小石の音に反応し機関銃が火を噴いたのは一瞬の出来事だった。
「そこか!」
パッツァーの怒号と共に鉛の嵐が給水塔を粉々に砕く。だが俺はもうそこにはいない。
音が出る直前に瓦礫を蹴り真逆の方向へと飛び出していたのだ。
(読んだね。さすがだ)
だがそれでいい。俺が囮の音を出したのは彼らの意識を上へと向けるためだ。
真の狙いは下。
俺はアンカーを地面近くのレンガ壁へ打ち込み急降下する。
車力の巨人の視界は広い。だが四足歩行の構造上どうしても下腹の真下は覗き込みにくい。ましてや背中の巨大な機関銃は重量があり旋回に限度がある。
「下だ! 足元にいるぞ!」
ピークの鋭い声が響く。だが遅い。
俺は既に彼女の腹の下滑り込むようにしてホバリングしていた。
狙うは装甲の薄い腹部。そしてその奥にいる本体。
殺してはいけない。だが確実に戦闘不能にしなければならない。
俺は残り二本の雷槍のうち一本を構えた。
「ピーク! これは君を殺すための矢じゃない!」
俺は叫び引き金を引いた。
雷槍が唸りを上げ車力の巨人の柔らかき下腹部へと突き刺さる。
直後、炸裂。
「あぐっ…!」
巨人の口からピークの呻き声が漏れる。
爆風と衝撃が巨体を真横へと弾き飛ばした。四本の足が瓦礫を捉えきれず車力の巨人は無様にバランスを崩す。
「しまっ…」
パッツァーの声が悲鳴に変わる。
巨人はそのまま建物の縁を越え虚空へと放り出された。
ドォォォォォン!
地上への激突音が遅れて響く。
俺はアンカーを回収しながら屋上の縁へと降り立った。
下を見下ろすと瓦礫の山と化した路上で車力の巨人がピクリとも動かずに横たわっている。
蒸気が立ち上っているが再生の気配はない。気絶したのだ。
これでしばらくは動けないはずだ。
俺は震える手で雷槍の発射器を外した。
殺さずに止めた。
だが胸の奥は痛む。
彼女を突き落としたこの手の感触だけが冷たく残っていた。
屋上の縁に降り立った俺の視界の下で、土煙がゆっくりと晴れていく。
そこには瓦礫の山と化した路上で、横たわる車力の巨人の姿があった。
四足歩行の異形は不自然にねじれたまま、ピクリとも動かない。
雷槍の直撃と落下の衝撃。
さすがにこれは堪えただろう。
俺はアンカーを放ち、一気に地上へと降下する。
ズシン。
着地の衝撃が足首に走り、レンガの破片がジャリジャリと音を立てて靴の裏で砕ける。
近づくと、巨人から立ち上る蒸気が熱を帯びて俺の頬を撫でた。
うなじの部分を確認する。
裂けた肉の奥に、血にまみれたピークの姿が見える。
意識を失っているが、その胸は微かに上下している。
生きている。
俺は震える手で銃を下ろし、深く息を吐いた。
殺さずに止めた。
だが、胸の奥はチリチリと痛む。
彼女を突き落としたこの手の感触だけが、冷たく残っていた。
背中の機関銃座は雷槍の爆風で吹き飛ばされ、鉄屑と化している。
パッツァー隊の兵士たちはどうだろうか。
確認する限り、動く気配はない。
運が良ければ吹き飛ばされただけか、悪ければ……。
「ピーク……」
俺は彼女の名を呼ぶが、返事はない。
ただ、立ち上る蒸気の音だけが、ゴォォォと響いている。
ここに長居はできない。
マーレの増援が来る前に、この場を離れなければ。
だが、彼女をこのままにしていいのか?
捕虜にするか?