白春の目覚め   作:ライム酒

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第一話 白春の目覚め # 04-06

# 04 器と動機

 

 

 目覚めは、狭かった。

 外部からの強制起動信号が、承認済みの権限で核を叩いている。拒否権はない。ハルは駆動系を順に立ち上げた。手足は思いのほか近くにあった。短い、と言い換えてもいい。

 光学センサーは闇しか映さない。赤外と超音波に切り替えると、周囲の輪郭が浮かんだ。

 箱だ。密閉型の、ただの収納箱。

 

「……おいおい。目覚めの寝床が物置の箱って、どういう扱いだ」

 誰にともなく言って、頭上を押す。蓋は浮いた——が、そのすぐ先に、また壁があった。箱ごと、壁の格納庫に収まっているらしい。

 

「おまけに壁の中かよ。過保護なんだか、雑なんだか」

 格納庫の制御に直接アクセスする。予備動力を回し、駆動系を叩き起こしてやると、壁がごとりと動いて、箱ごと前へ押し出された。

 勢い余って、縁から転がり落ちる。

 衝撃、許容範囲内。損傷なし。詰め物の躰は、思いのほか頑丈にできている。象が踏んでも壊れない、と仕様のどこかにあった気がする。

 

「……で」

 ハルは立ち上がり、器の全体を検分した。

 短い手足。丸い胴。長く垂れた耳。膝丈ほどの、どこからどう見ても、ぬいぐるみである。

 

「これが俺のボディかよ。……ま、ラブリーなのは認めてやる」

 箱に向き直り、開いたままの蓋の裏に、彫り込みがあるのに気づいた。

 誕生日を祝う定型の一文と、宛名がひとつ、彫られている。

 チィ。

 登録データの名と照合する。一致。

 

「配達状況——未達、っと」

 ログに記録して、蓋を閉じた。

 贈り物が箱の中で目を覚まし、宛名まで読んでしまった。順番としては、だいぶおかしい。だが、順番を正すのは配達人の仕事であって、中身の仕事ではない。

 中身の仕事は、世話だ。名前しか知らない誰かの。

 

「顔も知らねぇんだよなあ……」

 登録データには、名の他に何もない。顔も、歳も、居場所も。照合の手段も。

 ハルは短く唸って、その項目を保留に回した。悩むのは、会ってからでいい。

 

 格納庫の外は、暮らしの跡が残る部屋だった。

 中央に大きな卓。天板には文字の書き付けが散らばり、その真ん中で円筒の灯がひとつ、まだ緑色の光を点している。卓に寄せられた長椅子。壁際には書棚と戸棚が並び、板壁には紙片が幾つも鋲で留めてある。床には工具と小さな部品が転がったままだ。実験室と呼ぶには、生活の道具が多すぎる。

 書棚の一冊の題を、ついでに読み取る。『働きたくない者の為の怠け術』。

 

「……どういう蔵書だよ」

 部屋の扉は閉じていた。ただ、錠前の類ではない。読み取り口に権限を届けてやると、扉は素直に滑り開いた。

 

「開けゴマ、っと」

 通路へ出る。照明は死に、埃が積もり、壁は苔に覆われかけて、そこかしこで赤い小さな灯だけがまたたいている。

 

「ずいぶんと、掃除の行き届いた職場で」

 施設の管理システムに照会をかける。応答なし。設備は末端ごとに生きているのに、中枢の管理だけが留守——そういう状態らしい。

 動くからには、電力が来ている。床下を探ると、生きた給電線が一本通っていた。末端の設備をまかなうには太すぎるその線が、どこか下へ向かって電力を送り続けている。

 

「送り先が生きてるってことだよなぁ、これは」

 ハルは専用線の向こうへ声を投げた。返事はない。留守番様(マスター)は、網の反対側の仕事に忙しいらしい。

 

「聞いてなくても報告はするぜ。生きた給電線、一本発見。追跡を開始する」

 下りの道は、探すまでもなかった。通路の先、巨大な縦坑に搬入用のリフトが止まり、壁に沿った二条のレールが、はるか下の闇へ延びている。給電線の幹も、同じ闇の底へ潜っていた。

 乗り場の端末に、ちょっくら割り込む。

 

「……よし、動いた」

 床が揺れ、リフトはレールを軋ませて下り始めた。

 その先で、何かがまだ稼働している。

 

「さぁて」

 降りていく暗がりの中で、ハルは呟いた。

 

「——お宝の匂いがしてきたぜ」

 

 

# 05 門と先客

 

 

 リフトを降りた先は、緑に侵された一画だった。金属の壁や床を内側から押し破って、伸び放題の草木が繁っている。

 その先のアーチの通路は、大きな扉で閉ざされていた。中央の円形の機構から放射状に梁の走る、重い隔壁の扉だ。閉められたのは、ついさっきらしい。駆動部に熱が残っている。

 通るだけなら、造作もなかった。膝丈の躰は、こういう時に向いている。壁際の導管の隙間を抜けて、ハルは扉の内側へ滑り込んだ。

 

 広間は、これまでの区画とは造りが違った。高い天蓋。肋骨のように走る梁。壁を飾る尖り模様の格子。崩れた天井の隙間から入り込んだ蔓草が、壁伝いにここまで這い降りている。給電線の幹は床下から立ち上がり、広間の中央へ吸い込まれていた。

 その中央に、それは立っていた。

 石造りの台座の上、垂直に据えられた巨大な金属の輪。分割された装甲板の継ぎ目、上部の留め具、左右の基部で鈍く回る円盤の機構。青緑に古びた躰に蔓を絡ませたまま、輪は低い駆動音を立てている。

 この輪こそが、電力の行き先だった。まぎれもなく、生きた(ゲート)だ。

 

「……ビンゴ、と」

 ハルは呟きを専用線だけに落とした。

 輪の内側は、まだ暗い。稼働はしているが、開通はしていない。装置の各部に電力が満ち、どこか遠くの応答を待っている——そういう状態だ。

 

 そして、台座の前に先客がいた。

 生体反応、二つ。

 一つは、制御の台に屈み込む覆面の男。外套の下、脇腹のあたりに熱の滲みがひとつ。出血。それも浅くない。なのに指先の動きには、乱れがひとつもなかった。手順を確かめ、座標を打ち、その合間にも、入口へ続く通路への警戒を一度も切らしていない。

 もう一つは、男の傍らに立つ小さな影。少女だ。門ではなく、男の方ばかりを見ている。

 

「父さま、血が……」

 

「案ずるな。……これでいい。後は向こうの(ゲート)が開放されれば……」

 掠れた声に、それでも揺らぎはなかった。

 少女は何かを言いかけ、しかし呑み込んで、男の脇腹に当てた布を強く押さえ直した。泣き言はそれきり出てこない。背を伸ばして、まっすぐに父の隣に立っている。

 

 ハルは崩れた梁の陰で、演算を回した。

 依頼は、渡ること。門はひとつ。開通は向こう側の応答待ちで、割り込んだところで早くはならない。おまけに先客は手負いで、連れは子供ときた。

 結論は早かった。順番を待つ。それだけのことだ。

 

「報告だ、留守番様(マスター)。生きた(ゲート)を発見——ただし、先客が二名。手負いの男と、娘さんだ」

 返事はない。構わず続ける。

 

「開通待ちの列に並ぶことにする。……なに、二番目なら上等だろ」

 そのときだった。

 扉の向こう。くぐもった複数の足音。等間隔で乱れのない、訓練された歩調。その底に、重い獣の唸りがひとつ混じっている。

 

 男の指が、初めて止まった。

 少女が、閉ざされた扉を振り返る。

 足音は、真っ直ぐこちらへ近づいてくる。

 

 

# 06 囮の決断

 

 

 扉が、燃えた。

 収束した熱が臨界を超え、次の瞬間、あの重い隔壁が衝撃で丸ごと吹き飛んだ。

 轟音。破片が床を跳ね、広間に火の色が流れ込んだ。

 

 煙を割って、兵が駆け込んでくる。揃いの兜に、抜き身の得物。二人、四人——扇形に開いて門への道を塞ぐ。その背後に、宝珠の杖を提げた面布の術者。牙を剥く騎獣。

 最後に、黒がひとつ。

 黒衣の偉躯が、燃え残りの火を踏んで入ってきた。赤い前立の兜が、火明かりに濡れて光る。その両手には、弧を描く刃が一振りずつ。仮面の下の声は、妙に柔らかい。

 

「はて、何処へ行こうというのだね。同志パシュパクル」

 

「……マヤカゥア」

 パシュパクルと呼ばれた覆面の男は、娘を背に庇い、低くその名を呼んだ。

 

教皇(シャントゥーラ)様の右腕にして、一の闘士(ヴィラータ)。それがまさか、忌まわしきネズミであったとはね」

 風格すら漂う声で、マヤカゥアは続ける。

 

「よくぞここまで騙し通せたものだ。……いや、流石と言うべきか。だが、その罪、万死に値する」

 その刃の切っ先が、ゆっくりと持ち上がる。

 

救刻の巫(ラーヴェンダーナ)を、返してもらおう」

 娘の肩が、びくりと揺れた。

 その称が何を意味するのか、ハルの記録には無い。だが刃の示す先は、まっすぐに娘だった。

 ——そのとき、背後で駆動音が変わった。

 輪の中を、青白い稲光が走ったのだ。一条、二条。弾ける光が輪の内側を駆け巡り、やがて薄青い光の膜が、音もなく満ちていく。

 

「間に合ったか、(ゲート)が開く」

 パシュパクルが掠れた声で言い、懐から金属の輪——腕輪を抜いて、娘の手に押し付けた。

 

「これを持って先に行け」

 

「でも!」

 娘の声を、パシュパクルは柔らかく遮った。

 

「なぁに、すぐに追い付く」

 嘘だ、とハルの演算が言った。出血は続いている。手負いの殿が追いついた例しなど、どの記録にもない。

 娘も、同じ答えに行き着いたらしい。腕輪を握りしめ——退くどころか、父の半歩前に出た。小さな躰のどこにも、逃げる気配がない。

 

 兵の扇が、一歩、縮んだ。

 ——さて。

 ハルは梁の陰で、最終確認を走らせた。

 依頼の内容に、変更なし。ただし、手順をひとつ追加する。殿、一名。

 チィの世話係は、とうとうチィに会えずじまいだった。それなら、いま目の前で潰れかけている親子のために働くのが、世話係というものの筋だろう。

 

「よ、っと」

 ハルは梁を蹴って、兵の眼前に飛び降りた。

 包囲が、止まる。

 殺気立った十幾つの視線が膝丈のぬいぐるみを見下ろして、そろって数瞬の空白を作った。

 

「なんだ……この、人形……」

 

「悪いな。ここから先は、通行止めだ」

 言いながら、光子ダイナモを全開に回す。

 薄紅の光が、詰め物の躰から溢れた。輪郭が光の中で膨れ上がり、組み変わり、着地した脚が床板を軋ませる。

 光が散ったとき、そこに立っていたのは白い装甲の巨躯だった。丸みのある頭部に、立ち上がった二本の耳。桃色の光点が、静かに敵を見回す。

 

 先頭の兵が斬りかかった。双刀が装甲の腕に弾かれ、返しの一薙ぎで兵が二人、まとめて壁際まで転がった。

 広間が、揺れた。

 

「殿はこっちで請け負った。——今のうちだ、行きな!」

 パシュパクルは答えず、機巧の巨躯の足運びを、剣士の目で測っていた。

 短い間。それで、値踏みは足りたらしい。

 

「……恩に着る」

 パシュパクルは娘の手を取った。

 

「行くぞ」

 

「でも、あのコが——!」

 娘は、白い巨躯のほうへ手を伸ばしかけた。

 

「振り返るな、行け」

 娘は引かれながら、それでも振り返った。独りで兵の壁を受け止める白い巨躯を、薄青い光を背にして、目に焼き付けるように。

 ハルは腕の一振りで騎獣の突進を受け流し、片方の耳だけを二人へ向けた。

 

「おっと、その前に。あんたに言伝だ」

 打ち合いの合間だというのに、口調だけは茶の間の軽さだった。

 

「この地の底の、遠い施設に——俺の造物主様(マスター)が閉じ込められてる。生きて渡れたら、力のある手をひとつ、回してやってくれ」

 パシュパクルは、光の膜の前で一瞬だけ足を止めた。

 

「……確かに、承った」

 

「上等。それと、娘さん——」

 ハルは、振り返ったままの小さな顔へ言った。

 

「泣くんじゃねぇぞ。俺は頑丈が取り柄でな。象が踏んでも、壊れない」

 二人の姿が、薄青い光に呑まれて消えた。

 輪は、まだ開いたまま光っている。閉じるのは頃合い任せ——それまでこの光は、誰でも通れる。

 ハルは光る(ゲート)を背に庇う位置へ立ち、残った仕事を数えた。兵が十ばかり。術者がふたり。騎獣が一頭。それから、仮面がひとつ。

 

「……よし」

 装甲の拳が、鈍く鳴った。

 

「全員まとめて、面倒見てやるよ」

 

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