狭間の旅館の暮らし方~異世界の旅館で働き始めましたが、どうやら訳あり住民ばかりのようでした~   作:日野球磨

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20話 交渉×2

 

 本日の献立はチョコレート。

 

「美味しい、美味しいわこれ」

「喜んでくれてうれしいね。取り寄せるの結構大変だったんだから」

 

 さて、そうして森のお茶会を終えたところで、二人は本題に入った。

 

「そろそろお互いのこともわかってきたし、第二段階に移りたいと思う」

 

 というのも、ここ数年の間、十数日に一度のお茶会にて、手始めに二人はお互いの知る世界について学んだ。

 アレクは妖精の過ごし方を。木の洞で目を覚まし、朝露で喉を潤した後、有り余る暇を川で、谷で、草原で遊ぶ生活のことを。しかし、それも優雅なわけではない。急に飛び出て来た動物に食い殺されてしまうこともあれば、急な突風でどこかに連れ去られてしまうことも。

 

「あれは何年前だったかしら。みんなの集会所にフクロウが現れたときなんて酷いものだったわー。自分の身を守ろうと魔法を撃てば、それが他の妖精に当たるんだもの。おかげでフクロウは追い出せたけど、フクロウに襲われるよりも多く、妖精が追い出されちゃった」

 

 あっけらかんとそう言う彼女の態度を見て、アレクは以前に抱いた感想を改める。妖精が他者に無頓着なのは、もしかすれば死があまりにも身近にあるからなのかもしれないな、と。

 

 さて、ではララはと言うと――

 

「この死んだってのはどういう意味よ」

「それは……君たちが言う追い出すってのと同じかな。僕たちの目の前からその人は消えて、もう二度と会えなくなる」

「ふぅん」

 

 本を読み、言葉を覚えていた。

 これにはいくつもの思惑がある。文字を覚えれば、文字を知らない者よりも深く人間の文化を知ることができる。その上、読んだ本によってはそのまま、文化の勉強にもなるのだ。

 

 アレクがわざわざと講釈垂れるよりも、よっぽどいい教師として、本はララの相手をする。

 

 ――と、いうのが、この数年間の交流だった。

 ただ、それももう十分だとアレクは言う。

 

「妖精の雰囲気についてはなんとなく察したし、ララも人間の文化についてはわかったよね?」

「決闘する時は、手袋を相手の顔にたたきつけるのよね」

「なんでそんな変なところを覚えているのかはともかくとして……覚えてはいるようだ」

 

 だからこそ、彼の作戦はフェーズ2に移行する。

 

「実はー……じゃじゃーん」

 

 その開始宣言と共に、彼がマントの下から取り出したのは、いつかに見た麻袋。そこはかとなく漂っている香りに、ララの腹が唸り声をあげた。

 

「その匂いは、まだお菓子を隠し持っていたのね!?」

「ちょっとちょっと! これはララの分じゃないから!」

 

 袋に飛びつこうとするララを食い止め、小休止。興奮したララが冷静になるのを待ってから、アレクは改めて作戦について話をした。

 

「これを妖精たちにプレゼントしようと思う」

 

 作戦内容はとても簡単なもので、理解にはさほど苦しむ必要はなかった。けれど、眉根にそれはもうふかーーーーいしわを作ったララは、首を傾げながら言った。

 

「……正気?」

「正気だよ」

 

 正気を疑われるのも仕方のない話だ。何せ現在、妖精と人間は戦争状態。特に殺気立った妖精に近づこうものなら、問答無用で魔法の総攻撃を受けること間違いなし。更に言えば、妖精が相手の話を聞いてくれるような思いやりがないことは、ララですらわかっている。

 

 はっきり言って自殺行為に等しいけれど。

 

「もちろん、いきなり妖精の花畑に行こうなんて言わないさ。それに僕には、君がいる」

「私?」

「そう。妖精の協力者がね」

 

 アレクには作戦があるようだ。

 

「まずは一人。次は二人。一気にじゃない。少しずつ懐柔していけば、大きな問題にはならないんじゃないかな?」

「……」

 

 そんなに簡単に行くだろうか?

 と、ララは思うけれど。

 

「それって、私がそんな簡単に懐柔される奴だって、遠回しに馬鹿にしてるの?」

「いやいや、そういうわけじゃないよ」

 

 へらへらと笑っているアレクの顔を見て、なんだか無性にムカついて来たララであった。

 

「はぁ、わかったわ。私が話したことのある妖精を連れてくる。ただ、私の協力はそこまでよ。人間に味方してるって話になったら、今度は私が……殺されちゃう」

「うん、適当な理由で連れてきてくれるだけでいいよ。あとは僕が、何とかするから」

 

 本当に大丈夫なのだろうかとララは思うけれども。

 

「なにこれ甘ーい!!」

「おいひー!」

「もっと、もっとちょうだい人間さん!」

 

 ララが想像したよりも、妖精は単純な種族だったらしい。

 

「ララ、あんたの目論見通りね!」

「やめてアニー。私は今、自分がこんな単純な奴だったのかって思い知らされてるところだから」

 

 アニーとは、この作戦でララが一番最初に連れてきた赤毛の妖精だ。もちろん、作戦で一番最初に懐柔された妖精でもある。そんな彼女の協力もあって、次々に妖精は甘味の虜になっていくけれど、それを見るララはうんざりとした様子で肩を落としていた。まるでかつての自分を見せられている様なのだ。ああ、こんなにもちょろい女だったのか、私。

 

「ねぇ、人間さん。もっともーっと食べたいんだけど!」

「ごめんね、今日の分はこれで終わりなんだ。でも、無事に帰らせてくれれば、明日も持ってきてあげるよ」

「ほんと? 約束だからね!」

「わかった約束」

 

 それに、なんだか前よりもムカつきが強くなっている。20人を超える妖精に取り囲まれたアレクを見ていると、ララの胸がざわつくのだ。

 

「なんで怒ってるのさ、ララ」

「知らない」

 

 アニーに怒りを指摘されたけれど、それは自分でもわからないものなのだ。

 

「ララ!」

「あによ」

 

 さて、そんなところでアレクがララのことを呼んだ。

 そろそろ森の外に帰るらしいアレクは、荷物をまとめていたけれど、その前にララに話しておきたいことがあったらしい。なので少し離れたところでアレクたちの様子を見ていたララは、返事をして近づいた。

 

 すれば、意気揚々とアレクは言う。

 

「今度はもっと大勢を連れてきてよ! 僕もたくさん、お菓子を持ってくるからさ!」

 

 どうやら本格的に、妖精を取り入る算段のようだけれど。

 

「ふーん」

 

 ぶすーっとした顔のララは、快諾しなかった。

 

「ララ? えっと……任せていいんだよね?」

「別にー。でももう、私じゃなくてもいいよね」

 

 と、言ったララはちらっとアニーの方を見る。

 確かに、もうアレクの味方をしてくれる妖精はたくさんいて、ララに頼まなくても他の妖精を連れてきてくれるだろう。そうでなくとも、間を取り持ってくれるに違いない。そうしないと、美味しいお菓子にありつけないから。

 

「いや、ララだ。ララにしか任せられない!」

 

 けれど、アレクは言う。

 

「少なくともララは、ずっと一緒にいた妖精だからね! 僕は君を、一番信用しているんだ! だからこれは、ララにしか任せられないことなんだよ!」

「……そう?」

「そう!」

 

 仕方ないなぁという風にはにかむララ。その様子を見てたアニーは言う。

 

「なにあれ」

 

 アニーの横に居た妖精は言った。

 

「前にアレクから聞いた、恋人って奴みたいだよね」

「妖精と、人間が?」

 

 なんだか自分たちの知らない世界に行ってしまったララを見て、アニーたちはなんだか少し羨ましくなってしまうのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「美味しい!」

 

 さて、そうして開かれた妖精の花畑のお茶会は、アレクたちが想像していた以上の大盛況で幕を閉じた。

 

 まさかお菓子がここまで妖精に人気になるとは思っていなかったアレクである。

 

「もっと欲しい、もっと欲しい!」

「この人間を裂いたら出てくるかな?」

「じゃあ私は右手から――」

「――ちょーっと待ちなさいよ!!」

 

 しかし純粋無垢な妖精である。アレクがお菓子を持ってくる=アレクがお菓子を作っているというところまでは予想が付くが、まさか頭の中で、アレクが木のようにお菓子を実らせるとでも考えていたのだろうか。

 

 あわやアレクが命の危機に陥るところだったけれど、そこはララがなんとかする。

 

「あれは人間が作ってるもので、アレクがこっそり持ってきてくれてるの! だからアレクを追い出しちゃったら、もう二度と食べられないよ!」

「えー」

「でも、もっと食べたい!」

「ないものはないでしょ!」

 

 まるで我儘な子供に言い聞かせるお姉さんだ。

 ただ、その表現もあながち間違いではないような気がしたアレクである。

 

(妖精たちのコミュニティは、初めて他人と関わることを選んだ赤子のようだ。……まさに今、彼女らは成長しているところなんだろうな)

 

 そう見れば、一足先にアレクと関わり、様々なことを覚えたララはお姉さんで、今それを覚えようとしている妖精たちが妹なのは、間違いない。

 

 我慢を覚えてもらい、人間社会と交流することの利益を教える。

 そうすれば、妖精たちも無暗に悪戯を仕掛けるようなこともなくなるだろう。

 

 となれば次は――

 

 

 ◆

 

 

「人間の懐柔だ」

 

 妖精の花畑でのお茶会が二、三回ほど開催された後、アレクは次なる段階に進むことにした。

 

 もちろん、ララと一緒にだ。

 

「いいけど、そっちも作戦があるのよね?」

「まったくないわけじゃないけど……正直、博打の色が強い。けど、このまま時間をかけると……せっかく妖精が抱き始めた人間への興味が、森を焼く火で上書きされかねないんだ」

 

 アレクの言い分は理解できた。

 今もなお、人間は森を焼き、妖精に追い払われてる攻防は続いている。お菓子で勝ち取った信用も、いよいよ彼女らの住居が燃やされたとなれば、失われてしまうことだろう。

 

「そうなる前に、人間が森を焼くのを止めたいんだ」

 

 そも、日が経つごとに人の妖精への憎しみは強くなっている。その憎しみの強さに応じて、火を点けに訪れる人間は増え、被害規模もどんどんと増えているのだ。もちろん、何もしてないわけではない。妖精たちは森を巡回して、怪しい人間が居たらすぐに追い出している。けれど、広大な妖精の森はじわじわとその勢力を失っているのだ。

 

「伯爵がこの妖精の森殲滅に乗り出したそうだ。五千の兵士が、こっちに向かっている」

「伯爵って、人間の……偉い人だっけ。そんな人がどうして?」

「さあね。でも、間違いなく言えるのは……このまま放置していたら、不味いことになるのは間違いない」

 

 五千という具体的な数字を聞いて、ようやくララの頭の中にも危機感が湧いて来た。

 

「どうするのよそれ!」

 

 森に来る人間は、多くても二十人を超えるぐらい。その何倍なのか数えるのすら、馬鹿らしくなるほどの軍勢には、流石のララも声を荒げる。ただ、落ち着いた様子でアレクは言うのだ。

 

「何も手がないわけじゃない」

「それ、さっきも言ってたけど……どういう意味よ」

 

 アレクの何ともあやふやな言葉に、苛立たしげにララは返す。

 手がないわけじゃないのはわかったから、早くその続きを言いなさい。

 

 だからアレクは言うけれど。

 

「人間との……具体的にはその、伯爵との交渉の場を設けることはできるんだ。ただ……その先は白紙。どうやって伯爵を説き伏せるか、妖精を認めさせるか、そういう作戦は、まだ全然できてない」

 

 妖精は平気で人間を殺し、笑いながらどこかに去っていく。そんなイメージを払拭するほどの説得をしなければ、伯爵は手を引かないだろう。

 

 しかし、思いつかない。

 いったいどう説き伏せれば、伯爵は手を引いてくれる?

 

「私を連れて行きなさい」

「……え?」

 

 けれど、そんなアレクの混乱を一撃で吹き飛ばすように、ララは言うのだ。

 

「私がその伯爵をバシンと一発説き伏せてやるわよ! あんたと覚えた、言葉を使ってね!」

 

 と、そう言えばとアレクは思い出す。

 

「そう言えば……裁判物の本を渡してたっけね……」

「ふふん、私にかかれば人間なんてちょちょいのちょいよ。魔法を使う必要もないわ。この舌ひとつで解決してみせる!」

「それ、小説のセリフだよね……」

 

 小説に憧れるように胸を張るララの姿には、流石のアレクも不安を感じざるを得ないが。

 

「妖精との会話……そして交渉……そこに期待するしかないか」

「ええ、存分に期待して頂戴!」

 

 時間はもう、残されていないのだ。

 

「だけど、アレク。どうやってその伯爵と交渉するのよ」

 

 さて、ララが交渉の席に立つことは決まったのはいいけれど、いったいどうやってアレクは伯爵との交渉の席を設けるつもりなのか。ララの頭の上にぼんやりとはてなが浮かんだ。

 

 対するアレクは、そう言えばと思い出すように言う。

 

「言ってなかったね、僕のこと」

 

 続けてアレクは、いつも身に着けているマントを翻して言った。

 そこには、大仰な装飾の施された家紋が記されている。それが示すのは――

 

「僕、この国の王子なんだよ。五男だから、王位を継承できるチャンスなんてないけどね」

「え……えぇえええ!?」

 

 思えば、あの大量のお菓子をどこからアレクが調達していたのか。その答えが、ララには今、初めてわかった。

 

 

 ◆

 

 

 妖精の森を擁する王国シストランド。その国の第五王子こそが、アレク。またの名をアレク・アイギス・シストランドと言う。

 

 王位の継承権は最下位で、優秀な兄王子たちの手前、さらさら王位を継ぐ気などなかったアレクは、一人学問に注力する道を選んだ。その際、ある文献で妖精の存在を知る。

 

 アレクは妖精に魅了された。

 人と同じ姿をしており、魔法を使い、人間とは相容れぬ森の奥地に住む。

 会ってみたい! アレクはそう強く思った。そして会いに行った――のだけれども。

 

「妖精を焼き殺せ!」

 

 という声が、妖精の森周辺の村々で起きていたのだ。

 いったい何があったのか、とにかくアレクは妖精をどうにかして守ろうと考え、妖精と人間の和解の道を築こうと決意する。

 

 これが、彼が妖精の森に看板を立てていたことのあらましである。

 

「はぁ……まさかあんたが王子とはね。本で読んだけど、結構すごいんじゃない?」

「僕からしたら妖精の方がすごい存在だけどね。こっちも、本で読んだ話だけど」

 

 ララは不思議な気分だった。それはアレクも同じことだろう。

 本で読んだ神秘的な存在は、けれどこうして出会ってみると、普通に話せてしまえるのだから。決して手が届かないと思っていたのに。

 

 ともあれ、そんな二人が出会えた奇跡を喜び合うにはまだ早い。

 二人には、妖精と人間の戦争を止めるという目的があるのだから。

 

「よし、じゃあ覚悟を決めようか」

「ええ。頑張るわよ」

 

 伯爵を説得する。

 今日、二人はその目的のために、妖精の森から離れ、遠路はるばる伯爵の下に訪問していた。どうやら伯爵は五千人の行軍に先立つ形で妖精の森に向かっていたらしく、道中の村で下宿しているところで、面会を取り付けることができた。直接伯爵の家に行くよりも早く出会えたのは、不幸中の幸いか。

 

 妖精の森に五千人の兵士が殺到するよりも早く、行軍を止めることができる。

 けれどそのためには、伯爵を説得しなくちゃいけない。

 

「ようこそ、アレク王子」

「こんにちは。この度はお話を聞いてくださりありがとうございます、シャーリー伯爵」

 

 シャーリー伯爵。このシストランドでも強い力を持つ伯爵家の現当主であり、今回は妖精の森の領主に泣きつかれて、重い腰を上げたのだとか。

 

 威厳のある口ひげをたっぷりと蓄え、王子を前にしてもへりくだることなく相手取る姿は、まさしく歴戦の貴族そのものだろう。前に立つだけで冷や汗が出る。

 

 ただ、それはアレクの肩に座る妖精にも同じことが言えた。

 

「こんにちは、伯爵」

「ほう。君が妖精の……」

「ララよ。よろしく」

 

 貴族階級なんてものは妖精にはなく、だからへりくだる必要もない――なんてのは暴論だけれど。むしろ妖精として、堂々たる様を見せつけるララには、流石の伯爵も押され気味だ。

 

「単刀直入に言うわ。手を引いてちょうだい。それから……妖精の森には、今後一切手出しをしないで」

 

 全ての前置きを捨て去ったララの直球の要求は、礼儀も忘れた呆然をアレクから引き出してしまう。

 

「ちょ、ちょっと待ってララ! いきなり、いきなりすぎるよ……!?」

「別に、仲良く話しに来たわけじゃないのだからいいでしょ」

「そうかもしれないけど、そうかもしれないけどさぁ……!!」

 

 一応、アレクは王子だけれど……元から王位を継ぐつもりのなかった彼にとって、貴族との交流は慣れたものではない。しかも相手は有力貴族だ。下手をすればアレクの立場も危うくなりかねない。まるで針山の上を、一本の綱に乗って歩いているような気分だ。生きた心地がしない。

 

「無理だ」

 

 その端的な伯爵の答えに、アレクは確信する――終わった、と。

 

「あら、その判断は早計じゃない?」

「いやいや、そうではないよ妖精ララよ」

 

 ただ、ララと伯爵の会話は続く。

 

「五千の人間。彼らが農作業に従事する時間+彼らが妖精の森まで移動するための食費、水、生活必需品の配給+これまでに妖精被害で失われた人命――既に私は大量のコストを支払っているのだよ。だから兵を止めることはできない」

 

 当然の意見だった。

 この話を、ララはどうやって覆すと言うのか。

 

「ふぅん。つまり、そのあなたが支払ったコストを賄える対価を支払えば、私たちの森には手だししないと約束できるわけね」

「そうだな」

 

 できるわけがないだろう、と直接口にせずとも、伯爵の態度を見ればそう言いたげだと言うことがわかる。ただ、ララはにっと笑って行った。

 

「なら、簡単ね」

「なんだと?」

 

 伯爵の髭がぴくりと動く。細められた目が、睨むようにララを見つめるけれど、ひるむことなく彼女は言う。

 

「アレク。窓を開けなさい」

「あ、うん。伯爵、よろしいてしょうか?」

「ああ、構わん。何を見せたいのかは知らないが、下手なことはしないように」

 

 ララが何をするつもりなのかは、アレクにもさっぱりで、だからアレクは首を絞められているような思いでいっぱいだ。そんなアレクの横を、どこか得意げな顔のララが通り過ぎ、開け放たれた窓の手前で停止した。

 

「伯爵。窓の外を見てなさい」

 

 窓の外は平原が広がっている。それがどうしたと伯爵が言うと、不意にララの手が光った。魔法だ。その力が、窓の外に向けて放たれた。するとどうだろうか、平原の真ん中ににょきにょきと木が生え、青々とした実を付けた。次第にそれは赤く染まり――溢れんばかりのリンゴになる。

 

「流石に木を一本生やすのは堪えるわね……でも、元々ある木から実を作るぐらい、妖精なら朝飯前。どう、これが私たちが提供できるもの。労働力。もちろん対価は貰うけどね。お金として」

「……」

 

 何もない所から生えて来た木を凝視する伯爵。彼は言う。

 

「あの木から、一つリンゴを取ってこれるか?」

「お安い御用」

 

 そう言うと、ララは風を操り、木からリンゴを持ってきた。きっと空を飛んで取ってくるとでも思っていたのだろう伯爵は、その魔法にも驚いたように目を瞬かせた。

 

「リンゴ、だな……」

 

 風で飛んできたリンゴは伯爵の手元へ。それを受け取った伯爵は、リンゴをじろじろと見物した後、思い切って噛みついてみた。じゅわりと果汁が中から飛び出し、甘酸っぱい美味しさが口の中に広がる。

 

 間違いなくそれはリンゴだった。

 

「ふむ、しかし……」

 

 伯爵は言う。

 

「妖精に殺された村人たちの無念を考えるとだな」

 

 確かにそうだ。戦争の原因は、元をたどれば人間の復讐心から来るモノ。それを解決しないことには、どうにもならない。そう思っていたけれど――

 

「人間だって、妖精を殺すじゃない」

 

 さて、卵が先か鶏が先か。

 

「どうして妖精が人間に悪戯すると思う? 何かをされたからよ。眠りを邪魔したのかしら、それとも食べ物を奪ったのかしら? もしかしたら……殺しちゃったのかもしれないわ。だから悪戯するのよ。でも、それは人間も同じでしょう?」

 

 本当のところはどうなのだろうか、とアレクは思う。

 確かに妖精は利己的で、仲間を殺されたことに恨みを持たないけれど。

 逆に利己的だからこそ、自分されたことはしっかりと覚え、きっちりと復讐するようにも思える。

 

 本当にただ、好奇心だけで悪戯をしたのか。

 それとも何かをされたから、人間に仕返しをしたのか。

 

 人間だってそうだ。もしも妖精を殺すなら、鍬でも棍棒でも拳でもいい。その小さな体を力いっぱいぶん殴るだけで殺せてしまう。気の迷いでも事故でもなんでも、殺せてしまうのだ。

 

 果たしてどちらが最初なのか。

 その議論は、まったくの無駄だ。

 

「これからも続けるの? 殺し合い」

 

 笑顔を消したララのその言葉に、伯爵はほんのわずかに後ずさりした後……覚悟を決めたように胸を張って言う。

 

「わかった。ひとまず私の兵は止めよう。それから王に掛け合って……妖精の扱いについて、決めようか」

 

 そう言った伯爵の視線の先には、この場で唯一、この国の王にも会うことができる人物が――アレクが居た。

 

 ただ、アレクは話の流れについて行けずに、ぼんやりとしていたために、間抜けな顔で言うのだ。

 

「えっと、それはつまり?」

 

 そこでララが笑う。

 笑いながら怒る。

 

「ちょっとー、聞いてなかったの、アレク? 終わったのよ、話し合い!」

「えと、それは……」

「私たちの勝ち! そうよね、伯爵!」

「この出来事に勝敗の意を付けるのは不本意だけれどね。もしも、望みの返事を私から引き出したというのなら……そこの妖精の勝利と言って差し支えないだろう」

 

 そうして始めて、アレクも理解した。

 

「つまり――」

「そうよ、止めたのよ! 私たち、戦争を!」

 

 まだまだしがらみは多く、その間を取り持つために東奔西走する必要はあるだろうけれど。

 

 それでも確かに二人は、起きようとしていた妖精と人間の戦争を防ぐことに成功したのだった。

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