港の静寂は唐突に引き裂かれた。
遠くで聞こえる地鳴らしの轟音とはまた異質な、金属と怒号が混じり合った名状しがたい喧騒が押し寄せてきたのだ。
イェーガー派。
エレン・イェーガーの名の下に集結した狂信者たち。
彼らはかつて俺たちと同じ壁の中で生き、同じ夢を見たはずの同胞であった。
だが今その瞳に宿っているのは、言葉による対話を拒絶する純粋すぎる狂気の色だけである。
フロック・フォルスター率いる部隊が、怒涛のごとく港へと殺到してきた。
彼らの目的はただ一つ。
飛行艇を奪還し、エレンの地鳴らしを止めようとする者たちを一切合切駆逐すること。
俺は銃を構え、瓦礫の陰からその狂乱の行進を見つめていた。
(撃てないのか俺は)
指が引き金にかかったまま震えている。
俺は人を殺すためにここに来たわけじゃない。
だが彼らは止まらない。
俺が彼らの足場を撃ち砕き武器を弾き飛ばしても、彼らは血に飢えた獣のように立ち上がり、再び襲いかかってくる。
そこには痛みも恐怖もない。
ただ「エレンを信じる」という冒涜的なる信仰だけが彼らを突き動かしているのだ。
「クソッ! こいつら止まらないぞ!」
ジャンの叫び声が届く。
俺は歯噛みする。
無駄な死は出したくない。
だからこそ俺は撃つべき一撃を選んできた。
だがこの状況は、もはや選択の余地など与えてはくれないのだ。
状況は急速に悪化していった。
イェーガー派の一部がアズマビト家の親戚が匿われる倉庫へと向かっているのが見えた。
あそこを突破されればアズマビトはただでは済まない。
そしてそれ以上に俺の視線を釘付けにしたのは、開けた広場で集中砲火を浴びている車力の巨人の姿であった。
ピーク。
彼女は四足歩行の異形で必死に防御しようとしているが、その動きはあまりにも緩慢だ。
四方八方から浴びせられる銃弾の雨。
装甲の薄い箇所から蒸気が噴き出しているのが見えた。
このままでは彼女が持たない。
(殺したくない。でも守らなきゃいけない)
心臓が冷たく脈打つ。
俺の中で二つの信念が激突していた。
「無駄な死を出さない」というこれまでの俺の戦い方と「守るべきものを守る」という今目の前で迫っている残酷な現実。
どちらを選んでも地獄だ。
だが選ばなければ全てを失うことになるのだ。
俺はゆっくりと立ち上がった。
震えはもう止まっていた。
覚悟とは迷いを捨てることではない。
迷いを抱えたままそれでもなお引かねばならない引き金を引くことだ。
俺は銃口をかつての同胞たちへと向けた。
狙うは足場ではない。
武器でもない。
まぎれもなく人であるその急所だ。
「悪いな」
俺の口から乾いた呟きが漏れる。
「俺たちは人を助けるためにここにいるんだ。だから」
引き金を引く。
乾いた銃声が港の喧騒に重なる。
一人のイェーガー派が倒れる。
続けて二発三発。
俺はただ黙々と撃ち抜いた。
胸が張り裂けそうだ。
だがこれしかなかったのだ。
この絶体絶命の瞬間に俺が選べる唯一の道は、守るべきものを守るための血を流すことだけだったのだから。