通ではない」
「いや普通だろ」
「斬っているだけだ」
薔薇は笑った。
「だから怖いんだよ」
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椿は戦闘跡を見る。
「やはり、魔物は人とは違いますね」
黒蘭は頷く。
「ああ」
「大きい」
「硬い」
「急所も違う」
薔薇が言う。
「でも今、一瞬だったぞ」
「今回はな」
黒蘭は魔物を見る。
「だが」
「いつか斬れない相手が出る」
「その時に考え始めても遅い」
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夕方。
十五階到達。
予定通り。
黒華五刀は野営準備に入った。
その時。
百合が止まる。
「黒蘭様」
「ああ」
黒蘭も気付いていた。
気配。
巨大。
しかし前回の虎ではない。
もっと違う。
地面。
水。
泥。
牡丹が地面を見る。
「移動跡……」
「大きすぎますね」
椿が地図を見る。
「この先」
「二十階方面」
黒蘭は頷く。
「階層主か」
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階層主。
迷宮の節目を守る存在。
海都でも語られる存在。
多くの冒険者が挑み。
多くが退けられた。
第一階層の王。
ナルメル。
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薔薇が笑う。
「ようやく大物か」
黒蘭は言う。
「まだ戦わない」
「分かってる」
「本当か?」
「……分かってる」
牡丹が笑う。
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その夜。
焚き火の前。
椿は地図を書いていた。
黒蘭はその横に座る。
「疲れていないか」
椿は少し驚いた。
「私ですか?」
「ああ」
「問題ありません」
「そうか」
それだけ。
でも椿は分かっていた。
黒蘭は全員を見ている。
薔薇の腕。
牡丹の荷。
百合の集中。
自分の疲労。
何も言わないだけ。
見ていないわけではない。
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「黒蘭様」
「何だ」
「昔から変わりませんね」
「そうか?」
「はい」
椿は地図を見る。
「誰より先へ行けるのに」
「必ず振り返る」
黒蘭は答えない。
少しして言った。
「振り返らなかった者から死んだ」
椿は黙る。
黒華の戦場。
進めと言った者。
勝てと言った者。
栄光を求めた者。
多くが死んだ。
黒蘭は違った。
帰れと言った。
生きろと言った。
だから。
残った者は彼を見た。
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翌朝。
黒華五刀はさらに奥へ進む。
目的。
二十階。
階層主確認。
海都ではまだ知らない。
黒き五人が。
第一階層攻略目前まで来ていることを。
第七話 了