糸引く記憶と雷槍の先   作:ボルメテウスさん

38 / 38
最悪の現状

ハンジ団長分隊長は木の幹に背を預けたまま、眼鏡の奥の瞳を閉ざして語り始めた。

その声は、枯れ木が風に軋むように、ひどく疲弊していた。

「…リヴァイが負傷した」

その一言が、俺の心臓を冷水で洗い流したかのように凍らせた。

 

「負傷だと…」

俺の口から掠れた声が漏れる。

人類最強の兵士が負傷するなど、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ぬ事象のはずだった。

しかしハンジ団長の顔には、冗談を言う気力など微塵も残されていなかった。

それと共にハンジ団長が案内した所には、気絶しているリヴァイ兵長が寝ていた。

同時に、ハンジ団長の言葉は事実だと理解する。

 

「ジークとの戦いだ」

ハンジ団長は淡々と、まるで解剖記録でも読み上げるかのように続けた。

「右手の、人差し指と中指を失った。斬られたんだ」

指の欠損。それは戦士にとって死刑宣告に等しい。

だがハンジ団長の語りはそこで止まらなかった。

「それだけじゃない。右こめかみから刃が入ってな…右目を両断し、唇を通り抜けて、顎へと抜ける裂傷だ」

 

俺は息を呑んだ。

想像してしまったのだ。

あの不敗の兵士の顔が、無惨に割られ、血と肉と骨が剥き出しになる様を。

それはまさしく名状しがたい惨劇であった。

「…生きてるんですか」

俺は震える声で問うた。

「命はある。だが戦線復帰は…絶望的だ」

ハンジ団長の声が沈む。

 

森の静寂が、俺たちの絶望を嘲笑うかのように押し迫ってくる。

エレンは進軍し、リヴァイは倒れ、世界は崩壊の淵にある。

絶望の底から這い上がるための梯子は、もうどこにもないのだろうか。

 

「他の仲間たちは?」

ピークが静かに問うた。

「合流した。今は森の奥で待機させている。無事な者たちは…」

ハンジ団長はそこで言葉を切り、自嘲気味に笑った。

「無事な者なんて、もう数えるほどしか残ってないけどね」

 

俺は俯き、拳を握りしめた。

これが現実だ。

かつて夢見た壁の外の自由は、血と瓦礫と絶望の山の頂にしかなかったのだ。

 

ハンジ団長はゆっくりと顔を上げ、俺とピークを交互に見た。

「君たちの共闘、受け入れよう。もう選択肢なんてないんだからね」

その言葉に、俺は深く頭を下げた。

「ありがとうございます、分隊長」

敬語が自然と口をついて出る。

彼女は今、俺たちのただ一つの希望の灯だったのだ。

 

「行こう。みんなが待ってる」

ハンジ団長が立ち上がり、森の奥へと歩き出す。

俺とピークは顔を見合わせ、小さく頷き合った。

敵であった者と、壊れかけた希望と。

我々は今、一つの流れの中へと身を投じるのだ。

その先に救いがあるのかどうか、誰にも分からないままに。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

世界一悪い子と監視役(作者:クリ坊)(原作:進撃の巨人)

ウォールシーナ内の北側、レイス卿が所有する牧場。そこには、世界から存在を拒絶された一人の少女がいた。▼十歳の少年アルフレッドに与えられた仕事は、その少女――ヒストリアの行動を逐一ノートに書き留め、報告すること。▼「監視役」と「監視対象」。▼それが、二人の歪な関係の始まりだった。▼石を投げられ、誰からも望まれず、ただ空想の物語に逃避するだけの少女。▼そんな彼女…


総合評価:941/評価:9.03/連載:25話/更新日時:2026年05月25日(月) 20:17 小説情報

シューターのヒーローアカデミア(作者:なかりょた)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ハイスぺの体と個性『射手』で転生した主人公がおくる物語。なお全方位にさわやかスマイルを振りまいて、脳破壊をしていく模様。


総合評価:763/評価:6.11/連載:26話/更新日時:2026年06月08日(月) 14:43 小説情報

影なき刃(作者:洟魔)(原作:進撃の巨人)

地下街――そこは陽の光が届かず、腐臭と暴力と飢えに支配された世界。▼そこで生き抜いてきた少年ルカにとって、「生きる」とはただ盗み、ただ奪い、ただ生き残ることだけを意味していた。▼ある日、立体機動装置を偶然手に入れたルカは、独学でその操縦を身につけ、地下街の憲兵をも欺く「影」となる。▼だが、彼を追い詰めたのはただ一人――人類最強の兵士、リヴァイ。▼同じ「匂い」…


総合評価:1053/評価:8.32/連載:24話/更新日時:2026年07月09日(木) 10:00 小説情報

こんだけのガスであんな動き出来るわけないだろ!(作者:山崎春のご飯まつり)(原作:進撃の巨人)

ガスと肉体の管理がカスな記憶持ち異分子がボロボロになりながら皆を笑顔にする話。▼尚主人公はリミッターが外れてるため、戦闘力がある分怪我しやすいものとする。▼※原作:進撃の巨人、家庭用ゲーム:進撃の巨人2の内容を含んでおります。


総合評価:17687/評価:8.67/連載:42話/更新日時:2026年07月08日(水) 16:00 小説情報

地獄の氷叢さん家(作者:M.T.)(原作:僕のヒーローアカデミア)

地獄の轟くん家以上に地獄の氷叢分家の女の子がヒーローを目指すお話。▼燈矢くんや外典くんを見て、氷叢の血が濃くなりすぎた末路が気になって執筆した作品です。▼※注意▼・女主です。▼・お話の都合上、青山くんが出てきません。すまんな。▼・他作品のクロスオーバーをやり出す可能性があります。▼・オリ主の必殺技や一部設定のみ、以下のキャラの要素があります。▼ ・クザン(O…


総合評価:1915/評価:8.03/連載:55話/更新日時:2026年08月16日(日) 12:08 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>