「我々はイェーガー派に飛行艇を壊されたらおしまいなのだが……なぜやつらはそうしない?」
マガトの声が、潮風の匂いが染みついた港の倉庫に重く響いた。
その問いかけは、まさしくこの場にいる全員の胸の奥に巣食う名状しがたい不安を代弁していた。
「さあねぇ。おそらくはエレンを止めようとする私たちの存在に確信が持てないんだろう」
ハイジ隊長が気だるげな調子で答える。
その目は窓の外――海の向こうから聞こえる地鳴らしの轟音へと向けられていた。
「まさかフロックの動きがここまで早いとは」
俺は思わずそう口にしていた。
イェーガー派。
エレンの意志を継ぐ者たち。
彼らは今や、このパラディ島の内部で最も危険な敵として立ちはだかっている。
「その阻止は九つの巨人であっても……困難だ」
マガトの声には、重い諦念が滲んでいた。
「だがここでつまづくようでは到底始祖には敵うまい。作戦を」
アニが氷のような声で言い放つ。
その瞳には、これまで積み重ねてきた死と後悔の重さが宿っていた。
「やつらを一瞬で皆殺しにする。飛行艇を確保するにはそれしかない」
倉庫の中の温度が一気に下がる。
「そのために巨人の力もあんたたちの武器もすべて使う。いいね?」
一瞬、誰もが息を呑んだ。
「……ちょっと待てよ」
ジャンが震える声で遮る。
「どうして?」
アニの視線が冷たくジャンを射抜く。
「港を見境なく攻撃すればアズマビトまで巻き添えになる」
「そうだ!」
コニーも声を上げる。
「あんたの遠い親戚も私たちにとっちゃ故郷を攻撃した敵なんだけど」
「いいや……アズマビトに死なれたら困るの。アニちゃん」
ピークは淡々と続ける。
「現在、飛行艇は海で曳航しやすいように羽が折りたたまれている。無論、その羽を伸ばせば飛べるというものでもない。本来の計画なら格納庫に入れて整備、点検、飛行訓練の後にようやく運用に至る手はずだった」
「そう……つまり……」
ピークがゆっくりと口を開く。
「アズマビトを守りつつ飛行艇を整備する時間も稼がなくちゃならない。その上、邪魔をしてくるイェーガー派からは死傷者を出したくない……とでも言うつもり?」
「出したくねぇよ。訓練兵からの同期もいるんだぞ」
ジャンの声は悲痛だった。
「じゃあどうするの? 教えてくれる? どうやって襲いかかる敵から死者を出さずに飛行艇とアズマビトを無傷で守りつつ整備にかかる時間を稼ぐのか……」
アニの追及が容赦なく続く。
「教えてよアルミン。私を追いつめた時みたいに作戦を教えて」
アルミンは俯いたまま答えない。
その沈黙が、どれほど残酷な真実を内包しているのか、俺にも痛いほど分かっていた。
「そんな作戦はない。一瞬で片がつくか……しくじって飛行艇を失うか」
マガトが冷酷に告げる。
「……待てよ……俺たちは人を助けるためにここにいるんだぞ!? なのに……まずやることが島の連中の皆殺しかよ!! どうしてこうなんだよ!?」
コニーの叫びが倉庫の湿った空気に吸い込まれていく。
「そうね……そもそもあんたたちには、こんなことに付き合う義理なんかない」
アニが静かに言った。
「こんな選択を突き付けられることも」
その声は、氷のように冷たかった。
「あんたたちならあの日壁を壊すことを選ばなかっただろうね。私たちと違って」
「お前たちは戦わなくていい……ガビとファルコと一緒に安全な所で見ていてくれ。イェーガー派に見つかれば否が応でも選択を迫られるだろう。ただし……何も手出しするな」
マガトの声には、もはや取り付く島もなかった。
「ただ殺し合いを見てろってことかよ……」
ジャンの拳が震えている。
「かと言って巨人が暴れてどうにかなる問題か……?」
ピークが小さく息を吐いた。
その横顔には、戦士として積み重ねてきた諦念と、それでも捨てきれない僅かな希望が浮かんでいた。
「さぁな、けれど、向こうに悟られた時点で終わりだろ。何よりも、今、アズマビトがどこにいるのか、それが分からないとな」