糸引く記憶と雷槍の先   作:ボルメテウスさん

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共闘の乗

二章 敵が敵を救う時

 

巨腕が振り下ろされる。

風圧だけで頬が裂けそうだ。

俺はもう逃げ場がないと悟った。

目の前には理性を失った元同僚の巨人。

その背後では地鳴らしの轟音が世界を飲み込んでいる。

これで終わりか。

俺はぎゅっと目を閉じた。

 

その時だった。

ドガッという鈍い衝撃音が響いたのだ。

俺は恐る恐る目を開ける。

目の前にいたはずの巨人が吹き飛んでいた。

いや吹き飛ばされたのだ。

土煙の向こうから悠然と姿を現したのは四足歩行の異形。

車力の巨人だ。

 

「嘘だろ」

俺は呆然と呟く。

あの独特なシルエットは見間違えようがない。

俺がシガンシナ区で撃ち抜きそして撃てなかった相手。

彼女だ。

 

車力の巨人は倒れた無垢の巨人にトドメを刺すとゆっくりとこちらを向いた。

そのうなじから蒸気と共に一人の女が顔を出す。

黒髪。

気だるげな瞳。

まぎれもなくピークだった。

 

「大丈夫?」

彼女の声はあの時と変わらず穏やかだった。

俺は言葉が出ない。

ただ呆然と彼女を見上げることしかできなかった。

かつて自分を利用して逃げた敵。

それが今自分の命を救ったのだ。

 

「なんで」

俺の震える声にピークは困ったように眉を下げた。

「理由なんて後でいくらでも話すよ。それよりジョー」

彼女は真剣な目で俺を見据えた。

「今の敵対する理由はある?」

その問いはあまりにも的を射ていた。

 

空を見上げれば進軍する壁の巨人たち。

地上を見渡せば狂った同僚たちの惨劇。

こんな状況でマーレとパラディが争っている場合だろうか。

いや違う。

今しなければならないのはただ一つ。

 

「ないよ」

俺は即答した。

躊躇いも迷いもなかった。

彼女が俺を助けてくれたからではない。

地鳴らしを止めるためには彼女の力が必要だからだ。

 

「協力する。共闘しようピーク」

俺が手を差し出すとピークは一瞬驚いたような顔をしてそれからふわりと笑った。

「了解。じゃあ乗って」

彼女は車力の巨人の手を差し出してくれた。

俺はその巨大な掌へと飛び乗る。

 

かつての敵が今は味方だ。

背中合わせで戦う日が来るとは思わなかった。

だが悪くない。

俺たちは地鳴らしを止めるために共に走り出したのだ。

車力の巨人の背に飛び乗った瞬間俺はある種の既視感に襲われた。

これはまるでかつて馬の背でリヴァイ兵長を運んだあの瞬間のようだ。

だが決定的に違うのは背後の体温だ。

冷徹なる人類最強の代わりにあるのは温かくそして名状しがたい安心感を覚える女の気配なのである。

 

「しっかり掴まっててよ。振り落とされても拾いに行く暇はないからね」

ピークの声が巨人の肉を通して直接俺の腹に響いてくる。

俺は車力の装備にしがみつき短く答えた。

「了解だ。行こうピーク」

 

その瞬間四足歩行の異形が地を蹴った。

加速は凄まじく荒れ果てた街並みが後方へと飛び去っていく。

だが俺の目は景色に奪われることなくただ前方の敵だけを見据えていた。

 

「右に抜けるよ」

「一秒遅らせて。あいつの足元が崩れてる」

「了解」

 

俺たちの連携はまるで長年共に戦ってきたかのように滑らかだった。

彼女が私の進むべき最短距離を読み俺がその上で撃つべき一点を狙う。

視野の広さと一点突破。

全く異なる性質を持つ二つの力がここで一つに噛み合うのである。

 

無垢の巨人が咆哮を上げ襲いかかってくる。

ピークはその攻撃を最小限の動きでかわし俺に射線を作り出した。

俺は息を吸い込み引き金を引く。

雷槍が唸りを上げ巨人のうなじへと突き刺さる。

炸裂。

巨体が崩れ落ちるその刹那俺たちはもう次の敵へと向かっていたのである。

 

「左から二体来るね」

「分かってる。先の足を狙うからその隙に懐へ」

「任せて」

 

言葉少なでも意思は完璧に伝わる。

かつて敵として相対した時彼女は俺の狙いを読み俺は彼女の機動を予測した。

その時の記憶が今は殺し合いのためではなく守り合うために蘇っているのである。

これが共闘か。

これが力を合わせるということか。

忌まわしき敵であった彼女とこうして背中を預け合うことになるとは運命というものはなんと名状しがたい皮肉に満ちているのだろう。

 

やがて最後の敵が倒れ街には再び静寂が戻った。

車力の巨人がゆっくりとその足を止める。

蒸気と土煙が混ざり合う中俺は大きく息を吐いた。

 

ピークがゆっくりと巨人のうなじから顔を出した。

その表情は戦いの疲労とは違うどこか憂いを帯びたものであった。

「助かったよジョー。君のおかげね」

「俺の方こそだ。君がいなければあそこで終わってた」

俺がそう言うとピークは少し寂しげに笑った。

 

「ねえジョー」

彼女の声はひどく真剣だった。

「この戦いが終わったら話があるんだ。どうしても君に伝えなきゃいけないことが」

 

その言葉に俺は息を呑んだ。

彼女の瞳には決意と迷いとそして名状しがたい悲しみが入り混じっていた。

これはきっと軽い話ではないのだろう。

だが俺は頷いた。

 

「ああ聞くよ。今度こそ逃げずに向き合おう」

 

俺たちの戦いはまだ終わっていない。

だがこの先どんな結末が待っていようと俺は彼女と共に歩むことを選んだのだ。

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