糸引く記憶と雷槍の先   作:ボルメテウスさん

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その手に馴染む物

あの戦いから一ヵ月後。

様々な謎が解明された日。

曇天の下、俺は廃集落の教会跡で、ハンジ分隊長と向かい合っていた。

 

壁外の廃集落は、風化した廃屋と崩れた鐘楼が並ぶ、ひどくもの寂しい場所だった。泥道には、かつて巨人が歩き回った巨大な足跡が無数に残り、雨が降るたびにぬかるみを深くしている。俺はそんな足跡を跨ぎながら、指定された教会跡へと足を運んだのである。

 

「来たね、ジョー」

 

ハンジ分隊長の声は、妙に弾んでいた。その手には、見慣れぬ金属の筒が握られている。太く、重く、鈍い銀色に輝くそれは、俺が訓練で扱ってきたどの銃器とも似ていなかった。

 

「これが、例の新兵器です」

 

俺は差し出された雷槍を受け取り、まずその重さを確かめた。ずしりと腕にのしかかる。ただの鉄の筒ではない。内部には、巨人を砕くための炸薬が詰まっている。ハンジ分隊長は、俺が地下洞窟で見せた射撃の才能を評価し、この雷槍の初期試験要員に選んだと言った。認められたという高揚は、確かにあった。だが、それよりも先に、俺の胸を占めたのは、別の感情である。これは、鎧の巨人さえも砕く威力を持つ。つまり、俺が扱い方を一つ間違えれば、仲間を、そして俺自身を、一瞬で吹き飛ばしかねない兵器なのだ。

 

「……ずいぶんと、重いんですね」

俺は正直な感想を口にした。ハンジ分隊長は「でしょ!」と嬉しそうに笑い、矢継ぎ早に操作方法を説明し始める。腕への固定具、発射のための引き金、炸薬の安全装置。俺はその説明を一言も聞き漏らすまいと耳を傾けながら、意識の半分を、周囲の風景に向けていた。あの崩れた鐘楼は、射撃の邪魔になる。背後は壁、退路は限られる。左の廃屋は、倒壊の危険があるから、避難場所には使えない。見るべきは、武器そのものだけではない。武器を撃つべき場所と、撃った後の逃げ道をこそ、真っ先に確認しなければ。

 

「ジョー、君は本当に、まず周りを見るんだね」

ハンジ分隊長が、少しだけ感心したような声を出した。俺は暧昧にうなずき、雷槍を腕に装着する。冷たい金属の感触が、腕の骨にまで染み込んでくるようだった。

「さあ、試してみよう。あの壊れた鐘楼の柱が見えるかい? まずはあれを標的に、一発撃ってみてくれ」

俺は黙ってうなずき、アンカーを構えた。狙うは、風化した石柱。その向こうには、退避に使える壁がある。俺は標的、射線、退避先を順に確認し、それからゆっくりと息を吸い込んだ。仲間を救える可能性と、自分まで巻き込む危険。その二つを、この手で同時に握りしめる。これが、俺の戦い方なのだ。

俺は引き金に指をかけた。

 

爆音が、まだ耳の奥で痺れている。

 

俺は教会跡の廃壁にもたれかかり、大きく肩で息をしていた。つい先ほどまで立っていた地面には、黒い焦げ跡がくっきりと残り、辺りには火薬の焦げたような、異様な臭いが立ち込めている。

 

「ジョー! 大丈夫か!」

 

ハンジ分隊長の声が、遠くの井戸の底から響くように聞こえる。俺は朦朧とする意識の中で、ただ目の前の光景を呆然と見つめていた。硬質標的は、見事に砕け散っていた。狙い違わず、俺が放った雷槍は標的の中心に突き刺さり、その内部で炸裂したのである。しかし、俺はその結果を見届ける余裕もなく、爆風で吹き飛ばされ、危うく自分の身も瓦礫の下敷きになるところだった。仲間の一人が俺の襟首を掴んで引きずり出してくれなければ、今頃はあの黒い焦げ跡の中に、俺の肉片も混ざっていたかもしれない。

 

「……すみません、分隊長。当てることだけ考えて、後のことをすっかり」

 

俺は震える指を握り締めながら、ようやくそれだけを口にした。射撃の腕には、少しばかり自信があった。地下洞窟では、人の命を奪うという重圧こそあれ、狙いそのものを外したことはない。だが、この雷槍は違う。これは銃ではない。命中させた瞬間、その場に留まっていては、自分まで吹き飛ぶのだ。俺の射撃は、ただの一発で終わってしまっては意味がない。命中した後、どう離脱するか。そこまでを一つの動作として組み立てねばならない武器だったのである。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

俺は大きく息を吐き、再び雷槍を手に取った。さっきの失敗で、指先はまだ小刻みに震えている。恐怖が消えたわけではない。だが、それ以上に、自分の未熟さをはっきりと自覚したことが、俺の頭を冷えさせた。問題は、狙いではない。攻撃全体の組み立てだ。俺は顔を上げ、曇天の下にそびえる廃鐘楼を見据えた。さっきまでは、あれは射撃の邪魔になる障害物でしかなかった。だが、今は違う。あれこそが、俺の退避先になる。俺は雷槍を腕に固定し直すと、まず標的を見た。次に、標的の向こうにある鐘楼を見た。そして、誰よりも先に、左手のアンカーを鐘楼の石壁へと打ち込んだ。

 

「……今度は、逃げ道を作ってから撃つ」

 

俺は誰に言うともなく呟き、引き金を引いた。雷槍が咆哮を上げ、標的に吸い込まれていく。炸裂する火柱が上がるのを目で確認するよりも早く、俺はワイヤーを巻き取り、爆風が届く前にその場を飛び去っていた。鐘楼の壁に着地し、背後で起こった爆発の熱風を背中に受けながら、俺はゆっくりと振り返る。二つ目の標的もまた、跡形もなく砕け散っていた。爆煙が、ゆっくりと廃村の空に溶けていく。遠くで、枯れかけた木々が爆風に揺れていた。俺は、今度こそ深く息を吐き、まだ熱を帯びた雷槍の筒をそっと撫でた。これが、俺の戦い方だ。一発で仕留め、一瞬で離脱する。その繰り返しで、俺は戦場を生き延びる。ようやく、この武器の本質に触れた気がした。

 

爆音の余韻が、まだ空気を震わせていた。それは、俺たちの試射が思わぬ客を呼び寄せてしまったらしい。廃集落の向こう、傾いた家屋の影から、異様に長い腕をぶらりと垂らした二体の巨人が姿を現したのである。通常種だ。仲間たちが素早く散開し、そちらへ向かう。しかし、問題はその背後にいた。

 

「……奇行種!」

 

誰かが叫んだ。そいつは、他の巨人とはまるで動きが違った。まるで壊れた操り人形のように、がくがくと首を上下させながら、信じられない速度でこちらへ迫ってくる。その巨体が家屋を蹴り倒すたび、地面が揺れ、土埃が舞い上がった。狙いが定まらない。頭部の動きは不規則で、しかも速い。一発で仕留めるのは、至難の業だ。

 

だが。

 

地下洞窟で銃を握った時に感じた、あの奇妙な静けさが、再び俺の中に戻ってくる。恐怖は消えない。心臓はうるさいほどに脈打っている。それでも、周りの動きが急に遅く見え始めた。見るべきは、敵のうなじではない。まず、あいつの足元だ。

 

「……一発目は、囮にする」

 

俺は誰に言うともなく呟き、雷槍を構えた。狙うは、奇行種の目前の地面である。俺は引き金を引いた。雷槍が唸りを上げ、奇行種のすぐ足元で炸裂する。狙い通り、巨人は爆発を避けるように、大きく右へと進路を変えた。その先にあるのは、崩れた家屋に挟まれた、細い路地だ。俺はすかさず左手のアンカーを、背後にそびえる鐘楼へと打ち込んだ。逃げ道は、もう作ってある。後は、あの路地に奴が入り込む、その一瞬を待つだけだ。

 

「……来る」

 

奇行種が、狹い路地へとその巨体をねじ込むようにして突入してくる。左右を壁に阻まれ、奴の動きは一瞬、止まった。その頭部は、まだ揺れている。しかし、進路は限定された。狙うべき点は、もう見えた。俺は雷槍の二発目を構え、引き金に指をかける。仲間の一人が、遠くで俺の名を叫ぶ声が聞こえた。外したと思われているのかもしれない。だが、それでいい。俺は、自分が見つけたこの射線だけを信じる。外したと思わせた一発目こそが、この二発目のための布石なのだから。

 

「今だ」

 

夕暮れの空に、巨人の咆哮がこだまする。傾いた家屋の屋根が、先ほどの爆発で燃え始め、不気味な赤い光が路地を照らし出した。俺は、その炎の揺らめきを背に、二発目の引き金を引いた。雷槍が、一直線に狹い路地へと吸い込まれていく。狙うは、動きを止めた巨人のうなじ、ただ一点。爆音が、廃村全体を揺るがした。

 

雷槍が、狹い路地に吸い込まれていく。狙いは、動きを止めた奇行種のうなじ、ただ一点。炸裂。轟音とともに、巨人の巨体が爆炎に包まれた。肉が裂け、骨が砕け、噴き上げられた血が蒸気となって辺り一面に立ち込める。俺はその光景を最後まで見届けることなく、左手のワイヤーを全力で巻き取っていた。爆風が背中を叩く。廃鐘楼の壁が、目前に迫る。俺はまるでそこへ吸い込まれるように、石壁の陰へと飛び込んだ。着地の衝撃で、腕に装着した雷槍の発射器ががちゃりと音を立てる。空になった筒はまだ熱を帯び、俺の腕に鈍い痺れを残していた。肩で息をしながら振り返ると、奇行種の巨体は、もう跡形もなく消え去ろうとしている。巨人の死骸から立ち上る蒸気が、暮れかけた空へと昇り、燃え始めた廃屋の赤い炎と混ざり合って、異様な景色を作り出していた。仲間たちも、どうやら通常種二体を討伐し終えたらしい。廃集落に、静寂が戻る。爆発の後の耳鳴りだけが、まだ俺の頭の中でこだましていた。

 

「ジョー!」

 

ハンジ分隊長の声が、その静寂を破る。俺は壁にもたれかかったまま、ゆっくりと顔を上げた。分隊長は、いつもの飄々とした態度とは少し違う、真剣な眼差しで俺を見下ろしている。

 

「今の、見てたよ。一発目を足元に撃って、進路をあの路地に限定したね。しかも、発射と同時に退避用のアンカーも打ってた」

「……はい。当てるだけじゃ、ダメだと分かりましたから」

 

俺はようやく立ち上がり、空になった発射器を腕から外した。自分の戦い方というものを、初めて掴めた気がする。それは剣でもなく、ただの射撃でもない。戦場全体を見渡し、敵の動きを読み、撃つべき一瞬のために、その前後すべてを組み立てる。それが、俺の戦い方だ。しかし、それと同時に、胸の奥に冷たいものが広がるのを感じていた。今、俺が撃ち抜いたのは、ただの巨人だ。だが、この雷槍の威力は、あまりにも強力すぎる。もし、これを人間が宿る巨人に向ける時が来たら。俺は、迷わず引き金を引けるだろうか。

 

「ジョー」

ハンジ分隊長が、新しい雷槍を差し出しながら、俺の目をまっすぐに見つめた。

「君を、雷槍の初期運用者として正式に任命する。この武器は、刃では届かなかった場所に、君たちを連れて行ってくれる。でも、その威力は、使い手を選ぶ」

俺は無言で、その雷槍を受け取った。ずしりとした重みが、再び腕にのしかかる。力を喜んでいる場合ではない。これは、使う意味を選ぶための力だ。俺は、この雷槍を、仲間を守るために使う。その覚悟だけは、誰にも曲げられない。

「……分かりました」

俺は短く答え、新しい雷槍を腕に装着した。燃え盛る廃屋の炎が、俺の背中をじりじりと炙っている。壁の外の自由を夢見た少年は、今、壁の内側で、鋼の雷を手にした。戦いは、これからが本番なのだ。

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