立ち上る蒸気が血の匂いを運んでくる。
瓦礫の山と化した路上で車力の巨人が力なく横たわっていた。
四足歩行の巨体はピクリとも動かずそのうなじから一人の女がゆっくりと這い出してくる。
黒髪。気だるげな目。細身の体格。
まぎれもなくピークだった。
彼女は瓦礫に背をもたれかけ荒い息を吐きながらもその目は俺を真っ直ぐに見据えていた。
俺は銃口を下ろさずただ彼女との距離を保ったまま立ち尽くしている。
引き金にかかる指には力がこもったままだ。
(殺すのか。それとも)
ピークは口元に微かな笑みを浮かべた。
「・・・どうしたの? 殺さないの? 絶好の機会なのに」
その声はひどく穏やかであの食堂で聞いた声と何ら変わらないように思えた。
俺は一瞬だけ目を伏せそれから再び彼女を見返した。
「車力の巨人の力はどこかに行く可能性がある。ならば殺すのは得策じゃない」
それは戦術的に正しい判断だ。巨人を殺せばその力は誰かに継承される。ならば行動不能にして確保する方が有利であることは論を待たない。俺はそう自分に言い聞かせた。
だがピークは小さく首を振った。
「そぅ。とっても残念ね。てっきり別の理由かと思ったのに」
彼女の言葉には棘などなかった。ただ静かな失望とあるいは期待外れへの安堵のようなそんな色が混じっていた。
俺は何も言えなかった。
別の理由。そう彼女も分かっているのだ。俺が彼女を殺さない本当の理由を。
それは戦術的判断などではない。ただ彼女を失いたくないというどうしようもない未練だ。
だがそれを口にすれば俺たちはもう敵同士ではいられなくなる。
俺は沈黙をもって彼女の言葉を受け止めることしかできなかった。
ピークは目を細め何か言いたげに唇を開きかけた。その時だ。
遠くから乾いた銃声が響き渡ったのは。
カシュッという音とともに俺の足元の瓦礫が砕け散る。
狙撃だ。
「・・・どうやらお迎えが来たみたいね」
俺は、それと共に瞬時にその場を離脱する
「またねジョー。次はもっとゆっくり話したいな」
マーレの兵士たちだ。
彼らは的確な射撃で俺の行動を封じながらピークの回収に向かっているらしい。
煙が晴れた時にはもうそこに彼女の姿はなかった。
あるのは赤い煙の残滓と瓦礫だけ。
俺は銃を下ろし深く息を吐いた。
心臓がまだうるさいほどに脈打っている。
殺さなかった。
それが正解だったのか間違いだったのか今の俺には分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
彼女ともう一度話したいとそう思ってしまった自分が確かにいるということだ。