俺の言葉は、冷たい石の床に落ちた水滴のように、ただ静かに吸い込まれていった。
「憎しみだけで繋いだ歴史はまた同じ地獄を生むだけだ」
それは俺の信念であり、そしてこの場にいる全員への、痛みを伴う訴えであった。
俺はふと、かつての同期たちの顔を思い出していた。
巨人に家族を喰われた恐怖が凝り固まっている者たち。
その瞳の奥に焼き付いた血の赤。
骨を砕く音。
絶望的な無力感。
彼らにとって巨人は、対話すべき相手などではなく、ただ滅ぼすべき憎悪の対象でしかないのだ。
だから俺の言葉は届かないかもしれない。
それはあまりにも理想論であり、現実の重さの前では無力な戯言に過ぎないのかもしれない。
だが、それでも言わねばならなかった。
「届かないかもしれない。でも、言わなきゃいけないんだ」
俺はマガトを見つめ、ジャンを見つめ、そしてハンジさんたちを見据えた。
「たとえ刃を交えようとも、互いの痛みを共有しなきゃ、この先に待つ未来への贖罪にはならない。俺はそう信じてる」
廃屋に重い沈黙が落ちた。
それは否定でも合意でもない、ただ圧倒的な現実の重さに押し潰されそうになる静寂であった。
だがやがて、その静寂の中から微かだが確かな動きが生まれた。
ジャンが俯けていた顔を上げた。
その瞳には依然として消えぬ怒りが宿っていたが、そこには新たな冷たい決意の光が加わっていた。
「…チッ。お前って奴は本当に、どうしようもないお人好しだな」
彼はそう吐き捨てたが、その声には以前のような鋭さはなかった。
「分かったよ。やってやるさ。その覚悟、俺が背負ってやる」
マガトもまた、ゆっくりと頷いた。
彼の古い岩のような顔には、深い疲労と共に、これまでの呪われた歴史を背負い続ける老兵の諦念が浮かんでいた。
「よかろう。我々もまた地獄を見てきた。ならばその言葉の重さ、しかと受け止めよう」
ハンジさんが眼鏡の位置を直しながら静かに笑った。
「ああ。もう後戻りはできないもんね。やるしかないんだ」
ミカサは無言だったが、その手は確かに刃を握りしめていた。
アルミンは震えながらも、前を見据える強い光をその瞳に宿していた。
そしてピーク。
彼女は俺の隣で、穏やかな、しかしどこか悲しげな微笑みを浮かべていた。
「うん。私も信じるよ。ジョー」
その言葉が、俺の心に沁みた。
俺たちはゆっくりと席を立った。
残された食事は冷え切り、湯気はもうどこにもなかった。
だが俺たちの腹の中には、この名状しがたい覚悟だけが重く鎮座していた。
「行こう」
俺は短く言った。
廃屋の扉を開けると、冷たい夜風が吹き込んできた。
それは地鳴らしの轟音を含み世界の終わりを予感させる風であった。
だが俺たちはその闇の中へと足を踏み出した。
憎しみを背負いながらも、その連鎖を断ち切るために。
互いの痛みを共有し、いつか来る未来への唯一の贖罪とするために。
俺たちは戦うのだ。
この狂った世界を正すために。