狭間の旅館の暮らし方~異世界の旅館で働き始めましたが、どうやら訳あり住民ばかりのようでした~ 作:日野球磨
「休みを寄こせララ」
「あら、ララ様と呼びなさい豚」
「ハッ、様付けだぁ? 今日という今日こそ決着を付けなきゃいけないようだなぁ、ララ」
「生意気な豚ね、覚悟しなさい!」
「うおおおお!! 俺が勝ったら、お前の魔法を好きに使わせてもらうぜぐへへへ――!!」
……いやダメだなこれ。一瞬で氷漬けにされてゲームオーバーだ。
とまあ、今しがた垂れ流されたのは、俺のくだらない妄想でしかなくて、その妄想の中で今しがた俺は、永久凍土よりも寒いところに幽閉されたばかりなのだけれど。
「なんかいい案、思いついた?」
「いやぁ、どうやってララの奴をぎゃふんと言わせられるか……」
「ズレてるズレてる。どうやってララさんを説得できるか、でしょ!」
結局幽閉されてしまったのは頭の中の妄想でしかなく、現実の俺はしっかりと休日を満喫しているところだった。
昼間の下町。適当な場所を一巡り。その隣には蓮歌の姿が。なんという青春だろうか。
「ちょっとナオ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「おっし、じゃあ……あーん」
「あん?」
青春に浸って気持ちよくなっていたせいで、思わず嘘をついてしまったけれど、その罰はすぐに俺の下にやってきたようで。
「特製蜘蛛のから揚げ~。あ、大丈夫だよ。ちゃんと食用だから」
「おまっ、いつそんなゲテモノを買った!?」
「ほーら、揚げたてだよ~」
「や、やめろ! 俺の口に押し付けるな!!」
うわぁあああああ、蜘蛛の足が、蜘蛛の足が口にぃいいいい!!
◆
――事の始まりは数日前。
「とりあえずはい、これ」
「……なんだこれ」
その日は屋台で仕事をした二日後で、相変わらず働きづめだったのだけれど、仕事が終わり次第、ララが封筒のようなものを俺とミィに渡して来たのだ。いったいなんなのか。受けとったところで、ララは言う。
「14日分の給料と休日書類。流石に働かせすぎたわ」
「や、休み……いやぁったぁあああああ!!!」
「……泣いて喜ぶほどなの?」
いやほんと、ちゃんとした休みなんて何時ぶりだ? そりゃ泣いて喜ぶに決まってるだろ貴様この野郎!!
「ハイタッチだミィ、いぇーい!」
「いぇーい」
ミィと一緒にハイタッチ。相変わらず表情筋が死んでしまったような顔をしたミィだけれど、口元ばかりはどこか嬉しそうに綻んでいるように見えた。
ちなみに、手錠はもちろん解けている。ミィが力加減をマスターした以上、つけている必要もないからな。あと、俺は火傷があるので片手で出来る仕事だけということも追記しておこう。
「休みは四日。その後は……まあ五日働いて二日休みみたいなペースね。事前申告をしてくれれば、休みの日と仕事日を入れ替えてもいいわよ。所詮雑用だし」
「おい一言余計だぞ」
「所詮、雑用だし、豚」
「全言余計だぞ!!」
まあそんなわけで、俺は念願の休みと、ついでに給料を手に入れたわけだけれど。
「……思えばもう、二週間もいるんだなぁ」
と、部屋に戻った俺は、給料袋に刻まれた14日分の数字を見て、なんだか感慨深い気分になった。思えば大きな決断をしたもんだ。元の世界には戻れない。家族の下には戻れない。今頃、父さんたちは何をしてるんだろうか。一応、書置きは残しておいたけど……まあ、間違いなく心配かけてるよなぁ。
なんだか少し陰鬱な気持ちになってしまう。
ただ、これそれも俺の決断だ。元をたどれば……あ。
「あ」
「ん?」
と、俺の隣に居たミィがなにかあったのかと俺の方に視線を向けるけれど、そんなことに気づかないまま、俺は大声を上げて自分の過ちを悔いた。
「うわぁああああぁぁ!!!」
「ナオ? どうしたの?」
過ち。即ち。
「蓮歌と全然距離詰められてねぇ!?」
俺の当初の目的は、消えてしまった蓮歌の後を追いかけることだけれど。
肝心の蓮歌のことをデートにすら誘えていないことに気づいてしまったのだ。これには流石の俺も膝から崩れ落ち、四つん這いになって嘆くことしかできなかった。
「チクショウ!」
「チクショウ?」
「ララの奴が……ララの奴が俺をこき使いやがるからだ! まともな休み一つありゃしねぇ!」
「お休み貰ったよ?」
「おうよ、ようやく休みが貰えたんだよチクショウが!! ――あ」
あ。
そうだ、明日から休みじゃん。
――と、言うわけで。
「デートに行こう、蓮歌」
「急に何!?」
翌日、俺はさっそく朝から蓮歌に会い、遊びに行こうと誘った。
「いや、普通に遊びに行きたいんだけどさ。そっちの都合が良けりゃ、次の休みに下町に駆り出そうぜ」
「あ、な、なんだそういうことか……ふぅー、焦ったぁ……」
「まあそれを俺はデートと呼んでるんだけど。デートでいいよな? ついでにララ説得の作戦会議も」
「あ、ああそういうね……いいけどさ、もう少し普通に誘ってくれない?」
とまあ、顔を真っ赤にして俯きながらも、なんとかオーケーを口にしてくれた蓮歌である。
◆
――そんなわけで下町へ。
「……意外といけるな」
蓮歌からいただいたゲテモノ料理を食べながら、下町を巡っているところだ。
「百聞は一見に如かず的なねー……私は食べたことないけど」
「もったいない」
悪戯100%で俺に押し付けてきたようだけれど、売り物というだけあって悪くない味だ。一体どこの店で売っていたのか。ぐるりとあたりを見回してみるけれど、それらしいものが売っているお店はなかった。というか。
「多いな、店」
「そりゃね」
俺が見たことのある下町は、狭間の旅館に始めてきた時、蓮歌に案内された夜の景色だけだ。並んだ街灯が映し出す暖かな光。暖色に浮かびあがる石畳と木造建築。大通りには屋台が並び、まるで縁日のような懐かしさが広がっている。そこに暮らす異形の人々が浮かべるのは、平穏な日常の中にある笑みで、どこからともなく笑い声が聞こえてくる。
それは先日、屋台の手伝いをしたときの景色でもある。ただ、昼間は夜とは違った景色が広がっていた。
「昼間の方が売ってるものは多いかな。工芸品とか日用雑貨とか洋服とか」
「旅館の雰囲気を考えると、洋服ってのも不思議な言い方だけどな」
「そうは言ってもいろんな種類があるよ~。それこそ時代も世界も関係ないからね」
蓮歌の言う通り、昼間の大通りは縁日のような明るい騒がしさとは違い、どちらかと言えば活気と言うべき人混みの中に居るような音に満ち溢れていた。
ふと、ある店の前を見る。
「この服、もう少しまけられないの?」
「そうだなぁ、これくらいでどうだ」
「まだ高いわよ。もう少し下げてほしいわぁ」
というのは、服屋の前で値切りをしているマダムと店主の会話だ。どちらも慣れた手つきで交渉をしているけれど、マダムの方が上手だったのか、元の値段の三分の二まで値切ることに成功していた。
その隣は、古本屋か。
「おうおう、ちょっと見て行かねぇか! 今日も今日とて、新しい本が入荷してるぜ!」
「おじさん、もうちょっとしっかり乾かしてくれないと……ああほら、ページ固まっちゃって開かないじゃん」
「仕方ねぇだろぉ、流れてくる本なんて大体水浸しになっちまってんだからよ」
意気揚々と客引きをする店長のおじさんの隣では、お客さんが濡れて固くなってしまった本に文句を言っていた。聞けばどうやら、この古本屋では狭間の旅館に流れ着いた、別世界の本を取り扱っているらしい。問題は、あの海から流れ着くから、悉くびしょ濡れになっていることだとか。
とまあ、そんな風に下町は活気のある町だけれど。
俺はふと、素朴な疑問を抱いた。
「旅館の従業員以外にも、住んでいる人が居るんだな」
当然と言えば当然なのかもしれないけれど、俺にはどうにも不思議に見えた。なにせここの名前は狭間の旅館。この世界(蓮歌が言うには狭間らしいが)に来たら、置いてもらうのに旅館で働くしかないと思っていたからだ。
ただ、どうにもそうではないらしい。
「まあ、那尾の思うのも間違っちゃいないんだけどね~」
「というと?」
「ここに
少々表現は気になったけれど、ともかく俺の感覚は間違っていないらしい。
「だけど、人によっては旅館で仕事するよりもいい仕事ができる人が居るわけでさ。そう言う人は、旅館から独立してお店を開いたりしてるんだよ」
「なるほど」
更に言えば、人が住む以上、旅館だけじゃ需要のすべてを満たせるわけじゃない、と。
「あとは、従業員をやってる人でも、結婚したら下町の住宅地の方に引っ越す感じだね」
「なるほど」
その時、俺の横を子供が通り過ぎていった。ああいう子供も、きっとこの旅館で生まれた人間なんだろう。
「最初の方はね、やっぱり人の多いところで働いてもらった方がいいからさ」
「そういうもんか」
まあ確かに、いざとなったときに助けられる人材がたくさんいた方がいいか。悔しいことに、ララの魔法はその最たる例。ミィがあれこれと壊したものを即座に修復するところを見てしまうと、彼女が教育係に選ばれたのも納得せざるを得ない。
「ところで、お昼まだだよね」
「まだ12時じゃないしな」
さっき買ったばかりの腕時計を見れば、時間はまだ11時過ぎ。昼食というにはちょっと早いかもしれないけれど、そんな綿密にスケジュールを決めてるわけじゃない。何より、今回はデートという建前だけれど、実際はララ説得のための作戦会議をするために、蓮歌を連れだしたわけだしな。
「先に行っておくが、激辛は天丼だぞ」
「意味は分かるけど、その言い方だと、そういう料理みたいだね」
「……ちょっと食べてみたいな」
牽制するように先に行っておくけれど、実のところ前のラーメンから、激辛料理に興味が出て来た俺である。食べ始めは苦しいんだけど、しばらくすると体全体がお祭り騒ぎみたいにポカポカしてきて気分がいいんだよな。
「というわけで、昼食はここで取ろう」
何はともあれ、蓮歌の案内で訪れたのはちょっとした旅亭みたいな料理屋だ。瓦の屋根に趣のある木造家屋。なんだか格式高い場所に来てしまった感じがする。
「こんちゃー!」
しかし蓮歌には関係ないようで、まるで道場破りにでも入るような勢いで引き戸を開け、店の中に入っていった。続いて俺も入れば、狭間の旅館の着物とはまた違った意匠の着物を来た店員さんがお出迎えしてくれる。
「こんちゃ、蓮歌ちゃん」
どうやら店員の人とは知り合いのようだ。
「イワナ君、お店空いてる?」
「うん、空いてるよ。えっと……二名様かな?」
「うん」
店員さんはイワナさんというらしい。ふんわりとした白髪を後ろで縛った、可愛らしい女の人だ。着物がとてもよく似合っている。
「じゃあ案内するね~」
イワナさんの案内で、俺たちは小上がり席に移動する。移動している間にざっと店内を見れば、昼食前ということもあってかそれなりのお客さんがいた。それに合わせて店員さんたちも忙しなさそうに動いていて、イワナさんも俺たちを案内した後、すぐにどこかに行ってしまった。
蓮歌の知り合いだし、挨拶ぐらいはしたかったな、と思いつつお品書きに目を通し、適当にざるそばを注文した。ちなみに蓮歌は魚定食を注文していた。うぅむ、そっちもよかったかも。
「さて、それじゃあ待ってる間に作戦会議とでも行きますか」
「そうだな」
料理を待ちつつ、ひとまず現状の確認から。
「一応、俺の知らないところもあるかもしれないから確かめるが……まず、ミィとその兄貴が来たのが、今からだいたい一カ月前」
「うん、あってる」
「見つけたのが蓮歌、お前だな」
「そ」
ここは俺の知らない部分。そもそも俺は、ミィがこの狭間に来た二週間後に、遅れてやってきた人間だ。知ることができるはずもない。
「んで、兄貴は瀕死の重傷。応急処置でなんとか持ってはいるが、常に危篤状態と」
「私はそう言うの詳しくないけど、ペルチーナさん曰く、なんで生きているのかわからない状態だって話」
いったいミィの兄貴の身に何があったのか。ともかくそれは、この狭間に来る前の出来事らしい。まあ、兄貴がそんな状態じゃあ、ミィが死んだって勘違いしちまっても仕方ないか。
「そして現在、ミィの兄貴を治せるのは、強力な魔法が使えるララ一人だけ。ただし、ララはミィの兄貴を治すことを拒絶している、と」
「そこを何とか説得するのが私たちの仕事だねぇ」
一通りの流れを確かめたところで、改めて思う。
ララが俺の話を聞くか……? それに――
「蓮歌ってララと仲良かったのか」
純粋な疑問だけれど、あの妖精に仲がいいと言えるような人間がいたとはな。
だって俺よりも付き合いの長いはずのサトヤとも険悪で、誰かとつるんでいるところなど見たことがない(まああいつのプライベートを知っているわけじゃないけども)
「まあ、仲がいいって言っても私が一方的に遊びに誘ってるだけだけどね~」
「そうなのか」
「だってララさん可愛いじゃん。あれで私服が結構地味だし、お洋服とか選んであげたくなるんだよねぇ」
「確かに、お前は結構強引なところがあるからな」
小学生の時も中学生の時も、学校終わりには俺の腕を掴んで遊びに出かけていた蓮歌である。こういうところは相変わらずか、と思いつつも、少し懐かしい気持ちになる。
しかし、蓮歌ってそんなに服とか気にする奴だったっけかな。いつも公園で遊んだときとか、泥まみれ砂まみれになるせいで、着てるものが大体ボロボロだったような気が……まあ、そう言う年頃ってやつか。
「思えば、俺は全然ララの奴のこと知らないんだよな」
「まあまだ来て二週間ぐらいでしょ? 仕方ないと思うけどなぁ」
蓮歌の言うことは最もだが、人の生死が関わってるんだから仕方ないで済ませられる話じゃない。
何よりも俺は、ミィの兄貴を助けたいのだ。
だってミィの奴が、あんなに顔をぐずぐずにて泣いてんだから、助けてやりたいと思うのが、普通だろう。
「説得をするにしても、方向性は大事だな。そもそも蓮歌は、なんでララがミィの兄貴の治療を断ってるのか知ってるか?」
「うぅん、知らない。そもそもそれ知ってたら、主様たちが教えてくれるでしょ」
「まじかぁ……」
確かに、それを知ってるなら龍さんやサトヤが教えてくれるだろうし、そもそも俺たちに説得を任せたりしないだろう。というか――
「あいつ、龍さんに忠誠を誓ってる感じだけど、それでも断ってるんだな」
「そうなんだよねぇ」
ララは龍さんに対して、随分と恭しい態度を取っている。実際、乗り気じゃなかった俺の教育係も、龍さんの頼みならばと引き受けているのだ。なのに、断っている。この事実を考慮しないわけにはいかないだろう。
「まずはララの奴のことを詳しく知るところからだな。蓮歌、ちょうどいいから、前のあいつのことを教えてくれよ」
「んー、いいけど、多分あんまり変わらないと思うよ」
と、そこで注文してたそばが届いた。
「はーい、こちら注文のそばと定食だよ」
「イワナ君ありがとー」
慣れた手つきでイワナがそばを配膳してくれる。喋っていたこともあって、そこまで待っていたわけではないけれど、反対に俺の腹は待ちわびていたとばかりに音を立てた。
うんうまい。
「とりあえず、食べ終わってから続きは話そうか」
「そうだな」