飛行船の床板が、微かに振動している。
エンジンの唸りが、耳の奥で遠く響き続けていた。
俺は窓の枠に額を押し付け、ただ下界を眺めていた。
レベリオの街は急速に遠ざかり、今は大地に刻まれた醜い傷跡のように小さく見えている。
けれど、そこから立ち上る黒い煙は、雲に届くまで消える気配がない。
俺たちが残した傷だ。
いや、俺が残した傷だ。
「終わったな」
背後で誰かが呟いた。
終わった?
いや、これからだ。
俺は自分の手を見下ろす。
皮膚の奥に、まだ火薬の焦げた匂いが染み付いている気がした。
この手で、俺はどれだけの弾丸を放ったのだろう。
マーレ兵の武器を撃ち抜き、彼らの戦意を削ぎ、そして車力の巨人を、ピークを、吹き飛ばした。
彼女は生きていた。
会話もした。
だが、それは俺たちが「敵」であるという事実を何一つ変えはしなかった。
窓の外の景色が変わっていく。
マーレの街並みから、荒野へ。
あの華やかな市場も、あの悲しい収容区も、全てが後方へと消えていく。
俺たちは逃げたのだ。
あの惨劇の現場から。
エレンが引き起こした、あの地獄から。
そして俺は、その地獄の一端を、確かに作り出した共犯者だ。
胸がひどく軋む。
殺したくなんてなかった。
ただ仲間を守りたかっただけだ。
それなのに、結果はどうだ。
民間人を巻き込み、街を焼き、無数の命を奪った。
「正当防衛」だと言い聞かせても、その言葉はあまりにも軽く、風で飛んでしまいそうだ。
「ジョー、少し休め」
ハンジ分隊長の声がした。
俺は頷かない。
休めない。
目を閉じれば、あの瓦礫の下で横たわるピークの姿が浮かぶ。
彼女は言った。
『次はもっとゆっくり話したいな』
ああ、俺だってそうしたい。
でも、次会う時も、俺たちは銃を向け合うことになるのだろうか。
その時、俺はまた彼女を撃てるのか。
俺は拳を握りしめた。
惨劇を自覚する。
自分が「悪魔」の側に回ってしまったことを。
それでも、もう戻れない。
進むしかないのだ。
この重い罪と、彼女への届かない想いを背負って。
「伏せろッ!」
俺の叫びが空気を裂いたその瞬間、火薬の炸裂音が二発、ほとんど間髪入れずに響き渡る。一発は少女の銃から。もう一発は、俺の銃からだった。少女が放った銃弾は、まっすぐにサシャの頭部へと吸い込まれていく。しかしその軌道を、俺の放った一発がかするように掠め、ほんの数ミリ、弾道を逸らした。
サシャが短い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。頭部からは血が流れているが、致命傷ではない。俺はすぐさま二発目を構え、少女の持つ銃器そのものを狙って引き金を引いた。金属音と共に少女の手から銃が弾き飛ばされる。
「サシャ! 誰か、止血を!」
俺の声に反応し数名がサシャに駆け寄る中、他の兵士たちは怒りに任せて少女と少年に殺到しようとしていた。
「このガキがッ!」
「引きずり出せ!」
俺は、すかさず二人を庇うように立ち塞がり、両腕を広げて叫んだ。
「待て! この二人を殺すな! 拘束だけにしろ!」
「何言ってんだジョー! サシャが撃たれたんだぞ!」
「だからだ! 殺して済む話じゃない! それに、こっちの少年は発砲を止めようとしていた。事情を聞くべきだ!」
俺の剣幕に周囲の兵士たちは戸惑いながらも、渋々武器を下ろした。俺は、倒れた少女と、彼女を守ろうと覆いかぶさる少年を見下ろしながら、静かに言った。
「縛って連行しろ。傷の手当てもしてやれ。いいな」
二人の子供の瞳には敵意と困惑と恐怖が入り混じっていた。俺は震える手で銃を下ろし、深く息を吐いた。