狭間の旅館の暮らし方~異世界の旅館で働き始めましたが、どうやら訳あり住民ばかりのようでした~ 作:日野球磨
ララとミィを引き連れて廊下を歩く。
向かう先はもちろん、ミィの兄貴の病室。
「少し疑問なんですけれど」
ただ、前を歩くペルチーナさんと龍さんに対して俺は訊ねた。
「なんか建物の形、おかしくないですか?」
「……長い」
俺に続けてミィもこてりと小首をかしげて周りを見る。というのも、俺たちは廊下を歩いているのだけれど、あまりにも廊下が長すぎる。長すぎるのだ。ともすれば、そろそろ1キロは歩いたんじゃなからろうか。その間、折れることもなければ、途中に扉もない廊下が、こうも長く続いていることがあるだろうか? いや、旅館の規模を考えればさもありなん。しかし、それでも不自然だ。だから疑問を呈してみれば、振り返ることなく龍さんが教えてくれる。
「ミィの兄は何が起きてもおかしくない状態だからね。外的要因が影響を及ぼさないよう、吾が空間的に隔離しているのだよ」
「なんでもありっスね、神様は」
「何でもできるように見えるだけだ」
どうやらこの長さは、龍さんの仕業らしい。除菌室的な役割でもあるのだろうか。わかるのは、隔離されるほどに重傷だということぐらいか。
「さあ、もうすぐ着くぞ」
龍さんがそう言うと、ようやく廊下も終わりが見え、閉じられた襖に行き当たる。龍さんが屈まずに通れるほど大きな襖だ。恭しい動作でペルチーナさんが襖を開ければ、その奥には畳張りの部屋が見えた。しかし、そこに人の姿はない。
「まだ奥がある」
部屋の奥にも襖が見えた。
その襖を開けば、更に襖が。その奥にも、更にその奥にも襖が連なる。
もうすぐと言っておいてこの襖の連続は、なんだか疲労感を感じてしまうが、襖を通るたびに、体全体がビニールのように透明な壁を突き抜けるような不思議な感触がした。
これもきっと、重傷者を守るための備えというものなのだろう。そうして七つほどの襖を通り過ぎたところで、俺たちはようやくたどり着いた。
「覚悟をしろ、ミィ」
何の感情も乗っていない龍さんの言葉と共に襖が開くと、その先には人が横たわっていた。夥しい数の機械の箱と、畳の上に置かれた布団。布団の上に乗せられた人体。
首から下は薄い緑色の被せ物がしてあったけれど、その被せ物の下がどのような状態になっているのかは、浮かび上がる起伏を見ればよく分かった。首から下。鎖骨から胸部に当たって作られたなだらかな丘は、腹部に降りる道すがらで突然谷のように凹み、形を失ってしまっている。
右腕はない。それどころか、肩口を覆う被せ物が歪な形を作っている。何よりもその被せ物から体に向けて、大量のチューブが差し込まれているのが、事態の深刻さを克明に物語っていた。
しかし、最悪と言っても過言ではない状況にありながら、意識のない彼の顔は、どこか穏やかな眠りの中にあった。呼吸器に繋がれていて、見えるのは眼元だけだが、それでも苦痛や恐怖ではなく、安らかに眠っているような顔をしている。
「あにぃ……」
兄貴の顔を見て、ミィの手が近づこうと伸ばされた。しかし、見えない壁があるかのようにその手が直前で止まる。
「すまない。彼は結界で囲まれているんだ。物理的に近づくことはできない」
「むぅ……」
まあ、仕方がない。
とりあえず俺は、ミィの頭に手を置いて言った。
「生きててよかったな」
「……うん」
俺の言葉にミィは、小さく呟くようにそう言った。
「さて、ナオ君」
と、そこでこれまで通って来た襖を全て閉めて来たのであろうペルチーナさんが、俺を呼んだ。用件は決まっている。
「それで、君の言う彼の専門家とは……」
「そりゃ、ミィに決まってるじゃないですか」
そう言って、ぽんぽんと俺はミィの頭を撫でた。
「わかっちゃいたけど、この子に何ができるのよ」
相変わらずの調子でララがそう言うけれど、ひとまず俺の考えから話す。
「どれだけは知らないが、唯一の肉親で、しかも同じ世界の出身だ。なら、この狭間にはない民間療法の知識があってもおかしくないだろ」
「逆に聞きたいのだけれど、体が半分になったときの民間療法ってなによ」
「そりゃ……アレだよあれ! ほら、ミィ! ララに言ってやれ!」
痛いところを突かれた俺は、ミィをララの前に出した。情けないと言わないでくれ。割と結構、頑張ってんだよ俺も。
「何の話?」
しかしここでミィのキラーパス。どうやら話についてこれてないらしい。
「いや、ミィ。お前の世界で……あー、ヴァンパイアとオーガのハーフなんだよな?」
「うん」
「じゃあその親のどっちかから、なんか超絶すごい治療法とか聞いたことないか? それこそ……千切れた腕を治せる的な」
「うーん……」
悩むミィ。いい兆候だ。ワンチャン、そんなものあるわけないじゃんと切り捨てられる可能性すらあったのだから。
「……でも、あにぃ、腕取れても、普通にくっつけてた」
「あー……」
そうかぁ。そういや兄貴もヴァンパイアだもんなぁ……。
俺の世界のヴァンパイア像がぴったり当てはまるかは知らないけど(実際、今のところミィのヴァンパイア要素なんて皆無だが)、高い再生力ってのはイメージ通りだ。
ただ、現に目の前のヴァンパイアは死にかけている。再生する気配は感じられない。
「もしかしたら、無いものを生やすのは、無理なのかも」
「なるほど」
兄貴の姿を見ながらぼんやりとつぶやいたミィの言葉には得心が言った。直感的にもそちらのほうが納得がいく。
とここで、後ろからペルチーナさんが、会話に加わった。
「栄養が足りないのかもしれないな。あの状態だ。本来、栄養を変換する機能も働いていない可能性が高い」
「前に血を飲ませると言うのを試したと聞きましたが……」
「残念ながら、ヴァンパイアと呼ばれる種族自体、この旅館にはいないのでな。血が栄養に換えられる、その過程自体が未解明なのだよ」
ペルチーナさんの言葉は、納得のできる仮定だった。もちろん、それを聞いて「じゃあこれができるな」なんて、具体的な解決策を言い出せないのが、悔しいところだが。
「じゃあ、私の血、飲ませよう」
だからと言って、いきなりその結論にたどり着くミィもどうかと思う。
「ヴァンパイアとしては、やはり血の方が栄養効率が高いのかい?」
「さあ? でも、食べ物はたくさん食べないといけないけど、血ならそこまで飲まなくても満足」
「生体触媒の問題かな……まあ、彼の場合は胃から下が欠けてしまっているのだから、結局、流動食すら難しいのが現状だな」
さて、急に話が難しくなってついて行けそうにないのが俺だ。
えっと……とりあえず、ミィの血なら、栄養素としてミィの兄貴の体にも取り込めるかもって話でいいのか?
「輸血をすればいいんですか?」
「そう簡単な話じゃない」
ビシッとペルチーナさんに言われてしまう。
「ヴァンパイアの生態についての解明が進んでいないし、輸血がそのまま栄養補給になるわけじゃない。そも、輸血をするにしても拒絶反応が出る可能性が高い……種族も世界も違うのだからね」
拒絶反応、は確か、自分の体とは違う他人の臓器とかに、体の免疫力が過剰反応する……みたいなやつだったか。同じ血液型だったりすれば、拒絶反応を抑えられるってのは、何かのドキュメンタリーで見たことはあるが……確かに、血液型どころか、世界まで違うとなれば、余計に輸血も難しくなるか。
「ただ、ヴァンパイアは聞くところによれば人の血を食料とする生態だ。その生態が、拒絶反応を和らげてくれる可能性もある」
「つまり、どういうことですか?」
「まったくの未知。やってみなくちゃわからない」
「……」
結局、机上でどれだけ推論を交わしたところで、やってみなくちゃわからないという結論だけは変わらないようだ。
「可能性があるならいくらでも。必要なら俺の血は、死にかけるまで取ってもらっても構いませんよ」
だから俺は、腕をまくってそう言った。
「わかった。だが、試してみるには他に同型の血液型が居るかを調べてからだ。ちょうど、二親等の兄妹がいるのだからね」
「ん」
そう言われてミィの方を見れば、口に手を当てていた。一体何をやっているのか。そう思っていると、ガリッと嫌な音が聞こえて来た。彼女の掌を見れば、鋭利なものでひっかかれたような傷が出来ていて、そこからだらだらと血が流れている。きっとヴァンパイアの鋭利な八重歯で手を傷つけたのだろう。
ミィはそうして滴る血を、ペルチーナさんに差し出して言った。
「私も、血ならいくらでも」
呆れた顔で、ペルチーナさんは言う。
「早まり過ぎだよ、二人とも。専用の採血器具があるから、わざわざ傷を付ける必要はない」
◆
「残念ながら、二人とも同じ血液型ではなかった」
そうして、輸血による栄養補給はひとまず保留となった。
もちろん、最後の手として使ってもよいけれど、万が一拒絶反応を起こしてしまったら元も子もない。
「ただ、気になることがないでもない」
「というと?」
「血液」
そう言って、ペルチーナさんは続ける。
「ミィ君の血は……なんというか、初めて見る形をしていた」
「血の……形?」
そう話すペルチーナさんは、医者と言うよりも、研究者と言う方が正しいような顔をしていた。
「そうだな、ナオ君。君の世界には、スライムという概念はあったかな?」
「まあ、話に聞いたことは」
「構造はともかく……その血液は、蠢動しているんだ」
「はい?」
理解が追いつかなかった。
「えっとそれはつまり……血が、スライムみたいな感じなんですか?」
「どうだろうね。ただ、観測結果だけを述べるとすると……彼女の血は、液状生物の肉体に近い組成をしているんだ。血に神経が通っているとでも言えばいいか、どれだけ細切れに分離しようとも、簡単に結合できてしまうとでも言おうか……すまない。少し自分で言っていてわけがわからなくなってきた」
「つまり?」
「結論を言えば、おそらく、ミィ君の言うヴァンパイアとは、血こそが本体なのかもしれないね」
「……」
血が本体。
それは、普通の生き物でもそうなんじゃないかと、俺は聞きたくなった。けれどその俺の疑問を先回りするように、ペルチーナさんは教えてくれる。
「確かに、この狭間で人間とカテゴライズされる生物は、血失くして生きることはできない。ただ……推定でしかないが、血さえ足りていれば、彼女らはどんな損壊でも再生できるかもしれない。事実、目の前には致命傷でさえ生きている実例がいるわけで」
「それは逆に、血が失われれば……」
「その時こそ、死ぬのだろうね」
ゾッとした。それは、ミィが理外の生態を持っていたとか、血が本体だとかそういう些末な事実に恐れたというわけではなく。
肉体が生きているからと言って、ミィの兄貴が生きているわけではないかもしれないという可能性が、俺の頭をよぎったから。
「しかし、希望が見えて来たとは思わないか?」
「……と、言いますと?」
ペルチーナさんはほんの少し笑みを浮かべながら言う。
「血はどうやったところで失うものだ。失血するたびに、血液総量を減らし、死に近づいていくのは、流石に生物として欠点が過ぎるとは思わないか?」
「そう……なんですかね?」
「ともかく、だ」
少しだけ間を作ってから、ペルチーナさんは結論をまとめた。
「彼らヴァンパイアにも、失血した分を取り戻す機能があるはずだ。そして血さえ何とかなれば、肉体の傷は自然に治癒できるかもしれない。どうだ、希望が見えて来たとは思わないかい?」
「そう言われると……」
そうかもしれない。
だからその血をどうやって戻すのかという方法はさっぱりだけれど。
具体的な道が示されることは、この先の見えない霧のような不安を晴らすには、この上ない方法だった。
◆
その日は遅くなってしまったため、ヴァンパイアの血にまつわる実験は翌日ということになった。
そうして一日が経ち、特別休暇を貰った俺たちは、ペルチーナさんの下でミィの兄貴の治療法についての研究を始めた。
「早速だけれど、ミィ君」
「なに?」
「君は採血に対して、恐怖を覚えないかい?」
「……?」
さて、ペルチーナさんの言葉に、ミィが小首をかしげて言う。
「特に」
「ふぅむ、血を流すこと自体に恐怖心はないと……いや、これは適切ではないか」
どうやらミィから、更なるヴァンパイアの生態を探ろうとしているようで、他にも採血をしながらいくつか質問をしていた。
「まあ、このぐらいでいいだろう」
そう言って、採血を終えるペルチーナさんだけれど、俺はそうして採られた血液よりも、今しがた注射針が刺さっていたミィの腕に注目してしまう。色白のミィの肌はすべすべしていて、異常があればすぐにわかる。けれど、瞬きの間に注射針の後は消えてしまっていた。血が止まるにしても早すぎる。吸血鬼の再生速度には舌を巻くばかりだ。
さて、それじゃあ次は俺の番か、と腕をまくってた。……のだけれど。
「ああ、君からは採血はしないよ」
「そうですか」
「その代わり……ミィ君。ナオ君から血を吸ってくれるかな?」
えっと俺はミィの方を見た。ミィはと言えば、さっきまで注射針が刺さっていたところを不思議そうに眺めていたけれど、ペルチーナさんに話を向けられて、俺の方を見た。
「ん、いいよ」
「ちょっと待って、いったいどうして……!?」
「仕方ないなぁ」
いやはや、相手はミィだし、医療従事者が隣にいる以上万が一はないだろうけど……いや吸血はちょっとキツイって!!
「ほぅら、男なら度胸を見せろ、へたれ」
「ペルチーナさん普段そんなこと言うキャラクターじゃないですよね!」
「ララの真似をしてみた」
「ねぇ、なんでそこで私のせいになるのよ」
と、ここで今の今までずっと黙って事の成り行きを見守っていたララが苦言を呈する。と言うかお前居たのかよ。
「豚~、ツッコミでごまかそうったって無駄よ~」
「そうだよナオ君。ほら、ミィ君が待ってるぞ」
「ぬぐぐぐ……」
ちらり。
「ナオ。私じゃダメ?」
「ああもう、ほら好きに吸えばいいだろうがよ!」
ヤケになった俺は、もう自由に吸えとばかりに近くの椅子に座ってから、両手を広げて差し出した。けれど何を受け取ったのか、ふらりとこちらに近づいて首元にカプリ。
「むぅ……」
痛っ……くはない。不気味なぐらい。しかも耳元からごくごくとがっつり血を吸われている音がしてむしろ恐怖が募ってくる。赤子みたいにミィは抱き着いてきているけれど、そんなことを気にしていられる余裕なんてなかった。
それからどれだけ経ったのか。十数秒の出来事が何時間にも感じられた。ともあれ、ようやくミィの牙は俺の首筋から離れ、無事吸血は終わった。
「ふむ、血は出てないね。吸血対象が失血死しないような仕組みでもあるのだろうか」
「あぁぁぁあああ……終わったぁ……」
どっと気が抜けた俺は、崩れ落ちるように椅子から地面に座り込む。ただ、抱き着いていたせいだろう。ミィも一緒になって床に転がってしまった。
「ああ、悪いミィ。血も吸ったことだし、もう離れてくれてもいいぞ」
そう言って、ミィを起き上がらせようとしたけれど……様子がおかしい。
「おい、おーい。ミィ、どうした?」
「んへぇ?」
だらぁと俺の方に寄りかかってくるミィ。
「ちょっと、眠い……」
「はぁ? 何言って……ああ、寝るな寝るな!」
どこかとろんとしたような顔をしたミィだけれど、すぐ後に眠ってしまった。それを見ていたペルチーナさんは言う。
「ふぅむ、酩酊状態に似たような症状が出てるね。吸血による一時的な興奮が原因かな」
「まあ、なんでもいいですけど」
ひとまず眠ったミィを引き離す。
噛み痕こそあるが、出血した様子もなく一安心。それにしても――
「なんで吸血させる必要があったんですか」
いつの間にか眼鏡を掛けていたペルチーナさんにそう訊ねる。すると、彼女はあっけらかんと言った。
「ヴァンパイアの吸血を見ておきたかったのさ」
そう言って眼鏡をクイッと上げるペルチーナさん。もしかして、と思い訊ねてみれば。
「ああ、この眼鏡は解析用だよ。サーモグラフィー他、映っている生体情報を解析することができる」
「ハイテク過ぎません?」
「まあ……君が言わんとすることはわかるよ」
同情するようにペルチーナさん言う。
「一見中世以前のような生活様式でありながら、時折とんでもないテクノロジーや、ありえない魔法技術が飛び出してくる。まるでご都合主義で塗り固められた演劇を見ているようだ」
ペルチーナさんの意見は極端だけれど、大まかに見れば俺も同意見だ。一体何が出来て、何ができないのか。この狭間は、理解すればするほどに、理解から遠のいていく。
「ああ、それとミィ君からもう一度採血するから、ちょっと体を支えてあげてくれ」
「わかりましたよ」
なんだかペルチーナさんがマッドサイエンティストに見えて来たところだ。一応、人助けのためではあるのだけれど。
「ふふ、とはいえ知れないものを知るということは、沸き立つものがあるね」
そう言って口元をにやりと微笑ませる彼女は、どこか恐ろしく思えた。
◆
「結論から言おう。助けられる可能性がある」
「と、言いますと?」
さらに翌日。
ペルチーナさんに呼び出された俺たちは、ある話を聞くことになる。
「吸血後、ミィ君の血液の活性化が確認できた。この状態でミィ君の兄君の血液と混ぜ合わせた際……血液同士が融和した。おそらくは、他者の血液を栄養にするヴァンパイアの特性だろうが……」
眩暈でも起こしたかのようにくらりとしながら言うペルチーナさん。
「助けられるって、ことですか?」
にわかに色めき立つ俺たち。ミィなんてなんだか泣きそうなぐらいだ。ただ、待てとペルチーナさんは言う。
「待て、可能性だ。輸血のリスクが低くなったと言うだけで、まだ輸血によって再生が始まると決まったわけじゃない。それにリスクだって……まだ、あるんだよ」
一つ一つ、ペルチーナさんは言う。
「血液が活性化した状態のミィ君は、通常時よりも傷の治りが早かった。おかげで採血に苦労したよ。そして活性化状態の血は輸血リスクが低い。ヴァンパイアの推定される生態を考えれば、他者の血を取り込むことで、失血した分を補っているのだと考えられるが……これをどこまで信じたものか」
リスクを。リターンを。
石橋をたたいて渡る様に、一つ一つ確認する。
「よしんば再生したとして、正常な状態と言えるかどうか。そも、今、狭間の技術で肉体が無理やり生かされているだけで、ヴァンパイアとしての本体が、血が圧倒的に足りていなくて、死んでしまっている可能性もある。そうなれば輸血したところで意味はない。それ以前に、輸血リスクで死ぬ可能性だってある」
だから最後に、いつにもまして冷たい表情で、睨むようにミィへと言うのだ。
「だから最後は、ミィ君。君が決めたまえ。肉親である君が、兄君をどうするのか」
重たい責任だ。他人には、とてもじゃないが背負いきれるものじゃない。けれど肉親であるミィにとってもそれは重すぎて、荷が勝ちすぎているように見える。
ただ、それでもミィは、ペルチーナさんをまっすぐ見て言った。
「やって。私は、みんなを、信じてるから」
「……重たいなぁ、君の期待は」
そうして、ミィの兄貴の治療は決まった。
吸血後のミィの血液を、兄貴へと輸血する。
ただ、最悪死ぬ可能性だってある。
いや、既に死んでしまっている可能性だって。
それでもミィはやると言った。
前に進むと決めたのだ。
ならばその決断を、俺は見守るべきなんだろう。
「何度も悪いが、それじゃあ血を貰おうか。輸血できる分だけ」
活性化血液の輸血。連日の採血と言うこともあって、数日置いてから輸血用の採血は行われた。もちろん、ミィの負担については気を配られている。ともあれ、一度目の治療は実験的な見合いもあり、そこまで大量の血を抜かれることはなかった。
「それじゃあ、輸血しようか」
そうして、ついにその時は訪れる。
現場には俺とミィが。それに龍さんやララも一緒だ。皆、ミィの兄貴に繋がれた輸血用のチューブと、それを繋げるペルチーナさんに注目している。
細い管が。赤い線が、ゆっくりとミィの兄貴へと続いて行く。
それが希望となるのか、はたまた絶望となるのかはわからない。だからこそ、ドキドキと高鳴る心臓が、痛いぐらいに緊張していた。別に俺がどうなるというわけでもないのに。
「あにぃ……」
ミィの声が聞こえた。
切実に願うような。そんな声が。
「さて、どうなるか……」
そうして、輸血は終わった。
血は確かにミィの兄貴へと届けられた。しかし――なにも、起こらない。
ミィの兄貴は変わらず布団の上に横たわり、無機質な電子音が、彼の命を繋ぐ機械たちから奏でられるだけ。
どれだけ経っても状況は変わらない。
なにも。
「ナオ」
けれど、何も変わらなかった現実を前にしても、俺の袖を掴んだミィは言うのだ。
「まだ、あにぃは生きてるよね」
「……ああ、そうだな」
「だったらまだ、終わってない。そうだよね?」
ああもう。
なんて奴だよ、本当に。
だったら俺も、覚悟を決めないと。
最後まで、付き合う覚悟を。