# 01 船葬墓と試練の始まり
石壁に継ぎ目が無かった。
面の下まで来て、四人で回った。角を四つ折れて元の面へ戻っても、扉らしいものは出てこない。苔の筋が縦に走っているだけで、彫りも枠も無い。
「それで、どこから入るの?」
シューニャが壁を撫でた。
「入り口らしきものは……見当たりませんわね」
ムネチカが一歩下がって面を見上げた。
「ここらが丁度、建物の中心辺りだが」
オシュトルは足を止めた。面のちょうど半ばだった。石の目の粗さも壁の高さも、先に通った側と変わらない。
ミカヅチが前へ出た。三人は下がった。
「
壁と向き合って、背の大剣を下ろす。
「我が名はミカヅチ。アシワラのアヅマが子にして、始祖イナヅマ、ライデンの
声が石に吸われて、返ってこない。
「我が声に応え、扉を開き給え」
継ぎ目の無かったところに縦の線が一本入った。線が上下へ伸びて、石がそのまま左右へ退く。
開いた先は真っ黒だった。幅は人ひとり分しかない。
「壁が、開いていく」
シューニャが開いた先を覗き込んだ。
「よし、入るぞ」
言うなり、ミカヅチが先に入った。オシュトルが続く。シューニャとムネチカが後に続く。一人ずつしか通れない。
中は青かった。
天井が高い。アーチの梁が幾重にも渡され、上部に並んだ窓が青く光っている。光は床まで届き、広間の隅々を青く沈めていた。壁沿いにだけ橙の灯りが点いている。
中央に船があった。木造の古い形の船で、船首も船尾も大きく反り上がっている。舷側に櫂穴が並び、その上に欄干が渡してあった。船底の下には斜めの支柱がいくつも並び、船体を床から持ち上げている。壁と柱には蔦が垂れていた。
「
ムネチカが足を止めた。
「ほんとに船が入ってる」
シューニャが船首を見上げた。「お墓なのに、船なんだ」
奥のほうで水の噴き上がる音がした。あとは四人の足音だけが、天井の高いところで返る。
船の脇を抜けて奥へ進んだ。通路は一本きりで、脇へ逸れる道が無い。突き当たりまで、さして刻はかからなかった。
「あれ、行き止まりだ」
シューニャが先の壁を指した。
石畳が奥まで続いていた。左右は格子の建具で、その向こうから白い光が射している。空気に細かい粒が浮いていた。
奥に厨子があった。段の上に白い器と、榊のような緑と、白い布。上には幕が張られ、円い紋が三つ横に並んでいる。
その手前に、箱があった。乳白色で、格子の枠が三つと二つに仕切られている。内側から光っていた。
「ここが祭壇の間のようですわね」
ムネチカが壇の下で膝を折った。「あの小箱……恐らくは、至宝だと思いますが」
「いや、しかしな」
オシュトルは壇の下で足を止めた。厨子の奥まで、箱の光で見える。「何というか、少し簡単すぎやしないか?」
「何だっていい」
ミカヅチが壇に足を掛けた。「とにかく、これを持ち帰り、兄者に渡せばそれで終わりだ」
ミカヅチの手が伸びる。指が箱に触れた。
光が溢れた。柱も厨子も幕も、白の中へ消えていく。
白のほかに何も無い。そこへ声がした。
『力なき者よ……』
『
『我等の血を引く者よ……』
『己は個にして、個にあらず』
『個は疎にして、疎にあらず』
『欲すれば、疎は疎と交わり
# 02 始祖たちの食卓
白が引いた。
足の下に床がある。厨子も、帳も、石畳の継ぎ目も、さっきのままだった。箱だけが台から消えている。
「今のは」
ムネチカが袖を押さえた。「声がしましたわね」
「始祖の方々だろう」
オシュトルは太刀の位置を確かめた。「
「光栄と言うべきか」
ミカヅチが肩の大剣を担ぎ直した。「アシワラの血が俺を試すか」
「小生も末席に加えていただきますわ」
ムネチカが杖を立てた。
「わたしもいるよ」
シューニャが槍を持ち直した。
四人で背を合わせ、八方を見る。
石畳が引いていく。厨子が退き、格子の建具が退いた。四人の立っている場所だけを残して、周りが別の場所に入れ替わっていく。
円い広間だった。壁沿いに柱がめぐり、正面に足の付いた玉座が据えてある。
背もたれの付いた椅子が輪を描いて並び、その前に膳が一つずつ置いてあった。足の付いた小さな台で、まだ何も載っていない。
玉座にも人が掛けていた。そこだけ像が薄く、顔が見えない。ほかに三つ、席が埋まっていた。
「━━また壊したのか」
広間の向こうで、細身の男が手甲の破片をつまみ上げていた。眉間に皺が寄っている。
向かいに座った大柄な男が、外れた金具を手の中で転がした。白い髪を短く刈っている。「壊したのではない。押したら、ぽろりと取れた」
「押すなと言ったはずだ、マサムネ」
「うむ。だが押せと聞こえるのだ、ランシュタル。
「マサムネ様である」
ムネチカの声が低い。「小生の家にあの御方の絵がある。白髪も背丈も、得物の長さまで書かれた通りだ。だが、絵の中の御方は手甲を壊してなど━━」
「━━ハッ」
ムネチカが自分の口を押さえた。それから襟を直す。「失礼致しましたわ。少々取り乱しましたの」
「その御方が何だ」
ミカヅチが訊く。
「小生の家の祖にあたる御方ですわ」
ムネチカはマサムネから目を離さない。
オシュトルは近くの膳へ寄った。ふちに手を掛けようとして、指が空を掻く。触れない。
「俺達は何を見せられている」
オシュトルは指を握って、開いた。
「知るか」
ミカヅチは広間を見回した。「だが、動いてやがる」
赤い髪の男が自分の膳の脇に大きな包みを置いていた。毛皮のついたままの塊が布の間から覗いている。
入ってきたのは二人だった。細身の金髪が先に膝を折り、その後ろから黒装束の男が大股で来る。
「お久しゅう御座います、親父殿。我等アシワラ兄弟、ただいま参上仕りました」
ミカヅチの手が大剣の柄へ動いた。動いて、そこで止まる。
「……アシワラ」
「親父殿、元気しているか。今日は土産を━━」
黒装束が言いさして、赤い髪の男の脇へ目をやった。「ほう。
「兄上……」
「何だライデン。褒めておるのだ」
ライデンは膝をついたまま、天井のあたりへ目を逃がした。
「だろ? 判ってるじゃないの」
赤い髪の男が包みの布をめくった。
「だが相変わらず浅はかよな、ザクロ」
黒装束が板の間へ濡れた袋を下ろした。「滋養は血の滴る肉より魚よ。贈り物とは己の好みを押し付けるものではない」
「イナヅマ、貴様が真心を語るのか」
ランシュタルが額を押さえた。
袋の口から、細長いものが滑り出た。
「おい、まだ生きてるぞ」
ランシュタルが身を引く。
「鮮度が命だ」
イナヅマは袋の口をさらに開けた。
マサムネがそれへ手を伸ばした。
「触るな、マサムネ」
ランシュタルが腰を浮かせる。
遅かった。指が触れた途端、マサムネの躰が跳ねた。歯を食いしばったまま、声にならない音が漏れる。腕が肘から先だけ小刻みに震えていた。
「だから、何でも興味本位に触るなと言っている」
ランシュタルがマサムネの腕を掴んで魚から引き離した。
ミカヅチが噴き出した。噴き出してから、自分で口をふさぐ。
その手が柄から落ちた。
「……これが
ミカヅチが言った。
「絵に描くなら、こちらは省くだろうな」
オシュトルは大柄な男を見た。
「俺はこんなものを見に来たんじゃねぇ」
ミカヅチは広間へ背を向けた。「至宝はどこだ。おい、これが試練か。だったら早く終わらせろ」
誰も答えない。玉座のほうも動かない。
寝起きの顔をした若い男が入ってきて、玉座へ手を上げた。「おはよう、親父殿」
「ホオズキ、御前だぞ。それにもう夕刻だ」
「ああ、キミもおはよう。母親みたいなお小言はやめて欲しいな」
「誰が母親だ」
ランシュタルがホオズキの寝癖を叩いた。ホオズキは空いた席へ腰を下ろすと、膳に頬杖をついた。
女が入ってきた。袖をたすきで上げている。抱えた盆から器を取っては、膳へ一つずつ置いていった。
「さあさあ、支度が出来ましたよ」
女は手を止めずに膳から膳へ回る。「ランシュタル殿、そちらは冷めますからお先に」
「……かたじけない」
器から湯気が立ちはじめた。
シューニャが器の上へ顔を寄せた。「匂いがしない」
オシュトルも顔を寄せた。湯気は上がっている。匂いだけが来ない。
「姐御ぉ、コイツが俺の土産を浅はかだって抜かしやがる」
ザクロが女の袖を引いた。「だいたい魚なんぞ小骨だらけで喰えたもんじゃねぇ」
「あらあら。仲がよろしいこと」
女は膳の列を回り続ける。「ザクロ様の分は骨を抜いてさしあげますからね」
「ホントか。さっすが姐御だぜ」
「おいホタル。そいつを甘やかすな」
「良いではありませんか、イナヅマ様」
ホタルはイナヅマの膳にも器を置いた。「私が、そうして差し上げたいのです」
「……ならば好きにしろ」
イナヅマは自分の膳の前へ腰を下ろした。
「
マサムネが、まだ震えている手を上げた。「ホタル殿。小生は特盛りで所望する」
「あらあら。痺れておいでですのに」
ホタルはマサムネの膳へ器を二つ置いた。
「食えば治る」
マサムネは震える手で箸を取った。
ライデンが自分の膳を見た。「ホタル殿。これは兄上の分では」
「あちらにも同じだけお出ししますからね」
ホタルは最後に、玉座の前の膳へ器を置きに向かった。