狭間の旅館の暮らし方~異世界の旅館で働き始めましたが、どうやら訳あり住民ばかりのようでした~   作:日野球磨

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15話 ピンボケ

 

 休日が終われば労働が始まるというのは、例え世界が違っても憂鬱に感じるらしい。バイト経験のない俺だけれど、噂に聞いた話を早くも実感しているところだ。

 

「今日も洗濯からかー」

 

 と、洗濯板を片手にごしごしと洗い物をしていく。しかしながら、二週間前と比べれば随分と手慣れたもので、強くこすらずに汚れを落とすコツも覚え、順調に仕事をこなすことができるようになった。

 

 まあ、隣で魔法を使って次々と洗い物をしている妖精には負けるけれど。

 

「見て、ナオ。きれい」

「おっと、ここに汚れが残ってるぞ。まだまだ暗い時間だから仕方ないが、よく見ておくんだな」

「ぶぅー。悔しい」

「ばねにしろ」

 

 ちなみにミィもしっかり洗濯係だ。ただし、今までは洗濯物を破いていたということもあって、まともに洗濯をしたことがないミィである。まだまだ経験値が足りないようで、目を離せないのは変わらない。

 

「ナオ」

 

 ゴシゴシゴシ。洗濯をしながら、ミィが再び話しかけてくる。

 

「なんだよ」

「んとね」

 

 何かを言いたげにするミィは、ちらりとララの方を見る。ララは相変わらずの勢いで洗濯をしている。その勢いはすさまじく、ある意味この旅館の洗濯業務は、ララの魔法ありきで回っているんじゃないかと思うほどだ。

 

 んで、そのララに関して何かあるのだろうか?

 

「なんでララの方ばっかり見てるの?」

「……」

 

 俺、そんなにララの方見てた、かな?

 

「あー、いや、これは、だな……」

「?」

 

 当然だが、ララ説得作戦についてのすべては、ミィには秘密だ。なにせこれはミィの兄貴の生死が関わっているんだから。ただ、何とか誤魔化そうとするけれど、思ったよりも俺は嘘が得意ではないらしい。冗談なら、すらすらと出てくるってのに。

 

「そう、だな……見ろよ、ララの服」

「いつもの作業衣?」

「あー、いや! 羽の部分! あそこ、俺たちの作業意図は少し違うだろ? なんて言うか……あ、よく見ろ! 背中の部分が少しあいて、ドレスみたいになってるだろ? あれどうなってんのかなーって思って……ははっ」

 

 誤魔化せたかな?

 いや無理だろこれ。

 絶対、誤魔化したってバレたに決まってる。

 

「ほんとだ、あれどうなってるんだろ」

 

 セェエエエフ!!!!

 

 ナイスだ俺。ナイスだミィ。子供を騙すのは心が引けるが、ここはひとつ優しい嘘ってことでよろしくお願いしたいところだ。

 

「……ナオ、これどう?」

 

 と、そこで話題が変わり、ミィの洗濯物について。先ほど俺が指摘した汚れはきちんと落ちているけれど、それがどうにも自信がないようで、一度俺に見て欲しいようだ。

 

「問題ないと思うが……もしかして、汚れがしっかり見えてないのか?」

「ちょっと暗い」

 

 ミィの言う通り、今は日の出前。あと少しすれば東の空から茜色の朝が顔を出すだろうが、今はまだ夜が支配する時間帯。一応、洗濯場周りは明かりがあって、真っ暗ってわけじゃないが、しゃがんでしまえば手元が暗くなってしまうだろう。

 

「こういう時は……手元に灯りが欲しいな」

 

 と、そこで俺は数日前、夜に酔っぱらったサトヤと遭遇した時のことを思い出した。あの時あいつは、ジッポライターで煙草に火をつけていた。同じようにライターがあれば、手元を明るくできるかもしれない。ただ、ライターじゃちょっと不便だ。こういう時は蝋燭に限る。なお、この連想には狭間の持つ和風の世界観が大きく影響していることを追記しておこう。だってここで懐中電灯とかさ、なんか風情がないじゃん! 風情が!

 

「何ぶつぶつ言ってるの?」

「大事な話だ」

 

 とまあ、そんな風に考えながら仕事を終えた後、俺は一応直接の上司のララにその話をした。

 

「――ってわけで、蝋燭か何かないか?」

 

 ただし、ララの反応は芳しくない。

 

「なんでわざわざ用意しなきゃいけないのよ」

「そりゃ、仕事の効率化に決まってんだろ」

 

 そもそも蝋燭は在庫があるはずだし、下町に行けば普通に売っている。その気になれば、俺が自腹で買ってきてもいい。ただ、ララはそう言うのではないらしく。

 

「蝋燭なんて怠慢だわ。必要ない必要ない。手元が暗いって言うなら、明かりの方を向いて洗えばいいじゃない」

 

 と、くるくる回りながらララは言う。何とも頑なな態度は、堅牢不落の要塞のようで、ここから反撃して説き伏せるのは難しいように感じた。

 

「じゃあランタンとか、懐中電灯とかはないのか?」

「むぅ……あるわよ」

「ならそっちを使う。いいだろ?」

「仕方ないわねぇ」

 

 まあ、明らかに懐中電灯の方が便利なのには違いない。蝋燭を先に提案したのは、結局のところ俺のわがままなのだから。

 

「倉庫に行けばあるか?」

「ちゃんと借用届は出しておくのよ」

「まじかぁ、うっかり無くしちまいそうだ」

 

 ララの言いつけに、失くしてしまったときのことを考える。それなら下町に自分で買いに行ってもいい気がしてきた。無いとは思うが、万が一ミィが壊しちまっても、それなら問題にならないし。

 

「休憩中に買いに行くか」

「私も」

「おう、ミィのためのもんだからな。使いやすい奴を選べよ」

 

 自分も行きたいと、ちょこんと俺の隣から顔を出したミィの頭をぽんぽんと軽く撫でた。

 

 さて、それから時間が経って昼休み。俺とミィは下町に繰り出した。

 

「ついでにどっかの屋台で、昼飯も買ってくか」

「賛成」

 

 仕事の日でいちばん長く休みが取れるのは、この昼休憩ぐらいだ。一応、夕食前後にも休憩時間はあるけれど、風呂に夕食にとのんびりしてられる時間はないし、そもそも休憩が終わったら、今度は就寝時間まで仕事がある。まあ、五日もこなせば休みが来ると考えれば前よりはマシだ。

 

 本当か? うーん、わからなくなってきた。

 

「ナオ、手」

「はいはい」

 

 果たして俺が自分の労働環境について深い疑問を抱いていたところで、隣を歩いていたミィが小さな手のひらを差し出して来た。もちろんそれは手を繋いでという合図で、仕方なく俺は差し出された手を取った。

 

 前に手錠で繋がれていた影響だろうか。こうなると本当に妹のようだ。

 

「……」

 

 本当なら、ここに居るべきは俺じゃないんだろうけども。

 そのためにも、俺は何とかララを説得しないといけないな。

 

「お、あそこの焼きおにぎりうまそうじゃないか」

「食べる」

「よっしゃ、俺が買ってやる」

「やたー」

 

 さて、昼食に焼きおにぎりを買い食いしたところで、前に見かけた雑貨屋を探す。というか、思えば懐中電灯って当たり前のように言ったけど、この旅館にあるんだな、懐中電灯。この狭間のちぐはぐな技術力を見ていると、何があって何がないのかがわからなくなってくる。冷蔵庫があって洗濯機が無くて、テレビがなくて映写機がある。そんなもんだから、口にして初めて狭間には存在しないことを知ることが多い。

 

「さ、とりあえず懐中電灯懐中電灯っと……ついでに何か見てくか」

「あいさー」

 

 雑貨屋の品目でも見ていれば、自然と何があるって何がないかわかるだろうか? まあ、わからずとも生活はできるか。今までがそうだったんだから。

 

「懐中電灯は……ここか」

 

 懐中電灯は電気雑貨の棚に。眺めていると、俺の世界では見たことがないようなものまで売っていて、少しワクワクする。

 

「なお、これ」

「へぇ、置いたものを浮かせられるのか」

 

 ミィが見つけたのは、電磁浮遊パットなんて名前の商品だ。薄いまな板みたいなパットの上に置いたものが、地面に設置せずに浮くものらしい。100グラムぐらいの重さまでだが、プラモとか組み立てる時に便利そうだな。

 

「すごい、これほしい」

 

 と、試しに鉛筆を浮かして遊ぶミィだけれど。

 

「どうせ使わなくなるだろ」

 

 見える見える。いろいろ浮かせて遊ぶだけ遊んだ後、積みあがった本の下敷きになってるパットの姿が。

 

「むぅ、そんなことない」

「じゃあ何に使うつもりなんだよ」

「うぬぬ……飾り?」

「ポスターならまだしも、置物系のインテリアを置くスペースはないだろ」

 

 ごねるミィの言い訳を一蹴。寮の部屋は狭いのだ。ただでさえ、手錠の一件からこいつは俺の部屋に居候してるってのに、これ以上手狭にしないでもらいたい。

 

「くやしい」

「はいはい。それじゃあ俺は会計してくるから」

 

 ランタン型の明かりを手に、俺は会計に移動する。その間もミィは名残惜しそうに電磁何たらを凝視していたけれど、ふとその背中の方の棚に蝋燭が置いてあるのが見えた。どうやら懐中電灯と蝋燭は向かい合わせになっているらしく、そこに奇妙な運命を感じてしまうけれど。

 

 それよりも俺は、頭の中で何かが引っかかった。カメラを覗いている時のような感覚だ。ぼんやりとした景色にピントを合わせていると、急にくっきりとした景色が姿を現し、けれど雲に隠れる月みたいにすぐに消えてしまったような、そんな感覚だ。

 

 実を言えばこの引っ掛かりは、今朝、ララに蝋燭の話を持ち出した時にも感じていた。そう、あれは懐中電灯をララが渋々と承諾したときのことだ。蝋燭に対する彼女の態度は、どことなく避けているような雰囲気を感じた。

 

 蝋燭。たぶんこの引っ掛かりのヒントはそこにある。

 

 とりあえず、俺は懐中電灯を買って店を出る。もちろん最後の最後まで抗議するミィを引きずりながらだ。力が強いミィだけれど、体重はそこまで重くないから、持ち上げでしまえば一発である。

 

「うーむ」

 

 用事も済ませ、休憩時間が終わる前にさっさと旅館に戻らないとララにどやされてしまう。ただ、どうにも引っかかった感覚について考えてしまう。旅館に向かう足が遅くなっても構わずに。

 

 そうしていると、ふと俺たちは声を掛けられた。

 

「そこのあんちゃん! ちょっとこっちに来な!」

「あれ、マサダさんじゃないですか」

 

 と、景気のいい声が聞こえて来た方を向くと、前に俺たちが代役として勤めることになったチュロス屋台の本来の店主のマサダさんが居た。相変わらずなモノクロ衣装は、屋台としては中々に目を引く仕上がりである。

 

「随分と早くから出店してるみたいですけど、けがは大丈夫なんですか?」

「おかげさまでね! ただ、一週間もやってなかったから、勘を戻すのに早くから店を出してるのさ」

「なるほど」

 

 ギプスをしていたってのに、随分と早い治療だなと思ったけれど、それは俺の方もだろう。あの時の右手の火傷は、酷いもので、何日も仕事に支障が出ると覚悟していたが、休日中には痛みもなくなってしまった。きっと包帯を巻いた時に塗りたくられた軟膏のおかげだろうな。火傷あとは残ってるけども。

 

 思えば瀕死状態のミィの兄貴の生命維持も、オーガとヴァンパイアのハーフというだけではなく、狭間の技術が何とかつなぎ留めているところもあるのだろう。

 

 医療技術ばかりは、随分と進んでいるように見えた。人命優先。その意思の強さがよく感じられる。

 

「代役、一日しかできてすいません」

「いいんだよ、一日はやってくれたわけだしな。ほら、これ持ってきな」

「チュロス!」

 

 お礼とばかりにマサダさんは、チュロスを二人分揚げてくれた。事故があったとはいえ、一日しか働けなかったってのに。

 

「ありがとうございます」

 

 興奮した様子でチュロスを味わうミィの隣で、俺はマサダさんの仕事ぶりを見た。生地を揚げる行程は変わらないが、俺たちと違ってスムーズな仕事には熟練の慣れを感じさせる。まあ、俺たちは二人羽織なんて縛りプレイをしてたんだから、当たり前と言えば当たり前だけどな。

 

 絞って揚げる。熱された油に入った生地がぱちぱちと音を立てている。うーん、こうやって見てると、よくもまあ無事だったと思うよ、俺の手。

 

 こんな熱々の油に……。

 

 ……あん?

 

「そういや、ララの奴は練習の時に居なかったな」

 

 ぱちぱちと油がはじける様子を見ている時、ふとノウランさんと練習したときのことを思い出した。あの時ララは、逃げるように厨房から退出していて、それは怒ったノウランさんの説教からの逃走かと思ったけれど。

 

「蝋燭、厨房……共通点は火、か?」

 

 さっきまでの引っ掛かりが、繋がったような気がした。けれどまだピントは合わない。なにせもしララの奴が火が苦手だったとして、それが兄貴の治療を拒む理由とは繋がるように見えないから。

 

 ただ、あいつの頑なな態度を紐解くきっかけの一つを手に入れることはできた。

 

 ここから何か、導き出せばいいんだが……まあ、俺にはそんな頭はない。

 

 チュロスを一本食べた。

 ざらざらとした砂糖の味が、妙に背徳的な感じがした。

 

 作り方は単純だってのに、こんなにおいしいもんなんだなと俺は思った。

 

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