狭間の旅館の暮らし方~異世界の旅館で働き始めましたが、どうやら訳あり住民ばかりのようでした~ 作:日野球磨
第30話 ミィの断捨離式
ある休日、俺はユウに言った。
「そろそろこいつを引き取ってくれ」
そう言って、俺が手に持つのはミィ。彼女の首根っこを掴んで、猫のように俺はミィをユウに差し出した。しかし、ユウは言った。
「ミィが居候してるんだったか? いいじゃねぇか、気に入られてるみたいで」
「よくねぇんだよ!」
さて、経緯を説明しようか。
以前、力加減を誤っていろんなものを壊してしまうミィの癖を直すために、俺とミィは一週間近く手錠で繋がれたことがあった。その時、風呂やトイレ、更衣室の使用以外で常に手錠で繋がれていた状態だったこともあって、ミィの寝泊まりは俺の部屋で行われていたのだが……いたのだが……手錠が外れた後も、ミィは俺の部屋に居候している。それどころか、もうしばらく女子寮に帰ってない。
ミィは子供とは言え女の子だ。いろいろ問題はあるだろうし、なによりも……なによりもっ――!!
「部屋が、埋もれる!!!!」
「部屋が、埋もれる……?」
首をかしげたユウに事情を説明するためにも、俺は自分の部屋に彼を案内した。ちなみにこの間、ミィはずっと黙って猫みたいに首根っこを掴まれていたけれど、その感想は以下のとおりである。
「空飛んでるみたいで楽しかった」
その後、存分にミィを持ち上げてやった。
「それで、どういうことなんだよ、ナオ」
「百聞は一見に如かずと言いたいが、説明は必要か」
さて、スーパーマンみたいにポーズを決めるミィを小脇に抱えながら移動中、ひとまずユウに事情を説明する。まあ、事情といってもミィが俺の部屋をどんな風にしてるのかって話だけれど。
それはもう、筆舌に尽くしがたいほどに。
ともかく、そうして到着した男子寮の一角の扉を開いた。開いた、のだけれど。
「……壁?」
突如として現れた壁に、ユウの目が丸くなる。
ただ、これは壁でもなんでもなくて、ただ塞がってるだけだ。土砂崩れみたいに。
「ああ、ちょっと待て」
とりあえず、一旦ミィを降ろして扉の向こうの壁に近づく。これは……なにかはわからないけど、とりあえず部屋の奥に押し込むように動かせば何とかなりそうだな。
「ミィ、力を貸せ」
「あいあいさー」
そう言ってミィと一緒に壁を押せば、ドスンと音がして壁が倒れた。そして奥に広がるのは……まるで物置のようになった俺の部屋であった。壁は何かのポスターか時計、あるいは壁に掛けられるインテリア。床は足の踏みどころはなく、六畳間だったはずの空間が一畳程度。更に言えば、見上げた先にもものだらけ。ハンガーやつっぱり棒やハンモックを使ってまで、もうとにかくいろんなところにインテリアがこの部屋には詰め込まれていた。
その光景を見たユウは言う。
「……随分と、個性的な部屋だな、ナオ」
「全部ミィの私物だ」
「……なんか、すまん」
ミィは目新しい物好きだった。まあ、それ自体はいい。まったくもって。気にするべきは、それを俺の部屋にさも当然のことのように持ち込んでくることだ。
「そうだな、ああ、えっと……ミィの部屋に運ぶのを手伝おうか?」
「無駄だ。既にそこは占領されている」
「えぇ……?」
更に言えば、女子寮のミィの部屋も似たようなありさまで……いや、人が寝るスペースが考慮されていない分、あちらの方が酷い状況だろう。一応こっちは、一畳分の隙間に俺の布団があって、その上にかかってるハンモックでミィが寝ている。
ただ、流石に手狭になってきたところだ。正直、六畳間ですら狭い方だと思ってたんだが、まさか一畳間に改築されるなんて思ってもみなかったよ。
ここでミィに一言貰おうか。
「次はあにぃの番」
「ということだ。大人しくミィを引き取ってお前の部屋もこうなるんだよ」
「不幸の手紙かよ!? いや、自分の妹を不幸の手紙扱いするのもなんだが……!!」
しかし、道連れ候補がいないとなると、もう捨てるしかない。というか、俺は捨てた方がいいと思っている。お金があるからといって、なんでもかんでも買ってくるのはよくないことだ。主に収納面積的な意味で。
「よし、つまりユウはミィを引き取れないってことだな」
「いや、引き取れないわけじゃないが……」
ちらりと俺の部屋の有り様を確認するユウ。ため息をつき、深く考え、ミィと俺の顔をちらちらと見た後、ようやくユウは次の言葉を口にする。
「引き取れないわけじゃないけどな」
「俺の目を見て言え。引き取れないんだな?」
「……」
引き取れないみたいだ。
「よし、じゃあミィ」
ともあれ、こうしてユウから言質を取った以上、ようやく次のステップに進むことができそうだ。
くるりと俺がミィの方に向き直れば、いつもよりも不機嫌そうな無表情をしたミィの顔とご対面。ともあれ、俺は観念するように言い含めながら言った。
「断捨離の時間だ、ミィ」
「むぅ~……」
ミィとの約束は以下の通り。
『いいか、ミィ。そろそろ俺の部屋が崩壊する。物を捨てろ』
『やだ』
『じゃあどうするんだよこのありさま』
『あにぃの部屋に置く』
『そのあにぃが置かせてくれなかったら?』
『……』
『捨てろよ、物』
というわけで、頼みの綱のあにぃからも見捨てられたミィは、渋々と断捨離をするしかないのである。
「むぅ……」
はっはっは、そんなに不機嫌そうにしても無駄だミィ。もうお前に助け船はない。大人しく、俺の部屋を埋め尽くすインテリアだけでも捨てて帰ってもらおうか――
「話は聞いて居たぞ、ナオ、ミィ、ユウ。ここは吾が空間を拡張して――」
「ちょっとあんたはお呼びじゃないんですよ龍さん!!」
どこからともなく現れてた龍さんが、したり顔でそう言いかけていたが、とりあえずその場にあったクッションを彼女の顔にぶつけて退場させた。
「今、龍が――」
「ミィ。龍さんはいなかった」
「でも、龍が空間を拡張とかなんとか」
「いなかった! いなかったんだよ、ミィ! お前はこれから断捨離をするんだ。いや、しなくてはならない!」
そう言って抱えたミィをユウに投げ飛ばした後、横で顔にクッションを貼り付かせた龍さんを連れて、廊下のミィたちが見えないところにまで移動した。
そこでようやくクッションを外せば、ちょっとしょんぼりした顔の龍さんが言う。
「……吾ならなんとかできるが」
この神、こんなキャラだったっけ?
いや、まあ、その、なんだ。
「やめてください」
「なぜだ?」
「ミィのためにならないからです」
「……」
難しい顔をして腕組をする龍さん。ただ、俺はきっぱりとした態度で言った。
「ミィだって我慢を覚えなきゃいけません。龍さん、ここであなたの力を使ったら、ミィは際限なく物を買っては、散財する人間になってしまう」
「そう、なのか?」
「そうですよ」
「……ナオがそこまで言うなら仕方ない」
そうやって龍さんを引き下がらせて、ミィたちの下に戻った。
「さて、それじゃあミィ」
それから、俺は隠しておいたゴミ袋を部屋の中から取り出して言う。
「いらないものを選別するぞ」
そうして始まった断捨離は壮絶を極めた。男子寮の寮長に許可を取って、一度部屋の荷物を廊下に出してもらって選別する。
しかしまあ、廊下に並べたインテリアの数々を見ると壮観なものだ。一体どこから手に入れて来たのか、そもそもそんな金がどこにあったのか。まさか、今までの給料を全部使ったとは言わないよな?
「じゃあ、一つずつ確認していくぞ、ミィ」
「あいあいさー」
ちょっと不機嫌なあいあいさーだ。ちなみに、この間にもユウが、俺の部屋から物を運び出している。
「あー……これはなんだ?」
さて、断捨離一つ目。俺は……変なお面を手に取った。というか、こんなものあったか? 全然記憶に無いんだけど。
「市場のお面屋さんが作ってくれた」
「あー、じゃあ無下にできないな」
断捨離一つ目、残す。
そして次は……掛け時計×5。
いやなんでだよ。なんで五個もあるんだよ。まだデジタル時計もあるんだぞ。
「なんか、可愛かったから」
「捨てる」
「あー」
大事そうに掛け時計を抱えるミィ。ただ、問答無用と俺はゴミ袋に全部入れた。それで次はデジタル時計。次は砂時計。次は日時……
「時計ばっかりじゃねぇか!?」
「かわいかったから」
全部捨てた。
「酷い……ナオ、酷い……」
「はいはい、じゃあ次な」
膝をついて悲しむミィを放って次のアイテムに。
流れ商(湖に流れ着いた異世界アイテムを売ってる場所)で買ったカウベル。
捨てる。
本屋で買った古書。
捨てる。
蓮歌から貰った服。
残す。
カーネル〇ンダースみたいな人形。
捨てる。
「ひ”ど”い”……っ!!!」
「よし、片付いて来たな」
45Lゴミ袋を七つだしてようやく片付きの兆しが見え始めた大掃除である。一体どれだけため込んでいたのか。
「よし、まあ俺の部屋はこれくらいでいいだろう」
「……おれの、部屋?」
俺の言葉を繰り返して、こちらのことを見つめるミィ。その顔にはまさか、と書いてあるけれど、そのまさかだ。
「これからミィの部屋の掃除を始める!」
「そんなぁ……!!」
そう言って、俺は待機していた龍さんに頼み、俺の部屋とミィの部屋を繋げてもらった。いや、こんなことに神様パワーを使っていいのかは知らないけど、使えるなら活用させてもらおう。
「一応聞くが、ナオ」
「なんだよユウ」
「あっち、女子寮だけどいいのか?」
「許可は取ってある」
そうだ、許可さえ取っておけばお咎めがないのは、ララの時で学んでいるからなはははははははは!!!!
そうして断捨離は続く。
知らない部族のカーペット。
捨てる。
叩くとカラスの鳴き声みたいな音の出る楽器。
捨てる。
蛸の入ってない蛸壺。
捨てる。
伊達メガネ30種類セット。
捨て……いやマジでなんでこんなに買ってんのこいつ?
「かわいいから」
「捨てる」
「まって、まって」
そう言って、ミィは俺がゴミ袋に入れかけた伊達メガネを一つ取って自分に掛けた。それから上目遣いで俺のことを見つめながら言う。
「かわいいでしょ」
「かわいいな。よし、捨てるぞ」
「ひ”ど”い”ぃ”……」
そんなこんなで断捨離は続く。
「ナオ……」
「なんだよ、ユウ」
ただ、ミィの部屋から物を運んでいたユウが話しかけてきた。
「ミィも反省しているし、そろそろいいんじゃないか?」
「……なにも、俺もやりたくてやってるわけじゃねぇよ」
俺も別に平気で捨てているわけではない。これらのアイテムは、ミィが自分で稼いだお金でせっかく買ってきたものなのだ。それに、買い物に出かける時、ミィはいつもワクワクと嬉しそうな顔をしている。そんな彼女が欲しいと思って買ったものを捨てて、心が痛まないはずがない。
だが、これもミィの為だ。あと俺の部屋の為だ。ちゃんとここで心を鬼にしないと、ミィの為にならない。
「わかった、ナオ。俺が寝てる間、ミィの世話をしてくれたのはお前だしな、信じよう。耐えるんだミィ! これを乗り越えたら、お前の好きなものを買ってやるぞ!」
「それじゃあ意味ねぇんだよ、ユウ」
ひとまずシスコンの口を塞いだ。しかし、ユウの言うことももっともだ。そもそも、買うだけ買って置物だった品物も多い。捨てるだけというのも、勿体ないが……まあ、仕方ない。
「なあ、ちょっといいか?」
と、ここで見物客の一人が声をかけて来た。青い肌の従業員だ。
「どうかしましたか?」
「あー、その眼鏡。いくらで売ってくれる?」
「……バザーじゃないのですが」
いったい何の話だろうか。
「ああいや、それはわかってる。掲示板に張り紙があったしな。ただ……勿体ないだろう?」
「それは……」
ちょうど今、それを考えているところだった。しかし、捨てるつもりだったものを売るのは……――と、俺が考え込んでいたら、いつの間にか俺の隣に居たミィが、ゴミ袋から出した伊達メガネ30種類セットを抱えながら言った。
「上げる」
「ミィ、いいのか?」
「うん」
それから、俺は改めて青肌の従業員にも確認した。
「いいんですか?」
「ちょうど、今度デートでね。ファッション眼鏡ってのもイカしてると思ったんだ」
「……ありがとうございます」
そう言ってミィが眼鏡を渡すと、今度は別の方から声が上がる。
「なあなあ、じゃあ俺、そこの楽器が欲しいんだけどいいかな?」
「俺も俺も。ちょっと味噌漬けようの壺が欲しくてさ。くれるんなら、今度食べさせてやるよ」
「本は本の虫に食べさせてもらえるとありがたいよ」
そう言って、次から次に、捨てられる予定だったミィの私物を欲しがる人たちが現れた。俺はまた、ミィの顔を見て確認する。
「どうする、ミィ」
「ん」
頷いた彼女は言う。
「捨てるよりは、使ってもらう方が、嬉しい」
「わかった」
それからは、断捨離式が急にもってけ泥棒のバザーに変わった。その賑わいは、女性従業員が話を聞きつけてやってきたことでさらに大きなものとなり、一時は廊下を埋め尽くすほどの人であふれたほどだった。
とはいえ、全ての在庫がはけたわけじゃない。それでも、捨てられる運命にあった荷物の多くが誰かの手に渡った。その様子を見ていたミィは、ゴミ袋に入れられているそれらを見る時よりも、少し嬉しそうな顔をしていた。
「ミィ」
「なに?」
「良かったな。だが、今度は選んで買えよ」
「ん、わかった」
本当に分かったのだろうか。
ともあれ、荷物を運び出した後の部屋を一通り掃除して、残った荷物を運びこんで、そうして一息ついてミィの断捨離式は終了した。
ただし。
「おい、なんでハンモックを俺の部屋に張ってんだよ」
「ん、泊まる」
「なんでだよ」
俺はてっきり、荷物がいっぱいで自分の部屋に泊れなくて、俺の部屋に来てたと思ってたのに。
「ダメ?」
「自分の部屋があるだろ」
「むぅ、やだ」
そう言って、ミィは言うのだ。
「泊まりたくて、泊まってるの」
「……」
どうしようか。
断る理由がない。
まあ、いいか。
子供だし。知り合いに甘えたくなる年頃というやつなんだろう。しかし甘えるなら、実兄に甘えてくれよと思ってしまう。
そんな話。