狭間の旅館の暮らし方~異世界の旅館で働き始めましたが、どうやら訳あり住民ばかりのようでした~ 作:日野球磨
ぼんやりとした意識の中、
「……寝てた?」
「正確に言えば、眠らされていた、だね」
体を起こせば、すぐ隣にはペルチーナさんが居て、あたりを見ればここが従業員寮の一室であることがわかる。そしてよくよく記憶を振り返れば、俺はララに謝りに来て、その後急に魔法で殴り飛ばされたところまでは思い出せた。
「なんだか、長い夢を見ていたみたいですよ」
「まあ、五時間ほど寝てたからね」
「……はぁ?」
急いで窓の外を見てみれば、夕日が沈んでいくところだった。頭を抱えた俺は、机の上に座るララの方を見た。そうすると、じっと俺の方を見ていたララと目が合った。
「……」
ララは何も言わない。だから俺は、頭を掻きながら言った。
「確かに、無理にやらせるのは酷な話だな」
希望を持って治療した相手が、その直後に殺される。
夢で見ただけだってのに、俺の脳裏にも焼き付いてしまったあの光景を、ララは治療を施そうとするたびに見ているんだろう。
全てが無駄になった。そんな光景を。
「少しいいかい、ナオ君。君は……なにがあった?」
「夢を見てたんですよ。いや、見せられていたってのが正しいですかね。というか、説明してなかったのかよ、ララ」
「関係ないでしょ、そんなこと」
どうやら話についていけてないらしいペルチーナさんへ、俺が夢の中で何を体験したのかを説明した。
「なんとまあ、魔法とは便利なものだね」
話を聞いたペルチーナさんは、空を仰ぐ様にしてそう呆れていた。きっと彼女も、俺と同じように魔法を知らない世界から来たのかもな。
「……私は」
と、そこでぽつりとつぶやくようにララが喋り始めた。
「私は、あの日から何かを治す魔法を上手く使えないのよ。……いえ、違うわね。治したとしても、その先に希望が持てないの」
ララは訊ねてくる。
「本当にそれは治せるの?」
……難しい質問だ。
確かに俺は、ミィの兄貴の状態を目で確認したわけじゃない。もちろん、医学的な知識がこれっぽっちもない俺が確認したところで、然したる意味はないというところもある。ただ、ペルチーナさんでさえ半信半疑だったのだ。
できると断言したのはただ一人だけ。
いや、一人と表現するのは失礼か。
なにせ神様なんだから。
「龍さんが嘘をつくってんなら、違うんだろうな」
「……」
ララに睨まれてしまった。
いやまあ、当たり前だけどさ。
「まあいい。おかげでララがどうしても魔法を使いたくないって理由が分かった」
ともあれ、ララのことを知る目的は果たした。まさか直接、夢でララの半生を見せられるとは思っていなかったが。
「それで、どうするつもりよ」
「そうだな。過去のトラウマでララが魔法を使えないとなると、はっきり言ってお手上げだ。ペルチーナさんも、何も全部ララ任せってわけでもなかったんですよね?」
「当たり前に決まっている」
そこは医療従事者としてのプライドがあるのだろう。少し気に入らなさそうな声色で彼女は言った。
「だが、無理だった。欠けた半身を生やすなんて芸当は、種族的特性なしには狭間の技術を持っても難しい」
まあ当然か。聞けば胸部だけが辛うじて残っているような状態らしいし、そもそもなんでそんな状態で生きているのか。吸血鬼ってところが関係しているんだろうな、多分。
さて、状況は絶望的だ。
医者は些事を投げ、魔法の力も頼れない。
いったいどうすればいいのか。
「そこでプランBだ」
二番目の作戦と言う意味で二本の指を立ててそう言えば、二人の素っ頓狂な顔が拝められた。サプライズ成功だ。別に、驚かせるつもりなんてなかったけれど。
「先回しに潰しておくけれど、あんたが魔法を覚えて私の代わりに治すってのは無理だからね」
「あ、マジ? 俺魔法使えない系?」
「乗りが軽いのよ」
別に魔法に頼るつもりは全然なかったけれど、魔法が使えないとはっきりと言われるとちょっと悲しい。
「まあ魔法はいいんだよ、魔法は」
そう言いながら、俺は二本の指をピコピコと動かしながら言う。
「ペルチーナさんたちは、重要なことを二つ見落としてる」
「二つ? 私たちが?」
目を細めて睨みつけるように俺を見るペルチーナさん。まあ、俺の言い方の問題なのはその通りだ。しかし、年上の大人に睨まれるとちょっと怖い。特にペルチーナさんって、クールなところがあるから。
まあ、かっこつけるように言った手前、気圧されるのも俺のプライドが許さない。だから虚勢でも、最後の最後までかっこつけさせてもらおう。
「一つは、ミィの兄貴の専門家の存在に気づいていないことだな」
「なに?」
数えるように、立てた指を一本折る。
俺の言葉に、ペルチーナさんは不思議そうに首を傾げ、正反対にララは俺の言いたいことに気づいたのか、眉を顰めていた。
なのでさらにもう一つ。
俺は言う。
「龍さんたちが考えるほど、ミィは弱い奴じゃない」
兄貴が今にも死にそうだから。
辛い現場に立ち会わせるのは心配だ。俺も前までそう、思っていたけれど。
ただ、あいつは。
前に進むって、自分で選び取ったんだから。
「ってことで、ララ」
「あによ」
「ミィに会いに行くぞ」
俺は言った。
「プランBだ。魔法は使わない。代わりに、ミィと俺に付き合って、最後までミィの兄貴を治すのを手伝ってくれよ。何よりお前は、俺たちの教育係なんだからな」
俺の提案に、ララは大きなため息をついた。それから何かを考えるように瞑目し、眉根を寄せて難しそうな顔をした後、観念したように肩を落として言う。
「仕方ないわねぇ……」
「よっし決まりだ!」
◆
移動は龍さん任せ。
ララの部屋に龍さんはいなかったけれど、呼べば当然のように現れた。
どうして部屋から居なくなったのかを聞いてみれば。
「吾には従業員寮は狭くてな……」
とのこと。まあ、六畳間の部屋じゃ、背丈だけでも二メートル半はある龍さんには窮屈で仕方ないはずで、それに旅館の主として忙しい身じゃ、いつ起きるかもわからない従業員に付き合っている時間もない。
ともあれ、呼べば来てくれるのはありがたい。ありがたいのだが、よくわからないワープホールからにゅっと出てくる姿はまあまあファンタジーでホラーだから、なんだかシュールな気分になってしまう。神様らしいと言えばらしいか。
さて、そうして俺たちはミィの下に移動した。
「あ、ナオ」
ミィはと言えば、ちょうど夕飯時ということもあって、従業員寮の近くの食堂に居た。ちなみにミィの前には山盛りのごはん。しかもスイカを半分に割ったみたいなお椀に盛られているものだから、横に座るミィよりも高く盛られてしまっている。
これから食べるところだったのだろう。スプーンを持ったミィが俺の方に振り向いた。
「ああ、まあ、食べながらでいいから聞いてくれ」
「ん」
さて、もくもくとスプーンでご飯を食べ始めるミィ。すると遅れて、料理をお盆にのせて持ってきた蓮歌が現れる。彼女は俺を見ておや、と小首をかしげ、隣にいるララを見て、何事かとちょっと真面目な顔になる。
「あ、えっと……」
さて、どうやって話を切り出そうか。朝の出来事もある手前、なにから説明しようか迷って、なんだか変な空気になってしまう。そんな折、黙々とご飯を食べるミィを見ていると、お腹が空いて来た。
そう言えば、朝からなんも食ってないんだよなぁ――
――ぐぅうううううううううううううう。
「……」
「……」
「すまん、食べながら話していいか?」
「あー、うん。待ってるね」
◆
従業員寮前の食堂は、従業員なら行けば無料で定食を提供してもらえる。それもごはんと汁物はおかわり自由大盛自由で、おかずも三つのパターンから好きなモノを選べるようになっている。
まあ、俺はミィのように大食漢でもなければ、ララのように小食ならざるを得ないわけではないので、並盛りで……と言いたいところだけれど、ご飯だけちょっと多めに頼んだ。これでも一応、食べ盛りの高校生なのだ。
「それで、どういう風に決着ついたのさ」
さて、食堂のおばちゃんから受け取った定食を、ミィたちのいる机まで持っていく。それで机に座れば、対面の蓮歌がそう訊ねて来た。
ちなみに龍さんとペルチーナさんは仕事に戻った。
「俺が折れた。んで、これからミィの兄貴の様子を見に行くつもりだが、ミィも来るか?」
「ちょ、あんた……!」
さて、俺の提案には、蓮歌もララも目を見開いて驚いた様子だ。「お前それを言うか!?」という怒声が聞こえてくるようだ。
ただし、肝心のミィはと言えば。
「ん、行く」
口の中のご飯を呑み込んだ後、いつもの調子でそう言った。
そんなミィの様子を見て、今度は理解できないと言った風に二人は驚く。
俺の信じた通り、ミィは大丈夫そうだ。まあ、だからと言ってララと喧嘩したときに口を突いて出てきた言葉が正しかったとは思わないけれど。
知っちまったんなら、しょうがない。忘れろなんて言えるわけもない。全部抱えて、前に進むしか道はない。
「今朝は……悪かったな。助かるよ」
「ん、違う」
お礼のつもりで言った言葉は、けれどご飯粒を口に付けたミィに訂正されてしまう。
「私たちで助ける。そうなんでしょ、ナオ」
「……ああ、そうだな」
果たしてミィは、兄貴の状態をどこまで知っているのかは知らないけれど。
龍さんが、ペルチーナさんが、ララが、蓮歌が――そして俺が想像するよりも、ずっともっと逞しい人間のようだ。