ダンブルドアの語る彼我の境界(マナー)のお話

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第1話

大概の不思議は知っておると言うていい。

 

言ったらば世の真理に迫る不思議の前髪にさえ手が届くかと思った事すらある。

何せわしは魔法使いじゃからな。しかも魔法使いという魔法使いの中でもなかなかの魔法使いの部類じゃ。

 

ゴーストなんぞ特別なもんでもないし、付き合いの難しいご近所じゃ空想上の生き物などと言われとる連中とも顔見知り、下手すりゃ死なぬですむ禁忌にも触れた。

お陰で大概の事にゃ驚かんよ。ん?いや、驚かん振りが出来る様になった。これが正しいの。

まあこれは魔法使いでなくとも年経れば誰でも身に付けられる技じゃな。心掛け次第での。歳をとるのも悪くはないものよ。

 

そんなわしにも、ちょっと困った出来事があった。

 

怖いだの不思議だのと言うより、マナーの問題じゃな。

 

つい最近、付き合いづらいご近所に出掛けた折りの話じゃ。

 

わしは至極上機嫌でイギリスの湖水地帯を歩いておった。あの辺りは気に入りの夜の散歩コースでの。ああいう場所の深更ゆえ寒々しくはあるが、人影がなく気楽なのがいい。

 

こういうと人嫌いの偏屈じじいのように思うかの?しかし実際、わしはちと周りに人がいる事に飽き始めとる節があっての。静かな一人の時間がこのところやたらと貴重に思えるようになった。これも年のせいかの。

 

湖水地帯の辺りと言えば、言わずと知れたゴーストの巣じゃ。マンチェスター城の道化師、レーベンスホールの茶色い貴婦人、ラムレー城のレディ・リリー・ラムレーなど有名無名含めて枚挙に暇がない。

 

この日も何人か、静かに挨拶しあってすれ違ったものじゃ。

思うに一度去った世界に舞い戻るというのは、わしらが考えるよりずっと悩み深い事なんじゃなかろうか。して夜の湖水地帯をさ迷うのは、その物思いにピッタリくるんじゃろうな。

あそこですれ違う連中はわしの知る限り皆大人しく、干渉するのもされるのもごめんといった様子じゃった。ただそっと小さく一礼してすれ違うのみ。

 

わしとしてもその方が気楽でよいし、敢えてマナー違反を犯すつもりもない。

 

なかったんじゃがなあ・・・。

 

その日に限って、わしはちと珍しい相手に行き合うてしもうた。

 

クイーン・アン・ブーリンは知っとるかな?そう、ローマ教皇や国民を敵に回して王妃になったなかなか強かなあの女人じゃよ。

結局は夫たるヘンリー八世の寵愛を失って斬首されたんじゃが、エリザベス一世のご母堂という栄えある立場の御方でもある。

 

彼女はいつもならロンドン塔やハンプトン・コート宮殿、自身が幼少期を過ごし、またかのエリザベス一世を産み落とされたビーバー城などで過ごしておるんじゃが、この日は何の気まぐれか、湖水地帯の侘しさに身を任せたくなったのじゃろう、王妃らしい凛とした風情ながら侍女もつけず、独り静静と歩いておった。

 

向こうから来るのが彼女と知ったわしは、正直少々戸惑った。すれ違い様に膝をおるのもなんじゃし、かと言うて仮にも王妃たる女人に目礼では失礼に当たらんかとの。

 

しかしこれが全て間違いじゃった!

 

悩む間にぐんぐん近付いて来る彼女は、スペイン風の繊細なレースの襞襟にイタリア式の深い襟ぐり、肩から垂れ袖を垂らして、当時を思わせる床しい装いに豪奢な首飾りをつけーこれが、かのヘンリー八世が毎日ひと粒ずつ贈ったという品々かと思わせる宝石が連なった、実に見事なものなんじゃがーわしを見止めると明らかに戸惑った表情を浮かべた。

 

こりゃ仰々しい真似をして煩わせてはならないと、わしは即座に目を伏せ、軽く礼をとった。

彼女の深い物思いの邪魔をしてはいかんと思ったんじゃ。

 

アン王妃は歩調を緩め、いささか迷うように顎にそっと手を当てて、浅い礼を返してよこした。

人の事は言えんが、王妃としちゃいささか杜撰な挨拶じゃ。

 

そう思った瞬間、ゴロリとわしの足元にアン王妃の頭が転げ落ちた。

 

わしゃこれ程驚いた事はここ数十年なかったと断言出来る。

 

何せ、王妃たる女性の頭が、わしの足元にあって困り顔でこちらを見上げておるんじゃ。明らかに滅多とある事じゃなかろう。

 

してわしはハタと思い当たった。

 

彼女の顎に手を添えたあの仕種、あれは斬られた首を落とさぬ為のものじゃったんじゃと。

 

ほとんど首なしニックと違って、彼女の首は実に見事に斬り放されたものと見える。スッパリした斬り口も露に戸惑う王妃にわしも往生した。

拾い上げて首のない体に手渡すべきか、見ぬ振りをして彼女が拾うに任せるか、どうやら王妃も迷っているらしく、長いドレスの下で足がもぞもぞしておるのがわかった。

 

互いに身動きならぬ状態がどれ程続いたか、不意に蹄の音がしてわしと王妃はハッとした。

 

顔を巡らせれば栗毛の見事な駿馬に跨がった威風堂々たる人影がこちらへと近付いて来るのが見えた。

 

わしは咄嗟に一歩退がり、深く頭を垂れた。

 

騎乗の人影はヘンリー八世じゃったんじゃ。

 

王と王妃が揃われたからには、略式の礼ではすまされまい。膝をつく事も考えんでもなかったが、何せ足元には王妃の頭が転がっておる。あまり間近に顔を寄せるのも無礼じゃろうと思ったんじゃな。

 

ヘンリー八世はその肉付きのいい体からは思いもよらぬ身軽さで栗毛から下りると、わしの肩に手を置いた。

 

はてと顔を上げると、気難しく勘の強そうな顔が笑っていた。迷惑をかけたなと言わんばかりにわしの肩を二三度叩き、ヒラリと王妃の体を抱き上げて栗毛の背に乗せる。

 

それから、気恥ずかしそうに目を伏せる頭を拾い上げ、肩をすくめて頷いて見せた。

 

わしがもう一度礼をとると、彼はかつての寵妃にその首を渡し、自らもサッと栗毛に跨がった。

 

栗毛は幾度か蹄を鳴らして足踏みすると、二人を乗せてギャロップで湖水地帯の闇夜に消えて行った。

 

残されたわしは唖然とするばかり。

 

正直、驚いていない振りをするのも忘れておった。

 

 

 

 

王と王妃が長い年月の末に和解したのか、それとも王が気まぐれを起こして気の毒な王妃を救いに来たのか、そこらへんの事はわしにもわからん。わからんでいい事じゃと思うとる。プライベートな問題に踏み込むのはマナー違反じゃ。

 

同様に、わしは湖水地帯の散歩を止めた。世を去ってわしらには想像のつかぬ物思いを抱えた人々の邪魔をするのは、矢張りマナー違反に他ならんからの。

 

悪戯に世界の違う相手の日常を掻き乱すものではない。これは肝に命じるべき事じゃ。

 

わしでさえ驚く事があるくらいなんじゃ。

 

何が起こるか、わからんからの。

 

 


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