銃声が港の空を撕裂いた。
かつて同胞であった者たちの放つ鉛の雨が車力の巨人の装甲を削り取り蒸気と火花が混じり合って散乱していく。
俺は瓦礫の陰からその光景を歯噛みしながら見つめていた。
ピークがやられる。
このままでは彼女が持たない。
その確信だけが俺の体を前に突き動かしていた。
「ジョー! 何をする気だ!」
ジャンの叫び声が背後から聞こえたが俺はもう走り出していた。
返事をする余裕などない。
あるのはただ一つピークを守らねばならないというどうしようもない衝動だけだ。
俺は立体機動装置のアンカーを港の柱へと打ち込んだ。
ワイヤーが張り詰め俺の体は猛烈な勢いで空中へと弾き出される。
風が頬を切り裂く。
眼下にはイェーガー派の兵士たちが銃を構え車力の巨人へと集中砲火を浴びせているのが見えた。
俺はその只中へと単身で飛び込んだのである。
「何だあいつ!」
「調査兵団の裏切り者だ! 撃て!」
怒号と銃声が同時に響く。
俺は空中で体を捻りアンカーを打ち替える。
ワイヤーが弧を描き俺の体は銃弾の狭間を縫って滑っていく。
右へ左へ上下へと不規則な軌道を描きながら俺は敵陣の只中を疾走した。
(射線を崩す。一瞬でいい。ピークが逃げられる隙間を作る)
俺は最初の標的を見定めた。
イェーガー派が陣取る木箱の足元。
そこを撃ち抜けば崩れた木箱が遮蔽物となり一時的に射線が消えるはずだ。
引き金を引く。
乾いた銃声と共に木箱が崩れ落ちイェーガー派の兵士たちが姿勢を崩した。
その一瞬の隙に俺は次のアンカーを放つ。
「くそっあいつ何だってんだ!」
「落ち着け! 一発ずつ狙え!」
彼らの焦燥が伝わってくる。
だが俺は止まらない。
次の標的は機関銃座の脚部。
そこを狙えば銃座が傾き射線が逸れる。
俺は空中で体勢を立て直し引き金を引いた。
銃弾は正確に機関銃座の脚部を砕き銃座が無様に傾く。
更に次。
アンカーを打ち替えながら港の柱から柱へと飛び移る。
その度に俺はイェーガー派の射線を一つずつ潰していった。
だがそれでも足りない。
彼らは多すぎる。
そして何より彼らは止まらない。
「エレン様のために!」
「悪魔を殺せ!」
狂信者の叫び声が木霊する。
そこには恐怖も痛みもない。
ただ冒涜的なる信仰だけが彼らを突き動かしていた。
俺が足場を撃ち砕き武器を弾き飛ばしても彼らは血に飢えた獣のように立ち上がり再び襲いかかってくる。
その姿はかつての巨人と何ら変わりがないのではないか。
「ジョー!」
ピークの声が聞こえた。
車力の巨人のうなじから覗く彼女の顔は煤と血に汚れひどく痛々しい。
「私を置いて行け!」
その叫びは戦場の喧騒を掻き裂いて俺の鼓膜を震わせた。
彼女は自分の命よりも俺の安全を優先している。
だが俺はそれを聞き入れるつもりなど毛頭なかった。
「だったら生きろよ」
俺は叫び返した。
「俺が撃つ意味を無駄にしないでくれ」
その言葉を残して俺は再び走り出した。
ピークの返事は聞こえなかった。
だが彼女の瞳に微かな光が宿ったのを俺は確かに見たのである。
その先に現れたのはかつての同期だった兵士たちの顔だった。
訓練兵団で共に汗を流し壁の外の自由を夢見た仲間たち。
だが今その瞳に宿っているのはエレンへの狂信的な信念だけだ。
「ジョーお前裏切りやがったな」
一人の兵士が銃を構え俺を睨みつけた。
見覚えがある。
訓練兵の頃に一緒に米を運んだ男だ。
「裏切ったんじゃない。俺は人を助けるためにここにいるんだ」
俺は銃を下ろさずに答えた。
「エレンを止めることが人を助けることだろ」
「違う。地鳴らしは人を殺している。世界を壊している。それを止めなきゃ誰も救われない」
兵士の指が引き金にかかる。
俺もまた引き金にかける。
同時に銃声が響いた。
だが俺の弾は彼の肩を撃ち抜き彼の放った弾は俺の頬を掠めただけだった。
兵士は倒れ呻き声を上げた。
俺はすぐに次の標的へと視線を移す。
殺してはいない。
だが無駄な死を出さないためにはこれしかなかったのだ。
「無駄な死を出さない」
その信念が今は皮肉な形で試されていた。
同胞を撃ち守るべきものを守る。
その矛盾した行為こそが今の俺に残された唯一の道なのだから。
俺は走り続けた。
銃声と怒号と蒸気の混じり合う港の戦場を。
ピークが撤退できる一瞬を作るために。
そしていつか来る未来への唯一の贅罪とするために。
俺はただ撃ち続けるしかなかったのである。