狭間の旅館の暮らし方~消えた夕日を追って辿り着いた先は、バッドエンド住人たちの理想郷~ 作:日野球磨
翌日。
俺は龍さんの執務室に呼び出された。
「あのー、休日くれるって聞いてるんすけど」
というのは、まあ嘘ではないような嘘のような嘘なのだけれど。
とりあえず来いと言われたから来たわけで、そのついでに俺はララが俺とミィの休日をド忘れしていたことに対する抗議をするつもりだった。ただ、執務室に集まっていたメンバーを見て、そんなことを言い出せるような空気ではないことを悟った俺である。
龍さんの他に三人。
サトヤと、医務室のお医者様こと、ペルチーナさん。それに蓮歌までここに居る。
「さて、ナオ」
「はい」
「ここに呼んだ理由は、もちろんわかっているな?」
「いや全ッ然わかりませんけど!?」
抗議してやった。それはもう大声で。おうおう、その背景の巨大龍の鼓膜まで破いてやろうかこの野郎ぐらいの息込みで。
「主様、流石に説明をぶっこぬきですよ~」
「ぬぅ? しかし、ミィと仲が良いのだから事情は知っているのではないか?」
「あー……そこのところどうなのさ、ナオ」
ちょちょいと俺の方に距離を詰めてくれる蓮歌。それはどうにも状況についていけない俺に対する助け舟で、俺の中の蓮歌のいい女メーターがどんどんと上昇していくのを感じる。思わず告白してしまいそうだ。
「好きだ蓮歌」
「はあ!? ちょ、何言ってんの!?」
「ああごめん、考えてたことが表に出ちまった」
「そういう冗談は後にしてくれない!?」
顔を真っ赤にする蓮歌。対して後ろのサトヤは何ともまあ愉快そうな顔をしていた。
「話を戻して、確かに俺はミィとは仲がいいが、事情ってなんだよ事情って」
「ミィの兄についてだ」
おっとここで龍さんがばっさりと。
さっきまで必要な説明を全部そぎ落とした言葉から話が切り出したものだから、さては思わせぶりマシーンかと思ったが、意外と直情的なタイプらしい。ほら見ろ、あんまりにも急に話題をぶっこむもんだから、蓮歌の奴が固まってる。
「聞いてますよ。死んでるんでしょう?」
「いや、死んでない」
「……はい?」
俺は聞こえてきた言葉が信じられなくて、蓮歌の目を見た。
何か事情を知っていそうな彼女は、何も言わずに首を横に振るばかり。だから続いてサトヤを見たけれど、彼も彼で龍さんを顎で指して無言だ。ていうか本当に失礼な奴だなこいつ。ペルチーナさんは……さっきから無言を貫き通している手前、何も喋ってくれなさそうだ。
「ナオ君。なぜ私にはアイコンタクトしてくれなかったのだ」
「あ、え……すんません」
とここでペルチーナさんが喋った。
「一人ぼっちは寂しいぴょん」
「……」
あんたぴょんとか言わないだろ。と、言うツッコミが口を突いて出ないのも、彼女との交流が少ないからだ。だから下手に踏み込めないし、冗談もどこまで言っていいものか。ああでも、俺の火傷を応急処置してくれた時は、絶対言ってなかった気がする。
あと、余談だが彼女はウサギの妖怪だ。猫又とかとおんなじで、長いこと生きたウサギが妖怪化したとかなんとか。その証拠に、頭の上には二本の長い耳が生えている。ロップイヤーだけれど。
「こほん。それで、だ」
と、それまくった話題も修正して。
「もう一度言うぞ」
その言葉を前置きにして、改めて龍さんは言った。
「ミィの兄は生きている」
◆
「ナオ、どうしたの?」
「ああいや、ちょっと考え事をな」
雑用の最中に、俺は今朝の出来事を思い出していた。
結局、話した内容に頭が支配されてしまって、休みのことを言い出せなかったし、ララの奴はララの奴で、休日をやると言っておきながら、ちゃんと雑用を用意してやがった。なんとブラックな職場だろうか。俺の中でストライキ計画が着々と進んでいることに恐怖しながら眠ってほしいものだ。
「豚! ちゃんと仕事をする! あんたみたいなののために、わざわざ仕事を用意してやってるんだから感謝しなさい」
そして相変わらずの憎まれ口である。もはや定番芸と化しているけれど、一向に慣れることはできない。ただただ奥底に燻りのような火種が増えていくだけである。
「ララ」
「あによ、ミィ」
「私、仕事してる」
「……そうね。でもナオ! やっとミィが働けるようになったからって、サボったらちゃんとお仕置きするからね!」
ララの言葉を無視しつつ、俺は改めてミィを見た。
今日の雑用はじゃがいもの皮むきだ。以前はジャガイモを握りつぶしながら包丁をへし折り、最悪野球ボールのように跳ねまわるジャガイモが俺の意識を刈り取る様に後頭部から飛んで来たけれど、もうそんな心配はいらない。
ミィはもう、力加減をマスターしたのだから。
「なに?」
「いや、なんでも」
包丁を手に持ち、するするとジャガイモの皮をむいて行くミィ。その手つきはうまいもので、昨日まで絞り袋から生地を絞り出すことすらできなかったと言っても、誰も信じてくれないだろう。
だからこそ、余計に思い出してしまう。
今朝の会話のことを。
◆
「ミィの兄は生きている」
二度聞いたところで、それは衝撃の告白だった。
だってミィの話では兄は死んでいて、少なくとも彼女はそれを心の底から信じていたのだから。
「龍様。普通なら死んでる、という言葉を付け加えた方が適切かと」
「……ペルチーナさん。その言葉の先は、あんまりにも不穏で満ちてるんですが……」
「その通りだ」
神妙な面持ちでペルチーナさんは言う。
「そうだな、ナオ君。是非とも君の頭の中で想像して欲しい。顎を砕かれ、下半身を失い、胸部の右半分すら欠けた状態の人間を、君はどう診察する?」
「はぁ? そんなの、どう考えたって即死……まさか」
「そのまさかだよ」
もう呆れるしかないというばかりに、彼女は言う。
「それが今の、ミィ君の兄の状態だ」
ごくりと、俺はつばを飲み込んだ。
生きている。確かにそれは希望的なことなのだろうけれど……同時に、そんな状態の兄のことをミィに伝えるのは、とてもじゃないができない。潰えることが前提の希望を、どうやって話せばいいというのか。
「しかし、なんでそんな状態で……」
「お前も聞いてるだろ。ミィはヴァンパイアと
「……並の方法じゃ死なないってことですか」
横から口を出したサトヤの話に、俺は納得した。ヴァンパイアの不死性もさることながら、鬼だって人並外れた身体能力を誇る怪物だ。その頑健性も、逸話通りならすさまじいものだろう。
「龍さんの力では直せないんですか? その、神様ですし」
「不可能だ。吾の権能はそれじゃない」
「……?」
当然の疑問を口にしたのは俺だけれど、帰ってきた答えは意味不明のモノだった。
答えを求めるようにサトヤの方に目を向けるが。
「知ってどうにかなる話じゃないよ」
きっとそれはこの問題に限りなく関係なくて、俺程度の力じゃどうにもならないことなんだろうということがわかっただけだった。
「でも、生きているんですよね」
「不思議なぐらいにね」
改めて呆れるペルチーナさん。彼女がそう言うのなら、それはきっと綱渡りよりもよほど不安定な足場の上の生存なのだろうことがわかる。
「血を飲ませるとか……」
「やった」
「そ、そうだ。いろんな世界を渡れるってことは、未来の技術とかないんですか!?」
「知識はともかく道具も素材もない」
「じゃ、じゃあ――」
ハッ、と俺は焦っている自分に気づく。どうやら俺は、名前すら知らないミィのあにぃを助けたいらしい。どうしてかって? そんなの決まってる。
ミィに幸せになってほしいからだ。
少なくとも俺は、彼女が報われるべきだと、思っている。
だから。
だけど。
「じゃあ、魔法は……」
死を待つしかないって言うのかよ。
「そうだ。それだ」
けれど、俺の予想は外れた。それは縋りつくように唱えた言葉だったのだけれど、どうにもここに居る全員は、その言葉を待っていたようだった。
「魔法なら、可能性がある」
「……というと?」
「魔法は個人技だからな。優れた魔法使いが一人居れば、それだけでとんでもないことが起こせる」
サトヤの説明に、なるほど、と俺は思った。
もしも魔法が逸話に聞く通りなら、確かに魔法使いは一人でいろんなことを起こしている。そしてこの世界で見た魔法もまた、すさまじいものだった。それこそ人一人を氷漬けにするぐらいわけないほどに。
「魔法を使える奴は、この旅館にも結構いるけどな。体を失くした半死人を生き返らせる大魔法ともなれば、使える奴は一人しかいない」
嫌な予感がした。
けれど俺は、踏み込むしかなかった。
「それは、誰なんですか?」
「聞いて驚け」
そう言ったのはサトヤだけれど、最後の言葉は龍さんに譲ったのか、ひらりと舞うように引き下がった。ただし、龍さんはその意図を組めなかったようだ。俺と一緒になって話の続きを待っている。だから、代わりに、俺の隣に居た蓮歌が教えてくれた。
「ララさんだよ」
「……ララが?」
確かに、ララは妖精で、魔法を使うけれど。
「ララさんはすごい魔法を使える……らしいんだよね。私はまだ、見たことないけど」
「俺も見たことねぇな」
「私もだ」
蓮歌もサトヤも、そしてペルチーナさんすらも不安を孕んだ目をしている。ただ、龍さんだけがはっきりと言うのだ。
「彼女は治せる。少なくとも、その力を持っている」
「だったら――」
「しかーしだな、ナオ。それができないから、俺たちは困ってるんだ」
俺の懇願を遮るように、サトヤが前に出て話を遮った。
そして続けて言う。
「話は簡単だ。ミィの兄貴を助けるには、ララの魔法が要る、だが、当の本人はそんなことしたくないの一点張りだ。人命救助なんて知らんぷり。なんて言うとララの奴が悪役だが、あいつだってそんな非道な奴じゃないのは、お前も知ってるだろう?」
「それを俺に言いますか」
「知ってるだろ?」
気に入らないけれど、俺は静かに首肯した。
少なくとも昨日の夜は、蓮歌の応援が心にしみたのだから。
「そこでだ。お前ら二人にララの奴を説得してほしい」
「……なんて?」
「説得だ、説得」
そう言って、サトヤさんは俺と蓮歌を指さして言う。
「ララと仲のいい蓮歌と、仕事でよく一緒になるナオ。お前ら二人が、ミィの兄貴の希望になれる」
◆
――と、言うのが今朝の話の始終である。
結局俺は話を受けた。ミィの為を考えれば、断る選択肢なんて存在しないも同然だ。
とはいえ、それが正しかったのかは、今になってわからなくなってしまった。
なにせ――
「あーら、ここにちょうどいい椅子があると思ったら豚じゃない。なにやってるのよ、そんなにとろとろと。もっと早く仕事できないの? ぶ、た」
もう一度言おう。
何度でも言おう。
俺が判断を間違えてしまったかもしれない。
「ミィ」
「なに?」
「俺、頑張るよ」
「……?」
と、ここでひと段落ということで。
ひとまず毎日投稿終了となります。
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