白春の目覚め   作:ライム酒

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第八話 始祖の墓所 # 01-02

# 01 船葬墓と試練の始まり

 

 

 石壁に継ぎ目が無かった。

 

 面の下まで来て、四人で回った。角を四つ折れて元の面へ戻っても、扉らしいものは出てこない。苔の筋が縦に走っているだけで、彫りも枠も無い。

 

「それで、どこから入るの?」

 シューニャが壁を撫でた。

 

「入り口らしきものは……見当たりませんわね」

 ムネチカが一歩下がって面を見上げた。

 

「ここらが丁度、建物の中心辺りだが」

 オシュトルは足を止めた。面のちょうど半ばだった。石の目の粗さも壁の高さも、先に通った側と変わらない。

 

 ミカヅチが前へ出た。三人は下がった。

 

親父(オヤジ)の言葉が正しければ、一族の者がいれば扉は開くはずだ」

 

 壁と向き合って、背の大剣を下ろす。

 

「我が名はミカヅチ。アシワラのアヅマが子にして、始祖イナヅマ、ライデンの末裔(すえ)なり」

 声が石に吸われて、返ってこない。

 

「我が声に応え、扉を開き給え」

 継ぎ目の無かったところに縦の線が一本入った。線が上下へ伸びて、石がそのまま左右へ退く。

 

 開いた先は真っ黒だった。幅は人ひとり分しかない。

 

「壁が、開いていく」

 シューニャが開いた先を覗き込んだ。

 

「よし、入るぞ」

 言うなり、ミカヅチが先に入った。オシュトルが続く。シューニャとムネチカが後に続く。一人ずつしか通れない。

 

 中は青かった。

 

 天井が高い。アーチの梁が幾重にも渡され、上部に並んだ窓が青く光っている。光は床まで届き、広間の隅々を青く沈めていた。壁沿いにだけ橙の灯りが点いている。

 

 中央に船があった。木造の古い形の船で、船首も船尾も大きく反り上がっている。舷側に櫂穴が並び、その上に欄干が渡してあった。船底の下には斜めの支柱がいくつも並び、船体を床から持ち上げている。壁と柱には蔦が垂れていた。

 

船葬墓(せんそうぼ)ですわ」

 ムネチカが足を止めた。

 

「ほんとに船が入ってる」

 シューニャが船首を見上げた。「お墓なのに、船なんだ」

 

 奥のほうで水の噴き上がる音がした。あとは四人の足音だけが、天井の高いところで返る。

 

 船の脇を抜けて奥へ進んだ。通路は一本きりで、脇へ逸れる道が無い。突き当たりまで、さして刻はかからなかった。

 

「あれ、行き止まりだ」

 シューニャが先の壁を指した。

 

 石畳が奥まで続いていた。左右は格子の建具で、その向こうから白い光が射している。空気に細かい粒が浮いていた。

 

 奥に厨子があった。段の上に白い器と、榊のような緑と、白い布。上には幕が張られ、円い紋が三つ横に並んでいる。

 

 その手前に、箱があった。乳白色で、格子の枠が三つと二つに仕切られている。内側から光っていた。

 

「ここが祭壇の間のようですわね」

 ムネチカが壇の下で膝を折った。「あの小箱……恐らくは、至宝だと思いますが」

 

「いや、しかしな」

 オシュトルは壇の下で足を止めた。厨子の奥まで、箱の光で見える。「何というか、少し簡単すぎやしないか?」

 

「何だっていい」

 ミカヅチが壇に足を掛けた。「とにかく、これを持ち帰り、兄者に渡せばそれで終わりだ」

 

 ミカヅチの手が伸びる。指が箱に触れた。

 

 光が溢れた。柱も厨子も幕も、白の中へ消えていく。

 

 白のほかに何も無い。そこへ声がした。

 

『力なき者よ……』

智慧(ちえ)なき者よ……』

『我等の血を引く者よ……』

 

『己は個にして、個にあらず』

『個は疎にして、疎にあらず』

『欲すれば、疎は疎と交わり(ひゃく)とならん』

 

 

# 02 始祖たちの食卓

 

 

 白が引いた。

 

 足の下に床がある。厨子も、帳も、石畳の継ぎ目も、さっきのままだった。箱だけが台から消えている。

 

「今のは」

 ムネチカが袖を押さえた。「声がしましたわね」

 

「始祖の方々だろう」

 オシュトルは太刀の位置を確かめた。「護國(ごこく)の英傑と相まみえることになるとは」

 

「光栄と言うべきか」

 ミカヅチが肩の大剣を担ぎ直した。「アシワラの血が俺を試すか」

 

「小生も末席に加えていただきますわ」

 ムネチカが杖を立てた。

 

「わたしもいるよ」

 シューニャが槍を持ち直した。

 

 四人で背を合わせ、八方を見る。

 

 石畳が引いていく。厨子が退き、格子の建具が退いた。四人の立っている場所だけを残して、周りが別の場所に入れ替わっていく。

 

 円い広間だった。壁沿いに柱がめぐり、正面に足の付いた玉座が据えてある。

 

 背もたれの付いた椅子が輪を描いて並び、その前に膳が一つずつ置いてあった。足の付いた小さな台で、まだ何も載っていない。

 

 玉座にも人が掛けていた。そこだけ像が薄く、顔が見えない。ほかに三つ、席が埋まっていた。

 

「━━また壊したのか」

 広間の向こうで、細身の男が手甲の破片をつまみ上げていた。眉間に皺が寄っている。

 

 向かいに座った大柄な男が、外れた金具を手の中で転がした。白い髪を短く刈っている。「壊したのではない。押したら、ぽろりと取れた」

 

「押すなと言ったはずだ、マサムネ」

 

「うむ。だが押せと聞こえるのだ、ランシュタル。何処(どこ)からか」

 

「マサムネ様である」

 ムネチカの声が低い。「小生の家にあの御方の絵がある。白髪も背丈も、得物の長さまで書かれた通りだ。だが、絵の中の御方は手甲を壊してなど━━」

 

「━━ハッ」

 ムネチカが自分の口を押さえた。それから襟を直す。「失礼致しましたわ。少々取り乱しましたの」

 

「その御方が何だ」

 ミカヅチが訊く。

 

「小生の家の祖にあたる御方ですわ」

 ムネチカはマサムネから目を離さない。

 

 オシュトルは近くの膳へ寄った。ふちに手を掛けようとして、指が空を掻く。触れない。

 

「俺達は何を見せられている」

 オシュトルは指を握って、開いた。

 

「知るか」

 ミカヅチは広間を見回した。「だが、動いてやがる」

 

 赤い髪の男が自分の膳の脇に大きな包みを置いていた。毛皮のついたままの塊が布の間から覗いている。

 

 入ってきたのは二人だった。細身の金髪が先に膝を折り、その後ろから黒装束の男が大股で来る。

 

「お久しゅう御座います、親父殿。我等アシワラ兄弟、ただいま参上仕りました」

 

 ミカヅチの手が大剣の柄へ動いた。動いて、そこで止まる。

 

「……アシワラ」

 

「親父殿、元気しているか。今日は土産を━━」

 黒装束が言いさして、赤い髪の男の脇へ目をやった。「ほう。化物(ケモノ)の肉か。美味そうではないか」

 

「兄上……」

 

「何だライデン。褒めておるのだ」

 

 ライデンは膝をついたまま、天井のあたりへ目を逃がした。

 

「だろ? 判ってるじゃないの」

 赤い髪の男が包みの布をめくった。

 

「だが相変わらず浅はかよな、ザクロ」

 黒装束が板の間へ濡れた袋を下ろした。「滋養は血の滴る肉より魚よ。贈り物とは己の好みを押し付けるものではない」

 

「イナヅマ、貴様が真心を語るのか」

 ランシュタルが額を押さえた。

 

 袋の口から、細長いものが滑り出た。

 

「おい、まだ生きてるぞ」

 ランシュタルが身を引く。

 

「鮮度が命だ」

 イナヅマは袋の口をさらに開けた。

 

 マサムネがそれへ手を伸ばした。

 

「触るな、マサムネ」

 ランシュタルが腰を浮かせる。

 

 遅かった。指が触れた途端、マサムネの躰が跳ねた。歯を食いしばったまま、声にならない音が漏れる。腕が肘から先だけ小刻みに震えていた。

 

「だから、何でも興味本位に触るなと言っている」

 ランシュタルがマサムネの腕を掴んで魚から引き離した。

 

 ミカヅチが噴き出した。噴き出してから、自分で口をふさぐ。

 

 その手が柄から落ちた。

 

「……これが護國(ごこく)の英傑か」

 ミカヅチが言った。

 

「絵に描くなら、こちらは省くだろうな」

 オシュトルは大柄な男を見た。

 

「俺はこんなものを見に来たんじゃねぇ」

 ミカヅチは広間へ背を向けた。「至宝はどこだ。おい、これが試練か。だったら早く終わらせろ」

 

 誰も答えない。玉座のほうも動かない。

 

 寝起きの顔をした若い男が入ってきて、玉座へ手を上げた。「おはよう、親父殿」

 

「ホオズキ、御前だぞ。それにもう夕刻だ」

 

「ああ、キミもおはよう。母親みたいなお小言はやめて欲しいな」

 

「誰が母親だ」

 ランシュタルがホオズキの寝癖を叩いた。ホオズキは空いた席へ腰を下ろすと、膳に頬杖をついた。

 

 女が入ってきた。袖をたすきで上げている。抱えた盆から器を取っては、膳へ一つずつ置いていった。

 

「さあさあ、支度が出来ましたよ」

 女は手を止めずに膳から膳へ回る。「ランシュタル殿、そちらは冷めますからお先に」

 

「……かたじけない」

 

 器から湯気が立ちはじめた。

 

 シューニャが器の上へ顔を寄せた。「匂いがしない」

 

 オシュトルも顔を寄せた。湯気は上がっている。匂いだけが来ない。

 

「姐御ぉ、コイツが俺の土産を浅はかだって抜かしやがる」

 ザクロが女の袖を引いた。「だいたい魚なんぞ小骨だらけで喰えたもんじゃねぇ」

 

「あらあら。仲がよろしいこと」

 女は膳の列を回り続ける。「ザクロ様の分は骨を抜いてさしあげますからね」

 

「ホントか。さっすが姐御だぜ」

 

「おいホタル。そいつを甘やかすな」

 

「良いではありませんか、イナヅマ様」

 ホタルはイナヅマの膳にも器を置いた。「私が、そうして差し上げたいのです」

 

「……ならば好きにしろ」

 イナヅマは自分の膳の前へ腰を下ろした。

 

(みな)さんの分もちゃんと抜いておきますからね」

 

 マサムネが、まだ震えている手を上げた。「ホタル殿。小生は特盛りで所望する」

 

「あらあら。痺れておいでですのに」

 ホタルはマサムネの膳へ器を二つ置いた。

 

「食えば治る」

 マサムネは震える手で箸を取った。

 

 ライデンが自分の膳を見た。「ホタル殿。これは兄上の分では」

 

「あちらにも同じだけお出ししますからね」

 

 ホタルは最後に、玉座の前の膳へ器を置きに向かった。

 

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