リヴァイ兵長が獣の巨人へと襲いかかる、まさにその瞬間を、俺は土煙の彼方に見ていた。人類最強の刃が、あの冒涜的なる獣の肉を裂き、その断末魔が戦場に谺するであろう、決定的な瞬間を。しかし、俺の役目はそこで終わりではない。兵長が奴を屠るまでの間、周囲の巨人どもが邪魔をせぬよう、俺がここで食い止めねばならぬのだ。
俺は雷槍を構え直し、接近する数体の巨人の足元へ狙いを定める。一発。炸裂。膝を砕かれた巨人が地に伏す。これで、兵長への進路は塞がれまい。そう、安堵の息を吐こうとした、その刹那である。
異様な気配が、俺の背筋を凍らせた。それは、先ほどまで相手にしていた鈍重な無垢の巨人どもとは、根本的に異質な動きだった。素早く、理知的で、そして何よりも、俺という存在を明確に狙っている。
四足歩行の異形が、
地を這う流星のごとく、俺へと殺到する。その速度は、並みの巨人の比ではない。
俺は反射的にアンカーを放ち、近くの巨人の肩へとワイヤーを打ち込んだ。間一髪。
先ほどまで俺が立っていた空間を、車力の巨大な牙が空しく噛み砕く。冷たい汗が、こめかみを伝い落ちた。
(速い。それに、この動きは)
俺は空中で体勢を立て直しながら、必死に観察する。
こいつは、ただの獣ではない。戦場を理解し、相手の隙を突く知性を持っている。
まるで、熟練の兵士のような、無駄のない攻撃だ。
俺は間断なくアンカーを打ち替え、廃墟の屋根伝いに、あるいは倒れた巨人の巨体を遮蔽物にして、その猛追から逃れ続ける。
しかし、車力の機動力は圧倒的で、距離は一向に開かない。
(このままじゃ、ジリ貧だ)
俺は奥歯を噛み締め、腰に残った雷槍の残数を指で確かめる。
残りは、二つだ。このまま逃げ回るだけでは、いずれ追い詰められる。かといって、止まって狙いを定めようものなら、その隙に噛み砕かれるのがオチである。
俺は、この圧倒的な速度差をひっくり返す、たった一つの勝機を必死に探していた
俺は奥歯を噛み締め、腰に残った雷槍の残数を指で確かめた。
残りは、二つ。
このまま逃げ回るだけでは、いずれ追い詰められる。かといって、止まって狙いを定めようものなら、その隙に噛み砕かれるのがオチである。
ならば、どうする。
(一発目は、囮だ)
俺は、ピークの事を思い出す。
なぜ、この時に。
そんな疑問はあったが、俺は彼女に会う為にも、生き残る為にも。
その決意と共にに、既に動いていた。
俺は車力の巨人の眼前、その地面へ向けて、一発目の雷槍を放った。
狙いは、巨人そのものではない。ただの地面だ。車力の巨人が、その理不尽な攻撃に、ほんの一瞬、動きを止める。
疑問を抱いたのだろう。当然だ。何の意味もない場所に、貴重な武器を撃ち込んだのだから。
しかし、その一瞬で十分だった。
雷槍が地面で炸裂し、轟音とともに土煙が舞い上がる。
爆風が、俺の体を空へと押し上げた。車力の巨人の視界から、俺の姿が消える。
奴は今、爆煙の向こうに俺の姿を探しているはずだ。だが、俺はもう、奴の頭上にいる。
「二発目は、本命だ」
俺は空中で体を捻り、真下に見える車力の巨人の胴体へ向けて、二発目の雷槍を放った。
狙うは、うなじではない。
まずはその機動力を奪うため、巨体を支える胴体そのものだ。
雷槍が、唸りを上げて吸い込まれていく。私は、その軌道を見届けることもなく、着地のためのアンカーを放った。背後で、爆発の轟音が戦場に谺する。
手応えは、あった。
俺は、構えたまま、車力の巨人の巨体へと近づいた。うなじを完全に破壊し、トドメを刺すためだ。爆煙と蒸気が立ち込める中、俺は最後の安全装置を解除し、その肉深くへと狙いを定める。これで、全てが終わる。この、名状しがたい悪夢のような戦いが、ようやく終わるのだ。
だが、その時だった。車力の巨人のうなじから、ゆっくりと、一人の人影が現れたのは。
蒸気の向こうに、その姿がぼんやりと浮かび上がる。細身の体躯。黒い髪。そして、いつも眠たげだった、あの目。俺の指は、引き金にかかったまま、凍りついた。目の前で起きている現実を、脳が拒絶している。そんなはずはない。そんなはずは、絶対にない。
「やあ」
その女――ピークは、まるで街角ででも出会ったかのように、気だるげな、しかし確かな声音で、俺にそう言った。あの日、露店で別れた時と、何も変わらない口調で。
俺は、言葉を失った。そうか、そういうことだったのか。彼女が、壁外の危険を知っていたのも、俺の出征をあれほどまでに止めようとしたのも、全ては。俺の頭は真っ白になり、ただ、目の前の現実だけが、やけに鮮明に、網膜に焼き付いていた。怒りも、悲しみも、何もかもが追いつかない。ただ、彼女が、敵だった。それだけが、動かしようのない事実として、俺の胸に突き刺さっていた。