倉庫の扉を背にした瞬間、冷たい風が俺たちの頬を撫でた。
それは地鳴らしの轟音を含み、世界の終わりを予感させるかのような、名状しがたい不吉な気配を運んでいた。
だが、俺たちの足取りは不思議なほど軽かった。
エルヴィンさんという、信じるべき灯がまだそこにあるからだ。
「まずは仲間を集めないとね」
ピークが静かに言った。
彼女の声は、あの食堂で聞いた穏やかな響きと、戦場で聞いた鋭い響きが混じり合った、不思議なトーンだった。
「ああ。ジャンたちが待ってるはずだ」
俺は短く答え、路地裏へと足を踏み出した。
街はすでに戦場と化していた。
崩れかけた壁、散乱する瓦礫、そして所々に残る無垢の巨人の痕跡。
それら全てが、かつての日常を冒涜するかのように、俺たちの行く手を阻む。
俺とピークは影のようにその狭間を縫い、慎重に、しかし迅速に進んだ。
「右の路地に誰かいる」
ピークの鋭い声に、俺は即座に銃を構えた。
だがその影に見覚えがあった。
ダチョウのような頭に、常に不機嫌そうな顔をした男。
ジャンだ。
「ジャン!」
俺が声を潛めて呼ぶと、彼は驚いたように振り返った。
その顔は泥と煤で汚れ、いつもの軽口が叩けないほどに疲弊していた。
「ジョー! 無事だったか!」
ジャンの声は震えていた。
安堵と、そして驚きが混じっている。
俺の隣にいるピークを見て、彼は一瞬だけ目を見開いたが、何も言わなかった。ただ、その眉間に深い皺を刻んだだけだ。
「お前らもか。アルミンとミカサは?」
「ここにいるよ」
ジャンの背後から、アルミンがひょっこりと顔を出した。
その隣には、いつもの無表情だが確かな意志を感じさせるミカサの姿があった。
彼らもまた、地獄を生き抜いてきたのだ。
「みんな無事でよかった」
俺は本心からそう言った。
だが安堵している暇はない。
「エルヴィンさんが生きてる。今は街の中央で指揮を執ってる。そこへ向かうんだ」
「エルヴィン団長が!?」
ジャンが驚愕の声を上げる。
「ああ。そしてハンジさんたちも合流してるはずだ」
俺はピークを一瞥した。
彼女は静かに頷き、何も言わずにただ前を見据えていた。
「それで、彼女は?」
ジャンが鋭い視線でピークを射抜いた。
マーレの戦士。かつての敵。
それが今、ここにいることの異常さに、彼らは気づいていた。
「共闘してるんだ。地鳴らしを止めるために」
俺の言葉に、ジャンは少しの間を置いて、大きく息を吐いた。
「…そうか。なら今はそれでいい」
彼はそれ以上何も言わなかった。
それがジャンの良いところだ。
状況を理解し、不必要な感情に流されない。
いや、彼らもまた、生き残るために必死なのだ。
「行こう。ハンジさんたちが待ってる」
俺は先頭に立ち、再び走り出した。
ジャン、アルミン、ミカサ、そしてピーク。
かつては敵味方に別れて殺し合っていた者たちが、今は一つの場所へと向かっている。
それは運命の皮肉なのか、それとも絶望の淵での唯一の希望なのか。
答えはまだ出ない。
だが俺は信じる。
この混じり合った血の先に、何かがあることを。