糸引く記憶と雷槍の先   作:ボルメテウスさん

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最悪の現状

ハンジ団長分隊長は木の幹に背を預けたまま、眼鏡の奥の瞳を閉ざして語り始めた。

その声は、枯れ木が風に軋むように、ひどく疲弊していた。

「…リヴァイが負傷した」

その一言が、俺の心臓を冷水で洗い流したかのように凍らせた。

 

「負傷だと…」

俺の口から掠れた声が漏れる。

人類最強の兵士が負傷するなど、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ぬ事象のはずだった。

しかしハンジ団長の顔には、冗談を言う気力など微塵も残されていなかった。

それと共にハンジ団長が案内した所には、気絶しているリヴァイ兵長が寝ていた。

同時に、ハンジ団長の言葉は事実だと理解する。

 

「ジークとの戦いだ」

ハンジ団長は淡々と、まるで解剖記録でも読み上げるかのように続けた。

「右手の、人差し指と中指を失った。斬られたんだ」

指の欠損。それは戦士にとって死刑宣告に等しい。

だがハンジ団長の語りはそこで止まらなかった。

「それだけじゃない。右こめかみから刃が入ってな…右目を両断し、唇を通り抜けて、顎へと抜ける裂傷だ」

 

俺は息を呑んだ。

想像してしまったのだ。

あの不敗の兵士の顔が、無惨に割られ、血と肉と骨が剥き出しになる様を。

それはまさしく名状しがたい惨劇であった。

「…生きてるんですか」

俺は震える声で問うた。

「命はある。だが戦線復帰は…絶望的だ」

ハンジ団長の声が沈む。

 

森の静寂が、俺たちの絶望を嘲笑うかのように押し迫ってくる。

エレンは進軍し、リヴァイは倒れ、世界は崩壊の淵にある。

絶望の底から這い上がるための梯子は、もうどこにもないのだろうか。

 

「他の仲間たちは?」

ピークが静かに問うた。

「合流した。今は森の奥で待機させている。無事な者たちは…」

ハンジ団長はそこで言葉を切り、自嘲気味に笑った。

「無事な者なんて、もう数えるほどしか残ってないけどね」

 

俺は俯き、拳を握りしめた。

これが現実だ。

かつて夢見た壁の外の自由は、血と瓦礫と絶望の山の頂にしかなかったのだ。

 

ハンジ団長はゆっくりと顔を上げ、俺とピークを交互に見た。

「君たちの共闘、受け入れよう。もう選択肢なんてないんだからね」

その言葉に、俺は深く頭を下げた。

「ありがとうございます、分隊長」

敬語が自然と口をついて出る。

彼女は今、俺たちのただ一つの希望の灯だったのだ。

 

「行こう。みんなが待ってる」

ハンジ団長が立ち上がり、森の奥へと歩き出す。

俺とピークは顔を見合わせ、小さく頷き合った。

敵であった者と、壊れかけた希望と。

我々は今、一つの流れの中へと身を投じるのだ。

その先に救いがあるのかどうか、誰にも分からないままに。

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