亡国の黒将と世界樹の迷宮   作:清海深々

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第七刀 黒き刃の距離

 

海都来訪十五日目。

 

世界樹の迷宮。

 

第一階層。

 

十一階。

 

黒華五刀は再び森の中にいた。

 

前回と違うことがある。

 

同行者はいない。

 

ロイヤルガードもいない。

 

監視もない。

 

完全な単独探索。

 

本来の形だった。

 

---

 

「やっと普通に進めるな」

 

黒薔薇が嬉しそうに言った。

 

腰には一刀。

 

左腕には大型籠手。

 

黒華の防人。

 

戦場で王を守り抜いた女。

 

その表情は、どこか楽しそうですらあった。

 

黒牡丹が苦笑する。

 

「薔薇様」

 

「何だ?」 

 

「迷宮探索は遊びではありませんよ」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「……たぶん」

 

黒百合が即答する。

 

「分かっていません」

 

「おい」

 

いつもの会話。

 

だが。

 

歩みは止まらない。

 

警戒も緩まない。

 

雑談しながら、周囲全てを見る。

 

それが黒華五刀だった。

 

---

 

椿は地図を書く。

 

前回より速い。

 

理由は単純。

 

ここまでの道は、もう調べた。

 

確認だけでいい。

 

黒蘭は先頭を歩く。

 

二本の刀。

 

抜いてはいない。

 

だがいつでも抜ける。

 

「黒蘭様」

 

椿が声をかける。

 

「何だ」

 

「今日の目標は?」

 

「十五階」

 

薔薇が振り返る。

 

「控えめだな」

 

「そうか?」

 

「普通に行けばもっと進めるだろ」

 

黒蘭は頷く。

 

「進める」

 

「なら」

 

「進むだけならな」

 

薔薇は笑った。

 

「あー」

 

「はいはい」

 

「またそれか」

 

黒蘭は気にしない。

 

「俺達はまだ、この森を知らない」

 

「十階まで見た」

 

「十一階以降は違う」

 

百合が頷く。

 

「環境変化あり」

 

牡丹も周囲を見る。

 

「植物も変わっています」

 

椿は地図に書き込む。

 

「階層内でも、生態が変わる……」

 

黒蘭は頷く。

 

「ここからだ」

 

---

 

十一階。

 

そこから迷宮は変化した。

 

木々は太くなる。

 

湿地が増える。

 

視界が悪くなる。

 

魔物も変わる。

 

大型化。

 

群れ。

 

連携。

 

新人冒険者なら、この辺りから壁に当たる。

 

---

 

その頃。

 

海都ギルド。

 

掲示板。

 

リッド達は依頼を確認していた。

 

現在。

 

リッド Lv8。

 

ファラ Lv8。

 

セレネ Lv10。

 

まだ第一階層前半。

 

だが順調だった。

 

---

 

「十階か……」

 

リッドが呟く。

 

ファラは横を見る。

 

「また黒蘭さん達?」

 

「ああ」

 

「気になる?」

 

「そりゃ気になるだろ」

 

リッドは拳を握る。

 

「同じ日に登録したんだぞ」

 

セレネが淡々と言う。

 

「比較対象がおかしい」

 

「いやでも」

 

「おかしい」

 

即答。

 

ファラも頷く。

 

「私もそう思う」

 

「二人して!?」

 

セレネは掲示板を見る。

 

「黒華五刀は特別」

 

「リッドは普通」

 

「普通って言われると傷つく」

 

「でも」

 

セレネは少し考えた。

 

「普通なのに進むから、すごい」

 

リッドは驚いた。

 

「え?」

 

ファラも少し驚く。

 

セレネは表情を変えない。

 

「黒蘭達は完成してる」

 

「私達は違う」

 

「だから比べる場所が違う」

 

リッドは少し黙った。

 

「……セレネ」

 

「何?」

 

「今、褒めた?」

 

「少し」

 

「少しか」

 

ファラは笑った。

 

---

 

その時。

 

ギルドの扉が開く。

 

入ってきたのはアルベルトだった。

 

ロイヤルガード隊長。

 

リッドは思わず姿勢を正す。

 

「アルベルトさん!」

 

「君達か」

 

アルベルトは三人を見る。

 

「人数を増やしたらしいな」

 

「はい!」

 

「良い判断だ」

 

その言葉にリッドは笑う。

 

だが。

 

アルベルトは続けた。

 

「黒蘭に言われたからか?」

 

「……はい」

 

「なら良い相手に出会ったな」

 

リッドは意外そうだった。

 

「認めてるんですか?」

 

「彼を?」

 

「はい」

 

アルベルトは少し考えた。

 

「強さは認めている」

 

「人としては、まだ分からない」

 

正直な答え。

 

「ただ」

 

少し間。

 

「彼は迷宮に対して誠実だ」

 

「それは分かった」

 

---

 

同時刻。

 

十一階。

 

黒華五刀。

 

戦闘中。

 

敵は大型の蛙。

 

さらに魚型魔物。

 

湿地での挟撃。

 

本来なら危険な状況。

 

水場。

 

足場不良。

 

視界不良。

 

しかし。

 

黒華五刀は乱れない。

 

---

 

「右、水中」

 

百合。

 

「確認」

 

薔薇。

 

魚が飛び出す。

 

牙。

 

薔薇は避けない。

 

籠手。

 

受ける。

 

いや。

 

流す。

 

牙が滑る。

 

体勢が崩れる。

 

一刀。

 

斬撃。

 

終わり。

 

---

 

蛙が跳ぶ。

 

椿が刀を地面に刺す。

 

柄布が広がる。

 

黒い旗のように。

 

「前へ」

 

声。

 

静か。

 

しかし通る。

 

不思議な声だった。

 

大声ではない。

 

叫びでもない。

 

だが届く。

 

黒華の戦場で鍛えられた声。

 

---

 

牡丹が短刀を投げる。

 

傷は浅い。

 

しかし毒。

 

動きが鈍る。

 

百合の術。

 

黒蘭。

 

歩く。

 

二刀。

 

一撃。

 

二撃。

 

三撃。

 

四撃。

 

五撃。

 

六撃。

 

七撃。

 

八撃。

 

一瞬。

 

蛙の巨体が崩れる。

 

---

 

薔薇がため息をつく。

 

「相変わらずだな」

 

「何が」

 

黒蘭が聞く。

 

「普通に斬るのが一番強いところ」

 

「普通ではない」

 

「いや普通だろ」

 

「斬っているだけだ」

 

薔薇は笑った。

 

「だから怖いんだよ」

 

---

 

椿は戦闘跡を見る。

 

「やはり、魔物は人とは違いますね」

 

黒蘭は頷く。

 

「ああ」

 

「大きい」

 

「硬い」

 

「急所も違う」

 

薔薇が言う。

 

「でも今、一瞬だったぞ」

 

「今回はな」

 

黒蘭は魔物を見る。

 

「だが」

 

「いつか斬れない相手が出る」

 

「その時に考え始めても遅い」

 

---

 

夕方。

 

十五階到達。

 

予定通り。

 

黒華五刀は野営準備に入った。

 

その時。

 

百合が止まる。

 

「黒蘭様」

 

「ああ」

 

黒蘭も気付いていた。

 

気配。

 

巨大。

 

しかし前回の虎ではない。

 

もっと違う。

 

地面。

 

水。

 

泥。

 

牡丹が地面を見る。

 

「移動跡……」

 

「大きすぎますね」

 

椿が地図を見る。

 

「この先」

 

「二十階方面」

 

黒蘭は頷く。

 

「階層主か」

 

---

 

階層主。

 

迷宮の節目を守る存在。

 

海都でも語られる存在。

 

多くの冒険者が挑み。

 

多くが退けられた。

 

第一階層の王。

 

ナルメル。

 

---

 

薔薇が笑う。

 

「ようやく大物か」

 

黒蘭は言う。

 

「まだ戦わない」

 

「分かってる」

 

「本当か?」

 

「……分かってる」

 

牡丹が笑う。

 

---

 

その夜。

 

焚き火の前。

 

椿は地図を書いていた。

 

黒蘭はその横に座る。

 

「疲れていないか」

 

椿は少し驚いた。

 

「私ですか?」

 

「ああ」

 

「問題ありません」

 

「そうか」

 

それだけ。

 

でも椿は分かっていた。

 

黒蘭は全員を見ている。

 

薔薇の腕。

 

牡丹の荷。

 

百合の集中。

 

自分の疲労。

 

何も言わないだけ。

 

見ていないわけではない。

 

---

 

「黒蘭様」

 

「何だ」

 

「昔から変わりませんね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

椿は地図を見る。

 

「誰より先へ行けるのに」

 

「必ず振り返る」

 

黒蘭は答えない。

 

少しして言った。

 

「振り返らなかった者から死んだ」

 

椿は黙る。

 

黒華の戦場。

 

進めと言った者。

 

勝てと言った者。

 

栄光を求めた者。

 

多くが死んだ。

 

黒蘭は違った。

 

帰れと言った。

 

生きろと言った。

 

だから。

 

残った者は彼を見た。

 

---

 

翌朝。

 

黒華五刀はさらに奥へ進む。

 

目的。

 

二十階。

 

階層主確認。

 

海都ではまだ知らない。

 

黒き五人が。

 

第一階層攻略目前まで来ていることを。

 

第七話 了

 

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