糸引く記憶と雷槍の先   作:ボルメテウスさん

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銃の才能

巨大な結晶柱が、薄暗い洞窟の天井を支えるようにそびえ立っている。白く光る鉱石の筋が、まるでこの地下空間全体を不気味に脈打つ血管のように走り、断続的に響く銃声を、増幅しては返し、増幅しては返し、どこまでも反響させていた。耳をつんざく炸裂音のたびに、砕けた石片がぱらぱらと降り注ぎ、足元の暗い奈落へと吸い込まれていく。

 

中央憲兵の対人用立体機動装置。あの忌々しい銃器の前では、俺たち調査兵団の剣は、あまりにも分が悪い。正面から斬り込もうとした先輩が、ワイヤーに足を取られ、被弾するのを目の当たりにした。歯噛みする。俺は剣の腕では、仲間たちに到底追いつけない。それは、訓練兵の頃からずっと分かっていたことだ。

 

だが。

 

俺は右手に剣を握ったまま、壁面にアンカーを打ち込む。狙うは、敵の目前ではない。仲間の背後、頭上、そして死角。俺の目は、敵兵の顔でも、獲物の刃でもなく、ただ黒い銃口と、そこから伸びる射線だけを追っていた。

 

「右の柱! 銃口が二つ、射線が交差してる! 迂闊に飛び込むな!」

 

俺は叫び、同時に隣にいた仲間の肩を掴んで、力任せに引き寄せる。刹那、俺たちのすぐ横を、銃弾が唸りを上げて通過した。壁に着弾し、石片が頬をかする。仲間は息を呑み、それから震える声で礼を言った。俺は小さく頷くだけに留め、すぐに視線を次の敵へと移す。

 

(俺は、皆みたいに速くは飛べない。一撃で巨人のうなじを削ぐこともできない。でも、見えるんだ。あの銃口がどこを向き、次の弾がどこを狙うのかが、手に取るように)

 

これは、才能なのか、ただの怯懦なのか、自分でもよく分からない。ただ、この薄暗い戦場で、俺に見えているものを無駄にしたくない。その一心だけが、震える膝を前に進ませていた。

 

「三番隊、一旦下がれ! 敵のアンカーが、左の結晶柱に集中してる。次の着地は、あの柱の影だ!」

 

俺の声に、味方の数名が素早く反応する。彼らが退避した瞬間、その場所を無数の銃弾が薙ぎ払った。間一髪。冷や汗が背中を伝う。俺は手近な柱の陰に身を隠し、荒い息を整えながら、暗い洞窟のさらに奥を見据えた。この先に、どんな真実が待っているのかは分からない。だが、俺は生き残らねばならない。ここで死ぬわけにはいかない。まだ、海を見ていないのだから。

俺は剣を握り直し、再び壁面へとアンカーを打ち込んだ。

「次の射線、俺が作る。皆はその隙に、一気に奥へ!」

 

俺は叫ぶと、仲間の誰よりも先に、銃弾の飛び交う空間へと身を躍らせた。狙うは、敵の射撃そのものではない。敵が俺を狙い、その銃口が俺に集中した、その一瞬の隙。それこそが、俺の作り出せる唯一の道だった。

 

洞窟の奥深く、混迷を極めた戦場で、ついに一人の中央憲兵が俺のすぐ目の前に墜ちてきた。ワイヤーを断たれ、無様に石畳に叩きつけられた敵は、もうぴくりとも動かない。仲間たちは、さらに別の増援に手を焼き、こちらに構っている余裕はなかった。俺は、その死体の装備――対人用立体機動装置と、手に握られたままの銃器を、ほとんど反射的に奪い取っていた。装置を背中に回す。その重みと重心は、俺たち調査兵団が使い慣れたものとはまるで異なり、背筋に冷たい違和感が走る。こんな物を背負って、よくもまあ自由に空を飛べるものだと、一瞬、妙な感心が湧いたほどだ。

 

右手に持ち替えた銃。訓練で使った旧式とは、引き金の感触が違う。しかし、一度手に馴染ませれば、もう問題はない。俺はゆっくりと銃口を持ち上げ、混沌とした戦場を睨み据えた。

 

不思議なものだ。さっきまで、悲鳴と怒号と銃声が耳を劈いていたというのに、この瞬間だけは、世界からすべての音が消え去ったかのように静かに感じられる。仲間を狙う敵兵の動きが、やけにゆっくりと、はっきりと見える。銃口の向き、ワイヤーの角度、着地のタイミング。訓練所で何度も何度も、吐き気がするほど繰り返した射撃の記憶が、恐怖で強張った体の中に、じわりと染み渡っていく。

 

(撃てる。いや、撃たねば)

 

これは、俺にしかできないことだ。俺は、人を撃つ。その事実が、背筋を凍らせる。だが、ここで俺が躊躇すれば、目の前で仲間が死ぬ。俺は奥歯を噛み締め、照準を定めた。狙うは、敵兵の頭でも、心臓でもない。今、まさに仲間へと向けられようとしている、あの銃と、その体を支えるワイヤーそのものだ。

 

引き金を引く。乾いた炸裂音が、洞窟にこだまする。俺の放った初弾は、敵兵の手にした銃器を正確に弾き飛ばした。火花が散り、敵が驚愕に目を見開く。続けざまに二発目。アンカーワイヤーが断ち切られ、敵兵はバランスを失い、暗い奈落の底へと消えていった。一瞬の静寂。それから、仲間の一人が「今だ!」と叫び、俺がこじ開けた射線の隙間を縫って、洞窟の奥へと殺到していく。俺は、引き金を引いた右手の震えを、左手で無理やり押さえつけた。火薬の焦げる臭いが、やけに鼻につく。人を撃つということは、やはり、何度経験しても慣れるものではないらしい。俺は、動揺を押し隠すように大きく息を吐き、再び銃を構え直した。戦いは、まだ終わらない。

 

銃声が、まるで雨音のように洞窟の空気を震わせ続けている。俺が敵の銃を二丁、立て続けに叩き落としたことで、どうやら連中は俺を脅威と見做したらしい。さっきまで仲間たちに降り注いでいた銃弾の嵐が、今はその大半が俺一人に向けられている。

 

(それでいい)

 

俺は奥歯を噛み締め、柱の陰に身を潛めた。恐怖が、冷たい手で背筋を撫で上げていく。だが、それと同時に、頭の隅で冷静に計算している自分もいた。俺が狙われるほど、仲間への銃弾は減る。ならば、この恐怖にも意味がある。

 

問題は、弾薬だった。

 

手にした銃の弾倉が、驚くほど軽い。あと一発か二発、引き金を引けば、この銃はただの鉄屑と化す。ちらりと柱の外を覗けば、つい先ほど俺が撃ち落とした敵兵の死体が、奈落へと吸い込まれていくところだった。その腰には、まだ予備の弾薬袋が揺れている。

 

(落ちる前に、取る)

 

俺はほとんど無意識のうちに、左手のアンカーを発射していた。狙うは死体の腰、あの革袋の留め具だ。狙い違わず、鉤は袋の紐を捉える。俺はワイヤーを強く引き、奈落へ落ちる寸前の弾薬袋を、空中で手元へと引き寄せた。同時に、俺が隠れていた柱が、敵の集中射撃を受けて大きく抉られる。石片が頬を裂き、血が一筋、顎を伝った。

 

(間に合った)

 

俺は転がるように次の柱の影へと飛び込み、荒い息のまま弾倉を交換する。手馴れた動作で装填を終え、再び銃口を持ち上げた時には、もう次の標的を定めていた。狙うは、敵兵そのものではない。殺すのではない。動けなくするのだ。連中のアンカーが深々と突き刺さった、あの脆そうな結晶の柱を。

 

「そこだ」

 

引き金を引く。銃弾は正確に、アンカーの刺さった岩の亀裂を撃ち抜いた。砕けた岩が崩れ落ち、足場を失った敵兵が、ワイヤーごと奈落へと引きずられる。悲鳴が洞窟にこだまする。俺は唇を噛み、すぐに次の標的へと銃口を向けた。敵の陣形は、確実に崩れ始めている。しかし、俺の心臓はうるさいほどに脈打ち、引き金を引く指先だけが、嘘のように冷たかった。

 

(これは、恐怖か、それとも)

 

自分でもよく分からない感情を振り切るように、俺は再び壁面へとアンカーを打ち込んだ。戦いは、まだ終わらない。俺が倒れるわけにはいかないのだ。生き残って、皆で海を見る、その日まで。

 

銃声が止んだ。いや、正確には、俺たちの周囲だけが、奇妙な静けさに包まれたのである。洞窟のさらに奥、この地下空間の心臓部とでも言うべき場所からは、まだ断続的な戦闘音が響いている。しかし、俺が撃ち崩した敵の射撃陣形は、完全に沈黙した。倒れた中央憲兵たちの装備が、冷たい石畳の上に無造作に散らばっている。

 

「ジョー、お前……」

ジャンが、呆然とした声で俺の名を呼んだ。その視線は、俺の手に握られた銃と、背中に背負った異形の立体機動装置に注がれている。仲間たちの顔にも、驚きと、どこか戸惑いのような色が浮かんでいた。それもそうだろう。訓練兵時代の俺は、剣の成績ではいつも下から数えた方が早かった。それが今、敵の装備を奪い、銃一つで戦局を変えたというのだから。

 

「訓練の時の射撃成績、あれは、まぐれじゃなかったんだな」

仲間の一人がそう言って、力なく笑った。俺はそれにどう返すべきか分からず、ただ暧昧にうなずくことしかできない。喜べなかった。確かに、役に立てた。仲間を守れた。それは、心の底から安堵している。だが、それと同じだけ、この震える指先と、熱を帯びた銃身が、俺に突きつける事実があった。俺は、人を撃つことに向いている。その才能を、これからも使い続けることになるだろう。それは、俺がずっと夢見ていた、壁の外の自由とは、少しだけ違う形をしていた。

 

俺は鞘に収まったままの剣に、ちらりと目をやった。結局、今日も一度も抜かなかった。抜く必要がなかったのだ。俺の戦場は、もう刃の届く距離にはない。俺はゆっくりと息を吐き、震えの止まらぬ指を、もう一度だけ強く握り締めた。この力からは、逃げない。それが、俺にできる唯一のことだから。

 

「行こう。まだ、終わってない」

俺は仲間にそう声をかけ、使いかけの弾薬袋を数個、近くにいた兵士に手渡した。それから、奪った銃を担ぎ直し、再び洞窟の奥へと足を踏み出す。背中に背負った対人用立体機動装置が、ずしりと重かった。それは、剣とは違う、俺の選んだ道の重さだった。火薬の煙が立ち込める静かな戦場を、俺たちは無言で進む。遠くから、まだ戦いの音が聞こえていた。

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