糸引く記憶と雷槍の先   作:ボルメテウスさん

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地ならし

一章 見たくない未来が目の前にある

 

瓦礫の向こうから、見知った顔がのぞいていた。

いや、顔だったものが、だ。

ニコと呼ばれていた男の、あの穏やかな笑みはもうどこにもない。

代わりにあるのは、溶けた蝋のように歪んだ肉と、飢えた獣の瞳だけ。

彼は巨人になってしまったのだ。

俺たちと同じ釜の飯を食い、同じ震える手で立体機動装置を握り、壁の外の自由を夢見ていた仲間が。

 

「ウアアアアッ!」

巨人の咆哮が、腹の底を揺らす。

巨体が崩れかかった家屋を蹴散らし、俺めがけて殺到してくる。

速い。

無垢の巨人特有の、あの理不尽な速さだ。

だが、俺の目は逃さない。

奴の踏み込み、重心の移動、そして殺到する軌道。

全てがスローモーションで見える。

 

俺は銃を構え、引き金を引いた。

ドンッ。

乾いた音と共に、弾丸が巨人の眼球を砕く。

苦痛に悶える隙をついて、足首のアキレス腱を撃ち抜く。

ズシン。

巨体がのしかかるような音を立てて崩れ落ちた。

一瞬の出来事だった。

だが、俺の手は震えていた。

恐怖ではない。

怒りだ。

 

「これが……」

俺は荒い息を吐き、忌々しげに呟く。

「これがやりたかったことかよ!」

 

俺たちは外の自由を求めて戦ってきたはずだ。

なのに、今俺がしていることは何だ。

味方を撃ち、仲間を足止めし、無理やり変えられた同僚を地に這いつくばらせている。

こんなの地獄だ。

畜生、こんなの認めるかよ。

俺は再び走り出した。

怒りを動力に変えて。

エレンを、ジークを、止めなければならない。

この茶番を終わらせるために。

 

その時だった。

足元の大地が、脈打った。

いや、違う。

大地そのものが、心臓のように鼓動したのだ。

ドォォォォン……。

重く、低い、地響き。

空気が震え、肺の中の酸素まで震わせるような、絶望的な振動。

 

俺は足を止め、城壁の方角を見上げた。

見たくない未来が、そこにあった。

三重の城壁のうち、最も外側の壁が、内側から爆ぜたのだ。

パラディ島の壁。

その中に眠っていた無数の巨人が、まるで破壊の神の軍勢のように、一斉に歩き出す。

土煙が天を衝き、空すらも飲み込まんばかりの勢いで進軍していく。

 

「地鳴らし……」

言葉が、喉から絞り出される。

始まってしまったのだ。

世界の終わりが。

俺が必死に止めようとして、それでも止めきれなかった最悪の未来が。

 

俺の足から力が抜けた。

まるで膝の関節だけが砂になってしまったかのように。

ズクリと、俺はその場に崩れ落ちた。

銃が手から滑り落ち、冷たい石畳の上で乾いた音を立てる。

見上げる空は、土煙で灰色に染まっていく。

 

何もできなかった。

俺の射撃も、俺の覚悟も、ピークとの約束も。

全てが、あの圧倒的な暴力の前では、あまりにも無意味だったのだ。

俺はただ、地面に這いつくばったまま、世界が終わっていくのを呆然と見上げることしかできなかった。

 

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