白春の目覚め   作:ライム酒

11 / 12
第五話 運命の朋輩 ♯ 01-03

# 01 一際大きな甍の下

 

 オシュトルは武家道を歩いていた。塀は行くほどに高くなり、人通りが減って都の朝の音が遠のいていく。代わりに、塀の内から乾いた音が響いてきた。木刀を打ち合わせる音だ。

 

 道の先に、その門はあった。

 

 太い柱に瓦屋根を載せた、見上げるほどの門構えだった。塀の向こうで、道々仰いできた甍が朝日を照り返している。宮廷を別にすれば、都に入ってから目にしたどの屋敷よりも大きい。

 

 まさか、この門を弟子としてくぐる日が来るとは。

 

「うわ、おっきい」

 シューニャが首を反らした。少し後ろで対の黒衣も足を止める。誰に断るでもなく、シューニャの斜め後ろが二人の居場所と決まったらしい。

 

「ね、オシュトル。あの仮面のおじちゃんて、そんなにすごいヒトなの?」

 

「仮面のおじちゃんてな……凄いなんてもんじゃないぞ」

 あれは仮面(アクルカ)と言ってな、と続けた。

 

「真に選ばれし武人だけに与えられる、ヤマトの力の象徴だ。それを頂くのがヤマト八柱将筆頭、(しちこう)のディコトマ様——これから世話になる御方だ」

 

「しちこう?」

 

「あまりに凄まじい太刀筋が、大気をも切り裂いて七色に輝くからだ。と、言われている」

 

「じゃあ、八柱将って?」

 

「ヤマトを支える八本の柱だ。聖上にお仕えして、ヤマトの中核をなす方々のことをそう呼ぶ」

 郷の童でも知っている話だった。それでも語る声は弾んだ。

 

「筆頭のディコトマ様は文武両道、公明正大。民から広く慕われ、聖上が最も信を置く御方だ。武人とは、あの方を示す言葉と言っても過言じゃない。ディコトマ様に憧れぬヤマト男児はいないさ」

 

「ふ~ん」

 シューニャはしばらく宙を見て、それからしたり顔で頷いた。

 

「判るよ。だって、あの髪型強そうだもん」

 

「それだけは本人の前で言うなよ」

 

「なんで? 褒めてるのに」

 

「いいから、だ」

 

 門前まで来たところで、怒声が弾けた。

 

「何度も言わせるな! ディコトマ様に取り次ぎ願いたい!」

 門の脇で、金の髪を逆立てた男が声を張り上げていた。向き合っているのは取次らしき男だ。困り果てた顔で、それでも一歩も引かない。

 

「しかし、何度おっしゃられようと、これは規則ですので……」

 

「それを承知で、こうして頭を下げている」

 

「ミカヅチ様と申されましたか。失礼ながら、将家の若様とお見受け致します。何かしらの伝手を使い、手順を踏んでさえいただければ——」

 

「それが出来れば、そうしているわ!」

 取次の男がぽかんと口を開けた。

 

「ぬぐっ。貴様では埒が明かん! ええい、誰か話のわかる奴を出せ!」

 

「揉めてるね」

 

「弟子入りの談判らしいな」

 

 そのとき、取次の男がこちらに気づいた。困り果てていた顔が見る間にほどける。

 

「あっ、オシュトル様ですね。お待ちしておりました。弟子入りの件、御館様より伺っております。御案内いたしますので、ささ、どうぞこちらへ」

 

「待てぇぇい!」

 地鳴りのような声が門前を貫いた。

 

「弟子……と言ったか」

 金の髪の男がゆっくりとこちらへ向き直る。値踏みの目が上から下へ走った。

 

「そんな甘っちょろそうな奴が、ディコトマ様に弟子入りだと?」

 隣でシューニャが頬をふくらませる。双子はシューニャの後ろで、そろって小首を傾げただけだった。

 

「納得出来ぬわ! そいつを認めて、何故、俺を認めぬ!」

 

「ですから、何度も申し上げましたように——」

 取次の男の言葉はもう届いていなかった。男の指がまっすぐこちらへ突きつけられる。

 

「そこの貴様! とても相応しいとは思えん。まさか本気で、ディコトマ様に弟子入りする気ではあるまいな?」

 真っ向から売られた喧嘩だった。

 

 値踏みの目を正面から受け止めた。

 

 

# 02 死合いから喧嘩へ

 

 

「誰かは知らんが、黙って聞いていれば随分な言い草だな」

 オシュトルは一歩前へ出て、ミカヅチと正面から向き合った。

 

「確かに俺は、ディコトマ様の指南を受けるような器ではない。自分がどれだけ弱いか、どれだけ至らないか、身に染みてよくわかっている」

 値踏みの目は逸れない。オシュトルも逸らさなかった。

 

「だからこそ俺は、あの方の元で強くならなくてはならない! 分不相応となじられようと、どれほど試練が厳しかろうと、弟子入りを取り下げるつもりはない!」

 ミカヅチの目が細くなった。

 

「……ふん。ならば、俺と死合え」

 

「何?」

 

「貴様と俺、どちらがディコトマ様の弟子(ていし)として相応しいか、決着をつけようじゃねぇか。その覚悟が、口先だけでない事を証明して見せろ」

 安い挑発だと判っている。受け流せば済む話だった。それでも、拳が固くなる。

 

「オシュトル」

 袖を引かれた。

 

「心配するな、シューニャ」

 振り向いて、言葉が止まった。朱塗りの槍はとうに肩から下りている。石突きが地を打ち、据わった目がミカヅチを射抜いていた。斬るなら手伝う、の目だ。

 

「うん。それで、いつやるの?」

 心配の欠片もなかった。

 

「なっ、こ、困ります。ここで、そのような」

 

 取次の男が二人の間で右往左往する。そのとき、門の内から低い笑い声が転がり出た。

 

「クックククク……いいねぇ、いいじゃねぇか」

 

「御館様!」

 声の主が悠然と門をくぐって現れた。八柱将筆頭、その人だった。

 

「若えなァ。だが、若いモンはそうでなくちゃな」

 ディコトマの目がミカヅチへ流れる。

 

「俺の弟子(ていし)になりたいんだってな? いいぜ、弟子(ていし)にしてやる」

 

「なんと! ま、(まこと)ですか」

 ミカヅチが目を見開いた。ディコトマはにやりと笑い、顎でこちらを指す。

 

「嘘は言わねぇ。だが——そこの小童(こわっぱ)、オシュトル坊主に勝てたなら、だ。あれだけでけぇ口を叩いてたんだ、それなりの武を示してもらわねえとな」

 

「ディコトマ様?」

 

「オシュトル坊主よぉ。オメエ、ちっと頭はきれるが——そのせいで小賢しく考えすぎなのさ。餓鬼があれこれ悩んでどうする」

 太い指がこつんと額を小突いた。

 

「壁にぶち当たったら、何も考えずに突き進み、全力でソイツをぶち破る。そいつが若さの特権ってモンよ。——楽しめ、オシュトル」

 

「楽しむ……?」

 

「思い出してみな、テメエの親父を。奴はやべぇ時ほど、不貞不貞しく笑ってたぞ。さぁ、浮世を楽しめ! 戦を楽しめ! そんな仏頂面じゃ、親父に追いつくなんぞ夢のまた夢よ」

 思い当たる顔はいくつもあった。

 

「強制はしねえ。受けるか受けないかは、テメエで決めな」

 肩の力が抜けていた。答えは考えるより先に出ていた。

 

「ああ、いいぜ。その喧嘩、受けて立つ」

 

「おお、やっちゃおう、やっちゃおう!」

 シューニャが跳ねて、槍を握り直した。当たり前のように隣へ並ぼうとする。

 

「おい、小娘。小娘を痛めつける趣味は無い。隅で大人しくしていろ」

 

「わたし?」

 

「何故そこで首を傾げる」

 

「シューニャ。これは俺の喧嘩だ。見ていてくれ」

 むう、と頬がふくらんだ。それでも槍は下ろさぬまま、対の黒衣の元へ下がっていく。

 

「負けちゃだめだよ」

 

「ああ」

 

「ふん、少しは骨があるようだな」

 ミカヅチが首を鳴らした。

 

「ならば、表に出ろ!」

 

 

# 03 明け方の拳

 

「得物はいらん。拳で来い」

 

「言われるまでもない」

 オシュトルは太刀を鞘ごと帯から抜き、シューニャに預けた。槍と太刀を両腕に抱えて、シューニャは妙に嬉しそうだった。

 

 通りの真ん中で向き合った。間合いは自然と定まった。昼下がりの日が二人の影を短く落としている。

 

 先に動いたのはミカヅチだった。

 

 踏み込みが速い。首をわずかに振って躱し、返しの右を胴へ入れる。固い。岩を打ったような手応えと引き換えに、脇腹へ膝が来た。呼吸が詰まる。離れて、構え直す。

 

 拳は重く、そのくせ速い。口の端が勝手に上がった。

 

「ほう?」

 ミカヅチも笑っていた。

 

 今度はこちらから踏み込んだ。左を囮に、右。読まれた。額で受け止められ、そのまま組みつかれる。投げられて転がり、すぐ立つ。口の中で土が鳴った。向かいのミカヅチは鼻血を垂らして笑っていた。

 

 拳よりも先に、腹の底が熱くなった。

 

「何だ何だあ?」

 

「喧嘩みてぇだな」

 

 それからいくらも経たぬうちに、野次馬が垣を作りはじめた。人垣の向こうで聞き覚えのある声が張り上がる。

 

「そうれ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、どちらが勝つかはお立ち会い! 張った張ったァ!」

 師になるはずの御方が堂々の胴元だった。

 

「俺は青いのに三枚!」

 

「とんがり頭のあんちゃんに全部だ!」

 

 シューニャは対の黒衣と並んで、塀際に陣取っている。

 

「オシュトルー、やっちゃえー! 顔面、顔面!」

 両の拳を構えて、空を殴っている。顔面、と叫ぶたびに小さな突きが繰り出された。応援というより、もう一人で戦っていた。

 

「おい小娘、外から指図をするな!」

 

「じゃあ、ミカヅチも。あごー!」

 

「……貴様、どっちの味方だ」

 

「つよいほうー!」

 

「なら、俺だ!」

 声が重なった。野次馬がどっと沸く。

 

 再開して一発目、拳は言われた通りに顎へ来た。慌てて仰け反る。塀際で、してやったりの顔が拳を突き上げていた。

 

 日が傾いた。気の利いた店が提灯を提げ、どこからか湯気の立つ茶が野次馬に回る。喧嘩がひとつの祭りになっていた。勝ち馬を乗り換える者が相次いで、賭け札の山が二度崩れた。

 

 何合打ち合ったか、途中から数えるのをやめた。誰かが篝を持ち出し、賭けの札が何度も積み替えられた。

 

 息が上がる。向かいも肩で息をしている。血の味のする口で、言ってやった。

 

(いくさ)武人(もののふ)の誉れ、喧嘩は(おとこ)の花道……ってな」

 ミカヅチの肩が震えた。

 

「クク……クハハハ! そうだよなァ!」

 拳を握り直して、名乗った。

 

「パシュパクルが長子、オシュトルだ」

 

風来者(ふうらいもの)の、ミカヅチよ」

 どちらからともなく吼えて、また拳を交えた。名乗ってからの一合はどれよりも重かった。名を知った相手の拳はなぜだか躱しにくい。向こうも同じ顔をしていた。

 

 宵の口、邸から女官が握り飯を運んできた。誰が決めるでもなく休戦と決まり、道端に並んで頬張った。塩が沁みた。シューニャは当然の顔で輪に加わり、二人より多く食った。食いながらも指図は続いた。右だの顎だのと忙しない。食い終わると、どちらからともなく立ち上がる。野次馬が待ってましたと手を叩いた。

 

 夜半には野次馬もあらかた消えた。最後まで残った酔客が勝敗の預かりを確かめて、千鳥足で帰っていく。胴元もいつの間にか賭場を畳み、縁側に腰を下ろしてこちらを眺めていた。声はもう掛からなかった。ただ、目だけが離れなかった。

 

「オシュトルー、やっちゃえ——」

 塀際の声援が途中から欠伸に変わった。シューニャは対の黒衣に左右から挟まれたまま、こてんと眠りこけた。

 

 それからは静かな喧嘩になった。

 

 篝が燃え尽き、月が沈んだ。罵り合う息も惜しくなり、言葉が消えた。拳は石のように重くなり、足がもつれる。一発を出し、一発をもらう。それだけの繰り返しになった。相手はまだ折れず、こちらも折れない。確かめ合うのはそれだけになった。

 

 月が落ちてからは互いの姿もろくに見えなかった。息の音を頼りに拳を出し、息の音で躱された。時折、縁側から湯を啜る音だけが聞こえた。

 

 それでも止まらなかった。止め方はどちらも知らなかった。

 

 東の空が藍を薄め、どこかで一番鶏が鳴いた。空の端が白みはじめる。

 

 吐く息が白い。野次馬はもう一人もいない。見届け人は縁側の御方だけだった。拳の皮はとうに破れ、互いの顔は互いの拳の形に腫れていた。それでも、まだ笑っていた。

 

 最後の右を渾身で振り抜いた。同時に、顎へ固い衝撃が来た。

 

 世界がゆっくり傾ぐ。

 

 土の匂い。隣で同じように倒れる音がした。

 

 かすれた笑いがひとつ、土の上を這ってくる。つられて、こちらも笑った。

 

 白みゆく空がやけに遠い。

 

 まぶたが落ちた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。