街の空気は、奇妙なほど静まり返っていた。
レベリオでの戦いから数日。俺たちはパラディ島へと戻り、日常が戻ったかのように錯覚していた。だが、それは嵐の前の静けさに過ぎない。エレンが地下に潛り、ジークの所在が知れず、ただ不穏な時間だけが過ぎていく。
俺は市場の喧騒から逃れるように、路地裏へと足を踏み入れた。
湿った石畳の匂い。壁の向こうから聞こえる微かな物音。
その時だった。
「動かないで」
背後から、冷たい声と共に、首筋に硬い金属が押し当てられた。
銃口だ。
俺は息を呑み、両手をゆっくりと挙げた。この気配。この声。
「ピーク…」
「久しぶりだね、ジョー。まさかこんな所で捕まえるとは思わなかったよ」
彼女は銃口を離さず、俺の横へと回り込んできた。
あの眠たげな目は今、鋭く光っている。
だが、そこには殺意よりも、焦燥のような色が混じっていた。
「何のつもりだ? 殺しに来たのか」
俺は努めて冷静に問うた。
ピークは小さく首を振った。
「殺すなら、レベリオで撃ってたよ。私が欲しいのは情報だ」
「情報?」
「ジーク、あるいはエレンの居場所。どっちでもいい。教えてもらえないかな」
彼女の要求に、俺は眉をひそめた。
まさか、そんなことを。
「どうして俺に?」
「君なら、分かるでしょう? このままじゃいけないって」
ピークの声が、低く震えた。
「ジークの脊髄液を飲んだ人たちが、この島の中にいる。もしエレンとジークが接触すれば、地鳴らしが始まる。そうなれば、この島の外の人たちだけじゃない。中の人たちも、巻き込まれて死ぬことになる」
彼女の言葉は、痛いほど真実だった。
壁の巨人が解き放たれれば、世界は終わる。だが、その前に「始祖の力」が発動すれば、脊髄液を飲んだエルディア人は巨人化する。この島は地獄になるのだ。
「…分かってる。だが、それをお前たちに教えたら、どうなる? マーレが攻めてきて、今度こそこの島は滅ぼされるんだろう」
俺は反論した。敵に情報を渡すなど、自殺行為だ。
ピークは寂しげに笑った。
「滅ぼされる? 地鳴らしが起これば、滅ぼされるのは世界の方だよ。そして、世界を滅ぼしたこの島は、永遠に憎まれる。たとえ地鳴らしを途中で止めたとしても、世界中から報復を受けることになる。それこそ、この島の状況はより悪化する」
彼女の論理は、残酷なほど明確だった。
どの道を選んでも地獄だ。だが、地鳴らしだけは、最悪の地獄だ。
「だから、止めたい。私たちの手で」
ピークは訴えるように俺を見つめた。
「お願いだよ、ジョー。君だって、あんな惨劇、二度と見たくはないでしょう? 多くの人が死ぬ未来を、選びたくはないでしょう?」
心臓が早鐘を打つ。
俺は知っている。彼女がただの敵ではないことを。
彼女もまた、地獄を見てきた人間だ。
レベリオの瓦礫の下で、俺に向かって「次はもっとゆっくり話したい」と言った女だ。
「…俺に、お前を信じろと?」
「信じてほしいとは言わない。ただ、判断してほしいだけ。私たちが止めなければ、誰も止められないって」