狭間の旅館の暮らし方~消えた夕日を追って辿り着いた先は、バッドエンド住人たちの理想郷~ 作:日野球磨
「私、考えたの」
それは俺が旅館に来てから数日が経ってからのことだった。
「いやな予感がするんだけど……」
早朝、いつものように芋の皮むきをしていると、どこか神妙な顔をしたララの切り出した話に、ぞわぞわとした嫌な予感を覚える。
「いいこと、豚。私たちには共通の悩みがあるわ」
「お前が俺のことを豚呼びしてることだな」
「いい? 悩みがあるの。ふざけてる場合じゃないの」
マジで何だこの羽虫。いい加減俺のこと名前で呼べってんだよ本当に。
正直、豚豚と俺のことを呼ぶのはおふざけだろうがと大声を上げて抗議したいところだけれど、したところで訂正されるわけがないのはわかりきっている。なので静かにため息を吐いてから訊ねた。
「それで? そんなに大きな問題なんてあったか?」
「あら、わからないわけ?」
呆れたような顔をされると無性に腹が立つな。というか、勝手にお前の悩み事を俺も悩んでることにするなって言いたい。すごい言いたい。これでくだらないことだったらどうしてやろうかな。
しかし、悩みか。
「朝四時に起きないといけないから寝不足気味なことか?」
「生言ってんじゃないわよ」
「じゃあ……ああ、昨日の朝飯のおにぎりの具が辛すぎたことか。お前、辛すぎて一時間ぐらい飛べなくなってたもんな」
「なっ……わ、忘れなさい! このっ!」
「痛っ、痛いって! 包丁持ってんだから叩くのやめろ!」
いやぁ、本当に。昨日のおにぎりはマジで辛かった。そりゃ、辛さで言えば、ここに来た時に蓮歌に案内されたラーメン屋の方が辛かったけどさ、不意打ちって本当にやばいよね。あと、ララは辛いものがダメみたいで、食べた瞬間に火を噴いて気絶したのが記憶に新しい。これは復讐の方法が決まったな。
ちなみに、おにぎりは朝早くから働いている従業員用の携帯食で、食堂に行けば普通に一汁三菜の朝ごはんが出る。おにぎりの具は料理人の気まぐれで、一説によれば先日にお客様に出した料理の余りを適当に詰め込んでいるとかなんとか。
つまりはハズレを引いたわけだけれど、これもそれもおにぎりの中身がブラックボックス仕様だからに他ならない。ここはひとつ、鮭なり梅なりで統一すべきだと、抗議しに行こうという話だろうか?
「違うわよ! た、確かに辛かったけど……」
どうやら違うらしい。
残念。乗じて俺のおにぎりはツナマヨにしてもらおうと思ってたのに。
「じゃあ悩みってなんだよ」
「決まってるじゃない」
くるりと回ってララは言う。
「ミィの力加減」
「ああ……」
言われて確かに、俺たちの共通の悩みだった。
ミィは力加減はできない。それこそ浴場の床石に、うっかりでクレーターを作ってしまうほどに加減ができない。
そんなミィは今、俺のすぐ横で貝の殻を粉々にしているところだ。粉々になった貝はこの後、旅館の農場で肥料になるとかなんとか。破壊神然とした鬼×ヴァンパイアパワーの見せ所だ。
ただ、破壊的なパワーは、旅館では活躍どころが少ない。それが制御できない物ともなればなおさらだ。
「たずっと貝を握りつぶさせているわけにもいかないでしょ? だからいい加減、力のコントロールを覚えさせないとと思っているのだけれど……そこで私は考えたの」
ぞわぞわとした嫌な予感、再び。
おいおい、ここまで会話を引き延ばしたのは、この嫌な予感を耳にしないためだってのに……え、これ聞かなきゃダメなヤツ?
「……聞かなきゃダメなヤツ?」
「聞きなさい!」
「痛ぇ!?」
だから包丁を持ってる時は尻を叩くのはやめてくれ――なんて俺の文句はスルーされ、本題に入る。
「そ、それで……どうするんだよ、コントロールを覚えさせるとか」
「それはねー、こうするのよ!」
ララがくるりと手で円を描くと俺とミィの間に光の筋が。キラキラと輝くその筋は、けれど俺には真っ黒な絶望の光にしか見えなかった。何はともあれ光が収束するとそこには――
「……手錠?」
がっちりと、俺の左手とミィの右手が手錠のような輪っかと紐で繋がれていた。
「ん? なにこれ」
と、ここで黙々と貝を砕いていたミィが、ようやく話の輪に加わった。
「んー、やっぱり私ったら天才ね」
「おい、これのどこが天才なのかを教えてくれよ」
「なぁにぃ? まだわからないの、豚」
ここぞとばかりに豚呼ばわり。それも小ばかにしたような笑みを浮かべて、とても楽しげだ。
「ん、じゃま」
「そりゃ、こんな風に繋がれたらな……」
流石のミィも手錠は邪魔だ。しかもこれ、間の紐がかなり短い。50センチもないんじゃないか? これじゃあ日常の雑用にも支障が出そうなんだが……。
「んー、ふんっ!」
と、ここで無理やり紐を引っ張るミィ。渾身の力で右腕を振れば、手錠のついた紐に引っ張られて俺の体が浮き上がり――って。
「ぎゃぁあああああ!!!!」
ミィの横の壁に俺が激突した。
「あ……ごめん」
と、目を丸くするミィだけれど、どうやら彼女の頭には、俺の腕と自分の腕が繋がっていることは意識していなかった様子。ちょっと申し訳なさそうな目で、壁際で逆さになった俺の方を見つめて来た。
対して、ことの黒幕ララは言う。
「そうそう、つまりはこういうことよ! 豚が身を張って傷つけば、流石のミィも力加減を覚えるでしょう、作戦~!!」
「この羽虫がぁ……」
「あー、いい作戦だわ。特に私の手がかからないところとか。それじゃあミィ、力加減を間違ったら、あの豚がぶひぶひ可哀そうなことになっちゃうから、気を付けることね」
「むぅ……わかった」
おい、俺の! 俺の許可を取れよ! 俺の! なんて抗議の言葉は届かない。
「いや~、いい仕事したわ。あ、これから会議があるから、いつもの通りのスケジュールで仕事よろしくね」
キラっとウィンクを決めて去っていくララ。対し、手錠で繋がれたてのことを気遣いながら起き上がった俺は、ララの消えていった扉を眺めながら言った。
「え、マジでこのまま生活しろと?」
静かにミィの方を見ると。
「よろしく」
と、ミィに改めて挨拶をされた。
◆
昼頃。
「ふんふんふ~♪ ふんふんふっふふ~♪ ――あ、ミィちゃん。こんちゃ」
「あ、レンガ。こんちゃ」
「お昼休みに会うなんて奇遇だね~、元気してた?」
「うん」
「いいね最高だね。……ところで、それ、なに引きずってるのさ」
「これ? ナオ」
「……へ?」
ちらりと二人の方へ視線を向けると、ちょうどそこを歩いていた蓮歌と目が合った。
「よ、よう蓮歌……」
「え、え? えぇええええ!?!?」
挨拶してみればびっくり仰天。あらん限りの大声で驚いた彼女は、急ぎ事情を確かめるためか、掴みかかるようにミィに詰め寄った。
「ちょ、なにこれ!? なんで那尾がズタ袋みたいになってんの!?」
「レンガ、ナオと知り合い?」
「知り合いだけど、友達だけど……ってそれどころじゃなくて……那尾も那尾でなんでされるがままになってんのさ!?」
今度はこっちに話題を向ける蓮歌。仕方ないと、俺は座って説明する。
「いいことを教えてやる、蓮歌」
「う、うん。なにかな?」
「ミィにはな、顔が向いた方に、体も一緒に向ける癖があるんだ。つまり、誰かに呼ばれたとき、声のした方に体ごと向き直るわけだが……」
「いや、それがどうしたって言うのさ!」
「早朝から、ミィの名前が呼ばれること27回。そのたびに俺の体が宙を舞い、壁に叩きつけられること14回、床に転がること9回、人にぶつかること4回……つまりは、そういうことだ」
「いや全然わからないよ!?」
いや、本当に大変だったんだってば。
ミィの奴が何か行動を起こすたびに、俺の体が宙に舞うもんだから、最後にはもうミィにすべてを委ねて引きずられるのが一番楽だって気づいたんだ。
「いや、もっとこう……っていうかほんとだ、なんか繋がれてるぅ!?」
「いいか、蓮歌。これには聞くも涙、語るも涙な理由がだな……ララの奴が面白半分で繋いで帰りやがった」
「簡潔だね!? 涙するところどこなのさ!」
ふぅ、こういう時の蓮歌はからかい甲斐があるな。
まあでも、流石に事情を教えてやるか。
「――って感じでな」
「力のコントロール?」
ひとまず落ち着いて話せる場所に移動した後、ベンチに座ってミィの力についてのことを話したけれども。
「んー、いまいちピンとこないなぁ」
首を傾げた蓮歌は、ぽんぽんと膝に乗せたミィの頭を撫で繰り回しながら納得いっていない様子だ。
しかし――
「随分と仲のいい様子だが、知り合いだったのか」
「あー、うん」
さっきも言ったが、蓮歌は自分の膝の上にミィを乗せなでくりなでくり。随分と仲の良さそうな雰囲気だけども。うぅむ。
「ん、なに? 嫉妬しちゃったぁ?」
「馬鹿言え」
にたりと笑みを浮かべる蓮歌。俺のことをからかうネタを見つけてとてもうれしそうだ。
「まあ、ミィちゃんと比べたらあんた愛想ないもんねぇ。もー少し可愛げでもがあれば、こうして撫でるのも吝かではないんだけどさぁ」
「リボンでも付ければいいか?」
「那尾の可愛げ雑過ぎない?」
呆れられてしまった。少し必死過ぎたか?
「ん、撫ですぎ」
「あ、ごめんごめん」
ちなみにこの間に、ミィは昼食代わりのパンを頬張っているところだった。きっと撫でられながら食べるのは難しかったんだろう。それから再び、彼女は顔ぐらいはありそうな大きさのパンを、小さな口でもそもそと食べ始めた。
こうして見ているだけなら、普通の女の子なんだよな、ミィは。
角、生えてるけど。というかヴァンパイアなのにパン食べるんだな。こう、主食に血とか飲まなくていいのか?
「それで、話を戻すけどさ、ミィの力のコトンロールなんだけどさ」
「おう」
「実際にそれで怪我した人がいるわけじゃないんだよね」
「そうなのか?」
「うん、そう」
「俺の顔を見てもう一回言ってくれるか? あとこの手錠も」
「ああ、確かに。じゃあ那尾が初めての犠牲者だ! よかったねー、初めてもらえて」
「おかげでこちとらボロボロなんだが!?」
俺は改めて、今までにミィが見せて来た怪力の証拠をこれでもかとアピールした。特にこれ! おい見ろよこの痣! さっき鉄みたいに硬い人に当たったせいで出来たんだぞこれ!
「それは那尾に甘えてるんじゃない?」
「猛獣じゃねぇんだ、人が死ぬぞ」
「まあともかく……私には、そんな危険な子には見えないんだよねぇ」
というのが、蓮歌の言い分だけれども。
「一緒に働けば考えも変わるぞ。何度こいつが旅館の備品を壊したことか……俺が働き始めたときなんて、温泉の床にクレーターを作ってたぞ」
「マジで? 流石は鬼……吸血鬼だっけ?」
「ハーフだよ、レンガ」
「ああ、そうだったそうだった。って言うかさ、なんかそう言うのなかったっけ?」
「ダンピールか? まああれは、ヴァンパイアと人間のハーフだが」
まあ、余談を交えつつ閑話休題。
「ちょっと立って、ミィちゃん」
「ん」
いつの間にかパンを食べ終わったミィが、言われて蓮歌の膝から降りる。そこで一緒に立ち上がった蓮歌が、ミィのわきの下に腕を通して持ち上げる。見たことあるな。こう、猫を持ち上げる感じの構図だ。それから蓮歌は――回り始めた。
「よっしゃ大回転、いやっほぉおお!!」
「わぁー」
「ちょ、危ねぇ!」
回転に合わせて声を上げる蓮歌とミィ。しかし、近くに居た俺のことも考えて欲しい――それに回るのに合わせて俺も動かないといけないことを考えろよ!
「ほら、危なくない」
「めっちゃ危なかったぞ!?」
周りのことをよく見ろと忠告しておくが、対して反省した様子もなくアハハと軽く笑う蓮歌。一体何を見せたかったのか、俺にはまったくわからなかった。それを察したのだろう。彼女はミィの小さな体を持ち上げながら言う。
「ほら、回る時にさ、ミィちゃんったら私に抱き着いてたじゃん? それも、遠心力で飛ばされないようにしっかりぎゅーって」
「……確かにな」
「でも、見てよ。別にあばらとか折れたってわけじゃないでしょ」
「……ほんとだ」
ミィの力の込め方が下手糞だというのなら、今ので蓮歌に怪我がないわけがない。
「これまで私、ミィちゃんのこと背負ったりしてきたけど、一回も力加減を間違えられたことはないよ」
「んー? つまりはあれか。人相手だとセーフティがかかる感じか」
「そうなの?」
俺の結論に、小首をかしげて疑問符を浮かべるミィ。これぐらいは、本人に知ってほしい所だけれど――見たところ子供だ。知らなくても仕方がない。
と、そこで。
「あ、そうだ!」
ピコンと電球でも浮かべたような顔をした蓮歌である。
なんだか、今朝のララを見ているようで、いやな予感しか感じられないんだが――
「私、いいこと思いついちゃった~」
「……一応聞いておく。何を思いついたんだよ」
「そりゃ、ミィちゃんが力加減を覚えるための方法だよ」
自慢げに腕を組む蓮歌。既にミィは蓮歌の腕から降りて、彼女もまた蓮歌のいいことを聞く体勢だ。
なので俺も、ひとまずは蓮歌の思い付きに耳を傾けた。
「ずばり、那尾が道具の代わりになればいいんだよ」
とりあえず俺は、馬鹿なことを言う幼馴染のわき腹にチョップを入れた。
「痛い!? ここに来て物理的なツッコミとか卑怯じゃない!?」
「うるせー! お前は壊れた備品を見たことがないからそんな簡単に言えるんだよ!」
「で、でも、本当に名案なんだって! 名案! グッドアイデア!」
「俺の体が破壊されることがグッドアイデアなのかぁ?」
「そうじゃなくてー!」
と、ここで一呼吸おいて、蓮歌は言う。
「人相手ならセーフティがかかるんでしょ? なら、常にセーフティがかかった状態で、道具の扱いを覚えたらいいんじゃない?」