赤レンガの屋上を蹴り俺は空へと飛び出した。
下方からは車力の巨人が背負った機関銃が火を噴き俺めがけて鉛の雨を降らせてくる。
「そこだね」
ピークの声は弾んでいる。
だがその弾みには確かな殺意が混じっている。
俺は空中で体を捻りアンカーを隣の建物の壁へと打ち込む。
ワイヤーが張り詰め俺の体は猛烈な勢いで横へと加速した。
直後俺がさっきまでいた空間を無数の弾丸が切り裂いていく。
レンガの破片が赤い粉となって舞い上がる。
(速い。相変わらず対応が早い)
俺は舌打ちをしながら着地もそこそこに再びアンカーを放つ。
飛ぶ。
撃つ。
避ける。
まるで嵐の中を飛ぶ鳥のように俺は弾幕の狹間を縫っていく。
「右だね! 残念!」
ピークがそう言った瞬間俺の右肩の外套が千切れ飛んだ。
熱い。
掠めただけだが肌が焼けるようだ。
彼女は俺の進路を読んでいる。
俺も彼女の射線を読んでいる。
だが今のところその読み合いはピークが一枚上手だった。
その時瓦礫の陰から仲間たちが飛び出してきた。
「ジョー! 援護する!」
名もなき同期たちだ。
彼らは剣を抜き車力の巨人へと突っ込んでいく。
だがピークは動じない。
むしろその口元が笑ったように見えた。
「新人君たちには悪いけど」
車力の巨人が首を回す。
背負った機関銃が唸りを上げた。
「ここは通さないよ」
乾いた銃声が連続して響く。
俺は止めようと手を伸ばしたが遅かった。
次々と仲間たちが血を噴き出して落下していく。
鮮やかすぎるほどの戦術的判断だった。
足を止めず視線だけで敵を捉え最小限の射撃で確実に仕留める。
(なんて戦い方だ)
俺は奥歯を噛み締めた。
彼女は強い。
単純な火力だけじゃない。
戦場全体を見ている。
だからこそ危険なのだ。
俺は銃を構え直した。
仲間をやられた怒りで手が震えそうになる。
だが震えている場合じゃない。
ここで俺が倒れれば次は誰も止められない。
俺は深く息を吸い込み標的を見定める。
狙うは機関銃の銃座。
そこを破壊できれば彼女の牙は抜ける。
(読み合いなら負けない)
俺は再び屋根を蹴った。
「さあどこから来る?」
ピークの瞳が俺を追う。
俺たちは互いに互いの命を狙いながらそれでもどこかでこの瞬間を楽しんでいるようなそんな奇妙な高揚感の中にいた。
赤レンガの壁に背を預け俺は荒い息を整えた。
チェンバーを引く。残弾はあと三発。
雷槍はまだ二本残っているが、ここで使うわけにはいかない。
車力の巨人の装甲は厚い。普通の銃弾では傷つけるのがやっとだ。
だが、俺には見えている。
あの機関銃の死角と、彼女が次に向く方向が。
「…行くぞ」
俺は無意識に呟き、アンカーを放った。
狙うのは、ピークの背後にある給水塔。
そこへ飛び移れば、彼女の視界の死角から狙い撃てる。
一方、その頃。
車力の巨人の首元にしがみついたまま、ピークは鋭い目つきでレンガの壁を見つめていた。
潛った。あの兵士は、自分から姿を消したのだ。
「皆」
ピークは背中の砲座に乗る男に声をかけた。
「聞こえてる。奴はどこだ」
「分からない。それが一番厄介なのさ」
ピークはゆっくりと巨人の首を回し、周囲の屋上を警戒する。
「あの兵士はね、ただ撃つだけの馬鹿じゃない。私の狙い先と、回避するルートを同時に見てる。だから、普通に撃ち合ったらこっちが読まれる」
「ならどうする? 撤退か?」
「まさか。ここで逃がしたら、ライナーたちが危ない」
ピークは目を細め、冷たい殺意を滲ませた。
「気をつけて。奴は必ず死角から来る。音にも、影にも、過剰に反応して。見失ったら、次は私のうなじに鉛が刺さってると思って」
「了解した。総員、周囲警戒! 影に何か動いたら即座に撃て!」
パッツァーの怒号が響き、機関銃が一斉に旋回する。
「さあ、どこから来るのかな、ジョー」
ピークは前足を爪立て、いつでも飛び出せる態勢を取った。
その時だ。
給水塔の陰から、小石が一つ、落ちた。
カラン、と乾いた音が響く。